暗躍
数日後、予想通り父上が王都に呼び出された。
それまでの間にもう一度、父上から王都への近道を通らせろ――いや、通らせて下さいくらいの低姿勢だったが――と頼まれたが、丁重にお断りした。
ノーレンのような遠距離監視能力を持つ何者かがスレイ公爵側に居た場合、情報が抜き取られてしまうかもしれないからね。
さて、この数日間、ほとんどを王都の近くで過ごしていた。と言っても、王都の中に入っていたわけではないけど。入れないし、入りたくもないし。
やっていたことはと言うと、王都から東、西、南で、それぞれ王都から一番近い街の周辺を選び、穴を掘っていた。
今回の穴掘りは、トンネル作りではない。
ダンジョン作りだ。
ダンジョンといっても、通路といくつかの小部屋、ボス部屋というシンプルな構造のものだが。
小部屋には宝箱を置く。
そして宝箱の中には大量の紙だ。
父上の咄嗟に口から出てしまったという、ダンジョンから紙が出たを実際にやってしまおう。
しかし、このタイミングでこんなものが見つかれば、父上にあらぬ疑いがかかる恐れがある。
俺のせいで父上の命が脅かされるのは望むところではないし。
なので、思いっきり盛大にやる。
盛大にやることで、田舎貴族にできる代物ではないと判断させる。
そのために紙をできる限り大量に、高品質に【クラフト】し、ダンジョンも五つほど作る。
ちなみにダンジョンを作ってはいるが、まだ出入り口は設けていない。
全て同時に解放できるよう出入り口に仕掛けを仕込んでおいて、まずは中を仕上げていく。
この世界のダンジョンがどういうものか、入ったこともなければ情報もないのでわからないが、人工的に作られたものと思わせるくらいでいいと考えている。
スレイ公爵陣営に、これを作り上げるのに一体どれだけの時間と人手、そして金が掛かっているのかと考えてもらった方が、父上のためになるだろうし。
父上が王都に向かって出発して二日。
魔力を込めた石――魔石――の魔力が切れることで、ダンジョンの出入り口が出てくる仕掛けが発動し、オウギ君お手製ダンジョンのオープンだ。
あとは、全てのダンジョンがスレイ家に抑えられることなく、ダンジョン内の紙が冒険者によって拾われ、市場に出回ることを祈る。
その翌日、誰かに見つからないようにこっそりと自作ダンジョン内を確認すると、誰が持って行ったのかわからないが、紙が見事に無くなっていた。
ということで補充していく。
さらに翌日、無くなっていた紙を補充っと。
これ、問題は俺が情報網を持っていないせいで、この紙がどんな影響を与えているのかさっぱりわからないことだな。
スレイ家で全て回収されていたら、ただ単にスレイ家にプレゼントしただけの結果に終わってしまう。
そうなりにくいように、ダンジョンの場所を散らしたのだが、果たして上手くいっているのだろうか?
紙の市場がどうなっているのかわからないまま、ダンジョン内に供給する日々を送っていたわけだが、ある時から紙を誰も持っていかなくなった。
大量に出回ったことで、売れなくなったか?
そうだとするならば、スレイ家に損害を与えられている可能性が高いか?
