もしかして修羅場ってやつですか?
王都からの客を迎えた我が家の夕食。
一人離れた自称獣人嫌いな司教様の様子を観察する。
「司教様」
我が家の使用人に隣から声をかけられた司教様だが、きょろきょろと周囲を確認して、使用人の姿を見つけた。
――なるほどね。
使用人から新たなグラスを受け取り、フードをかぶり直す司教様。
あの髪型とか、基本的にフードをかぶる理由に、なんとなく見当がついた。
ま、証拠も何も無いし、俺の想像が事実だとしてもそこにどんな事情があるかまではわからないし、それが俺になんらかの影響を及ぼすかもわからないし、あまり深く考えないようにしておこう。
しかし、俺の見立てが正しいとすると、獣人の匂いがわかるという発言も、嘘ではないかもしれない。
その場合、匂いを持ち込んだのはどう考えても俺になりそうだよな。
俺に付着していたのか、丁度獣人の村で採れたジャガイモを持ち込んだところだったので、そのジャガイモ――を入れていた袋――から漂っていったというところだろうか。
俺自身に獣人の匂いが強く付着している可能性を考えると、あまり司教様には近づかないのが正解か?
一応「浄化」のスキルでキレイにはしてあるので、俺が匂いの発生源となってないことを祈っておくか。
「すっかり打ち解けたみたいだね」
司教様に気を取られすぎて気付かなかったが、いつの間にかエルルネの父である聖騎士様がすぐ近くに立っていた。
「はい。お父様」
「お友達になっていただきました」
ぺこりと頭を下げる。
娘を持つ父親は、変な対応すると面倒くさくなるからなあ。気をつけなきゃ。
「ずっとこもりきりだったからな。遠かったが連れてきて正解だったか」
「遠いところお越しいただき、父も喜んでいるかと思います」
「それはどうかなあ? さっきさっさと帰れと言われたばかりだよ」
「父は素直じゃないですから」
知らんけど。男のツンデレ気質な感じあるよね。父上って。
「ははは。あいつは昔からそうなんだよ」
合っているらしい。昔馴染みが言うのであればおそらくそうなんだろう。
「素晴らしい人物とお友達になれて、僕も嬉しい限りです」
エルルネの魔力は、努力の結果そのものだ。この美しい魔力を見せてもらえて良かったという気持ちは間違いなくある。
「私もオウギ様とお話できて良かったです」
「ん。そうか。それは良かった」
あれ? 聖騎士様若干怒ってません?
「いっそ結婚させるのもいいんじゃないか?」
いつの間にか司教様も近くにやってきていた。
「い、いや、それはさすがに……」
聖騎士様の顔がゆがむ。
えええ? この対応むずくね?
喜んだら調子に乗るなってなりそうだし、謙遜しながら断ったら田舎の四男坊がなに断ってんじゃって怒られそうだし。
それに、近くにいる司教様に勝手にプレッシャーを感じているというのもある。
この司教様は、信頼も信用も置けない認定してしまったので、警戒し続けるしかない。
「セイウ家のご子女であり、美しいご令嬢との結婚となれば、我が家としても僕自身としてもこれ以上ない幸福なお話ではありますが、名家セイウ家としては、このような田舎貴族の末弟との結婚というのは難しいのではないでしょうか?」
「うむ。そうだな」
聖騎士様が頷く。
エルルネ自身がどんな風に思っているのかはわからないし、家のために結婚するという覚悟もあるだろうとは思うが、家に利のない初対面の相手との結婚を持ち出されても困るだけだろう。
「我が家のシェフが用意した食事はまだまだありますし、きっと父上が良いワインも用意しておりますので、食事を楽しみましょう」
とりあえず強引に話を変えて締めてしまうことにした。
夕食会をなんとか終えた翌日。
朝食を済ませ、今日も何か呼ばれるのだろうかと身構えていると、ノックの音が聞こえてきた。
「はい」
扉を開けると、部屋の前にエルルネが一人立っていた。
「おはようございます。オウギ様」
「おはようございます」
「今日もよろしくおねがいします」
「よろしくお願いします?」
何をどうお願いされているんだろう?
白のブラウスに緑基調のジャンパースカート。大きなバッグを肩に掛けた姿のエルルネと、突っ立ったまま見つめ合う。
相変わらず魔力は美しい。
って視ている場合じゃないか。
「今日もお似合いの服装で可愛いですね」
「ありがとうございます」
「えと、とりあえず入りますか?」
「はい」
とりあえず入って座ってもらう。
「普通のジュースと炭酸ジュース、どっち飲みますか?」
「えっと、今日は普通の方でいいですか?」
「わかりました」
インベントリ内で果実を絞り、砂糖をたっぷりと加え、水で調整してコップに注ぎ、テーブルの上に置いて差し出す。
「ありがとうございます」
同じものを俺も飲むとしよう。
「これは結局どこから持ってきているのですか?」
「これも誰にも言わないで欲しいのですが、出し入れ自由の収納空間のようなものを持ってます」
「えっと……オウギ様は、何者なんですか?」
「ただの田舎貴族の四男坊ですが?」
「絶対にただの、ではないです」
「まあそんなことはいいとしまして、今日はいかがなされました?」
「どうでも良くはないのですが……わかりました。それでいいとします」
良いも悪いも、地方貴族の四男坊というのは事実ですよ。
「父様と司教様は、オウギ様のお父様と共に、町に向かわれまして」
ご令嬢の話し相手を頼むぞ、ということになるのかな?
「町の視察ですか? 何も無い町なんですけどね」
「リリアリ教の教会も無いというのを司教様が問題視してまして」
「なるほど。たしかに何故かこの町に教会はありませんね」
数年前まではあったらしいが、今現在は無く、教会があったとされる場所には兄上が教育している孤児たちの暮らす孤児院がある。
「あの、それで、これなんですが」
エルルネが大きなバッグから一冊の本を取り出して置く。
「これは『魔物解体書』ですか」
「はい。
昨日はポテトチップスやジュースをいただいた上に、その、私の、魔力を、その、褒めて、いただいたので、お礼として適当かはわかりませんが、受け取っていただけたらと」
「ありがとうございます!」
これは俺のものってことでいいんだよな? ゴウ爺にいちいち持ってきてもらわなくても、いつでも読めるのは本当にありがたい。
遠出するの時に持ち歩く本の定番なのかもしれないけど、よく持っていたなという感じだし、それを俺にプレゼントする判断もスゴイな。
ゴウ爺のアドバイスでもあったのかな?
「本当に喜んでいただけるんですね」
「はい。とても嬉しいです」
望外のプレゼントに喜んでいると、床下からトントンという音が聞こえてくる。
「なんの音でしょうか?」
きょろきょろと周囲を確認するエルルネ。
いやあ。すごいタイミングで来たなあ。
しかし、無視するわけにもいかないよな。
「ちょっと失礼します」
部屋の中の邪魔なものをインベントリの中に片付けて、床板を外す。
床下から上がってきたのは、リアサだった。
「おはよう。オウギ」
「おはよう」
「その子は、誰?」
はっ。
誰かがオウギに好意を抱いた、そんな匂いがした――気がする。
気になる。
これは、確かめにいくしかない。
よね?




