不吉の鐘
『――アンデッドは、その活動に必要な莫大な魔素を、直接生者から摂取している可能性が極めて高い』
ハリスの手帳から製本されたと思われるその本には、そんな一文が殴り書きで添えられていた。
その記述を目にした瞬間、ケビンは自らの異形へと変わり果てた肉体に起きている数々の変化について、ストンと腑に落ちるような納得を得ていた。
(なるほど……そういうことか……)
ライが生前に経験したというあの地獄の記憶。それを思い返してみても、すべてに合点がいった。アンデッドたちが狂ったように生者へと襲いかかり、その肉を貪り食おうとするのは、単なる凶暴な本能だけが理由ではない。生者が持つ純度の高い魔素を体内に取り込み、自らの魔素量を維持するため――いわば、死体としての活動エネルギーを補給するために、本能的に生者を襲っているのだ。
となれば、先ほど高級街で起きたあの異常事態の理由も説明がつく。生者である聖騎士たちを前にした瞬間、自分やライが完全に理性を失って牙を剥いたのは、枯渇しかけた魔素を補うための飢餓衝動だったのだ。
(意識を失って化け物のように暴れてしまうのは、正直言って困りものだ。だが……もしこの仮説が正しいのなら、事前に何らかの形で十分な魔素を摂取し続けていれば、あの狂気じみた捕食衝動を少しは抑え込めるんじゃないか?)
ケビンは仮面の下で、自分なりの仮説を組み立てていた。もし理性を保つ方法が見つかれば、人間に交じって小雪を追うという当初の計画にも、まだ現実味が残るかもしれない。
思考を巡らせながら、ケビンは研究所の奥へとさらに足を進めた。部屋の中央には、不気味な実験室のような台座が鎮座しており、その上には腐敗した牛の死骸が、悍ましくも内臓を盛大にぶちまけた状態で横たわっていた。
すでに死者となったケビンの鼻は、その凄惨な光景を見ても何の臭いも感知しなかった。ただ、視覚的な不快感だけが、かつて人間だった頃の記憶を刺激して脳裏に嫌な汗をかかせる。
生前、アドマイヤー家では「ビッグボーイ(BB)」と名付けた一頭の牛を大切に飼っていた。それゆえに、内臓を弄ばれた同類の死骸を見るのは、胸の奥にどす黒く気持ちの悪い塊が込み上げてくるような嫌悪感を覚える。
それでもケビンは感情を押し殺し、その牛の死骸の内臓を詳細に診てみることにした。よく観察すると、内臓の一部が刃物のようなもので綺麗に切り取られている。その欠損している部位は、心臓よりも少し下側の位置にあった。
(心臓の下……。まさか、ここは……)
ケビンは思わず、自らの胸元へと視線を落とした。そこには、肉を突き破るようにして生えてきた、怪しく赤く脈打つクリスタルのような結晶体がある。
生前には存在しなかった、人間のものとは思えない漆黒の右腕を持ち上げ、その鋭い爪の先で、胸のクリスタルをそっと撫でてみた。
ゴツゴツとした硬質な感触の奥から伝わってきたのは、目眩がするほどの濃密な魔素の塊だった。それは周囲の大気から絶え間なく負のエネルギーを吸収し、自らの内側へと引き込んでいるかのような、不思議な磁場を放っている。
(間違いない……これは魔晶石だ。)
そう考えると、自分の体に起きた急激な変異にも理由がついた。
同時に、ケビンは自嘲気味に息を漏らす。こんな禍々しい結晶体が体内で急激に成長したのだ。生前のような生身の体であれば、内臓諸共ぐちゃぐちゃに破壊されて即死していただろう。まあ、今の自分はとっくに死んでいるアンデッドなのだから、内臓がどうなっていようが関係のない話ではあるが。
その時、ケビンはふと重大なことに気づき、胸元を手のひらで探った。
(あれ……。親父の形見はどこにいったんだ……?)
