表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dead Man's Journey  作者: 古木花園


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

ライの最期-2

ドォーン!!!

王宮の深部までをも激しく揺るがす、凄まじい地響きが鳴り響いた。

直後、研究所の肉厚な木製扉越しに、鼓膜を突き刺すような阿鼻叫喚の嵐が押し寄せてくる。命を賭して戦う近衛戦士たちの猛々しい咆哮、それを圧殺するような無数のアンデッドどもの悍ましい地鳴りのようなうめき声、そしてパニックに陥った人々の無数の足音――。

そのすべてが、この王都で起きている異常事態が、誰にとっても「予期せぬ破滅」であり、もはや手の施しようのない臨界点を突破していることを告げていた。


「くそっ! くそっ! なんで、なんで血が止まらないんだ……!」


レイノルドの声は完全に引っくり返っていた。大男の衛兵を殴りつけた彼の拳は赤く腫れ上がり、そこから流れ出た彼自身の血が混ざり合いながら、ライの右腕に包帯を急ぎ足で巻きつけていく。しかし、どれほどきつく縛り上げても、純白の布地は一瞬で毒々しい赤色へと染まり変わっていった。

顔面蒼白で取り乱す夫の姿を見つめながら、ライは朦朧とする意識の中で、狂おしいほどの愛おしさを覚えていた。彼女は残された左手で夫の頬にそっと触れ、震える唇で優しく微笑みかけた。


「レイ……聞いて……私なら、大丈夫。でも、もし私が助からないのなら……あなたは、生きて。あなたのこれまでの研究は、きっと後世に残る偉大なことなのよ……。あなたなら、大丈夫だから……」

「嫌だ……あぁ、そんな事言うな。 君が必要なんだ! 僕には、ライ、君とこの先もずっと一緒にいたいんだよ……!」


レイノルドのトレードマークだった実直な細い眉が、情けなく八の字に垂れ下がる。彼の目からは涙が、鼻からは水が止めどなく溢れ出し、ライの血に濡れた衣服の上へと落ちていく。

ほんの少し噛まれただけだった。

だが、レイノルドは誰よりも理解していた。魔物について血の滲むような研究を重ねてきた彼は、当然、死霊系の魔物――アンデッドの生態についても学んできた。アンデッドの発生理由は、死者が生前に有していた「魔素の量」が深く関係している可能性が高い。先ほどの実験で魔物の体内から『魔晶石』を発見できたように、恐らく人間にも、それに対応する魔素を溜め込むための未知の臓器(器官)があることは容易に予想できた。

しかし、人間の死体に刃を入れる行為は、宗教国家サピエンティアにおいて絶対の禁忌だった。大賢者ジフが定めた聖魔術教会の教えにより、死体は神聖魔術によって速やかに浄化・埋葬されるものと厳格に定められていたため、人間を解剖してそれを確かめることなど、決して許されなかった。その教えはこの王国まで波及し、だから確たる証拠はない。

それでもレイノルドは、人間にも『魔晶石』が必ず存在するとほぼ断定していた。それが死後に異常作用することで、人間はアンデッドへと変貌するのだと。

だが――そのアンデッドに噛まれた生者が、なぜ瞬く間に同じ化け物へと変質してしまうのか。その「感染」のメカニズムだけは、どうしても分からないままであった。

理由は何であれ、アンデッドに噛まれた人間が生き残った前例はない。

ライもまた、その例外ではないことくらい、嫌というほど分かっていた。

レイノルドは何度も新しい布を重ねたが、巻いた先から赤く染まっていく。彼は震える手で、ライの額に浮き出た大量の汗を拭ってあげた。ライの体温は、今や触れるだけで火傷しそうなほどに急上昇していた。感染の毒が、彼女の体内を確実に侵食している証拠だった。


「ここに残っていても良くない……! 裏口から出よう。あの隠し通路は、オズ卿の自室に直通しているんだ。オズ卿なら……国の最高峰の魔導師であるあの人なら、もしかしたら、君を救う方法を知っているかもしれない!」


