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エンド・オブ・ファンタジア〜異世界人にアンデッドにされたので元凶を全て滅ぼします〜  作者: 古木花園
三大魔導師編

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歪んだ愛情


 月光が冷たく照らす闇夜の帳を切り裂き、3体の特異な異形が静まり返った廃村を歩いていた。

地響きを立てて地面を蹴るのは、巨大な牛頭を震わせるミノタウロス――ビッグボーイ(BB)。

その横を、鋼をも容易く切り裂く長すぎる爪を地面に擦りつけ、火花を散らしながら進むのは、猫背で赤い肌を持つ変異種、ライ・スキンティラ。


そして中央を歩くのが、黒い角を2本生やした、アンデッドとも悪魔とも判別のつかない男――ケビン・アドマイヤー。右腕を黒い鱗と棘で覆い、槍のように鋭い尾骨の尻尾を不機嫌に打ち鳴らしながら、彼は前を見据えていた。


これから3人が向かうのは、あらゆる呪いと闇魔法の元凶である魔女「クラガリ」が住まうという、遥か東の湿地帯。だがその前に、ケビンにはどうしても立ち寄らねばならない場所があった。

王都の激戦で手に入れた大量の魔晶石を、地下で眠る妹たちに与えるために。

 生前アルフレッドが使用していたという裏小屋。その倒壊した建物の瓦礫で巧妙に隠蔽されていた入り口に辿り着き、ケビンは黒い右腕で重い柱をどかした。跡を乱された形跡はない。誰もここへ侵入していない事実に、ヴィネルバの仮面の奥で小さく安堵の息が漏れた。


「すまない。2人とも、ここで待っていてくれ」


ケビンの低い声に、ライとBBは静かに頷いた。BBは大きな手を懐へ差し入れ、先の戦闘で集めていた小ぶりの魔晶石のほとんどを、自身の分までケビンの手へと手渡してくれた。


「恩に着る」


短く礼を言い、ケビンは地下へと続く重い扉を開けた。

一歩足を踏み入れると、急な階段を下りていくケビンの視線の先、薄暗い地下室の床には、2体の動かぬ少女の死体が横たわっていた。

焦りがあったのだろうか。

手元を狂わせたケビンは、抱えていた魔晶石のいくつかをゴロゴロと階段の下まで落としてしまった。


静寂に包まれた地下室に、結晶同士がぶつかり合う高い音が無遠慮に響き渡る。

幸いにも、生前にアルフレッドが寒さ対策にと敷き詰めていた分厚い毛皮の絨毯がクッションとなり、石が割れる最悪の事態は免れた。


「――あ、あぁ……クソッ……」


ケビンの口から、情けない掠れた声が漏れる。

だが、それほどの大きな音が響いたというのに、ルルもリリィもぐったりと冷たい地面に倒れたまま、微塵の反応も示さなかった。

いや、微かに、本当に微かではあったが、リリィの乾いた唇がカチカチと小さく音を立てた。

まだ、アンデッドとしての微弱な「死の灯火」は消え去っていない。


ケビンは這いつくばるようにして双子の妹へ擦り寄った。抱き起こしたリリィの双眸は、瞳孔が完全に開ききっており、明け放った扉の先から振り注ぐ月光を反射してもなお一片の光すら宿していない。


自慢だったツインテールの髪は泥と血で無惨に乱れ、何より、その右頬の肉が何かに抉り取られ、左頬には奥の歯列が覗くほどの虚しい穴が空いていた。


ケビンは狂おしいほどの焦燥感に駆られながら、拾い上げた小さな魔晶石を、そのリリィの左頬の穴から強引に押し込んだ。

喉の奥へ滑り込ませようと、細い首を上に向かせて真っ直ぐにさせる。しかし、完全に乾燥しきった食道は固着しており、中々奥へと通っていかない。


「だったら――!」


ケビンは一度魔晶石を取り出すと、黒い悪魔の右手でそれを力任せに粉砕した。

細かくなった結晶の破片を、リリィの固く閉ざされた口内へと無理やり流し込んでいく。


その狂気的な作業を、隣でピクリとも動かないルルにも同じように施した。普段はおさげ髪を結っていたルルだが、その髪も今は解け、かつて美しかった黄金色の髪は黒ずんだ血に濡れてカピカピに固まっている。

