4番目の弟子
「……と、そこまでがあたしの知っている2番弟子の話さね」
過去の回想を語り終えたヴィネルバの声が、不気味な仮面で埋め尽くされた館内に静かに響き渡った。
「異世界……本当に、そんな場所が存在するのか……?」
ケビンが呆然と呟くと、ヴィネルバはフワリと身体を空中に浮かせ、カウンターの縁へと腰掛けるように浅く腰を下ろした。
「さあねぇ。あたしもまだ見たことはない……が、あたしたちの知らない世界のことなんざ、この世には五万とあるのさ。……そうだろ?」
ルビーのような透明な瞳を細め、ヴィネルバは一同の死した顔を見回した。
「それに、あんたたちがそうやって『生前の意識』を保ったまま存在できているのだって、世界の理から見れば大きな謎の一つじゃないかい?」
「それは……体内に残留している魔素の量が関係しているのでは……?」
ライが爪を鳴らしながら推理を口にすると、ヴィネルバは鼻で嗤ってみせた。
「ハッ、それならもっと沢山の『元人間』が、同じように正気を保ったまま歩き回っていてもおかしくないとは思わないかい?」
その言葉に、ケビン、ライ、そして双子までもが互いに顔を見合わせた。確かに、王都で遭遇したアンデッドの大半は、理性を失って貪り喰らうだけの獣と化していた。ライの言う理屈だけでは、自分たちの存在の説明がつかない。
「じゃあ……どうして俺たちは、こうして意識を残せているんだ?」
ケビンの至極当然な疑問に対し、ヴィネルバは薄ら笑いを浮かべながら、レースの扇子で口元を隠して答えた。
「お前さんらは、魔素量が圧倒的に多かった……そして何より『適合』したのさ」
「適合……?」
ヴィネルバはゆっくりと頷いた。
「そうさね、2番弟子の魔素とね。あのどす黒く狂った小雪の魔素と、お前さんたちが本来保有していた魔素が激しく絡み合い、魂の深層へと不可逆的に結合した……。簡単に言うなら、今こうして意識を残せている奴らは皆、等しく『アンデッドの適性』があった……と言えるかねぇ」
――己を殺し、国を滅ぼした憎き仇の魔素が、自分の魂にまで深く絡みついている。
自分たちがこうして生き恥を晒し、意識を保っていられることすら、あの忌々しい少女の力に生かされている結果なのだと知り、ケビンは全身のおぞましい悪寒に激しく震えた。
ケビンはチラリと、ライの背後で怯えて震えている双子へと視線を向ける。
(……なら、この子たちはどうなんだ……?)
ルルとリリィは、小雪の魔素に直接晒されて目覚めたわけではない。一度はただの動く死体となっていた二人を、ケビンが己の血と魔素、そして大量の魔晶石とリッチの核を強引に与えることで引きずり戻したのだ。彼女たちは小雪の魔素だけでなく、ケビンの魔素、さらにはリッチの魔晶石が複層的に絡み合った、より異質な存在ということなのだろうか。
湧き上がる思考の螺旋を、ケビンは一度強引に振り払った。今はそんなことを考えている場合ではない。
「……じゃあヴィネルバ。もし俺たちが小雪を殺したら……俺たちは死ぬのか? いや、元の意思のないただのアンデッドに戻ってしまうのか……!?」
「いや、それはないだろうねぇ。何よりあたしがその証拠さね。術者が死のうがどうなろうが、こうして意識のあるゴーストとして、あたしはこの世界に留まり続けている」
ヴィネルバはフワリと揺れてカウンターを離れると、お気に入りの木製ロッキングチェアへと戻り、ゆらりゆらりと身体を揺らした。
「さて……兎に角、あの子を本気で殺したいなら、今のお前さんたちがどれだけ束になっても到底敵いはしないだろうさ。……だが、あたしの元で修行を積めば、いずれあの子の首を跳ねるくらいはできるようになる。……悪くない話だろ?」
「いや……」と言葉を返そうとした、まさにその瞬間だった。
――ドツンッ!!
かつて王都の仮面屋で味わった、あの全身の骨が削ぎ落とされるような凄まじい「倦怠感」と「脱力感」がケビンを襲った。
「っ……!?」
背後で激しい落命音が響き、慌てて振り返る。
ライが膝から崩れ落ちて床にへたり込み、ルルとリリィは互いにもたれかかるようにして失神、BBすらも巨体を震わせ、片膝を床について荒い息を吐いていた。
「あんた……! 魔素を吸い取るなら、せめて一言断りを入れてからにしてくれ……!」
「何を言っているんだい? 最初に言っただろう、『魔素をたっぷりいただく』とね。……さて、ケビン。お前さん、私の弟子になるかい?」
言葉とは裏腹に、一切の拒否を許さない圧倒的な圧力を、透き通った赤い瞳が放っている。
ケビンは存在しない生唾を、ごくりと喉の奥で飲み込んだ。
脳裏に、ヴィネルバから聞かされた小雪の過去が揺らぐ。
異世界から召喚され、魔力を搾取され、兵士たちに弄ばれ、奴隷として売られた少女。同情の余地が全くないわけではなかった。
だが――だからと言って、自分たちのような無関係の民を巻き込み、家族を無残に殺害した罪が許されるわけがなかった。
自分たちが、あの化け物に確実に勝てると判断できるまで強くならねばならない。
ケビンは後ろで倒れている双子の妹たちを、静かに見つめた。
ただでさえ異形と化した二人を守り抜くには、相応の絶対的な力が必要だ。これからも妹たちを生かすために魔素を与え続けねばならないし、これから先、小雪だけでなくアンデッドを狩りにやってくる「聖騎士」や教会の刺客たちと血みどろの戦いになることもあるだろう。
そのすべてを叩き潰し、妹たちを守り抜くためなら――魔女クラガリの弟子になることなど、安い代償だった。
「ライさん……。俺はここで修行をしようと思う。……いいかな?」
へたり込んだまま、ライは猫背の背中を酷く揺らし、掠れた声で精一杯の答えを返した。
「……ええ。……私は、『魔女クラガリ』に教えを乞うことができるなんて、光栄に思うわ。……それに、貴方について行くと決めたでしょう? 私だって、もっと強くなって……いつかあのオズ卿を討ち果たさねばならないのだから……!」
「……ありがとう、ライさん」
ケビンは決意を固め、ロッキングチェアの上のヴィネルバへと向き直った。
「――ヴィネルバ、俺もあんたの弟子になる。そして、あんたの2番弟子を……橘小雪を殺す。そのために、俺を強くしてくれ!」
その力強い答えを聞いた瞬間、ヴィネルバの口元がにっこりと、怪しくも嬉しそうに歪んだ。彼女はロッキングチェアから跳ね起きるように飛翔し、空中で赤いドレスを翻した。
「分かったよ、ケビン! お前さんは今日から、あたしの『4番目の弟子』さね! ……へっへっへ、覚悟しておきな、ビシバシ鍛えてあげるよ!!」
仮面の館の中に、魔女の高らかな笑い声が響き渡る。
こうして、異形のアンデッドと、呪われし魔女との間に、新たなる深遠な師弟関係が結ばれたのだった。