アンデッドとなって我が家に戻ったあの夜、無残に大破していた父アバンの遺体から回収した、母からの贈り物である『銀色の三日月のネックレス』。肌身離さず胸の中へと仕舞い込んでいたはずのそれが、どこを探しても見当たらない。
焦って胸の魔晶石の周囲を弄ってみるが、その禍々しいクリスタルはケビンの胸の穴を完全に、強固に塞いでしまっていた。まるで肉体の一部として強引に癒着しているようで、その隙間に指を入れることすら到底できそうになかった。
(クリスタルが成長した時に、中で巻き込まれて消えちまったのか……? クソ、仕方ないとはいえ、なんてことだ……確認すらできない)
父の唯一の形見さえ失ってしまったかもしれない喪失感に、ケビンは仮面の下で深く唇を噛み締めた。
その時だった。
「――グルゥゥ……」「……オォォ……」
沈黙に包まれていた研究所の外側から、地を這うような無数の不気味なうめき声が、地鳴りのように響いてくることに気づいた。その数は数十や数百ではない。数千、下手をすれば数万という単位の質量が、建物のすぐ外の通りを移動している気配だった。
ケビンはハリスの本を懐へと押し込み、研究所の重い扉を僅かに開けて、外の様子を窺った。
「な……なんだ、また始まったのか……」
目に飛び込んできたのは、視界を埋め尽くさんばかりのアンデッドたちの『大行進』だった。この王国グランにまだ残存していた死者たちの生き残りだろうか。驚くべきことに、その行進を形成している個体のほとんどが、先ほど自分たちを苦しめたあの異形――全身の皮膚が水膨れのように丸々と膨れ上がった『膨張型アンデッド』へと変異していた。
(どういうことだ? まるでアンデッド同士で病気みたいに感染して、お互いを爆弾に変えているというのか……?)
不気味に変貌した死者の群れは、個としての意志を持たない操り人形のように、一糸乱れぬ足取りで一方向へと向かって大行進を続けている。その進行方向は、この王都の「東」の方角だった。
――ガラーン! ガラーン!
突如として、王都の静寂を切り裂くように、厳かな教会の鐘の音が鳴り響いた。
それは、ケビンが生前、遥か遠くの田舎の村で畑を耕していた頃にも、微かに風に乗って聞こえてきていた、あの澄んだサピエンティア魔術教会の鐘の音だった。しかし、今のケビンの耳には、その音色は生者を祝福するものではなく、死者たちを死地へと誘う、悍ましい呪いの合図のように聞こえた。
まるで、鐘の音がアンデッドたちを呼び寄せ、操っているかのように。
鐘の音に呼応するように、大行進はさらにその勢いを増していった。膨張した死体の群れが、まるで黒い濁流の如く石畳の通りを激しく流されていく。
ケビンがその圧倒的な光景に圧倒されていると、濁流の遥か後方、行進の殿を務める位置から、他のゾンビたちとは明らかに一線を画す、圧倒的な質量を持った重低音の「鳴き声」が轟いた。
――ぐぅもうーーーーっ!!!
それは、激しい怒りと飢餓感を孕んだ、巨大な「牛」の鳴き声だった。
「チッ、来るぞ……!」
ケビンは本能的な危機感を覚え、咄嗟に両腕を胸の前でクロスさせ、腰を落として後ろ向きに身を構えた。
次の瞬間、建物の角を曲がって猛烈なスピードで急接近してきたのは、見上げるほどの巨体を持った怪物だった。ケビンと同じく頭部から「2本の角」を生やしているが、それはヴィネルバの店で買った作り物の仮面などではない。本物の、獲物を内臓ごと突き出すために前方を鋭く見据えた、闘牛の凶悪な一対の角。
