第20話 喧嘩
その翌日。私の元に二人の女子生徒がやってきた。
「何の用かしら」
私はそう言って彼女たちを睨む。
「理由なんてわかっているだろう。お前の妹が私たちの紅茶をこぼしたんだよ」
ああ、その噂の女生徒ね、と私は思った。
そう、まさにシエルが言っていた。
正直、関わるのも面倒だが、無視するわけにもいかない。
わたしがここで動かなければ、シエルの身が危険に冒される可能性もあるから。
私は軽くため息をつき、
「それで、何の用かしら」
もう一度言う。
「耳が聞こえてないのかよ」
そう、叫び、私の襟元を掴んでくる。
まさかここで喧嘩でもする気?
馬鹿としか思えないんだけど。
ここは衆目が集まっている。
ここで喧嘩なんてすれば停学、しいては退学の危険がある。
「ここで喧嘩をするのは私としても不本意です」
「なら、謝ってくれないかしら」
「そうよ」「そうよ」
口々に皆が言う。
取り巻きたちなのかな。
「シエルが既に謝ったはずですが」
「それじゃあ、足りないのよ」
「なら、分かりました」
そう言って私は頭を下げた。「妹がすみません」と。
謝る行為は大人の行為だ。
それを行うだけでこちらが優位に立つことが出来る。
一部、立てない人もいるが。
「謝ったのね、貴方の妹が悪いと認めたのね」
そう、くすくすと笑う。
これは、謝ったらだめな方の人種だった。
「謝るのとそれは別だわ」
「あら、謝るのは当然自分の非を認める時よね」
「そうかもしれないわ。でも、今回私が謝ったのは、私の妹のせいで紅茶がこぼれてしまった事だけ。その後に起きた喧嘩については謝る気はないわよ」
そして私は手から魔法を作り出す。
「でも、あなたたちはシエルの事を馬鹿にしたときいたのだけど、それはどうなのかしら?」
紅茶の件については妹に全面的に非があるわけじゃない。妹の着てたスカートに液体が付着していたことからも、シエルにも被害があったという事は分かる。
「馬鹿にするのは当然じゃない。あなたの妹のせいで――」
ヒステリックに叫ぶ。
「そればかり言うけれど、貴方に非は本当にないのかしら。まあ、それはどうでもいいわ。私が怒ってるのは、貴方が闇の魔力を邪悪だとあの子の前で称したことよ。それを行った時、シエルはどんな顔をしてたの? 教えなさい」
「魔法を使うのは卑怯じゃないの?」
わたしの手の魔法を見て、そう呟く。
確かに卑怯かもしれない。
全員が全員、強い魔法を放てるわけではない。
「ええ、卑怯かもしれないわね。でも、貴方は私の逆鱗に触れた。私はね、シエルを傷つける全てが許せないのよ。あの子は自身の闇の魔力が恐ろしい物なんじゃないかと恐れている。あなたのその言葉がシエルの自信を喪失させたのよ」
「それは誰もが思っているわ」
「思っていたとしても、言ってはだめなことがあるでしょ。謝りなさい。シエルにすぐに!!」
魔法は本気で放つつもりはない。
しかし、私の本気度は見せつけたい。
私はたぶんシスコンだ。
妹の泣きそうな顔を見ると、もう苦しいもの。
「謝りなさい」
「先生こちらです」
そこに先生が来た。あの人は確か雷魔法を専門にしてたライダーツ先生だ。
まあと、一言言って、「やめなさい」と叫び、雷魔法の渦を生み出した。
結果的に私たち二人共怒られることとなった。
説教を受け、面前での喧嘩はもう二度とするなと言われた。
納得はいかないが、私も少しだけ、ほんの少しだけやりすぎたかもしれない。
それに、彼女らに本格的な反省を促すことが出来たと思う。
きっともう、私に恐れをなしてシエルを襲う事はないだろう。
しかし、私はこれからシエルの事を馬鹿にする人たちに対して笑顔で流せるのだろうか。
分からなくなってくる。
「大丈夫か?」
私の元に、リデアス様が来た。
「こっぴどく怒られたみたいだな」
「ええ、怒られたわ」
それこそ、もうカンカンという言葉が似合うくらいだ。
「でも、収穫はあるの」
そう、私は笑顔で言った。
そう、今回しかった先生。ゲームで見たことがある。
彼は邪神教に入ってる人の一人。
恐らく、私が邪魔になったのだろう。
だから、私を一方的に責めることにしたのだ。
なんて卑怯な、と言いたいが、精神的に追い詰めるという事が、シエルの闇落ちのためには役立つのだから、当然の行動だろう。
まあ、卑怯だけれども。
さて、私にはもう一つしなければならないことがある。
セリナのところに行くことだ。
「セリナ」
私は彼女に微笑みかける。
「昨日の喧嘩の件、知ってるでしょう」
「知ってるよ。もめたんだってね」
「ええ。もめましたわ。そして、最終的に怒られた」
「かわいそうにね、理不尽に怒られたでしょ?」
私は頷く。
「それでも、あの子を守り切れると思うの?」
私は黙る。
周りが敵ばかりだと思ってしまう。
ゲームのシナリオ自体が裏切りの連続だったわけだし、ゲーム本編でも紹介されなかった敵もいる。
しかももうだいぶシナリオをめちゃくちゃにしている。
だからもう、予測不可能な状況だ。
「あの子の事は私に任せてよ。全て何とかするからさ」
そう、にっこりと笑うセリナ。
私は、彼女を信用していいのだろうか。
「私がさあ、シエルの事を認めたらもう、その時点で万事解決だよ」
セリナは私と違ってもうかなりの地位を有している。
勿論平民どもがという人も多いが、それでも、次期聖女候補の力は強いのだ。
「でも、その代わり、一つ約束して欲しいの」
「何でしょう」
「リデアス様を私にくれない?」
その発言に私は目を見開いた。
王太子殿下、セリアは狙っているのか?
いや、でもよく考えれば当然の話だ。
セリアは元々ヒロイン。王太子の事が好きであってもおかしくはない。
勿論ゲームでは王太子殿下が一方的にアプローチをするという形ではあったが。
「言い方間違えた。私は殿下を貰うからさあ、もう彼と喋らないようにして」
重い制約だ。
アプローチするなどころか、喋る事すらしないで欲しい。
「セリナはリデアス様の事が好きだったの?」
「うん。だからお願い」
そう、甘い表情でこちらを見て来る。
私はこのお願いを承諾する事も出来る。
だけど、
「喋れない、は条件重すぎるんじゃないかしら」
「嫌なら条件受けなくてもいいよ。それでも、十分にシエルは守るし」
でも、それは裏向きだろう。表向きで守護することはしない。
そう言いたいのだろう。
妹の事を守るためにはこの条件をのまなきゃいけない?
いや、でもそれは……
「ごめん、それは飲めないわ」
私は静かにそう言った。
「へー、シエルがどうでもいいって思ってるんだ」
「そう言う訳じゃないわ」
私はそう突っぱねる。
その言葉に対してもふーんと呟く。
「少しがっかりした。出て行って」
そう、言われ、ドアを盤と絞められた。
私はシエルの事が大事じゃないわけではない。
なのに。
私はまた息を吸い込む。結局、私の中でも答えは出せていないのに。
勿論すぐに答えを出さなければならないわけではない、とはわかってるんだけど。




