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Dead Man's Journey  作者: 古木花園


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3/16

臓物は光り輝く


ズルり、ズルり。

不格好な音を立ててロープを引っ張りながら、ケビンはようやくアドマイヤー家の敷地へと辿り着いた。

ほんの数日前まで、ここには甘い土の匂いと、ビッグボーイの穏やかな鼻鳴らしと、母の作るスープの香りが満ちていたはずだった。だが、今の我が家は、見るも無残に破壊し尽くされていた。

木製の壁はひび割れ、窓ガラスは粉々に砕け散っている。庭の地面には、引きちぎられた人間の臓腑や、どす黒く変色した肉塊が、まるで生ゴミのようにあちこちに散乱していた。激しい腐臭が鼻を突くはずだが、今のケビンの死んだ嗅覚は、それをただの「乾燥した空気」のようにしか捉えない。それがまた、彼をひどく悲しくさせた。

「ア……ア……」

ケビンは妹たちを、半分崩壊した家の中へと誘導した。

そして、部屋の奥にある、辛うじて倒れずに残っていた頑丈な大黒柱に、二人の身体を縛り付けているロープを幾重にも厳重にくくりつけた。二人は生気のない顔で、ただ柱の周りをゆらゆらと彷徨うだけだ。これで、彼女たちがどこかへ迷い込んで消えてしまうことはない。

最低限の用を済ませ、ケビンが再び外へ戻ろうとした時だった。

庭の隅、激しく貪られた形跡のある、ひときわ無残な「頭部のない死体」が目に留まった。

四肢はあらぬ方向に折れ、胸の肉は骨が見えるまで食い尽くされている。性別すら判別できないほどぐちゃぐちゃになった肉塊。しかし、その引きちぎられた首元の肉に、きらりと鈍く光るものがあった。

それは、歪な三日月を象った、銀色の首飾りだった。

(……あ、あ……)

ケビンはその場に凍りついた。

それは、何年も前の父の誕生日に、母がなけなしの貯金を叩いて贈ったものだった。父はそれを「宝物だ」と言って、農作業の時も肌身離さず身につけていたのだ。

目の前の、頭も失い、見る影もなくなった肉塊。それが、自分を厳しく、しかし誰よりも深く愛してくれた「父親」であるという絶対的な証拠だった。

胸の奥から、ドロリとした強烈な不快感が込み上げてくる。

生前であれば、間違いなく胃の中のものを全てぶちまけ、大声で泣き叫んでいただろう。だが、今のケビンの身体は、吐き気をもよおすことはあっても、実際に胃が動いて中身を吐き出すことはない。涙腺は干からび、どれだけ胸が締め付けられても、一滴の涙さえ流せなかった。

ケビンはゆっくりとした、死者特有の鈍い動きで膝をつき、父の形見を拾い上げた。

肉が腐りかけた今の指先では、細い鎖を自分の首にかけるような器用な真似はできなかった。おまけに、穿いているズボンは先ほどの襲撃でズタズタに裂け、ポケットすら残っていない。

「ア、ウ……」

仕方なく、ケビンは剥き出しになった自らの胸の傷――アンデッドに貪られ、ぽっかりと空いた己の「露出した臓腑の隙間」に、父の首飾りを押し込んだ。どす黒い肉の中に、銀の月が沈んでいく。

ここにしまっておけば、絶対に失くすことはない。父は、自分の中に生き続ける。そう思う事にした。


家の中から、ドンドン、ドンドンと、鈍い音が響き始めた。

柱に縛り付けられたリリィとルルが、外に出ていこうと暴れているのだ。すでに半分ひしゃげて壊れかけていた玄関の扉は、二人が身体を打ち付けるたびに、簡単にミシミシと歪んでいく。

ケビンは、その壊れた扉の隙間から見える、二人の姿をマジマジと見つめた。

かつてはあれほど瑞々しく、自分をからかっては嬉しそうに笑っていた妹たちの顔。

今は、土気色に変色し、皮膚の一部が剥がれ落ち、顎をカチカチと鳴らすだけの「バケモノ」に成り果てている。そこには知性も、思い出も、兄への愛も一切ない。

(どうしてだ……どうして、こんなことに……)

深い、底知れない絶望が、ケビンの胸を巣食っていった。

そして、彼は己の運命を激しく呪った。

周りを見渡せば、元村人だった死者たちも全員が自我を失い、本能や呪いに従うだけの操り人形になっている。彼らに「思考」など存在しないのだろう。

では、なぜ自分だけが。

なぜ、ケビン・アドマイヤーだけが、こんな身体になってもなお、はっきりと意識を残されているのか。


(こんなことなら……みんなと同じように、何も考えない、ただの死体にしてくれればよかったのに……!)


意識があるからこそ、家族のかわり果てた姿を見て絶望しなければならない。

意識があるからこそ、失った平穏を嘆き、悲しまなければならない。

このはっきりとした意識こそが、黒魔術師のどんな呪いよりも、ケビンにとって残酷な罰そのものだった。


しかし、運命はどこまでもケビンに冷酷だった。

どれほど呪おうとも、二人の妹を見つめるケビンの意識は、残酷なまでに冴え渡っていく。

だが、その深い絶望の泥の中から、別の何かが急速に鎌首をもたげ始めた。

それは、脳の奥深く、死んで動かないはずの細胞を無理やり駆動させるような、煮えたぎるほどの『怒り』だった。

なぜ自分だけが意識を残しているのか、今どれだけ考えたところで答えなど出ない。神の気まぐれか、あるいは自分の生への執念が呪いを凌駕したのか、そんなことはどうでもよかった。

ただ、自分がこうして「意識を持ったアンデッド」として存在している以上、この世界のどこかに、同じように絶望を抱えて彷徨う者がいるかもしれない。

そして何より――絶対に許せない奴がいた。

『小雪』。

あの国を滅ぼし、戦士を狂わせ、自分たちのささやかな幸せを、大根の畑ごと無残に踏みにじった、あの黒魔術師の女。

あの女がすべての諸悪の根源であり、この地獄を作り出した張本人なのだ。

小雪がどんな理由で国を恨んでいようが、ケビンたちには何の関係もない。ただ真面目に土を耕し、家族で笑い合って生きていただけの自分たちが、なぜこんな目に遭わなければならないのか。

(ただで起き上がってやるものか……。必ずあいつに……一矢報いてやる)

ケビンは、カチカチと顎を鳴らしながら扉の向こうで蠢くリリィとルルを、もう一度見つめた。

乾ききった瞳の奥に、かつてないほど強固な決意の光が宿る。

生者を捨て、死者として歩む道。

例えこの肉体が朽ち果てようとも、あの女の喉元に、この腐った爪を突き立てるまでは、絶対におれるわけにはいかない。

かわり果てた妹たちの前で、ケビンは心に深く、血の誓いを刻んだのだった。


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