血気盛んに真っ赤に血走った巨大な牛の顔。にもかかわらず、その首から下は、強靭な筋肉の塊で構成された人間の二本足で直立している。怪物はその巨体に相応しい、鉄をも容易く叩き切るであろう巨大な戦斧を両腕でがっしりと支え、前方を歩いていた自らの同類であるアンデッドたちをゴミのように薙ぎ倒しながら、直線的な猛進を仕掛けてきたのだ。
伝説に聞く迷宮の怪物――ミノタウロス。
「がはっ……!?」
衝突の瞬間、凄まじい質量兵器に跳ね飛ばされたかのような衝撃がケビンを襲った。ガードしていた両腕の骨がきしむ音を立て、ケビンの身体は軽々と空中へと投げ飛ばされる。
しかし、ここでただ吹き飛ばされるだけのケビンではなかった。宙を舞う一瞬の間に、彼は新しく生えていた強靭な「長い尻尾」を自らの意志で猛烈に振り回し、その鞭のようにしなる鋭い先端を、ミノタウロスの分厚い肩の肉へと深く突き刺した。
「ぐもおおぉぉっ!?」
だが、ミノタウロスは肩に尻尾を突き刺されたことなど微塵も気に留めない様子で、そのまま狂ったように突進を継続した。怪物の進路には、大行進から溢れた無数の膨張型アンデッドたちが立ち塞がっている。
ミノタウロスはその巨体で爆弾ゾンビたちの群れへと突っ込み、それらを次々と踏み潰しながら走り抜けた。
当然、踏み潰された膨張型アンデッドたちは、その肉体に溜め込んだガスと魔素を狂暴に炸裂させる。
ドカドカと連続して巻き起こる、生肉と腐汁の爆発。ミノタウロスはその凄まじい肉汁の爆風を、全身に真っ向から浴び続けることとなった。
どれだけ強靭な肉体を持とうとも、至近距離での連続爆発の威力は凄まじい。当たった皮膚が膨張し次々と破裂し、赤黒い血液が激しく噴出する。
流石の圧倒的な激痛に、ミノタウロスの狂暴な猛進も、ついにその場で緊急停止を余儀なくされた。
「ぐもおおぉぉっ! ろおぉぉーーーっ!!」
ミノタウロスは苦悶と怒りの咆哮を上げながら、その手に持つ巨大な斧を全力で地面の石畳へと叩きつけた。凄まじい腕力によって振り回された斧は、頑丈な石畳をまるで柔らかい泥土のように粉々に削り砕き、周囲に派手な土煙を巻き散らしながら、一閃の回転を見せる。
その破壊の竜巻に巻き込まれた周囲のアンデッドたちは、四方八方へと吹き飛ばされ、次々と連鎖的に爆散していった。
当然、肩に尻尾を突き刺したまま至近距離にいたケビンも、その凄まじい斧の風圧と竜巻に巻き込まれる形となる。
「うおっ!? しまった、まずい……っ!」
ケビンは即座にミノタウロスの肩から尻尾を強力に引き抜き、吹き飛んだ身体の軸を空中で強引に翻した。周囲で次々と誘爆を起こしている膨張型アンデッドの腐汁に巻き込まれないよう、必死に間合いを取りながら、離れた通りの地面へと上手く転がるようにして着地を決めた。
「はぁ、はぁ……何なんだ、一体コイツは……! こんな恐ろしい魔物がなんでこんな所に!?」
ケビンは悪魔の右腕を地面につけ、仮面の奥の瞳を鋭く光らせて怪物を見据えた。
しかし、その怪物の全身を観察していくうちに、ケビンはある致命的な「異変」に気づき、ハッと息を呑んだ。
そのミノタウロスは、先ほどの爆発で破裂した生々しい傷口以外にも、全身の至る所に「何かに激しく噛みちぎられたような無数の傷跡」が、腐りかけた状態で刻まれていたのだ。皮膚の隙間から覗く肉は、生者特有のみずみずしさを失い、どす黒く変色している。
それは、ケビン自身も毎日鏡(あるいは自分の手)で見ている、死者の特徴そのものだった。
(嘘だろ……。コイツ、生きている魔物じゃない。ミノタウロスの……アンデッドなのか……っ!?)
