誤魔化し誤魔化す
あ。
エルルネの瞳から生まれたその水滴は、頬をつたって落ちていく。
ヤバい。泣かせてしまった。
これは、やらかしてしまったか?
いや、でも、別に悪口を言ったわけでも、酷いことを言ったわけでも無いはず。
さてどうしよう。
何か言葉をかけるべきか? 黙っているべきか? 側にいるべきか? 少し離れて見守るべきか?
そもそもその涙は何が原因だ?
初対面のどこぞのお坊ちゃんとはいえ、今までしてきた努力を認められたことなのか? それだけ努力を重ねてきたのに結果が出ないことになのか?
周囲の人たちの反応や評価の問題なのか、自分自身への評価の問題なのか。
何もわからない。
「えと、大丈夫ですか?」
正解なんてわからないが、言葉をかけることにした。
無言で見守ることができなかったとも言える。
「……はい」
鼻濁音混じりのこたえが返ってきた。
「ポテトチップスでも食べます?」
シリアスな空気が流れている今のこの部屋で言うセリフではないかもしれないが、美味しいものを食べて色々リセットしようぜ。
「た゛へ゛る゛」
俺から提案しておいてなんですが、食べるんだ。
「どうぞー」
お皿にてんこ盛りにしてテーブルの上に置く。
エルルネがパリパリという音を立てながら、皿の上のポテトチップスを減らしていく。
エルルネの良い食べっぷりを見ながら魔力を視る。
視れば視るほど美しく磨かれた魔力だ。
そのひたむきな努力、研鑽が伝わってくる。
それ故に、これが決して活きることの無い魔力だというのが哀しい。
できることならばなんとかしてあげたいが、今の俺にはエルルネの問題を解消する術がない。
「ありがとう」
ポテトチップスを食べる手を止め、エルルネが言った。
「どういたしまして。美味しいでしょ?」
「そっちじゃなくて。もう」
ふくれっ面のエルルネ。
だけど。わずかにだけど――その顔がほころんだ気がした。
王都からやってきた、聖職に関わる三人をもてなす晩餐会に俺も参加させられることになった。
晩餐会といっても、田舎の領主の家でやれることなんてたかが知れているけど。
ホストとして父上が仕切り、母上と兄上が脇を固める。
俺いらなくね?
まあ、俺が参加するのがダルいからそう思うだけなんだろうけど。
そういえば、転生してきて1年以上経つが、母上の姿を見るのは初めてかもしれない。
同じ家――というよりは隣の家か?――で暮らしているというのに、よくここまで顔を合わせずに過ごせたもんだなあ。
産みの母ではなく、育ての母――いや、育ててもらってないから戸籍上の母、か?
しっかりとした戸籍がこの世界、この国にあるとすればだけど。
ところで、母上は俺――オウギ君をどんな風に捉え、見ているのだろうか?
産みの母が亡くなったことで、そこにいる父上も母上も精神を病み、オウギ君から距離を置いて暮らすことにしたんだっけか。
放ったらかしにされたオウギ君を想えば、ばつの悪い思いくらいは抱えていてほしいところだ。
さて、母上とは今のところ言葉を交わすつもりはないので、遠巻きに様子を窺う程度にしておいて、せっかくこの場に駆り出されたので夕食は頂いておこう。
ホスト側四人、ゲスト側三人の晩餐会――というかたたの夕食会か――だが、立食形式で行われている。
これはエルルネの父である聖騎士様の希望でこうなったらしい。
堅苦しい席で食事とか嫌だ、と訴えたとかなんとか。
立食形式ということで選ばれたのが、ハンバーグを上下からパンで挟んだもの――つまりハンバーガーだった。
テーブルの上に、ハンバーガーやサラダ、フライドポテトなどが並べられていて、そこから自由に取って食べることができる。
とりあえずハンバーガーを一つ頂きますか。
ちなみに、俺の動きはエルルネにマークされているので、周りから見れば二人仲良く行動しているように見えるような状態だ。
「この食べ物は、フオリ家のシェフが考案したものなのですか?」
ハンバーガーをしげしげと眺めるエルルネ。
「そう言ってたね」
父上の挨拶の中でそういう話があったのだ。
「では本当は?」
「俺が考案したものではないよ」
ハンバーグにしてもハンバーガーにしてもフライドポテトにしてもポテトチップスにしても、俺がこの家のシェフ――ガイゼに教えたものではあるが、俺が考案したものではない。
「この食べ物の話をしていた時、オウギ様のお父様も、シェフの方もオウギ様をチラチラと見てましたけど?」
なるほどー。それは怪しいですねぇ。
「まあまあ、とりあえず食べましょう」
「すぐ誤魔化すんですね」
はしたなくもハンバーガーにかぶりつく。
うん。美味い。ソースがかなり良い感じだ。
このソースは、ガイゼの知識と俺の適当な口出しで生まれたものだ。
動物の骨や肉、玉ねぎ人参セロリなどの野菜、ワインなどなどをアクを取りながら煮込んだ結果出来上がった。
「口の大きさもあるし、そもそもはしたないし、かぶりつかずに切り分けようか」
どうやって食べていいか悩んでいたエルルネにそう提案してみたが、それが気に食わなかったのか、ハンバーガーにかぶりついた。
もそもそと、最初は小さくかじっていき、パティ――パンに挟むように、ガイゼはハンバーガーとは微妙に作り方を変えているようなので、こう呼ぶ方が正しそう――までたどり着いたエルルネは、大きく目を見開く。
「美味しい」
そんな風にエルルネと共に舌鼓を打っていると、父上と司教様、聖騎士様が話している声が聞こえてきた。
「この町にも獣人が暮らしているのですか?」
「知る限りこの町に獣人はいない」
「そうですか」
「何か気になることでも?」
「獣人の匂いがしたような気がいたしまして」
「匂いですか」
「お前は相変わらず獣人を嫌っているのか。リリアリ教は獣人の排除なんて謳っていないんだがなあ」
「当然排除しようなんて考えはございません。それはそれとして、個人的な嫌悪感は捨てられません」
「司教ともあろうお方が酷い言い様だなあ」
「堅苦しい席での食事は嫌だ、なんておっしゃる聖騎士様ほどではございません」
聖職者も煽り合いとかするんだな。
それにしてもあの司教様、獣人が嫌いで、匂いでその存在がわかるのか。
俺には獣人の匂いがたっぷりついてそうだし、俺のせいかなあ。
しばらく様子見て、場合によってはちょっと探りを入れてみるか。
エルルネと並んでハンバーガーを食べながら、司教様の様子を窺う。
司教様は、父上と聖騎士様とで他愛もない話にしばらく興じていたが、一息つきたくなったのか、少し離れた場所で一人、ワインに口をつけていた。
更に観察を続けていると、司教様がフードを外した。
ぼさぼさに見える癖っ毛、聖騎士様に負けないイケメンっぷり。
なんか腹立つ――という感情は置いておいて。
魔力を視て得た情報と合わせると、ずっとフードを被っている理由がなんとなくわかった気がする。
あの髪型とフード付き外套で、とある事実を誤魔化そうとしているんじゃないかな?
もうしばらく司教様の様子を観察してみるか。




