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第四話「見せしめ」

5話もすぐ上げます

目を閉じることすら、許されなかった。


硬い椅子に括りつけられ、視界の正面には一枚の大きな窓――いや、窓に見えるよう作られた何かがあった。ガラス越しの向こうに広がっているのは、拘束具に固定された彼女の額に、黒いローブの何者かがそっと手を触れた瞬間、彼女が声にならない叫びを上げる光景だった。


「ほら、しっかり見ていなさいなぁ」


背後から、あの二本角の女の声が降ってくる。両肩に置かれた手に、逆らいがたい力がこもった。逃げることも、目を逸らすことも、許さないという意思表示のように。


言葉にならない嗚咽が、喉の奥から漏れた。後悔と罪悪感がない交ぜになって、まともな言葉すら紡がせてくれない。女はそんな俺の様子を見て、くすくすと笑うだけだった。


「可哀想にねぇ。あんなに強い子だったのに、あっさり捕まっちゃうなんてねぇ。──でも、当然よね。だってあなたを庇おうとしたせいで、隙が出来たんだもの。あなたさえいなければ、あの子はあんな風にはならずに済んでいたのに。──全部、あなたのせいよぉ」


その一言が、鋭利な刃のように胸に突き刺さる。反論できなかった。事実、その通りだったから。


窓の向こうで、彼女の悲鳴が響く。言葉になっていない、ただの絶叫だった。それでも、彼女が必死に何かに抗おうとしていることだけは、伝わってきた。歯を食いしばり、拘束具を引きちぎらんばかりに身をよじる。それでも額に添えられた手は、離れる気配すらなかった。


「……頼む、もうやめてくれ。俺が、俺が何でもするからっ」


気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。ただ、目の前で壊されていく少女を止めたい。それだけだった。


「あら」


女の声に、初めて興味深そうな響きが混じった。顎を掴まれ、無理やり顔をこちらへ向けさせられる。間近で見る異形の瞳は、闇そのもののように昏く、それでいて奇妙な熱を孕んでいた。


「何でもする、ですって? 面白いことを言うのねぇ」


「お、俺が代わりになる……! だ、だから、あの人を解放してくれ……!」


あの夜見た彼女の真剣な横顔と、必死に自分を助けようとしてくれたその姿だけは、はっきりと焼き付いている。


女は、俺の顔をまじまじと覗き込んだまま、愉しげに目を細めた。


「代わりに、なる? ふふ、何の冗談かしらぁ。あの子ほどの価値が、あなたのどこにあるっていうのぉ?」


図星だった。何も言い返せずにいる俺を見下ろしながら、女はくすりと笑みを深める。


「──でも、そうねえ。望みを叶えるチャンスをあげてもいいわ。あなたに1つ、実験を受けて貰って、最後まで耐え抜くことができたなら……あの子を助けてあげる。どうかしらぁ?」


「な、に……?」


女は意地悪く目を細めると、まるで愉しむようにゆっくりと言葉を継いだ。


「ひとつだけ教えてあげる。この実験、これまでに三度も失敗しているのよ。被検体がどうなったかは……ふふ、想像に任せるわぁ」


その一言だけで、全身から血の気が引いた。何をされるのかも分からない。ただ、これまでの「失敗」がどんな結末を迎えたのかを想像するだけで、喉の奥が引きつる。


女は、怯える俺の顔を余すことなく見定めるように、じっと覗き込んでいた。まるで、この段階でどれだけ耐えられるかを試すような、値踏みするような視線だった。


彼女を助ける方法は、単純だった。この実験に耐え抜きさえすれば、それでいい。──分かっているのに、恐怖に竦んで、すぐには頷くことができなかった。


「あの子は、自分を犠牲にしてまであなたを救おうとしたのに。……あなたは、どうするのかしら?」


試すような響きを孕んだ声だった。間近から注がれたままの瞳から、目を逸らすことができない。窓の向こうからは、まだ彼女の悲痛な叫び声が聞こえ続けている。──迷っている場合ではない。俺は、奥歯を噛みしめ、もう一度、覚悟を決めた。


「最後まで、耐えればいいんだよな……」


声が震えていた。惨めだと思う余裕すらなかった。


女は満足そうに笑うと、拘束を解くよう、背後の誰かに指示を出した。立ち上がることもままならない体を無理やり引き起こされながら、もう一度だけ、窓の向こうの彼女を見た。


「……ごめん。俺のせいで、こんな……。今度は、俺が――」


届くはずもないと分かっていた。ガラス一枚隔てた向こうで、彼女はまだ額に手を添えられたまま、抵抗を続けている。それでも、声に出さずにはいられなかった。何ができるかも分からないまま、それでもそう誓わずにはいられなかった。


連れて行かれた先で待っていたのは、白衣の男――ドクター・アレクサンダー・ヴェインズワースと名乗る、探究心だけを瞳に宿した研究者だった。


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