ケビンが戦慄した瞬間、ミノタウロスの真っ赤に血走った巨大な眼球が、ギチリと音を立ててケビンの姿を確実に捉えた。その瞳に宿っているのは、かつて理性を失ったケビン自身がそうであったような、生者を見つけ出して貪り食おうとする、強烈な捕食の渇望そのものだった。
「ミノタウロスなんてお伽話の怪物を、生まれて初めて生で見たってのに……それがすでに死んでアンデッドになってるなんてな。俺はつくづく、ついてるのかついてないのか分からないな!」
「ぐもうぉぉぉぉっ!!!」
ケビンの皮肉を掻き消すように、怪物が再び戦斧を構え、地面を激しく踏み鳴らして第二波の突進を仕掛けてきた。
真正面から受け止めれば、今度こそ肉体を木っ端微塵に粉砕される。ケビンは冷静に周囲の状況を把握した。彼のすぐ足元には、先ほどの爆風で転がってきた、今にも破裂しそうなほどに丸々と膨らんだ膨張型アンデッドが一体、転がっている。
「――ッ!」
ケビンは生前の農作業で培った足腰のバネを使い、その膨張型アンデッドの胴体をサッカーボールのように思い切り上空へと蹴り上げた。そのまま自身の身体をクルリと鮮やかに反転させ、回転運動による遠心力を最大限に利用して、新しく生えた強靭な尻尾を鞭のようにしならせて一閃。空中を舞う爆弾ゾンビの背中へと、正確無比に叩きつけた。
尾の一撃によって弾き飛ばされた膨張型アンデッドは、一直線に突進してくるミノタウロスの顔面へと向かって、真っ直ぐに飛んでいく。
衝突――そして、炸裂。
爆弾ゾンビはミノタウロスの顔面の真ん前で激しく爆散し、怪物の視界をブクブクと音を立てて破裂する腐汁と魔素の炎で包み込んだ。
「ぐぅもあおぉおあっ!!! ぁぁぁっ!!」
顔面を直撃されたミノタウロスが、激しい痛みに悶え、視界を奪われて悲痛な叫び声を上げる。ケビンはその隙を逃さず、追撃の手を緩めなかった。周囲に転がっている他の膨張型アンデッドたちの死体を、悪魔の右腕で次々と掴み上げては、さながら投石機の如き怪力でミノタウロスの巨体へと容赦なく投げつけていく。
本来ならば、こんな残酷で容赦のない戦い方が、一介の農民だったケビンの頭に浮かぶはずもなかった。しかし今のケビンは、考えるよりも先に、自然と「こうするべきだ」と身体が先行して動いていた。
(……俺は、心まで完全に、アンデッドの化け物に近づいているのだろうか…)
頭のどこかで、冷徹な自分がそう呟いていた。この投げつけているアンデッドたちだって、生前は自分と同じように、この王国グランで普通に暮らしていた人間だったはずなのだ。それなのに今の自分は、自らの生存と勝利のために、彼らの死体を何のためらいもなく便利な「使い捨ての爆弾」として利用している。
その精神の変容に仄暗い恐怖を覚えつつも、ケビンは手を止めなかった。
度重なる爆弾ゾンビの投擲を受け、まともに爆風を浴び続けたミノタウロスは、全身の強靭な皮膚のほとんどが剥ぎ取られ、肉がズタズタに裂けた凄惨な有様へと変わり果てた。
並の生物であればとうに絶命しているであろう致命傷。しかし、アンデッドと化しているその怪物の巨躯は、未だに荒い鼻息をフシュー、フシューと吹き出しながら、執念深く血走った瞳をケビンへと向けていた。
気づけば、大行進の群れはすでに遠くへと去り、周囲にはもう武器として利用できる膨張型アンデッドの姿は残っていなかった。ほとんどの死体は、あの教会の鐘の音に引き寄せられている。
(クソ、これ以上は手駒がないか。あいつの脳を直接潰すしかない……? いや、あの巨大な斧の間合いに、無傷で近づけるか……!?)
