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エンド・オブ・ファンタジア〜異世界人にアンデッドにされたので元凶を全て滅ぼします〜  作者: 古木花園
王国壊滅編

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三大魔導師

「――そう。この巨体のミノタウロスが、本当にあなたの飼っていた牛だったなんてね……。それも、私たちと同じように『意識』を残したままアンデッドになっているなんて、世の中何が起こるか分からないわ」


ライは得心のいった様子で感心しながら、先ほどまでビッグボーイ(BB)へと向けられていた鋭利な五本の爪を、静かに下ろした。その様子を見て、ケビンは仮面の下で安堵の息を漏らし、そっと胸を撫で下ろした。

もしライが容赦なく襲いかかっていたら、いくら頑強なビッグボーイとはいえ、先の爆発による負傷もあってひとたびも堪らなかっただろう。最悪の同士討ちが避けられただけでも、今は幸運と言わざるを得なかった。


「それで……ハリスの本の記述の通り、やっぱり『魔晶石』が私たちアンデッドにとって極めて重要なエネルギー源であることは間違いなさそうね」


ライは形の良い顎に手を当て、髪の奥にある瞳を妖しく光らせながら言葉を続けた。


「きっと私たちも、聖騎士たちとの先の戦いの最中、自分でも気づかないうちに魔晶石を口に含んで摂取していたのよ」


彼女の言葉を聞きながら、ケビンはあの高級街での戦いで相見えた、紫髪の隻眼の美しき剣士と、強力な雷魔法を操っていた魔法使いの女の子の姿を思い浮かべていた。

あの時、飢餓衝動に突き動かされて完全に理性を失っていた自分たちが、もし本当に戦いの中で魔晶石を体内に取り込んでいたのだとするならば、あの球体型の巨大なアンデッドが濁流のような肉塊のゲロを吐き出したあの瞬間だ。おそらく、あの飛び散った肉片の中に、球体アンデッドの中で混ざっていたいろんなアンデッドの魔晶石が紛れ込んでおり、それを無意識に貪り食ったのだろう。


「……だったら、やるべきことは決まりだな。これから積極的に『魔晶石』を集めよう」


ケビンが拳を握りしめて提案すると、ライはフッと妖艶な笑みを浮かべて頷いた。


「賛成よ。それなら好都合なことに、この先の通りには、さっきの鐘の音に誘われた沢山のアンデッドたちが大行進を作って集まっているわ。彼らを片っ端から狩りながら、体内の魔晶石を根こそぎ奪い集めるのよ。そうして十分な量の魔素を補給し続ければ……そこの血だらけのビッグボーイだって、私たちみたいに、欠損した肉体が綺麗に再生するかも知れないわ」


ライの視線が、全身の皮膚を爆風で剥ぎ取られたビッグボーイへと向けられる。

見るも無残な酷い有様ではあったが、当のビッグボーイは、主人のすぐ後ろでどっしりと構え、その血走った大きな瞳でしっかりとこちらを凝視していた。その鼻先からはフシュー、フシューと力強い荒い鼻息が吹き出しており、その全身からは「まだまだ戦える」というやる気がビンビンに満ちあふれて伝わってきた。かつての大人しい家畜の牛の面影は薄れてしまったが、その忠誠心と闘志は本物だった。


「頼もしい相棒ね。それと……オズ卿の部屋の机の周りを探していた時に、ちょっと気になる手紙が残されているのを見つけたわ」


ライは器用な手つきで、左手の長く鋭い爪と爪の隙間に一枚の古びた羊皮紙を挟んで持っていたらしく、それをケビンの目の前へとそっと差し出してきた。

生前はしがない農民であり、戦いとは無縁だったケビンは、彼女のその剃刀のように鋭利な爪先に対して、未だに一種の先端恐怖症のようなものを感じていた。思わず僅かに身震いしながら、慎重に手紙の端を指先で受け取る。


爪と爪の僅かな隙間から、ライの隠されていない左目の視線が、どこかジトッとした、呆れたような色を帯びてケビンを見つめているのが分かった。仮面越しとはいえ、そのジト目が少し気恥ずかしく、ケビンはあえてそれに気づかない振りをしながら、手紙に綴られている文字へと慌てて目を落とした。


