不意打ち再び
「イヤ――じゃない、から」
イヤじゃない、らしい。
エルルネの表情を見る限りは、本当にイヤでは無さそうだ。
しかし、心の奥底、本当の本音はわからないからなあ。
かと言って、本当に良いのね? と何度も念を押して聞こうものなら、俺の方が拒否しようとしているみたいになって、エルルネを不快な気持ちにさせてしまうか。
とはいえ、一度はしっかり確認しておくべきだろう。
「本当にいいんだね?」
「ええ」
エルルネが強く頷く。
「わかった」
「その、むしろ、オウギはいいの?」
「ん。良い」
「なぜリアサが答える」
「オウギのことなら、大体わかる」
「まあ、たしかに良いんだけどね」
「じゃあ、よろしく」
「その前にフェン様、『闇属性』に戻るのに気をつけておくべきことはある?」
「む? そうだな……魔力の質や量が桁違いに変わるからな。無理に抑えつけようとか自分のものにしてやろうとか思わず、まずは受け入れよ。だが、呑まれてはいかん。支配するでもなく、明け渡すでもなく、共に在る。そういう感覚だ」
「――はい」
真剣な面持ちのエルルネ。
「後は、わざわざここまで来た目の前の男を信頼すればよい」
「わかりました」
エルルネはフェン様に頷いた後、俺の目の前まで歩いて近づいてきた。
背は俺よりエルルネのがちょっと高い気がする。幼い頃のオウギ君は、まともに栄養も摂れていなかっただろうし、身体も動かせていないと思われるので、成長の差がきっとそこに表れているのだろう。
目の前で見るエルルネは、相変わらず整った美しい顔をしている。
前に会った時よりも、だいぶ大人びているような気がする。気のせいかもしれないけど。
「心の準備ができたら――」
言おうとして唇がふさがれた。
リアサに続いてエルルネにも不意打ちでキスされてしまった。
俺の準備がまだだっていうのに……、ここで引き剥がすのも良くないだろうし、このままやるしかない。
リアサにスキルを付与した時の感覚で――うん。いけそうな気がする――『闇属性』をエルルネに付与。
すぐに完了というわけではなく、押し戻されるような感覚がある。
おそらく、『聖属性』の加護のようなものが対抗し拒んでいるのだろう。
だからといって、ここで諦めるわけにはいかない。
エルルネを両腕で抱き締めるようにして、強く念じ『闇属性』を付与する。
しばらくそうしていると、『闇属性』がエルルネに染み込んでいくような気がした。
そして、エルルネの身体から発する魔力が、一気に増大する。
いや、他人の魔力そのものの手触りなんでわからないはずなのだが、途轍もない魔力が溢れ出てくるのを感じてしまう。
ここまで一気に魔力の量が変わると、エルルネのに身体的な負担や精神的な負荷に耐えられるのか心配になってくる。
それはそれとして、いつまで密着していれば良いのだろうか?
このままの方がエルルネにとって良いのか悪いのか。
エルルネが望むようにしてあげたいが、話すための口はお互いがお互いによって塞がれてしまっている状態だ。
どうしようかと悩んでいると、エルルネが俺の腰辺りに腕を回し、力強く抱きついてきた。
同時に、エルルネの魔力が暴れ、俺の全身に突き刺さってくるような感覚が現れる。
咄嗟に魔力を全身に巡らせ、魔力を防御に全振りする。
おそらく、エルルネは自身の本来の魔力に順化しようと向き合っているところなのだろう。
エルルネの魔力順化が無事終わるまでこのまま耐える。
そして数分後、エルルネの唇が離れた。
お互い抱き合った状態でエルルネを見る――視る。
明らかに変化したエルルネがそこにいた。
心の準備なんてとっくにできている。
だから、自分から動いてオウギと唇を重ね合わせることにした。
アサもさっきやっていたし。
目を閉じているせいか、うるさく響く心臓の音がとても気になる。
オウギにとって何人目で何度目かは知らないけど、私にとっては初めての口づけなんだから、それも仕方ないでしょ。
それに、これは単なる口づけではない。
私の本当の魔力を解放するための行為だ。
この心臓のドキドキは、オウギと唇を重ね合わせているからというだけではない。
この後どうなるのかという期待と不安からくるものでもあるはずだ。
ところで、それはいつ来るのだろう?
あれ? もしかして、オウギの準備の方がまだ整っていなかったとか?
一度離れた方がいい?
でもそうなると、私がただ口づけをしたかっただけみたいならない?
え。
オウギが両腕で私を強く抱き寄せてきた。
同時に、私の魔力が制御できなくなっていく。
本当の魔力というやつが、徐々に解放されているのがわかる。
――よくも今まで抑えつけてくれたな。
――これからは好き勝手暴れさせてもらう。
黒い魔力が私を呑み込もうとしている。
――許せない。赦さない。
怒りが満ち溢れていく。
私には本来、こんなにも強い魔力を持っていたはずなのに、無理矢理封じ込まれたせいで、ろくな結果も評価もされることがなかった。
――悲しい。哀しい。悔しい。口惜しい。
悲しい。悔しい。腹立たしい。――わかる。私もかつてそうだったから。
今一番近くにいる人に腕を回して抱きつく。
私を認めてくれた男の子。
全身でその存在を確かめる
私の魔力が暴れている。でも、呑み込まれることにはならなさそう。
この迸る黒い魔力が持つ感情は理解できるけれども、今の私にはそこまでの強い負の感情を抱くことはできない。
ごめんね。
八つ当たりするならこの男の子によろしく。
なんて思っていたところで、魔力の暴走が収まってきた。
身体に徐々に馴染んでくるのがわかる。
魔力が完全に私の身体に馴染んだところで、私から唇を離した。
そしてゆっくりとまぶたを開く。
目の前の男の子の姿をどうしても今すぐ見たくなったから。




