第七話 不安
「リデアス様、おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ」
多くの人達が頭を下げる。恐らくは使用人の方たちだろう。その数の多さから、やはりこの人は王太子なんだな、とまた思った。
この人たちもまた、リデアス様に仕える者たちなのだ。
そこから一人、老齢の男性がこちらに歩みを進める。
恐らく来ている服や感じからして、使用人を束ねる立場にあるのだろう。
「お客人」
言葉を発す。
「私はジェームス。王太子殿下ら王家に仕える第一のしもべ。私がお客人をご案内いたします」
そう頭を下げ、歩みを進める。階段を上がった。
私はシエル、そしてスザンヌと顔を合わせる。
「すごいね」
シエルが小さな声で言う。その言葉にわたしは頷く。
「目がくらくらしそう」
また、その言葉に、私は笑った。
そのまま、彼の後をついて行った。
一瞬脳裏で、リデアス様が案内したらよかったのでは? と思ったがそれはあくまでも口には出さない。
恐らくは王家には王家なりの作法とかでもあるのだろう。
そしてついていくが、中々の距離がある。
内装はいかにも豪華だ。
私の住む家もたいそうな家ではあった。だけど、それよりも遥かにでかい。
東京ドーム何個分なんていう数え方は苦手だが、それだけの大きさはある。庭も含めたらかなりの広さになっている。
多分案内してもらわないと迷いそうだ。
途中まで歩いて気付いたが、ここはたぶん王宮の会陰場所ではないのだ。
別荘と言った場所だ。
多分政をするような場所ではなく、普段遣いするような場所だろう。
私の家――リエラとシエルの家も大分大きいとは思う。たぶん慣れなきゃ迷子になるレベルだ。
だけどこれは違う。これは慣れていても迷子になる大きさだ。
私は見失わない様についていく。
すると、ようやく目的地のリデアス様の部屋へとたどり着いた。
そしてかなりの距離を歩いたと思う。そんな時ようやく部屋に着いた。
椅子を用意され、リデアス様が「ここにどうぞ」という。
わたしたちはその椅子に座った。
部屋の中も所謂贅沢な感じで、なんだか居たたまれない気持ちになる。
「改めてお礼を申し上げます。王太子殿下のおかげで、大事な妹を、シエルを助けることが出来ました」
「それについては気にしなくてもいいよ。それよりも約束通り、また来てくれて嬉しいよ」
「ええ、恩に報いるためですから。って、今日はそちらから来たようなものですよね」
「まあ、そうだね」
そして彼は髪の毛を軽く整える。
「でも、結果的に君は俺の元に来てくれた。シエルと共に。これは運命のなせる業じゃないか?」
「そうかもしれませんね」
運命。運命なんて言う言葉は一見胡散臭い。だけど、この世界では運命という言葉はよく使われている。
それこそ、都合のいい出来事が起きた時などだ。
今回の場合、私たちがリデアス様に会いたいと願ったから、会えたという事を言いたいのだろうか。
「それで、詳しい話を聞かせてもらえないか?」
「この子のですか?」
「ああ、知りたいんだ。君の知っていることを」
どの程度教えてもいいのだろうか。
シナリオの事を考えれば、この人は当然味方だ。だけど、なんとなく気になる部分もある。
私がそう迷っていると、
「もし、教えられないというのなら権力を乱用したら教えてくれるのかな」
そう言って殿下が笑う。
「それは困ります。それに最初から教えるつもりですし」
私がそう言うと、「くっはは」と笑い出した。
「冗談だよ。まさかそんな事するわけがないじゃないか」
「冗談ですか、良かったわ」
心臓に悪い。でも、ゲーム上での彼の性格は温和で冗談好きだ。
だからこうなることを知っていた。
シエルが私の膝の上で、少したじろぐ。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、私少し怖い」
怖い、怖い?
王太子様の事が?
そう訊くと、彼女は首を振る。
そして、ひざ元から逃げ出してしまった。
「どうしよう」私がそう呟くと、
「お嬢様、私が連れ戻してきます」
そう言ってスザンヌが走り出す。
「ありがとう。でも穏便にね。だってあの子は」
多分、王太子様本人に対して恐れを抱いているわけではない。
彼女は、自分の力について知ることを恐れている。
今から王太子様に伝えようとしている内容。それは、シエルもまだ知らない話だ。
私は下唇を噛む。
「やっぱり私も行きます」
そして、スザンヌが部屋を飛び出す直前に私はそう叫んだ。
「お嬢様?」
「あの子の許可を貰えないまま勝手に話すのはいけない。話すとしても、シエルを安心させてから、そうでしょ」
「お嬢様にはそれが出来ると?」
「うん。シエルの不安を消し去ってあげる。それは姉である私しかできない事なの」
「了解しました。シエル様を連れ戻すのはお嬢様に任せようと思います」
「ありがとう」
そう言ってわたしは部屋を飛び出す。
――そして部屋に取り残された二人は。
「王太子殿下、申し訳ございません」
スザンヌが謝ると、「こうでなくては面白くない」そう言って王太子は笑う。
「俺はもっと知りたいんだ。この世の事を」
そう言って。気味の悪い笑みを浮かべる。
★
「シエルはどこ?」
私は探す。ところが一向に見つからない。
そう言えばここは、この王宮は大分広い。
中々見つからないのが当たり前なのだ。
王太子殿下やスザンヌにもついて来てもらった方がよかったかなと一瞬思う。だけど違う。そう言う事じゃない。
「ああ、もう」
