堕落した聖女-3
1400プレビューありがとうございます!
沢山見ていただいて光栄です。
楽しめる作品になるように精進しますのでよろしくお願いします。
前書きはこれくらいにして本編をどうぞ。
弟子となった橘小雪は、ヴィネルバの想像以上に素直で、しっかりと教えに従った。
己の食事を自ら用意し、鹿頭のスケルトンと共に畑を耕しては、新たにマンドラゴラの根を丁寧に植え付ける。ヴィネルバの魔法薬作りを手伝いながら、狂ったように魔法の知識を吸収していった。
間もなくして分かったことだが、彼女はあらゆる属性魔法の中で「闇魔法」だけに異常なほど特化しており、本来「聖女」として不可欠な光属性の適性は皆無であった。
王国の防壁たる結界を張るには、光属性への深い親和性が絶対条件となる。
それらを鑑みるに、王国グランは召喚の儀で莫大な魔力を費やしながら、聖女としての役割を果たすことすらできない少女を引き当ててしまったのだと、教えながらヴィネルバは事の真相に行き当たった。
宮廷魔術師オズ・ブラッドフォードとは、ヴィネルバにとっても旧知の仲である。彼女は呆れ混じりに深くため息をついた。
(……あの若造も、相変わらず見る目がないねぇ)
オズ卿の若かりし頃の浅はかな顔を思い浮かべながら、ヴィネルバは小雪に向き直った。
「さて、お前さんは闇魔法に極端な適性があるんだ。なら、変に他の属性に浮気せず、その闇をさらに強く研ぎ澄ますべきさね」
「……闇でも何でもいいわ。私が強くなって、奴らを殺せるなら喜んで覚えるわ、お師匠」
小雪の黒い瞳をずいっと覗き込むヴィネルバ。その瞳の奥にメラメラと燃え盛る、昏く凄絶な意志の光に、ヴィネルバは満足げに深く頷いた。
「ふっ、言うじゃないか。闇魔法はあたしの最も得意とする分野だからねぇ。何でも聞いてくるといいさね」
闇との親和性が極めて高い小雪は、恐ろしい速度で闇魔法を習得していった。
しかし、流石に複雑極まる術式を構築せねばならない高難易度の極大魔法に差し掛かると、彼女も次第に苦戦を強いられるようになっていく。
それは、ヴィネルバが多眼種の目玉を特製の仮面へ丹念に縫い付けていた時のことだった。
突如、外から桁違いの魔素の爆発的な放出を察知し、ヴィネルバは仕掛かりの仮面を置いて、修行中である小雪の元へ飛んだ。
そして、外の光景を目にした瞬間――ゴーストであるヴィネルバすらも、思わず目を見開いた。
小雪の体内に眠る魔素がその肉体の許容量を遥かに超えて大気へと溢れ出し、あろうことか周囲に漂う自然の魔素そのものを急速に汚染・侵食し、すべて「小雪自身の魔素」へと強制変換していたのだ。
本来ならば、膨大な魔力を誇る高位の「リッチ」や「ドラゴン」といった強力な魔物しか成し得ない挙動を、ただの生身の人間である小雪が地で行っていた。相応の天賦の才と緻密な制御技術があって初めて可能となる現象を、彼女は純粋な潜在能力だけで成し遂げてしまったのだ。
激しく放出された魔素は残らず闇属性へと変質し、空間を喰らい尽くしていく。
まだ真昼だというのに、湿地帯の空は太陽の光を失い、まるで真夜中のようなドス黒い暗闇に覆い尽くされていた。
「……お前さんは、あたしの見込み以上さね。いずれ、あたし以上に魔法を使いこなすようになるだろうよ」
「……ふぅ。……まだ魔素を過剰に叩き出しているだけよ。……完全に操作できていないわ。これを正しく術式に組み込めなきゃ、意味がない……でしょ?」
息を荒らげながらも、冷徹に己を分析する小雪。
「ああ、そうさね。でも、お前さんならすぐに出来るようになるさ」
そこからのヴィネルバの指導は、さらに難易度を跳ね上げた苛烈なものとなった。小雪もまたそれに応え、やがて彼女が修得していない闇魔法など存在しないと言えるまでに成長を遂げたのだった。
――小雪を買い取ってから、丸2年が経過したある日のこと。
ヴィネルバはいつも通り修行に励む小雪を家に残し、王都へ買い物に出かけていた。珍しい仮面の素材をどっさりと買い込み、ホクホク顔で小さな小屋へと戻った時のことだ。
室内には小雪の姿はなく、ただ机の上に一通の「置き手紙」だけが残されていた。
『お師匠には世話になったわ。ホントはここを出る前にお師匠に挑もうと考えたけれど、まだお師匠に勝てる想像が全く湧かなかったから、いつか殺しに戻る時までお預けにするわ。また会いましょう。色々教えてくれてありがとう』
ヴィネルバは苦笑しながら、手紙の余白を撫でた。
小雪に悟られぬようこっそりと付与しておいた「追跡の呪印」の反応を探ってみたが、その術式すらも彼女によって綺麗に解呪され、跡形もなく消し去られていた。
「……生意気な弟子だねぇ。いつでも相手になってあげるよ、ふふ」
ヴィネルバは愛おしそうに、そして心底嬉しそうに扇をパタパタと仰ぎながら、ロッキングチェアに深く腰掛け、ゆらりゆらりと揺れるのだった。