しかし、手紙に書かれているのは宮廷で使われるような複雑な崩し文字であり、独学で少し文字を覚えた程度のケビンには、せいぜい半分ほどしか解読できなかった。


(クソ、なんて書いてあるんだこれ……。はぁ……)


結局、内容を完全に読み解くことができず、ケビンはバツの悪そうな顔のまま、すぐにライへと手紙を返す羽目になってしまった。そのせいで、彼女のジト目を余計に正面から見つめることになってしまい、動揺が隠せない。


「ふふ、無理しなくていいわよ。ここには、こう書かれているわ」


ライはからかうような笑みを一度見せた後、手紙の文面を滑らかな声で読み上げ始めた。


「『――の計画は失敗に終わった。しかし、異界から召喚した聖女……橘小雪の魔素量は、異世界人特有の、――らの想像を遥かに超える極上の産物であった。これほどのエネルギーを使えば――れの目的は達する事ができ、――に使え――へ帰ることが出来る。後は、残る三大魔道士を―――そ――くては。問題は、あの厄介な魔女クラガリをどう対処するかだ……』と、書かれているわ。ところどころ血やインクで滲んで読めない部分があるけれど、彼らのおおよその目的は見えてくるわね」


手紙に記された中々に重要、かつ衝撃的な内容の文書に、ケビンは呆然と立ち尽くし、仮面の下で思考をフル回転させた。


「召喚した、聖女……橘小雪……」


聖女という言葉自体には、ケビンも確かな覚えがあった。今から約5年前、この王国グランに突如として現れたという『聖女』の噂。

もちろん、それは当時、王都から遠く離れた寂れた田舎の村へとやってくる、吟遊詩人の語り部が誇らしげに歌い上げる英雄詩の類でしかなかったが、村の子供たちの間でも聖女の話は広く知れ渡っていた。


ただ、その聖女がどのような容姿で、どんな性質の人物なのかまでは、一介の農民に知り得るはずもなかった。ただただ、この国の更なる発展と平和のために、王宮の奥で日々祈りを捧げ、頑張っている高潔な存在だとばかり思い込んでいたのだ。


まさか、家族を…妹たちの命を無残に奪い、自分をこんな醜い死体の化け物へと変えたあの残酷な悪魔――橘小雪が、その『聖女』の正体であったとは、今の今までつゆ知らずにいた。

噂によれば、聖女は邪悪を退ける広大な『守りのベール』を国中に纏わせ、国境からの魔物の侵行を一人で退けるほどの神聖な力を持つという。それほどの奇跡を維持するためには、常人とは比較にならない膨大な魔素量が必要不可欠なはずだが、この文書に書かれている通り、彼女が持つ異世界のエネルギーは、この世界の魔法使いたちにとっても規格外の「極上の産物」だったのだろう。


それにしても、異世界人、そして召喚、という不穏な単語。この文面が事実なら、オズ卿たちは自分たちの暮らすこの世界とは全く異なる、遥か彼方の別の世界から、魔法の力で無理やり人間を呼び寄せたということになる。果たしてそんな神の領域に触れるような大魔術が、本当に可能なのだろうか。


(やっぱり、この世の『三大魔導師』って奴らは、俺たちの常識が一切通用しない規格外の化け物なんだな……)


生涯、まともな魔法の一つすら見たことがなく、ただ土を耕して生きてきた農民のケビンにとって、彼らは到底理解の及ばぬ天上の存在であることは確かだった。そして、この国の宮廷魔導師であるオズ卿という男が、聖女・橘小雪の誕生と、この国を襲った一連の悲劇に極めて深く関わっていることだけは、嫌というほど理解できた。


「……このオズという男は、死にゆく私を最期まで守ろうとしてくたレイノルドの仇よ」


ライはそう言うと、自らの左手の爪を不気味に研ぎ澄ますように激しく擦り合わせながら、ニコニコと歪な笑みを浮かべた。その美しくも冷徹な横顔には、死者特有の悍ましい復讐心がみなぎっており、とても不気味な笑顔だった。


「どのみち、地の果てまで追い詰めてその首を切り落とすつもりだったけれど……。あいつが、あなたの追う橘小雪とも深く繋がっていることが分かって、むしろホッとしたわ。標的が同じ場所にいるなら、手間が省けるものね」