ケビンは悪魔の腕の爪を研ぎ澄まし、決死の間合いへと踏み込もうとした。目の前のミノタウロスからは、未だに「戦う意思」の衰えぬ、圧倒的な殺気のオーラが立ち上っているように感じられたからだ。
しかし。
「ぐもぉ……」
次の瞬間、ミノタウロスはその巨体を支えていた両膝を、ガクリと激しく石畳の上へとつき、力なくその場に崩れた。そして、あれほど固く握りしめていた巨大な戦斧を、ガシャーンと虚しい音を立てて手放したのだ。
怪物は武器を失ったまま、ただじっと、静かにケビンの姿を見つめていた。
その目は、確かに未だに真っ赤に血走ってはいた。しかし、その瞳の奥にある微かな光の揺らぎに、ケビンは何か、言い知れぬ「懐かしさ」のようなものを感じていた。
(なんだ……? コイツ、俺を見て、何を……)
驚いて観察を続けるケビンの目に、怪物の全身に僅かに残された、茶褐色の見覚えのある毛並みが映り込んだ。そして、その特徴的な短い尻尾。それらの要素が、ケビンの記憶の底に眠っていた、温かくも切ない「生前の日常」の光景を鮮烈に呼び起こしていく。
――カラン、と、静かな音が響いた。
ミノタウロスのズタズタに裂けた鼻の先から、大きな、歪にちぎれた「金属製の鼻輪」が地面へと転がり落ち、ケビンの足元へと転がってきたのだ。
その泥と血に汚れた鼻輪の形状を見た瞬間、ケビンの全身に、落雷に打たれたかのような凄まじい衝撃が走った。
それは、ケビンがかつて実家で毎日、誰よりも大切に手入れをし、その鼻へと取り付けてやった、愛牛の形見――
「……まさか。お前、BB……なのか? 嘘だろ……っ!?」
ケビンは信じられないといった様子で仮面を押さえ、声を震わせた。
この血まみれの異形の怪物の正体は、かつてアドマイヤー家で家族同然に暮らし、父と共に畑を耕していたあの愛牛、ビッグボーイだったのだ。
ただの大人しい家畜の牛が、こんな悍ましい迷宮の魔物・ミノタウロスへと変化するなんて、そんな馬鹿げたことが現実に起こり得るのだろうか。ただ人間がゾンビになったのとは、訳が違う。この牛は、何らかの強烈な魔素の汚染によって一度「魔物化」し、その後にさらに命を奪われて「アンデッド」に成らされているのだ。
「これも……これも全部、あの女の……小雪のせいなのか……っ!」
ケビンは猛烈な怒りと悲しみに胸を掻きむしられた。小雪の放った闇魔法の奔流は、人間の命だけでなく、罪のない家畜の運命までをも、これほど残酷に弄び、怪物へと変え果てていたのだ。
ズズ……と音を立てて、満身創痍のミノタウロス――ビッグボーイが、再びゆっくりと立ち上がった。
「ぐもぉ……」
その掠れた鳴き声は、細く震えるようにして、かつて夕暮れの牧草地で、少年の頃のケビンを呼んでいた時のあのビッグボーイの優しい声そのままに、ケビンの耳へと届いた。
どれだけ無残に肉体を改造され、アンデッドの化け物に変えられようとも。
この牛の魂の奥底には、まだ確かに、アドマイヤー家で過ごした記憶と、大好きな主人の面影が残っていたのだ。
ビッグボーイは、目の前に立つ仮面を被った悪魔のような異形のケビンを、姿形は違えど、紛れもない「自らの大切な主人」であると正しく認識し、慕うようにその大きな頭を下げた。
「そうか……お前も、BB……お前も、俺と同じように意識が残ってたんだな……」
ケビンは一歩、また一歩と、かつての愛牛へと近づいていった。
「すまない……本当に、すまない……。俺はお前だと気づかずに、こんな酷いことを……っ!」
ぐちゃぐちゃに傷ついたビッグボーイの姿を見て、死者となったケビンの目から涙が流れることはなかった。しかし、その絞り出すような声は、生生しい悲痛の情に激しく震えていた。
「ぐもぉぅ……」
ビッグボーイは嬉しそうに小さく鳴き、自らの大きな鼻先を、ケビンの黒い鱗に覆われた右腕へとそっと擦り寄せてきた。ケビンはその痛々しい頭をやさしく撫でながら、彼を落ち着かせるように、静かに、何度も何度も大切な言葉を紡ぎ続けた。
「ケビン、大丈夫!? 一体何があったの……?」
その時、オズ卿の部屋の調査を終えたライが、異変を察知して研究所から慌てて飛び出してきた。彼女はその5本の鋭い爪をミノタウロスへと向け、警戒の構えをとっていたが、ケビンは「大丈夫だ、ライさん。爪を下げてくれ」と、静かに手を挙げた。
ケビンは仮面の奥の瞳を東の空へと向けながら、ライに対し、この悲しき怪物との関係と、自らの身に起きた事の成り行きを、ぽつりぽつりと静かに説明し始めるのだった。
いつも見てくださりありがとうございます。
古木です。
投稿開始から見てくださってる人がいたら題名が変わったことにお気づきかも知れませんが、何とか見てくれる人が増えるようにと思い改名した次第です。ご容赦ください。
さて、もう数話で王国壊滅編は終わりの予定です。
頑張って書いていく予定ですので応援のほどよろしくお願いします!感想とか高評価とか泣いて喜びます。泣かんとも小躍りする古木です。是非よろしくお願いします。