あまりにも都合の良い希望的観測だった。だが、今のレイノルドには、その細い蜘蛛の糸のような可能性にしがみつく以外に、残された選択肢はなかった。


「ええ……行きましょう、レイ」


ライにはまだ、わずかに立ち上がるだけの力が残されていた。彼女は夫の細い肩にすがりつきながら、どうにか立ち上がる。

レイノルドが裏口の扉を開け、外の通路に危険がないかを確認しているわずかな合間――ライは最後の力を振り絞り、作業机の上に残されていたレイノルドの研究成果である『魔晶石』とオズ卿から渡された『魔石』、重要な数枚の資料を咄嗟にかき集めると、ドレスの大きなポケットへと素早く滑り込ませた。夫が生きてここを脱出した時、これがなければ彼のすべてが無に帰してしまうからだ。

しかし、レイノルドが「安全だ、出よう!」と戻ってきた時には、ライの体内からはすでに急速に力が抜けており、彼女はその場にへたり込んでしまっていた。


「大丈夫か!? ライ! 無理しなくていい、僕が運ぶから!」


「ふぐっ!」と情けない声を上げながらも、普段はペンとナイフしか握らない筋肉の少ないレイノルドが、愛する妻の身体を必死に抱きかかえた。そして、裏口の狭く薄暗い通路へと踏み出していく。


「レイ……あなた、手から、血が……」

「こんなの……なんてことないさ! 君に比べたら、かすり傷だ!」


自分自身が最も辛く、死の淵に立たされているというのに、なお夫の拳の生傷を心配する妻。そのどこまでも深い優しさに触れ、レイノルドの心は、恐怖を撥ね退けるように激しく奮い立った。

点々と灯る蝋燭の火だけが頼りの暗い廊下は、お世辞にも人が走るのに適した道ではなかった。だが、レイノルドは腕の中のライに少しでも負担をかけまいと、細心の注意を払いながら、自身の全速力でそこを駆け抜けた。

もっとも、学者の彼の全速力など、生前のケビンから見れば酷く遅いものだったろうが――。

やがて、通路の突き当たりにオズ卿の私室へと繋がる重厚な扉を見つけ、レイノルドは体当たりするようにそこへダァーン!!と音を立てながら飛び込んだ。


「オズ卿!! 大変なんです、どうか助けていただきたいのです!! 妻が……妻が、アンデッドに噛まれてしまったのです!!!」


部屋に入るや否や、レイノルドは悲痛な叫び声を上げた。

しかし、彼の目に飛び込んできたのは、あまりにも異常な光景だった。

部屋の主である小さなオズ・ブラッドフォード卿は、信じられないほど巨大な革鞄の中に、室内の貴重品や大量の魔法具をこれでもかと詰め込んでいる最中だったのだ。

オズ卿は、最高峰の大魔導師の証であるキラキラと五色に光り輝く豪奢なマントを羽織り、その身体は白と金であしらわれた精巧な魔導鎧で首元には5つの緑の宝石がアーチを描いて点在していて、隙なく身を包んでいた。彼の身長はわずか110センチメートルほどしかなく、見かけだけなら人間の子供と大差ない。しかし、その頭部はM字にハゲ上がっており、その髪は黒に白髪が幾本も混じっている。とんがった鷲鼻の周囲、そして額には、幾重にも刻まれた無数の深いシワが、彼の老獪な年齢とドス黒い経験を感じさせていた。

突然背後から押し入ってきた部下の叫び声に、オズ卿は一瞬だけ驚きの視線を向けたが、すぐに目の前の荷物へと冷酷に視線を落とした。


「悪いが、後にしてくれないかレイノルドくん。私は見ての通り、今、非常に忙しいのだよ」


いそいそと、機械的な手つきで荷物をまとめ続けるオズ卿。この一刻を争う国家の緊急事態に、この最高権力者は一体何をしているのか。レイノルドの脳裏に激しい疑問が過ったが、そんなものを気にする余裕は一瞬すらなかった。