「……ああ。このオズって男も、必ず見つけ出して殺そう。それと、この手紙の最後に書かれている、この『魔女クラガリ』ってのは……」


ケビンには、その名前に僅かながら聞き覚えがあった。田舎の村でも、子供を脅すための怪談話としてその名が使われていたからだ。ケビンの言葉の先を促すように、ライが深く頷き返した。


「そう……彼女もこの世の『三大魔導師』の一人よ。宮廷大魔導師オズ・ブラッドフォード卿、サピエンティアの最高指導者大賢者ジフ様、そして異端の魔女クラガリ。彼女の居場所は知ってるわ。」


ライはそう言うと、長く鋭い爪の先を、王都のさらに遥か「東」の方角へと真っ直ぐに突き出した。その方向には、先ほどから激しく鐘の音を響かせている教会の尖塔が見える。


「あそこに……あの教会の中にいるのか……!」


ケビンはここぞとばかりに声を低くし、強敵を意識して凄んでみせた。しかし、そんなケビンの態度に対して、ライはどこか呆れ果てたような、哀れむような視線を向けてくる。その冷ややかな目線を受け、ケビンは自分がまた何か見当違いなことを言ったのではないかと、内心激しく動揺した。

ライは小さく溜息をつき、大げさに首を横に振った。


「そんなわけないでしょ。そこにいるならみんな知ってるわ。…彼女がいるのは、あそこよりももっと奥……この王国の外れ。最東端にある、狂暴な獣人族すら決して近寄ろうとしない危険地帯よ。リザードマンたちの住処……広大な『湿地帯』の奥深くに、彼女はひっそりと隠れ住んでいるわ」


「リザードマンの住処……湿地帯……」


その言葉を聞いただけで、ケビンの背筋に冷たいものが走った。

リザードマン種は、地上最強の生物とされる竜の血を僅かに引く亜人種であり、極めて高い生命力と強靭な鱗、そして人間を遥かに凌駕する生存能力を持っている。一般的な人間の兵士や冒険者では、一対一であっても勝てる見込みはほとんど立たないと言われている怪物だ。数体程度なら高位の騎士が揃えばなんとかなるかもしれないが、彼らの『住処』となれば話は別だ。そこへ踏み込めば、文字通り何百、何千というトカゲの怪物たちをすべて敵に回して戦うことになる。まともな人間であれば、誰一人として進んで近づくことのない、死の領域だった。


そんな悍ましい怪物の巣窟の奥に、あえて居を構えているという魔女クラガリ。一体どんな恐ろしい姿をした人物なのだろうか。それとも、彼女自身も人間の姿を捨てた、巨大なリザードマンの化け物なのだろうか。そんな想像をいつの間にか口にしていた様で、首を横に振ったライが応えてくれた。


「……彼女はリザードマンなんかじゃないわ、純粋な人間よ。それも、途方もない時間を生きている、すごく年老いた老婆だったわね」


「『だった』? ……ライさん、まるで実際にその魔女に会ったことがあるような言い方だけど、もしかして面識があるのか?」


ケビンが問いかけると、ライの視線は静かに、クラガリがいるという遥か東の湿地帯の方角へと向けられた。その隙間から見える瞳の奥に、過去の複雑な記憶の光が明滅する。


「ええ……。かつて、私がまだ人間としてこの国の王宮に仕えていた頃にね。アーノルド第三王子殿下の側仕えのメイドとして、一度だけその湿地帯の近くへと同行したことがあるのよ。直接会うことはなかったのだけれどね。」



もし、魔女クラガリがライの昔の知り合いであるならば、アンデッドとなった今の姿であっても、こちらの言葉に耳を傾け、話し合う余地が残されているかもしれない。小雪の異常な魔素の秘密や、三大魔導師としての対抗策について、その魔女クラガリから詳しく話を聞き、情報を探る。そうすれば、あの絶対的な力を持つ橘小雪を打倒するための可能性は、今よりも遥かに大きく広がるはずだ。


(……ただ、あの魔女が、俺たちみたいな動く死体(アンデッド)の存在を受け入れてくれれば、の話ではあるがな……)


