それを捨てるなんてとんでもない
無事スライムの移動――異動かもしれない?――を終え帰宅。
夕飯を済ませ、後は寝るまでの自由時間だ。
あれこれ【クラフト】をしたり、ちゃちゃっと魔力を使い切って眠ってしまったり、俺のやりたいようにするだけなんだが、リアサから通話のお誘いがあるので、まだ寝るには早いだろう。
ということで、食器を下げに来てくれた使用人に、この家の執事――ゴウジを呼んでもらった。
「いかがなされましたか? オウギ様」
「まずは農業の本ありがとね。とても参考になりました」
「オウギ様のお役に立てたのであればなによりでございます」
「それとは別で、ガイゼと話したいことがあって、夕食も終わったし、今から会いにいっても大丈夫かな?」
我が家のシェフ兼薬剤師であるガイゼに、ハンバーグのソースについてのアドバイスや、ポテトチップスの感想を聞こうかなと思い立った。
「彼は今、旦那様の晩酌のお伴をされてございます」
「父上と一緒か」
まあそれならそれでいいか。
「申し訳ないけどゴウ爺、その場に加わらせてもらえないか訊いてきてもらっていいかな?」
「かしこまりました」
「失礼します」
許可をもらえたので、父上とガイゼの居る部屋にゴウジの後に続いて入る。
「晩酌中と聞いたので、つまみになるものを持ってまいりました」
「ほう」
向かい合って座る二人の間、テーブルの上にポテトチップスをのせた皿を置く。
「ではまずは自分から」
ガイゼか一枚手に取りを口に運ぶ。
――パリッ。
何度聞いても良い音だよなあこれ。
ガイゼは無言でもう一枚。
「どうした? 俺も一枚もらっていいか?」
「いえ。旦那様にこの食品は危険でございます。自分が全て処分しておきます」
ガイゼさん、意外とお茶目さんなのか?
「ふむ」
と言いながらポテトチップスに手を伸ばしたのはゴウジ。
そのまま口に運ぶ。
――パリッ。パリッ。
「なるほど。これは危険でございますな」
「ですよね?」
まあ、父上が食べようと食べまいとどっちでもいいけど、怒られない? 大丈夫? こういうことができる関係値があるって信じていいんだよね?
「お前らなあ……。当主としての命令だ。それを寄越せ」
父上の若干パワハラ感のある命令に、しぶしぶ皿を差し出すガイゼ。
こういうふざけたやり取りができる関係性が、ちゃんと構築されているということにしておこう。
――パリッ。
「む」
父上が唸る。
あー、これはすぐ無くなるパターンのやつだ。
ポテトチップスに夢中になっている二人――ではなくゴウジも参戦しているので三人――に気づかれないよう、後ろ手にこっそりと、インベントリからポテトチップスを取り出しておく。
「おい、少しは遠慮しろ。俺の分が無くなる」
「旦那様、時には部下のために遠慮するのも当主の務めかと」
ガイゼ、そんなこと言って本当の本当に大丈夫?
大丈夫だから言っているんだとは思うけど、心配になってきたので、早めにポテトチップスを追加する。
「まだありますから、喧嘩しないでください」
「さすがはオウギ様でございます」
過去一のゴウジの心のこもった称賛だったかもしれない。
ついでにハンバーグも出してしまおう。
「さらに、もう一品追加しますね」
「オウギ様、こちらは?」
「クマ肉を細かく潰し、パン粉などを繋ぎに使って丸く成形し、焼いたものです」
「ほう」
「私も頂いてよろしいのですか?」
「はい。ぜひ試食してみてください」
それぞれの前にハンバーグを皿に乗せて置いていく。
「それで、ガイゼにお願いがあります」
「はい」
「この料理、ハンバーグって名付けたんですけど、このハンバーグに合うソースを教えてもらいたいんです」
この世界にはたぶん「ハンブルク」なんて地名は無いし、あったとしても俺との関わりが謎すぎるし、名前の由来を聞かれたらどうしよう。
どこかの地方で、「すり潰す」を意味する「ハンブ」と「肉」を意味する「バーグ」という言葉があると知ったので、組み合わせてできた名前です。とか適当に言っておこうかなあ。
それでもその地方との関係性は示せないけど。関係無いし。
「一口頂いてみますね」
「では私も」
「俺ももらおうか」
それぞれ口の中に放り込み無言で咀嚼していたが、
「旦那様、申し訳ありませんが自分はここで退席いたします」
「ガイゼ、このハンバーグとやらをさらに美味くしてみせろ」
「身命に賭しましてやってみせます」
どうやらガイゼはすぐにでも合うソースを作ってみたくなったようで、部屋から出ていった。
でも、さすがに命を賭けるのはやり過ぎ。
さて、ポテトチップスとハンバーグを食べてもらうという目的は達したし、ハンバーグに合うソースもガイゼなら見つけてくれそうだし、お暇しますか。
「試食してもらうという目的を達したので、僕も戻ります」
「オウギ」
父上に呼び止められる。
「はい」
「あー。その、なんだ。お前の母親の話なんだが……」
こんなタイミングでその話を出してくるのか。
「父上。思い出話は自らの心を苦しめてまでするものではないと思います」
「オウギ……誰かから訊いたのか?」
「いえ。聞いたり教わったわけではないです」
嘘です。使用人のお二人が話しているところをたまたま耳にしたんですけど、使用人のためにもそれは言いません。
「では、どこで……いや、そうか。知っていたのか」
「はい」
「……オウギ。その、だな……す――」
「父上」
父上の言葉を遮る。
「今日中に終わらせておきたい作業を思い出したので、戻りますね」
「そ、そうか」
「では、失礼します。おやすみなさいませ、父上」
父上、俺――オウギ君に、謝罪しようとしていたよな?
父上の謝罪にどう思うかはこっちの自由で、父上が謝罪するしないは父上の自由ではあるのだが、まだ謝罪の言葉を口に出させたくない。
もしかすると、言葉だけの謝罪かもしれないが、それでも言葉として発することで、本人に伝えることで、どこか背負っていたものが軽くなることもあると思っている。
俺としては父上に恨みなどはないが、オウギ君のことを自分勝手に想うと、簡単にソレを捨てて身軽になるなんてことを許さず、まだまだ背負い続けてもらいたい。
罪悪感を背負ったままでいてくれ。
まあ、父上が謝罪しようとしていたということが、俺の勘違いの可能性もある。
別の重要な話だとしたら、近いうちに何らかの形で向こうから伝えてきてくれることだろう。
部屋に戻った後、ヘッドセットを装着し、リアサに渡したものと「同調」させてあるランプに魔力を通して点灯させる。
こいつにはそもそも魔力の込めた石をセットしてあるので、魔力を流すというよりはスイッチをオンにするような形だ。
獣人の村からここまで、かなりの距離があるので、この距離間でも「同調」が機能するのであれば、どんなに離れていても発動すると考えていいんじゃないだろうか。
異世界や異次元のようなところでも機能するかはわからないけど、もしかすると次元を越えた通信手段たりえるかもしれない。
『オウギ?』
「こちらオウギです」
『スゴイ。話せてる』
これだけ離れていても、明かりを点けることや、会話することなどが可能だということは証明されたようだ。
その後、ちょっとしたどうでもいいような話をして、魔力を使い切って寝た。
通話は続けていてというリアサの希望により、ヘッドセットを着けたまま寝たわけだが、リアサが俺の寝息――場合によってはいびきや寝言――をいつまで、どんな気持ちで聞いていたのかは定かではない。




