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Dead Man's Journey  作者: 古木花園


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白銀の一閃と新たなる会合


「また戻ってくるわ! そのまま中に引っ込んでいて!」


ライの鋭い叫び声が、赤く染まった街道に響いた。変異を遂げた彼女の肉眼は、遥か先で猛烈な制動をかけ、器用に回転方向を真逆へと変えた巨大肉塊の動きを完全に捉えていた。

彼女は再び押し寄せるであろう強烈な衝撃と地響きに備え、十本の鋭い爪をガチリと石畳の地面へと深く突き立て、低く身を構えた。

(クソ、本当に戻ってきやがった……!)

ケビンは再び店内の受付カウンターの影に身を潜めながら、激しく思考を巡らせていた。あの圧倒的な質量を誇る球体を、手元にある一本の尖らせた木の棒だけでどうやって屠ればいいのか。脳裏をかすめる怯えを必死に抑え込み、弱点であるはずの「二つの巨大な瞳」を狙う算段を立てようとする。


「うごおおおおおお!!!!」


空気をビリビリと引き裂く物凄い絶叫を上げながら、肉塊は再び猛烈な勢いで回転し、血の轍を逆流してきた。そのあまりにも大きな咆哮と衝撃に反応したのか、周囲の路地裏や廃墟に潜んでいた知性のないアンデッドたちが、引き寄せられるようにしてゾロゾロと肉の街道へと集まり始める。

しかし、そこに現れたのは死者たちだけではなかった。

回転する肉塊が周囲の瓦礫を巻き込みながら猛進するその行く手、およそ2キロメートルほど離れた街道の先から、一団の影が突撃してくるのを、ケビンたちはおののきながら目撃した。

それは、仕立ての良い法衣や頑強な鎧を身に纏った、聖職者たちの団体だった。


「あれは……生きている人間か!?」


ケビンが思わず声を漏らす。店の外、血の街道に出てケビンは見る。音もなく戻ってきていたライが、その隣で冷徹に、しかし僅かに嫌悪を孕んだ声で答えた。


「あの白銀の格好は、サピエンティアの人たちね。……それも、教会の精鋭たる『聖騎士』だわ」


肉塊の猛進に対し、先頭を走る一人の聖騎士が果敢に突き進んだ。彼のピカピカに磨き上げられた白銀の鎧は、すでに返り血で赤黒く汚れていたが、その手に握られた大鋼の剣が、鋭い呼気と共に一閃された。

ギギギィィィン!!! と、肉を斬る音とは思えないほどの凄まじい金属音が炸裂する。

その凄絶な一撃は、猛烈な速度で回転していた肉塊の回転を一瞬でピタリと止めるほどの破壊力を秘めていた。しかし、肉塊の分厚い皮膚と脂肪の層を深く切り裂くにとどまり、致命傷には至らない。

だが、聖騎士たちの波状攻撃はそれで終わりではなかった。


「いけぇッ!!」


怒号と共に、次に飛び出してきた大槌メイスを構えた聖騎士が、全身の遠心力を乗せてその巨大な得物を振り下ろした。

狙いは正確無比――肉塊の剥き出しになった巨大な瞳だった。

ベシャリ、と肉が爆ぜる嫌な音が響き渡り、肉塊の右目が容赦なく叩き潰された。眼球から大量の体液を噴き出し、肉塊は裂け目の大口から、先ほど以上の狂ったような絶叫を響かせる。

同時に、後方に控える聖職者たちがブツブツと高速で呪文を唱え、周囲の死霊を退けるための十字の手形を結んだ。


「――神聖なる光よ、不浄なる歩みを止めよ!ターンアンデッド!」


激しい白光が炸裂する。神聖魔法の輝きを浴びた周囲のアンデッドたちは、見るからに苦しそうにその身を悶えさせながら、内側から焼き焦がされていった。肉の焼ける嫌な臭いと共に、その身体は見る見るうちに炭化し、崩れ落ちるように石畳へと倒れ伏していく。


