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エンド・オブ・ファンタジア〜異世界人にアンデッドにされたので元凶を全て滅ぼします〜  作者: 古木花園
王国壊滅編

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臓物は光り輝く

ズルり、ズルり。


 不格好な音を立てながらロープを引き、ケビンはようやくアドマイヤー家の敷地へと辿り着いた。


ほんの数日前まで。


ここには、甘い土の匂いがあった。


ビッグボーイの穏やかな鼻鳴らしがあった。


そして、母が作るスープの香りがあった。


 ――家族が笑っていた。


だが。


今の我が家は、見る影もなく破壊されていた。


木製の壁はひび割れ、窓ガラスは粉々に砕け散っている。


庭には、引きちぎられた肉塊や、どす黒く変色した臓腑が散乱していた。


激しい腐臭が漂っているはずだった。


 だが、死んだケビンの嗅覚には、それを感じ取ることができない。


 ただ、乾いた空気があるだけ。


「……ア……」


それが、かえって悲しかった。


 ケビンは妹たちを、半壊した家の中へと連れていった。


部屋の奥。


辛うじて残っていた頑丈な大黒柱に、二人の身体を繋いでいるロープを幾重にも巻き付ける。


二人は抵抗しなかった。


ただ、生気のない顔で柱の周りをゆらゆらと彷徨っている。


これでいい。


少なくとも、二人がどこかへ行ってしまうことはない。


ケビンはそう考え、再び外へ出ようとした。


その時だった。


 ――ふと。


庭の隅にあるものが、ケビンの目に入った。


ひどく損傷した死体。


頭部はなく、四肢はあらぬ方向へ折れ曲がっている。


胸の肉もほとんど食い尽くされ、骨が露出していた。


 誰なのか。


 生きていた頃の姿からは、もう判断できない。


 だが。


 首元に残った肉の中で、何かが鈍く光っていた。


 銀色の首飾り。


 歪な三日月を象った、見慣れたものだった。


「…………」


ケビンの身体が止まった。


何年も前。


 父の誕生日に、母がなけなしの貯金を叩いて贈ったもの。


父は笑いながら言っていた。


『これは俺の宝物だ』


 農作業の日も。


 村へ出る日も。


 肌身離さず身につけていた。


 だから――。


 分かってしまった。


 目の前の死体が誰なのか。


(……父さん……)


 ケビンは声が出なかった。


 父の顔は、もうない。


 身体も、見る影もない。


 それでも。


 あの首飾りだけは、間違えようがなかった。


 ケビンは、その場に膝をついた。


 吐き気が込み上げる。


 もし生きていたなら、胃の中のものを全部吐き出していただろう。


 泣き叫んでいただろう。


 だが――。


 今のケビンには、それができない。


 涙は出ない。


 胃も動かない。


 ただ、胸の奥だけが締め付けられる。


「……ア……」


 震える手で、父の首飾りを拾い上げた。


 細い鎖を首にかけようとする。


 だが、腐りかけた指は思うように動かなかった。


 しかも、今のケビンが身につけている服は、襲撃によってズタズタに裂けている。


 ポケットすら残っていない。


 しばらく考えた末。


 ケビンは、自分の胸元へ視線を落とした。


 そこには、アンデッドに食い荒らされた大きな傷がある。


 露出した肉の隙間。


 ケビンはそこへ、首飾りをそっと押し込んだ。


 どす黒い肉の中へ、銀色の三日月が沈んでいく。


(ここなら……)


 失くさない。


 きっと。


 父さんも、一緒にいる。


 ケビンはそう思うことにした。


 その時――。


 ドンドンッ!


 家の中から、鈍い音が響いた。


 ケビンが振り返る。


 ドンドンッ!


