何かが町にやってきているかもしれない
朝晩はまだまだ冷えるし、雪もところどころ残っていたりするが、食料や資材を回収したり、様子を見て回ったりと、春の野山を探索する。
「うーん?」
我が家の裏山の様子がどこかおかしい。
不自然に踏まれたような下草に折られた枝。
人が入っているような気がする。
町から入ってすぐなので、人が入ること自体はあるかもしれないけれど、こんなところに入ってきても何も無いと思うんだがなあ。
野盗などのよそ者や流れ者が入り込んでるのだろうか?
そもそも魔物などに遭遇しないよう警戒はしているが、さらに警戒度を一段引き上げつつ、【クラフト】した盗聴器を見つからないようにセットしていく。
盗聴器は、お皿状の板の中央に「同調」を付与した紙をセットしたものだ。
これと一対一で対応するスピーカーを用意し、このスピーカーから音が聴こえたらこの場所、と不審な物音がする場所を特定しつつ、あわよくば人の話し声を拾いたい。
まあ、裏山で感じた違和感が人によるものかはわからないし、人がいたとしても一人であれば話し声などはないだろうし、複数人いたとしても黙って行動しているかもしれない。
とにかく、何らかの情報が手に入れば御の字としておこう。
本日の活動はそれでおしまい、後は何らかの反応があるか部屋にこもって聞き耳を立てていようと思っていたのだが、何故か兄上に捕まり、兄上が教育を施している孤児たちのところで夕食をいただくことになった。
幸い、そこで何か起きたりは無かったが、兄上に付いている護衛が普段よりも多く、真剣さが増していたことが気になった。
森の中に残っていた、人と思われる痕跡と何か関連があるのだろうか?
軽率に結びつけるものではないだろうが、何も考えず無関係と決めつけてもいけない。
つまるところ現状の俺にできるのは、しっかりと警戒することと、手に入る情報は余さず拾うことくらいか。
孤児たちとの食事を終え、普段より物々しさの増した護衛に家まで送り届けてもらった。
予定より少し遅くなったが、仕掛けた盗聴器から何か聴こえてこないか確認してみたところ、怪しい音は特に聴こえてこない。
すでに何らかの目的を達成した後かもしれないが、もっと夜が更けてから行動を起こそうとしているのかもしれないし、今日からしばらくは夜に寝ている場合じゃないか?
そんなことを思いつつ、複数のスピーカーを置いて耳をそばだてる。
しかし、大層な仕掛けをしたが、成果は得られないだろうなとどこかで思っていた。
正直なところ、こそこそと仕掛けをセットすることに楽しみを見出していたと言っても過言ではない。
だから――本当に人の声が入ってきた時、ドッキリか? と思ってしまった。自分で仕掛けた盗聴器なのにも関わらず。
『やはり、ここ、だろうな』
聞こえてきたのは、一番開けた場所に仕掛けた盗聴器と「同調」してあるスピーカーからだ。
草や枝がこすれるような音が入ってくるものの、思いの外クリアに人の声を拾えている。
この時期この地域は、夜の間はあまり風が無く、日が昇り始めると東からの風がゆるやかに吹いてくる。
つまりほぼ無風だというのも、声が拾えている理由だろう。
『ヤツは罠への警戒が薄い。おびき寄せることは可能なはずだ』
『後はオレ次第。か』
『頼むぞ』
『ヤツに振り回される生活も終わりか』
『願わくば無事に帰りたいところだな』
『ああ』
音から察するに、男が三人、だろうか。
相手が人か魔物かそれ以外かわからないが、ナニモノかを罠にかけて討伐しようとしている感じかな?
こっそり見に行きたいが、巻き込まれたくはない。
隠しカメラ代わりになるような物は今のところ【クラフト】できなさそうだし、ここは音を聴くだけに留めておくべきか。
そもそも、決行はいつなんだろう?
声の感じからすると、明日以降かな。
結局それ以上得られる情報の無いまま、彼らはその場から離れていった。
「ふぁーあ」
「寝ぼけている場合ではありませんぞ!」
我が家――我が領の守護部隊隊長、ハーティックの訓練の日だというのをすっかり忘れていた。
昨晩はまた戻って来るかもしれないと、しばらく粘ったのもあって、絶賛睡眠不足だ。眠すぎる。
この「絶賛」は現在真っ只中という意味のネットスラング用法だが、このネットの無い世界でも通用するだろうか?
そもそも元の世界でもわけわからん使い方するんじゃないって怒られそうか。
「張り切って参りましょうぞ!」
今日もハーティックは声がでかくてうるさい。
朝食を食べたら、謎の男たちの行動に備えてもう一度寝直そうと思っていた寝不足の俺の脳を、とんでもなく揺さぶってくる。
目が覚めるどころか、逆に意識を失ってしまいそうなくらいだ。
「隊長、ちょっといいっすか?」
嫌々だがやりますかーと無理やり気合いを入れたタイミングで、中性的でかわいいと形容されるような男が割って入ってきた。
たしか、ハーティックの腹心の一人出、ノーレンって名前だったっけか。
「ぬう」
そんな嫌そうな顔してないで部下の報告を聞いてあげて。
困ったように俺を見るノーレンに、報告をどうぞと手で促す。
「隊長、ガヴィの姿を捉えたっす。現在町の中を散策中」
ガヴィ? どなたですか? 人? それとも魔物?
町の中に普通にいるっぽいし、さすがに人か。
あ――ピンときた。
もしかして、昨夜の謎の男たちの標的か?
それにしても、リアルタイムで追いかけているのか? この人。
失礼してノーレンの魔力を視る。
水属性で、隠してはいるが、手元で魔力を使う何かをしているっぽい。
うーん……あ! またしてもピンと来た!
このノーレンって人のやっていることがわかった気がする。
「むむむう――オウギ様、今日の手合せは無しということで」
「ちょっと待った」
「オウギ様のやる気はわかりますが、今日ばかりは」
「いや、別に手合わせしたいわけではなくて」
「では何を?」
「そのガヴィって人のことを教えて欲しい」
「オウギ様といえどもそれはできませぬ」
「質問権がたくさんあるはずですけど?」
ハーティックとの手合せに勝った場合、何でも訊くことができる権をもらえるという制度はずっと続いていたが、しばらく何も訊かずに溜め込んでいた。
「こればかりは許可できませぬ」
「じゃあノーレンさんに訊くね」
「へ? 自分っすか?」
「その水属性の能力で監視している映像を、俺にも見せてくれません?」