そして、ケビンは見てしまった。

ルルの豊かな胸の真ん中に、ぽっかりと向こう側が見えるほどの大きな風穴が空いているのを。生前、王国を襲ったアンデッドの群れに、激しく貪り食われた痕跡だった。


(どうして、ここに連れてきた時に気づかなかった……? なぜ、今まで見落としていた……!)


狂いそうなほどの自己嫌悪と嫌気がケビンを苛む。彼はリリィの時よりもさらに多くの魔晶石を砕き、ルルの口内へと詰め込んだ。

それでも足りず、効果があるかも分からぬまま、彼女の胸の悍ましい風穴の中へと、あのリッチから奪い取った特大の「魔晶石」を直接埋め込んだ。

祈るような時間は、永遠のようにも思えた。

数分の後――。


「く、がぁ……」


先に、リリィの喉からかすれた呻き声が漏れた。


「リリィ……! 俺だ、兄ちゃんだ! わかるか!?」


仮面を歪め、必死に呼びかける兄の声。それは、リリィの死せる肉体を衝動的に動かすには、あまりにも十分すぎる刺激だった。


「がぁっ!」


理性のない飢餓の獣さながらに、リリィは声のする方へと猛然と噛みついた。ケビンの腕の肉に鋭い歯が突き刺さる。引きちぎるほどの筋力こそないが、傷口からケビンの黒い血がタラリと滴り落ちた。


さらに、その血の匂いと咀嚼音に引きずられるようにして、ルルまでもが起き上がり、反射的にケビンのもう片方の腕へと噛みついた。

そこは黒い鱗に覆われた悪魔の右腕だったため、ルルの歯が割れてしまうのではないかとケビンは一瞬肝を冷やしたが、驚くべきことに、飢えたルルの歯は簡単にケビンの皮膚を食い破った。代わりに、ケビンの右腕から生える鋭い棘がルルの頬を無惨に突き破る。


だがルルはそんな痛みを気にする様子もなく、ヴヴヴと低い唸り声を上げながら、兄の肉を貪ろうと顎を離さない。


――こんな地獄のような惨状を、喜べる兄など、この世のどこを探してもいるはずがなかった。

最愛の双子の妹たちが変わり果てたアンデッドとなり、狂暴に自分を貪り食っているのだから。


しかし、ケビンは、泣くことすら許されない鉄の仮面の奥から、確かに血の涙を流していた。

そんな気がした。

心の底から、二人が「もう一度動いてくれたこと」に、悍ましい感謝を捧げていた。


ケビン自身は、その歪みきった心の病理に未だ気づいていない。

自分にはまだ「人の心」があり、家族を想う優しさが残っていると信じ込んでいる。だが、彼の精神はすでに、孤独と復讐の中で徹底的に壊れ、病みきっていたのだ。

自分一人だけが意識を持つアンデッドとして蘇り、暗闇に取り残された境遇を呪うと同時に、意識もなくただ転がっているだけの二人をも、心の底では深く呪っていた。自分を置いていってしまった家族を、肉の塊にされた父を、何もしてくれなかった母を――。その行き場のないドス黒い呪詛が、彼の愛の根底には渦巻いていた。


その瞬間、ケビンの淀んだ感情に呼応するように、体内を巡る膨大な魔素(マナ)が、無意識のうちに激しく血流へと流れ込んだ。

ケビンの身体から溢れ出た濃密な闇の魔素は、二人に食い破られた傷口から、滴る血に混ざり合うようにしてルルとリリィの体内へと逆流していく。


ケビンの純度の高い魔素が生き渡った瞬間、二人の体内に宿っていた「魔晶石を生み出す核(臓器)」が急速に変異し、新たな結晶を形作っていく。

特にルルに至っては、胸の風穴にねじ込まれたあのリッチの特大魔晶石が、彼女の肋骨と融け合うようにして不気味に輝き出した。

本来なら紫色に輝くはずのその光は、ケビンの魔素を吸い上げることで、みるみるうちにドス黒く濁っていく。それはまるで、ケビンが身につけているヴィネルバの黒い仮面と同じ、鈍く、底知れない闇の光を宿していた。