「お願いです……! お願いですから、オズ卿!! 妻を、ライを救ってください!!」


レイノルドの腕の中で、ライの体温が、先ほどまでの異常な高熱から一転して――今度は恐ろしい速度で『冷たく』なっていくのを、彼の肌ははっきりと感知していた。命の灯火が消えかけている。


「分からんやつだな! 後にしろと言っているんだ! それに、アンデッドに噛まれたのであればもう助からんことくらい、学者のお前なら知っているだろう!」


オズ卿は振り返りもせず、吐き捨てるように言った。


「そんな……! あんまりです! 私はあなたにずっと尽くしてきた! 今回だって、ちゃんとあなたの命じた通り、研究の成果を出したんです! だから……っ!」


その言葉に、ピクリとオズ卿の醜い眉根が跳ね上がった。彼はパンパンに膨れ上がった巨大な鞄を背中に背負い直すと、ようやく二人の方へと向き直った。


「ほう。なら、その成果とやらを今すぐ私に見せなさい」

「それは……その、成果のブツは、今この場には……」


レイノルドが言いかけた、その時だった。

彼の腕の中で、すでに事切れる寸前だったライが、最後の気力を振り絞ってドレスのポケットから『魔晶石』を取り出すと、それを夫の手のひらへとそっと握らせたのだ。

そして、消え入りそうな、か細い声で囁いた。


「愛しているわ……レイ……」

「ライ……? ライ!!! そんな、待つんだライ! まだだ、まだ死ぬんじゃない! お願いだ、目を開けてくれ、ライ!!!」


愛する妻の崩壊に絶叫し、ボロボロと涙を流すレイノルド。オズ卿はその二人の前に、ズッ! と音を立てるような不気味な足取りで近づくと、悲しみのあまりレイノルドの手から滑り落ちた『魔晶石』を、床から素早く拾い上げた。


「素晴らしい……。なるほど、これが魔素の結晶か。――が、本当に彼女を助けることは出来んのだよ、レイノルドくん。そのゾン……いや、アンデッドに噛まれた時点で、彼女の肉体は完全に汚染されている。もう助からんさ」


オズ卿の、完全に温度の冷めきった声。その邪悪な視線は、泣き叫ぶ二人には一度として向けられることなく、ただ手の中の魔晶石の妖しい輝きだけに、貪欲に注がれていた。


「アンデッドを止めるには、脳を完全に潰す。それしかないのだよ。さぁ、化け物になってしまう前に、君の手で綺麗に殺したまえ」


そのあまりにも非情な宣言に、レイノルドの胸の内に、深い悲しみを超えた、ドス黒い激怒の炎が燃え上がった。


「くっ……わかっています……! そんなこと、わかっています! それでも……それでも、本当に助かる希望は、どこにもないのですか……っ!!」

「はぁ……本当に分からんやつだ。目障りだ、どけ」


その一瞬だった。

オズ卿は懐から、鈍い光沢を放つ『黒い鉄の塊』を滑らせるようにして取り出した。

そして、何の躊躇もなく、その銃口をレイノルドの腕の中のライへと向けたのだ。

レイノルドはその黒い鉄の塊が、この世界のどんな魔法具なのか、何という名前の武器(拳銃)なのかは知る由もなかった。だが、彼の中に眠る本能が、それが最愛のライの命を完全に終わらせる「絶対の凶器」であることだけは、瞬時に看破した。

だからこそ――レイノルドの身体は、思考よりも速く動いた。

彼はライを庇うようにして、その黒い鉄の塊の射線上の前に、自らの身体を投げ出したのだ。

パァン!!!

