トイレットペーパー
「紙で尻を拭くというのか?」
父上が怪訝な表情をあらわにする。
この世界に於いて紙は貴重品であり、その貴重な紙で尻を拭いて即捨てるなんて、常識外れもいいところなのだろう。
しかし、紙が貴重品だったのはついこないだまでの話だ。
それを狙ったわけではないが、スレイ公爵に嫌がらせをするためにばら撒いた紙が、一般的な紙に対するイメージを変えてくれる気がする。
上質な紙が安価で投げ売られているようなら、紙で尻を拭くくらい許容してくれるんじゃないだろうか。
ましてやそれが、お尻に優しいとなれば、皆こぞって使うことになる――といいなあ。
「はい。父上もお試しください。お尻に優しく快適ですよ」
「うーん。まあそこは一旦飲み込むとしよう。作り方はわかるんだろうな?」
「いいえ」
首を横に振る。
【クラフト】任せで作っているから、詳しい作り方はさっぱりわからない。
「ではどうしろと?」
「紙職人の方が来られるんですよね? その方に任せましょう」
「任せましょうと言われてもな……」
「紙そのものの作り方はわかっているでしょうし、作りたい現物もあります。何も無いところから作り出すより作りやすいかと」
「それはまあそうなんだろうが。
そもそも、これをどうやって説明すればいい?」
「ダンジョンで見つけたでいいんじゃないですか?」
「後は紙職人に丸投げか」
「少なくとも紙を作る為の設備や、水、木材などは用意してあげるべきでしょうけど」
「それを用意するのは誰だと思ってるんだ?」
「もちろん父上ですね」
俺の予想が正しければ、今回の件はあの司教様をここに連れてきたことから始まっている。
その司教様がここに来ることになったのは、父上の行動によるものだろうし、そんな不満気な表情をしないで欲しいですね。
エルルネと知り合えたのはその父上の行動からであり、良いこともあったとはいえ、それはそれ、これはこれ。
「わかった。それはいいとして、恐らくだが、紙職人は情報をスレイ公に流すぞ? それはいいのか?」
「良いも悪いも、受け入れたのは父上ですよね?」
「さすがに断わるわけにはいかんだろう」
「ところで、ダンジョンで紙を見つけたことで、紙を自分たちで作ってみたくなった、という話はスレイ公爵にされてるんですよね?」
「うん? そんな感じの話は伝えたが、それが何だというんだ?」
「紙に関わる新たな取り組みを始めている、というのは、むしろスレイ公爵に伝わるべき話でしょうし、送り込んできた人間から伝わる方が自然で良いかと」
「なるほど」
「ということで父上、紙を作るための場所と設備、素材などなど、手配お願いしますね」
「おい、オウギ」
「では失礼します」
困惑顔の父上を見ながら、書斎を後にする。
上手くトイレットペーパーが作れればいいが、ダメだった時に備えて俺も作り方の検証くらいはしておくかなあ。
トイレットペーパーの生産が安定するようなら、水洗トイレを持ちこんで、父上に設置してもらうか。
町のどこかに土地をもらって、数ヶ月暗幕で覆っててもらい、俺が一夜で公衆トイレ――ついでに公衆浴場――を建設するってのもありかもしれない。
ところで、日本に於いてトイレットペーパーと水洗式トイレの普及はどちらが先だったのだろうか? ここから確認する術など無いが、ちょっと気になる。
この世界では、うちの父上か兄上が、同時期に頑張って広めていくことになるだろうか。
俺が手引きをして、兄上が育成中の子たちに教育素材として振るのも面白いかもしれない。
開発、製造、販売、メンテナンス等々、管理する側として直接作業する人と関わったり、時には直接作業することで、学べることがたくさんあるんじゃないかと思う。
兄上が育てている人材を、俺が勝手に手出し口出ししていいのかわからないので、兄上と話してからになるが。
さて、スレイ公爵から送り込まれてくる、全てを丸投げされる可哀想な紙職人を待ちわびていたが、今年の冬が思いのほか早く到来し、一面雪景色に変わってしまったので、雪解けを待って紙職人を迎えることになった。
雪の中では施設の建設もなにもできないからね。
ちなみに、うちの領には紙作りに必要な設備など無いが、設備の作成、メンテナンスをしてくれる職人まで連れてきてくれるとのことで、至れり尽くせりだ。……スパイとして暴れないことを祈る。
紙作りへの着手は遅くなってしまったが、水洗式トイレの話を兄上に話したところ、やるのはいいがどんなものかをまず確かめたいとなり、孤児院に水洗式トイレを設置してみた。
水を引いてくる、処理槽を作ってそこに流すなど、一度やっているだけにあっさりと作れたが、あっさりと作り過ぎた上に快適過ぎたらしく、我が家にも設置することになってしまった。
俺が何をしているのか詳しく教えるつもりはないが、さすがにもう、俺があれこれ作っていることはバレているだろうし、ある程度【クラフト】で暴れ回ってもいい頃合いなのかもしれない。
実際、我が家にも水洗式トイレを設置したことで、トイレットペーパーの必要性がさらに父上に伝わったようで、なんとしても作れるようにしなければならないと意気込んでいた。
そんな父上をよそに、冬の期間で地下トンネルをさらに広げていったり、紙をばら撒くために作ったダンジョンを悪用されないように埋めたり、リアサ、フェン様と共に体を動かして鍛えたりして過ごした。
――そして、雪もすっかり溶け、転生してから丸三年を迎えた頃、ある報告がもたらされた。