やがて、二人の顎から力が抜け、噛みつくのをやめた。


「オニイ……ぢゃ、ん……?」


ぽろり、とリリィが口を離し、視界の定まらない瞳でケビンを見つめた。

頭部からは禍々しい角が生え、右腕はトゲと鱗に覆われ、背後には悪魔の尻尾を持つ異形。そんな変わり果てた姿になってもなお、リリィは目の前の怪物を「最愛の兄」であると正確に認識した。


「ごふっ……な、ンで……ワダジは、ジんだ、ハズ……」


続いてルルが己の身体を見下ろし、驚愕に喉を鳴らした。

大きな胸の間に埋め込まれたリッチの魔晶石が完全に肉体と結合し、胸元から突き出た状態で黒い輝きを放っている。

その肌はまるで白黒写真のように生気を失ったネズミ色へと変貌し、ただ髪だけが元の美しい黄金色のまま残されている。そのあまりにも不気味な容姿の変貌に、ルルは自身の身体でありながら激しくたじろいだ。それはリリィも同様だった。


「良かった……2人とも、本当に良かった……」


ケビンは狂おしい愛おしさを込めて、異形へと成り果てた二人の身体を強く抱きしめた。

兄の異形としての質感に戸惑いながらも、抱き寄せられた双子は困惑の声を漏らす。


「ぇ、おにぃちゃん……アタジ、おにぃぢゃんを、噛んだ……?」


リリィは自分の口元にべっとりと付着した黒い血と、ケビンの腕の傷を見て、その心が恐怖と罪悪感で激しく揺らいでいた。

だがルルは、掠れた声で「おにぃ……ちゃん!」と咽び泣きながら、そのネズミ色の細い腕で、兄の背中を強く抱きしめ返した。


驚きと混乱に震える妹たちに、ケビンは残りの魔晶石を噛み砕いて飲み込むよう優しく促した。二人は言われるがままにそれらを口にし、体内の魔力を安定させていく。


ひとしきり落ち着いた後、ケビンはこれまでの顛末を静かに語り聞かせた。

各々が胸の内に複雑な思いと、死者となった絶望を秘めつつも、この地下室にこれ以上留まれば再び衰弱して動かなくなるかもしれない。危険を承知の上で、ケビンは二人を地上へ連れて行くことを決意した。


階段を昇り、裏小屋の扉を開けて月光の下へと出た瞬間、双子は瞬時に兄の大きな影へと身を隠した。

それも無理はなかった。目の前に佇んでいるのは、不気味な赤い肌に長い爪を持った猫背の女(ライ)と、山のような巨体を誇るミノタウロス(BB)なのだから。


「怯えなくていい。彼女はライさん。王都で知り合って、小雪を倒すために力を貸してくれている仲間だ。そして、こっちの大きな牛はBBなんだ…」


ケビンの紹介を受け、ライは血濡れた金髪の隙間から、細い瞳をさらに細めて薄ら笑いを浮かべた。


「こんにちは、可愛いお嬢さん方。よろしくね?」


その歓迎の笑みは、アンデッド特有の悍ましさと不気味さに満ちていたが、今の彼女たちにとってはこれが日常となる。BBもまた、鼻からフシューッと荒い息を吹き出し、歓迎を示すように巨体を揺らした。

ライは、ケビンの背後で怯える双子の姿をじっと観察し、その細い指先で唇をなぞった。


「それにしても……驚いたわね。その2人、ただのアンデッドとは明らかに『ナニカ』が違うみたいじゃない?」


ライのその呟きに応えるかのように、東の空がうっすらと白み始め、新たな夜が明けようとしていた。死者たちの長い旅路が、再び動き出す。



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