 今度はさらに強い。


 リリィとルルが、外へ出ようとしているのだ。


 半分壊れた玄関扉が、二人の身体がぶつかるたびにミシミシと軋んでいる。


 ケビンは、扉の隙間から二人を見つめた。


 かつては。


 あれほど瑞々しかった。


 自分をからかって。


 くだらないことで笑って。


 いつも家の中を騒がしくしていた。


 それなのに今は――。


 土気色の肌。


 剥がれ落ちた皮膚。


 カチカチと鳴る顎。


 そこに、知性はない。


 兄を慕っていた記憶もない。


 家族と過ごした時間すら、もう残っていないように見える。


(……どうしてだ)


(どうして、こんなことに……)


 ケビンの中に、深い絶望が広がっていく。


 外を見れば、元村人だったアンデッドたちが歩いている。


 誰もが自我を失っていた。


 何も考えず。


 ただ彷徨い。


 本能と呪いに従っている。


 なのに――。


(どうして……)


 ケビンだけは違った。


 考えることができる。


 覚えている。


 家族のことも。


 父のことも。


 母のことも。


 リリィとルルのことも。


 そして――。


 自分が死んだことさえも。


(どうして俺だけ……)


 意識があるからこそ、分かってしまう。


 自分が何者になったのか。


 家族がどうなったのか。


 失ったものが、どれほど大きいのか。


(こんなことなら……)


 ケビンは拳を握りしめた。


(みんなと同じでよかった)


 何も考えない。


 何も感じない。


 ただ彷徨うだけの死体。


 そのほうが、ずっと楽だった。


 家族の変わり果てた姿を見ずに済む。


 失った平穏を思い出さずに済む。


 父の首飾りを見て、悲しまずに済む。


 この「意識」こそが。


 黒魔術師のどんな呪いよりも、ケビンにとって残酷な罰だった。


 ――それでも。


 時間が経つにつれ。


 絶望の底で、別の感情が生まれていた。


 小さな火。


 それは徐々に大きくなっていく。


 怒り。


(……なぜだ)


 なぜ自分だけが意識を残しているのか。


 そんなことを考えても、答えは出ない。


 神の気まぐれなのか。


 生への執念が、黒魔術の呪いを上回ったのか。


 それとも――。


 何か別の理由があるのか。


 分からない。


 今は、それでいい。


 なぜなら。


 ケビンには、もう一つ分かっていることがあった。


 この地獄を作り出した存在。


 自分たちからすべてを奪った存在。


 ――小雪。


 あの女だけは、絶対に許せない。


 ケビンの脳裏に、先ほど見た黒いローブの少女の姿が浮かぶ。


 国を滅ぼした黒魔術師。


 戦士を狂わせ。


 無数の死者を生み出し。


 そして――。


 自分たちのささやかな幸せを、大根畑ごと踏みにじった女。


(小雪……)


 ケビンは、拳を強く握った。


(お前がどんな理由で、この国を恨んでいるのかなんて知らない)


(俺たちは……ただ生きていただけだ)


 父と。


 母と。


 リリィと。


 ルルと。


 そしてビッグボーイと。


 毎日、畑を耕して。


 くだらないことで笑って。


 それだけだった。


(なのに……)


 なぜ奪われなければならなかった。


 なぜ殺されなければならなかった。


 なぜ――。


 死んだあとまで、こんな苦しみを味わわなければならない。


 ケビンの乾いた瞳に、初めて強い光が宿った。


(ただで……)


 終わらせてたまるか。


 ケビンは、ゆっくりと立ち上がった。


 扉の向こうでは、リリィとルルがなおも外へ出ようとしている。


 カチカチ。


 カチカチ。


 二人の顎が鳴る。


 ケビンは妹たちを見つめた。


(俺は……)


 生きてはいない。


 もう、人間でもない。


 ならば――。


(死者としてでも……)


 守る。


 家族を。


 そして。


 いつか必ず――。


(小雪……お前に、辿り着く)


 ケビンは、自分の胸に手を当てた。


 その奥にあるのは、もう心臓ではない。


 ただの腐りかけた肉。


 それでも。


 その中には、父から受け継いだ銀色の月があった。


 そして――。


 かつて家族と生きた記憶があった。


 ケビン・アドマイヤーは、もう一度歩き出す。


 生者としてではない。


 死者として。


 失った家族を背負いながら。


 自分たちの人生を奪った黒魔術師を追うために。


 死んだ青年の「もう一つの人生」が――。


 ここから、本当の意味で始まろうとしていた。

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