鼓膜を引き裂くような、凄まじい発砲音が乾いた室内に鳴り響いた。

拳銃の銃口から撃ち出された未知の弾丸は、身代わりとなったレイノルドの胸の真ん中を無慈悲に貫通した。弾丸は彼の肉体の中でわずかに角度を変えて背後へと抜けたため、その奥にいたライへと直撃することはなかった。


「ふっ、本当に馬鹿な男だ」


胸から大量の鮮血を噴き出して倒れ込む部下を見下ろし、オズ卿は冷酷に嘲笑した。

だが、その嘲笑が響いた直後、今の一際大きな発砲音を聞きつけた外のアンデッドどもが、オズ卿の部屋の表扉へと一斉に殺到し、凄まじい勢いで扉をドンドンドンドンと叩き始めた。


「なっ……まずいな。早くこの国を出なければ」


オズ卿が忌々しげに拳銃をしまい、部屋の裏手から逃げ去ろうとした、まさにその瞬間――。

凄まじい衝撃と共に表の扉が文字通り粉々にぶち破られ、その破片の嵐のトップを切って室内に乱入してきた者が、狂ったように絶叫した。


「オズ・ブラッドフォードォォォッ!!!!」


それは、この世の全ての呪いを背負ったかのような、鬼の形相をした黒髪の少女だった。

体にぴったりとした異世界の奇妙な学生服の上から、禍々しい闇の魔力を放つ漆黒のローブを身に纏い、その手には禍々しい髑髏どくろの杖が握られている。――小雪こゆきだった。

しかし、血の海に倒れるライたちに、その少女の正体を知る術などあるはずもなかった。


「っ!!! やはり貴様の仕業か!! せっかく私がこの世界に『召喚』してやったというのに、魔王のような真似をしてこの国を滅ぼすとはなぁっ!」


オズ卿が初めて激昂して叫ぶ。対する小雪は、一切の感情を排した氷のような瞳で、杖をオズ卿へと向けた。


「黙れ……!! お前を、殺す!」


小雪の杖の先から、空間を歪めるほどの強大な闇の魔法が放たれた。しかし、オズ卿が身に纏う白と金の鎧が目も眩むような聖なる光を放つと、放たれた闇の魔法は空中で霧散し、煙となって消え去った。

5つの緑の宝石の一つがパリンと弾け飛んだ。


「さらばだ! 哀れな王国よ!!」


オズ卿は手元にあった奇妙な球体を軽く空中へと放り投げると、流れるような動作で拳銃を引き抜き、その球体を空中で正確に撃ち抜いた。

小雪と共に背後のアンデッドの軍勢が室内に雪崩れ込もうとした、まさにその一瞬――まばゆいばかりの、文字通り世界のすべてを白く染め上げるような『暴虐的な光』が、視界のすべてを完全に打ち消した。


「チッ……あいつ……っ!」


凄まじい閃光弾の光に目をやられ、小雪は咄嗟に腕で顔を覆う。そのわずかな隙を突き、オズ卿はあらかじめ用意していた裏口の脱出経路から、まんまと夜の闇へと逃げ去っていった。

視力を取り戻した小雪は激怒し、周囲のアンデッドたちに「追え! あの男を絶対に逃がすな!」と冷酷に命令を下すと、自らもオズ卿が消えた裏口の通路へと、嵐のように去っていった。

静まり返った室内の床には――激しい戦闘の余波に取り残されたように、血の海の中で倒れている二人の身体だけが残されていた。

主を失い、部屋に取り残された数体の大柄なアンデッドたちが、肉の匂いに惹かれるようにして、のそりと二人の遺体へと足を進めてくる。


「ライ……すまない……君を、守れな……」


胸を撃ち抜かれたレイノルドは、瀕死の状態で、最後の最後までライの上に覆いかぶさるようにして倒れていた。彼の意識も、もう完全に消えかけている。


「レイ……」


ライは、すでに冷たくなりつつある声を震わせ、最後の最後まで、愛する夫の名前を呼び続けた。

直後、飢えたアンデッドたちがわらわらと群がり、倒れたレイノルドの身体へと無慈悲に覆いかぶさった。

ライの薄れゆく視界の真ん中で――レイノルドが、短い、しかし絶望的な悲鳴を上げながら、目の前で化け物たちに生きたまま貪り食われていく。

「痛っ!うぎぃぃ…………ぐぶっ……ラ……っが…………………」

彼から噴き出した鮮血が、引きちぎられた肉片が、雨のようにライの顔へと、身体へと降りかかっていく。

バリリ、と大きな音がして、レイノルドの腹部が無慈悲に切り裂かれ、その中から生々しい臓物が引きずり出された。

(助けたい……! 何としても、私のレイを助けたい……!!)