今はシエルの事が兎に角心配だ。
彼女は変な勘違いをしているのであろうから。
私はとにかく走る。
片隅で泣いてるシエルの姿を発見した。
彼女が今何を悩んでいて泣いているのか、その答えは分からない。でも、
「大丈夫?」
私はそう声をかけた。
「お姉ちゃん……?」
彼女はそう、小さく言葉を発するとすぐに、「ごめんなさい」と頭を下げた。
「こちらこそごめん。急にこんなところに連れてきて」
わたしも頭を下げた。
今シエルが不安になるのは当たり前だ。
「不安になったでしょう。全員が全員闇の力を受け入れてくれるかって」
「うん。怖いの。皆から虐げられることが」
「そうなったら私が守ってあげる。でも、そう言う話じゃないんだよね」
「そう。人から文句を言われるのが怖いの」
その気持ちはよくわかっている。人から後ろ指刺されるなんて言う事は絶対に嫌な事だ。
「ねえ、シエル。あなたはリデアス様を見て、どう思った?」
「え?」
「率直な感想でいいの。教えて」
私はシエルと同じ目線になって言う。
シエルは「えっと」と、目を泳がせる。
「わたしは、好奇心旺盛な方だと思いました」
「それで」
あくまでも優しくだ。
「何でも知りたがる人だと……」
そこで言葉が詰まる。
私も勿論、全部を教えて欲しい訳じゃない。
気持ちの整理をさせてあげたかっただけだ。
「私はね、シエル第一だからシエルがもう嫌なら帰るよ。リデアス様には悪いけど彼なら納得してくれるでしょう」
「ううん」シエルは首を振る。「怖いけど、怖いけど、わたしやっぱりちょっと話したい。そして私の事をもっと理解してもらいたい」
「分かった」
そう、わたしは頷く。
「シエルがそれでいいなら、わたしはいいの」
「怖いよ。怖いけど一歩先に進まなきゃって」
「シエルはやっぱり強いね」
「わたしなんて弱いよ」
シエルがそう言うので優しく頭を撫でる。
「強いよ。私を許せるんだから」
そして、二人でリデアス様の元に戻る。
部屋に入ると、スザンヌとリデアス様が二人で会話をしている最中だった。話の内容は私についてだ。うぅ、プライバシーの権利が……。
「ごめんなさい」開口一番に、シエルが言った。
「不安になっちゃって」
「分かってるよ。それが当たり前だ」
そう、リデアス様は笑う。「ありがとうございました」とシエルが言うと、「謝る事じゃない」と言ってリデアス様はまた笑った。
「それにしても」そう言ってリデアス様は一歩前に出る。
「君は偉い。僕の元にまた来たんだから」
そして、シエルの頭を撫でるリデアス様。
僅かながら照れている。そんな感じがする。
もしかしてこの人はロリコンだったりするのだろうか。
だってシエルに優しいし。
でも、しかしさすがの私も殿下に向かってロリコンですか? なんて聞く度胸はない。
流石に友達にすら慣れていないのに。
いまはまだただの知り合い止まりなのだ。
「それで、私の話をしていいですか」
そう、二人に訊く。
二人は頷く。許可が出たという事でわたしは事の始まりから話し出した。
そして、リデアス様にも伝えていなかった。彼女の話も。
さっき、全部話していいと言われた。ならそれに応えて全て話すまでだ。
シエルがメイドの子どもであり、そして闇の力を宿している事。牢に入れられ心に傷を負った事、
そしてわたしが、リエラが昔シエルを虐めていた事。
転生したとは言えないが、私がきっかけを得て改心したという事も言った。
そしてその30分にも及ぶ話を聞き終わった後、
「なるほど」と、彼は言った。
そして腕を組み、シエルに微笑みかける。
「君は苦労したんだな」
シエルに行った。その言葉にシエルは静かにうなずく。
「苦労したよ」
「だな」
二人がほほえましく話しているのに対し、少し罪悪感を抱いてしまう。
嫉妬してはいけないのに。
「そう言えばリエラ、君は学院に通うんだろ」
「はい」
通うつもりだ。というよりもストーリー的に通う事になっている。
「シエラも一緒に」
「ええ、そのつもりです」
シエルも勿論通わせたいと思っている。
そもそもストーリーではシエルは通う。それが早くなっただけの話だ。
「この子はメイドとの望まれぬ子で家に居場所がない。なら、私が見守れる環境に置きたいと思っているのです」
「今も実の両親からは」
「疎まれています。この子の母親はもう既に亡くなっておりますが」
「この場合は義理の母親か」
そう言ってリデアス様は笑う。
「まあ、いいんじゃないか? 俺も見守れる訳だし、この子の力については俺も興味を抱いている。近くで見ていたいというのが実情だ」
「リデアス様は、面白い物がやはり好きなのですね」
「このつまらん生活だ。少しでもイレギュラーが欲しいのだ」
殿下は笑って言う。私たちの姿を見て、戸惑いを隠せてないのが、シエルだ。
完全に置いてきぼりの様子だ。
「シエル、勿論貴方の意思で決めていいからね」
そう言えばシエルの意志を無視していた。
これでは強制になってしまう。
「私も、いきたいです」
その言葉を聞いて、私は頷いた。これなら安心だ。
「それにしても、闇の力はぜひこの国のために役立てて欲しいところだ」
「リデアス様はこの力を?」シエルが口を挟む。
「ああ、希少な力だ。ぜひ、力を発揮して欲しいと思っている」
殿下がそう言った瞬間、シエルは小さいガッツポーズを見せた。かわいい。
「わたしもそう思っています。シエルが笑顔でこの魔法を使える社会にしたいと思っています」
「それは俺も同意見だ。強いやつが力をふんだんに扱える社会が一番だからな」




