魔物研究所
王都北部に位置する、王宮の奥手に佇む施設。そこはかつて、レイノルドが使っていた魔物研究所だった。
建物の周りには、細切れに切り刻まれたアンデッドの死体が無数に転がっている。そのあまりにも無残なバラバラの有様を見れば、誰の仕業かは一目瞭然だった。
「……」
もし、あの爪と本気で戦っていたら自分もこうなっていたのだろうか。ケビンは出ることのない息を呑み、肉片を踏み荒らしながら施設へと足を踏み入れた。
「あ……」
入ろうとした瞬間、お尻のあたりでガスガスと鈍い音が響く。見れば、新しく生えた尻尾が入り口の枠に引っかかり、足止めを食らっていた。
死体となった不慣れな体を動かすだけでも一苦労なのに、生前には存在しなかった「尻尾」という器官を操るのは、想像以上に難難しかった。
「ふふっ」
そんな様子を見て、ライが薄く笑う。彼女が自慢の爪で邪魔な壁をすぅ、と軽々と切り裂いて通れるようにしてくれた。
「笑うなよ。結構難しいんだよ」
なんとも言えない複雑な気分になりながらも、ケビンはおとなしくその背を追って中へと入った。
研究所の内部は研究資料が散乱し、アンデッドが踏み荒らした跡や、魔物の死骸がいくつも転がっていた。それらの魔物もまた、ほとんどが綺麗に腹を切り裂かれたものばかりだった。
「さぁ、まずは資料を集めましょうか。私はこの手だから、少し別のところを探してくるわね。あの扉から出た所が、オズ卿の部屋につながっているのよ」
「わかった。ここは任せてくれ」
会話の中で「オズ・ブラッドフォード卿」の名を聞き、ケビンの心臓が内心でドキリと跳ねる。
オズ卿といえば、三大魔道士の一人であり、この王国では王に次ぐ権力者だ。大賢者ジフがこの国と手を結ぶきっかけを作った架け橋でもあるという。それほどの雲の上の人物と言えば、自分のような一介の農民が一生かかっても会えるはずのない存在だった。
伝え聞く噂では「偉大な魔法使い」ということだけ。ただ、ライの話によると、その体躯は子供くらいに小さいらしいが。
それはさておき、ケビンは研究所内で手がかりになるものがないか調べ始めた。
並べられた本をいくつか手に取ってみるものの、難しい言葉ばかりが並んでいて読解は難航を極めた。読み書きは少し父から学んでいたが、専門書を読み解くには到底足りない。貴重そうな本を手に取っては、ため息交じりに元の棚へと戻した。
(どれが役に立つんだ……?)
そうして棚を漁っているうち、一冊の本に目が留まった。
脳裏に、かつて村にやってきた旅人ハリスの記憶が呼び覚まされる。何度目かの夜、ハリスが魔物のことを数多く記した本を見せてくれたことがあったのだ。
『俺の旅路の中で出会った場所や動物、植物、魔物、地形なんかを全部メモしているんだ。特に魔物。どんな生物で、何を食べて生きているか。そういうことを全部書き記しておくんだよ。これが俺の生涯できっと役に立つ、そう思ってな』
そう語っていたハリスの手帳の背表紙に、その本はよく似ていた。
(ハリス……)
しかし、実際に手に取ってみると、それは手帳というよりも少し分厚く、数多くの魔物が詳細に書き記された、かなり立派な装丁の本だった。
(こんな高級な本にするなんて……あんた、本当に凄い奴だったんだな……)
幼い頃の思い出が美化されていくような感覚を覚え、あのむさ苦しかったハリスの髭面さえ、少し格好よく思えてくる。
本を開くと、いくつかのページに血の指紋が付着していた。新しいものではない。何年も前から、この研究所の主が手荒に扱っていた名残だろう。
ケビンはそれを気にすることなく、ページをめくっていった。水棲生物や、空を舞う竜の生態までもが描かれているが、どれも平民や農民でも読める平易な文字で記されていた。
パラパラと読み進め、ついに死霊系魔物が記されたページで行き着く。
――アンデッド。
そこに描かれたイラストは抽象的ではあるものの、背筋が凍るほど恐ろしい外見をしていた。
その本質は「生者を喰らう怪物」。そして、喰らわれた生者もまた、たちまち同じアンデッドと化す。
ここまでは、ケビン自身も身をもって知っていることだった。
だが――その先に、目を疑う記述があった。
『アンデッドの中でも、稀に理性を保つ特異個体が存在する。そのほとんどは、生前に魔法使いであった者や、武勇を誇る強き戦士だった者である』
さらにその下には、殴り書きのような注釈が添えられている。
『生前の魔素量が関係している。また、変異する瞬間の、周囲の空気中の魔素濃度も影響している可能性大』
(俺が変異した理由は……魔素量なのか?)
読みながら思い返してみれば、心当たりはいくつもあった。
旅人のハリスにも、アルフレッドの爺さんにも、昔から何度も言われてきた言葉がある。
『お前さんには、強い戦士の素質があるぞ』
そして思い出すのは、あのヴィネルバの館での出来事だ。仮面商は確かに言っていた。――『魔素がまだ余っている』と。
自分の中に、どれほどの魔素が眠っていたのか。ケビンは皮肉にも死人となって初めて、己の本当の資質を知ることとなった。