 そんな戦闘の一部始終を、ケビンとライは息を潜めて遠目から眺めていた。

サピエンティアの軍勢。生前であれば、自分たちを救ってくれる正義の味方であり、憧れの対象ですらあったはずの存在。

しかし。

彼らが肉塊を切り裂き、神聖魔法でアンデッドを焼き払う光景を見ているうちに、ケビンの肉体に「異常な異変」が起き始めた。

どくん、と。死んでいるはずの心臓が、不気味に脈動したような錯覚。

視界の端が、ヴィネルバの仮面のおかげで取り戻したはずの色彩を超えて、ドス黒い「捕食の赤」に染まっていく。

鼻腔を突くのは、遠くで戦う聖騎士たちの、あまりにも瑞々しく、芳醇で、美味そうな『生の血液』の匂いだった。

(な、これは……この感情は……!?)

胃袋の奥から、せり上がってくるような凄まじい飢餓感。あの動く肉を喰らいたい。あの白い肌を切り裂き、温かい血を喉奥に流し込みたい。

かつて、アルフレッド爺さんを目の前にしたあの「化け物としての本能」が、再び生者の強烈な気配を前にして強制的に叩き起こされようとしていた。


「やめろ……俺は、人は襲いたく……ない……っ!」


ケビンは自分の頭を左手で激しく掴み、石壁に頭を打ち付けるようにして必死に衝動を抑え込もうとした。

隣を見ると、ライもまた、その真っ赤な皮膚をさらに赤く変色させ、全身を激しく痙攣させていた。


「うぐ……ダメ、よ……っ。私たちは、人間……心は、人間のまま……よ……!」


彼女は十本の爪を自身の腕に深く突き刺し、その激痛で辛うじて理性を繋ぎ止めようとしていた。アンデッドの肉体が生者を求める本能。抗いがたい呪いの濁流が、二人の知性をガリガリと削り取っていく。

このままここに居続ければ、間違いなく生者の匂いに狂わされ、あの聖騎士たちに向かって我を忘れて突撃してしまう。そうなれば、あの神聖魔法で炭にされるか、彼らを惨殺して本当の化け物になるかの二択しかなかった。


「ダメだ……! ここから離れよう、スキンティラさん!」


ケビンが必死に声を絞り出し、街道を抜け撤退しようとした、まさにその時だった。

背後の、店の横の路地裏の暗闇から、冷酷で乾いた、男の声が響いた。


「おいおい……ここは地獄か? 新種ばかりじゃねぇか、おい」

「――”ターンアンデッド(死者退散)”!!」

(しまっ――!?)


ケビンが振り返るよりも早く、鋭い風切り音と共に、凄まじい魔力の光弾が暗闇から放たれた。

視界に飛び込んできたのは、二人の生者。

一人は、不敵な笑みを浮かべ、長い紫髪を揺らす隻眼(片目)の男剣士。その手には、不気味なほどに研ぎ澄まされた大剣が握られている。

そしてもう一人は、冷徹な瞳で呪文を紡ぎ終えた、ローブを纏った女性魔法使いだった。

彼女の杖の先から放たれた神聖な魔力の奔流が、至近距離でケビンとライの身体を容赦なく直撃した。


「が、あぁぁぁぁぁっっっ!!!???」


全身の骨が内側からきしむような、魂を直接 すり潰されるような絶対的な激痛。

ただでさえ、聖騎士たちの接近によって「生者への飢餓感」が限界まで高まり、理性のバランスが崩壊しかけていたところへ、不意打ちの神聖魔術と、目の前の生者の強烈な『肉の匂い』の急接近。

あまりの衝撃と、肉体が要求する狂暴な本能のオーバーヒートによって、ケビンとライの意識の糸は、無残にもぷつりと切れてしまった。

視界が、急速に真っ暗な闇へと堕ちていく。

遠のく意識の最期にケビンの耳に届いたのは、じゃき、と剣を引き抜く、隻眼の剣士の冷酷な足音だけだった――。


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