努力には僅かでも報いたい
「部屋の中で二人きりだけど、本当にいいの?」
「はい。構いません」
父上の書斎を離れ、俺の部屋に場所を移して話すことになった。
若い男女が狭い部屋で二人きり。何も起こらないわけもなく……なんてことはない。
俺としては別に、手を出そうとか何かしようというわけではないので、彼女――エルルネが良いというならば良い、のか?
まあ、せっかくなのでおもてなしといきますか。
正直良いところのお嬢様と何をどう話せばいいのかわからないし、美味しいものを食べさせて誤魔化そうという魂胆でしかないが。
ポテトチップスに炭酸ジュースのセットを、テーブルの上に置く。
「とりあえずこれをどうぞ」
「これは?」
「俺お手製のおやつです」
「オウギ様は、俺、とおっしゃるのですね」
「あ。つい普段の癖で」
「構いません。せっかくですから、腹を割って話したいですし」
「よろしければ一口どうぞ」
と言われても、出されたものをそのまま食べることに慣れていないだろうから、まずは俺がポテトチップスを一枚つまんで食べる。
いいパリパリ具合に、塩加減、砂糖加減も文句無し。
「では、いただきます」
――パリッ。
「!」
おー。良い表情だ。
「あの、これはいったい?」
「ポテトチップスという、ジャガイモを薄く切って油で揚げて、塩と砂糖をまぶしたものです」
「……おいしっ」
でしょう?
「こちらの飲み物は、甘酸っぱいいくつかの果実を絞って、炭酸水と混ぜ合わせたものです。シュワッとした口当たりと爽やかな甘酸っぱさを味わってみてください」
こちらも先に俺が口に含む。
「普段食べているようなお菓子や紅茶とは違うと思うので、恐縮ではありますが」
「い、いえ。こちらも魅力的と申しますか、こちらのが魅力的と申しますか……」
エルルネは幸せそうな表情をこぼしながら、ポテトチップスと炭酸ジュースを交互に飲む。
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「満足していただけたようでなによりです」
「で、本題なのですけれど」
「はい」
「オウギ様は、私を見るなり綺麗だとおっしゃってくださいましたが、私の何を見て綺麗だとおっしゃったのですか?」
「え?」
「私を見てはいましたけど、私を見ていませんでしたよね?」
私を見てはいたけど私を見ていないというのは、言い得て妙ではあるか。
「私は両親のおかげで、容姿が良いというのは自覚しておりますし、聖女の娘ということで、立場的にも持ち上げられております」
この見た目で、私なんて全然と謙遜されるよりは好感が持てる。
「なので、私を褒めそやす方には二通りいまして、一つが私の向こうにいる家族や地位を目当てにされる方々」
権力者にお近付きになりたいという人はたしかに多そうだ。
「そして私の容姿に惹かれる方々」
「美人さんですからねえ」
「うわべだけのお言葉、ありがとうございます」
「ちゃんと美人だと思っていますよ?」
「私の容姿に惹かれる方はもっと眼の圧がありますから」
まあ、こんな空間で女の子をガン見してたらさすがに気持ち悪いですからねえ。
「いい年したおじ様のじっとりとした舐め回すような視線が本当キモい……失礼」
ん? 何か本性出てきた?
「ですが、先ほどのオウギ様の視線からは、私の容姿を見ているようには思えなかったんです。
だから、どこを見ていたのかなって」
うーん。
エルルネの言っていることは正しい。
俺はエルルネの容姿を見て目を奪われたわけでは無いしな。
しかし、魔力を視て目が離せなくなりました、と言うのはなあ。
俺は魔力が視えるってのを伝えるのは、結構なリスクな気がする。
とりあえず一旦誤魔化してみるか。
「まあ一旦落ち着いて、こちらはいかがでしょう?」
カキ氷を【クラフト】して置く。
『氷属性』で水を凍らせ削って細かくした氷に、果実を潰して水に溶かして砂糖をドバドバ加えてシロップにしてかけたものだ。
「別に落ち着いてはいます――って何処から持ってきたんですかそれ?」
「まあまあ、一口食べてみてください」
これも俺が先に食べるか。
――シャクシャク。
んー。冷たくて甘くて食感もふかふかな感じでサイコー。
「むぅー」
渋々な感じでエルルネがカキ氷を掬って口に運ぶ。
しかし俺にはわかる。
ポテトチップスも炭酸ジュースも美味しかった以上、目の前に出されたおやつを食べないという選択肢は取りにくくなっているということを。
「!!!」
ふっ。勝ったな。
「あんまり急いで食べると、頭がキーンって痛くなるかもしれないから、ゆっくり食べてね」
アイスクリーム頭痛とかっていうらしいねアレ。
エルルネはカキ氷を完食し、口元を高級そうなハンカチで拭った後に口を開く。
「ごちそうさまでした。こちらもとても美味しかったです。って、そんなことでは誤魔化されませんからね!」
「あ、ダメでしたか」
「オウギ様には話したくないことや話せないことがあるとは伺っていますので、どうしても無理とおっしゃられるなら諦めますが……」
「それでも気にはなるんですね?」
「はい。
今まであんな風に誰かに見られたことは無かったので、正直に申し上げてとても気になっております」
どうしようかな。
エルルネの魔力の磨き上げ具合は、褒め称えられるべきだと思うし、素直に称賛の言葉を送ってあげたいとは思っている。
それだけの努力をエルルネはしているはずだし、俺が褒めたところで報いや救いになるかはわからないが、何も言わないより遥かにマシだろうと思う。
「わかりました。では、これから俺が話す内容を、誰にも言わないと約束していただけるのであれば、話します」
「はい」
「ご友人にもお父様にも、ここには居ない聖女であるお母様にもですよ?」
「誰にも話さないと誓います」
口約束でしかないがまあいいか。
正直なところ、あの魔力の美しさに魅せられてしまっているし、仲良くなれるならなりたいと思う。
何も考えていなかった――考えて無さすぎたが、インベントリからポテトチップスを出したり、油断し過ぎな行動をしてしまっていたのも、こっちの情報を開示して少しでも壁を取っ払おうという表れかもしれない。
魔力を視るという、覗き見のような方法で情報を得た後ろめたさみたいなものもある。
「最初からぶっ飛んだことを言うんですが、俺には魔力が視えます」
「……はい」
エルルネは色んな疑問とか言いたいことがあったような表情を見せたが、全て飲み込んで押し殺したように頷いた。
「そして俺には、あなたの魔力がとても美しく視えた、というだけのことです」
「美しい、ですか」
「はい。
俺と変わらない程度にしか生きていないにも関わらず、あなたの魔力は誰よりも鍛えられ、磨きあげられ、研ぎ澄まされています。
それは俺が視た中でも突出していて、あの場に居た俺の父上よりも、護衛の人間よりも、あなたの父上よりも遥かに上でした。
寝る間を惜しんで――いや、おそらくは寝ていても自らの魔力を意識していなければ、あの域には到達しないはずです。
そんな魔力を視てしまったことで、目を奪われ、思わずキレイだと漏らしていました。
なので、俺はこれ程までの研鑽を積み重ねたあなたに敬意と称賛を送ります。
まあ、俺からそんなものを送られたところで、なんの価値も無いんですけどね」
伝えるべきことはきちんと伝えられたはずだ。
しかしエルルネは、いつまで待っても言葉も発さず、リアクションも起こさない。
「えっと、あの、そういう感じなんですけど」
声を掛けてみる。
すると、エルルネの美しい目から涙が溢れ出てきていた。