一抹の不安を覚えつつも、ケビンは拳を固く握り締めた。今、自分たちに残された道は、前に進むこと以外にないのだ。


目的地がその遥か東の湿地帯へと決まれば、死者たちの行動は早かった。

しかし、そこへ向かうためには、まずは目の前の通りを埋め尽くしているアンデッドの大行進を突破し、彼らの肉体から生命線である『魔晶石』を確実に確保しなければならない。そして、その先に向かうにあたって、ケビンにはどうしても、ライに伝えておかなければならない「個人的な願い」があった。


「……なら、まずは魔晶石を確保するために、あの東の教会に集まっているアンデッドどもを片っ端から倒す。その後で、クラガリのいる湿地帯へ向かうわけだけど……。ライさん、その前に、一度だけでいい、村へと戻らせてくれないか?」


ケビンの唐突な提案に、ライは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに全てを察したように優しい表情を浮かべた。


「ええ、いいわよ。構わないわ。さっき話してくれた、あなたの可愛い『妹ちゃんたち』のことね?」


「……そうだ」


村の名前を口にするだけで、ケビンの胸の奥にある魔晶石が、怒りと悲しみでキチキチと不快な音を立てて軋むようだった。


「あの村のアルフレッド爺さんの家の地下には、小雪の手によってアンデッドに変えられちまった、俺の妹……リリィとルルが、今もあてもなく彷徨っているはずだ。俺は、あの2人にも、この魔晶石の力を試してみたいんだ。……もし、魔晶石を体内に取り込ませることで、俺たちみたいに『意識』を取り戻すことができたとしても……それが、本当にあの子たちの望む結果なのかどうかは、俺にも分からない」


ケビンは自らの異形となった漆黒の右腕を見つめ、声を落とした。その心の奥底には、ドロドロとした仄暗い感情の渦が激しく渦巻いていた。


「意識を取り戻すってことは、自分が一度死んで、こんな化け物の姿になってしまった絶望を、もう一度味わわせることになるかも知れない。本当なら、リリィもルルも、そんな残酷なことは望んでいないかもしれないんだ……。だけど! だけど俺は……あの子たちが、何の意志も持たないただの動く死体のまま、誰の目にも留まらずに肉体を腐らせていくのだけは、どうしても耐えられないんだよ……!」


それは、あまりにも身勝手な兄のエゴだった。死者を無理やり現世に繋ぎ止め、異形の怪物としての生を強いる。それは救いなどではなく、さらなる地獄への招待状かもしれない。リリィとルルは、ただ静かに眠らせてほしいと願うかもしれない。

それでも、ケビンは可能性に賭けたかった。自分を「お兄ちゃん」と呼んでくれたあの笑顔を、どんなに歪んだ形であっても、もう一度だけ取り戻したかったのだ。

そんなケビンのドス黒いエゴの告白を、ライは否定することなく、ただ静かに受け止めた。


「私は構わないわよ。だって、私はあなたについていくって、もうそう決めたんだから。地獄の果てまで付き合ってあげるわ。……さあ、湿っぽい話はおしまい。行きましょう。後ろのビッグボーイも、主人のために一刻も早く暴れたくて堪らないみたいよ?」


ライに促され、ケビンが振り返ると、全身が血まみれのビッグボーイが、その巨体をブルブルと激しく震わせていた。

彼は足元に転がっていた巨大な戦斧を、強靭な二本腕で力強く拾い上げ、ガッシリとその手に握りしめたのだ。その戦斧の刃は、主人の敵を全て叩き切るために、鈍い銀色の光を放っている。


「――ぐもおおおおおおっ!!!」


ビッグボーイは天に向かって、地鳴りのような凄まじい雄叫びを轟かせた。その咆哮は、彼が単なる操り人形のゾンビではなく、明確な意志を持った、ケビンの最高の『戦友』として蘇ったことの証明だった。


「……よし。行くぞ、2人とも!」


ケビンの号令と共に、3体の異形のアンデッドたちは、教会の鐘の音が激しく鳴り響く東の空へと向かって、爆発的な速度で走り出した。

どうも古木花園です。

いつも読んでくださりありがとう御座います。

是非少しでも面白かったりしたら……

感想や高評価お待ちしております!!!


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