息絶える寸前でありながらも、ライの脳裏には、その狂おしいほどの執念だけが明確に残されていた。彼女は残された左手を動かし、ドレスのポケットの中から、先ほど密かに回収していたオズ卿から渡された魔石を、血塗られた指先で掴み出した。

ライは自らの体内に残された最後の魔素をすべてその魔石に送り込み、それらを合致させて、目の前のアンデッドどもを吹き飛ばす魔法を放とうとした。

しかし、それよりも早く、別のアンデッドがライの首筋へと、その鋭い牙を深く深く突き立てた。


「ガ、は……ッ!」


魔法は不完全なまま崩壊し、行き場を失った膨大な魔素のエネルギーだけが、ライの指先から、目の前で死にゆくレイノルドの身体へと向かって、濁流となって放たれた。

その濃密な魔素の奔流は、引き裂かれ、露出していたレイノルドの臓物の中の『ある一つの特殊な器官』へと、容赦なく注ぎ込まれていく。

魔素を浴びたその臓器は、先ほどの実験の魔物と同じように、妖しく輝きを放ち――まるで血に塗れた『石』のように、硬固に光り輝いた。

レイノルドは、まさに息絶えるその最後の瞬間。

自分自身が提唱していた学説――「人間にも、魔素を溜め込む未知の器官『魔晶石』が存在する」という事実を、自らの死と引き換えに、皮肉にも完璧に実証することとなったのだ。

そして――ライもまた、夫のその最後の輝きを瞳に焼き付けたまま、完全に絶命した。




「…………」

どれほどの時間が経ったのだろうか。

ライ・スキンティラが、再びその「瞳」を開いた時。

彼女の視界に飛び込んできたのは、静まり返ったオズ卿の部屋の天井だった。

身体が重い。自らの下を見ると、そこには頭部をズタズタに切り裂かれ、物言わぬ本当の死体となった、無数のアンデッドたちの残骸が転がっていた。ライ自身が、無意識のうちに物凄くながくて凄まじい爪で周囲の化け物どもを屠り尽くした痕跡だった。

自分の腕や足が真っ赤に燃え上がったような肌になって自分が異形になっていることを自覚した。

そして――何よりも最悪で、悍ましい地獄が、彼女の口の中にあった。

ライが意識を取り戻したその瞬間、彼女の口内に残っていたのは、生々しい肉の味。

彼女が本能的な飢餓感のままに貪り食い、その口に含んでいたのは――他でもない、彼女の最愛の夫、レイノルドの肉体の一部だった。

「……あ、あ、あああああああぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」

声にならない絶叫が、王宮の廃墟に響き渡る。

自分が何をしてしまったのか。守りたかったはずの夫を、自らの牙で喰らってしまったという絶対的な狂気。

ライ・スキンティラという女性の「終わらない地獄」は、まさにその瞬間から、幕を開けたのだった。




 ケビンは、黒い仮面の下で、息を詰めてその壮絶な告白を聞いていた。

目の前にいる、血濡れた金髪の美しいアンデッド。彼女がなぜ、狂ったように他の死者を切り裂き、狩り続けていたのか。その全ての理由が、今、最悪の形で繋がった。


「やつらの、せいで……。そして、この私の、呪われた身体のせいで……!」


ライの長い爪が、激しい憎悪と自己嫌悪で、再びガリガリと石畳を深く抉っていく。

ケビンは、地面に置いたほうきを見つめながら、己の中にある「復讐の炎」が、彼女の絶望と共鳴して、さらに激しく燃え上がるのを感じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