ノセられたっぽいが、我が家に攻撃を仕掛けてきたのは向こうだし、スレイ家には多少なりとも痛い目には遭ってもらわないと。
あとは、父上が上手く立ち回ってくれていることを祈る。
そして、初雪が舞った日に無事帰宅した父上に呼び出された。
「オウギ、一体何をした?」
「そんなことより父上、おかえりなさい」
「いや、そんな挨拶の方が今はどうでも良い。どうなっているんだ」
「どうなっていると聞かれましても。王都で何かあったのですか?」
「何かあったも何も、紙の製造販売を許可されてしまったんだが。どういうことだ?」
「許可されたのならば良かったじゃないてすか」
どうやら上手くいったらしい。
俺が上手くやったというよりは、運良く流れがこっちに向いたような感じがするが。
いやしかし、紙の製造販売の許可が出ただけで、別のところで不利益を被っている可能性もあるか。
「紙作りの知見が無いだろうからと、職人まで融通してくれたんだが」
それはどうなんだ? こっちの情報を抜き取るためのスパイとしての役割を持たせつつ、俺のせいで紙作り職人の需要が無くなったから、押し付けてきただけな気もするが。
紙で儲けようと考えているわけではないので、こっちで作る紙の情報に関しては渡しても構わないが、俺に関する情報が、ついなんとなくで漏れ出た時が厄介だなあ。
「なにがどうなればこうなるんだ。
いや、王都周辺で良質の紙が大量に出回ったことでこうなったというのは知ってはいる。だが、それにどこまでお前は関わっているというのだ?」
「まあまあまあまあ、起きたことを気にしても仕方ないですよ父上。
せっかく紙の製造販売権を得たんですから、それをどうするか考えましょう」
「相変わらずの秘密主義か……。
はあ。で、オウギは何か作りたい物があるというのか? 紙の需要は今、その辺の石ころと変わらないぞ?」
「はい。これを作れるようにして、製造販売しましょう」
父上の前に柔らかい紙を置く。
当然インベントリから取り出したものだが、一応カバンから取り出したように見せる。
「この紙は、何に使うものなんだ?」
「これはお尻を拭く紙です」
「旅装のままで申し訳ありません」
「良い。儂がそう指示したのだ。お主はそんなことを気にする必要などない」
たった今王都に着いたシヨム――オウギの父――を尊大な態度で迎えたスレイ公爵。
側には美しいメイドが一人控えており、この部屋の中に居るのはスレイ公爵、公爵に仕えるメイド、シヨムの三人のみだ。
「早速だが、この紙をどう思う?」
スレイ公爵がシヨムに一枚の紙を差し出す。
シヨムは受け取った紙の手触りや見た目を確かめながら答えた。
「とても上質な紙だと思います。このような紙を作り上げられるとは、さすがはスレイ公爵閣下」
〈――真〉
「下らない世辞など要らぬ。お主、本当にそれを儂が作ったものだと思っているのか?」
「この国に於いてスレイ公爵閣下の他にこのような紙を作り出せる者はございません。実際に作り上げるのは紙職人でしょうが、スレイ公爵閣下あってのことでございましょう」
〈――真〉
「これはダンジョンで得たものだ」
「っ! ……そうとは知らず。申し訳ありません閣下」
「儂はこの紙をお主が作ったものだと思っておる」
「そんな滅相もございません。我が家ではそもそも紙を作ることすら不可能でございます」
〈――真〉
(こやつのここまでの発言、全て真と申すか……)
実は側に控えるこのメイドこそが、スレイ公爵にとっての一番の腹心と呼べる存在だった。
ターゲットを指定し、魔力が切れるまで。同じ人物に二度使うことは不可能という制約こそあれど、彼女はターゲットの発言の真贋を鑑定することができる。
この場ではシヨムの返答をメイドが真贋を鑑定し、こっそりスレイ公爵に伝えていた。
「そうか。ではわかった。お主の上に立っている、裏で糸引く人物のことを教えてくれるのであれば、我がスレイ家への敵対行為全てを不問としてやる。話せ」
スレイ公爵がギロリとシヨムを睨み、今日一番の圧をかける。
「そのような人間などおりませんし、当然スレイ公爵家に敵対するつもりもございません」
〈――真〉
(黒幕などおらぬ、か。であればおそらく、こやつはその自覚なく操られているということか。
こやつの領内にダンジョンを作り上げ、紙を手に取らせる。その後、領内でその紙が使われていることをこちらに流し、制裁を加えさせる。さらにその制裁内容を予測しておくことで、証拠を掴みこちらを攻撃した、といったところか。
となれば、こやつにこれ以上時間を割くのは無意味で無価値だな。
悔しいが、紙の価値が下がる一方の現状で、紙の製造販売権を独占する旨味がほぼ無い。こやつにそれを与え、路頭に迷いかねない紙職人を押し付け、我が領の無駄な出費を抑えつつ情報収集にあたらせることにするか)
これ以上のやり取りに意味は無いと判断したスレイ公爵は、魔力の消費を抑えさせるためメイドを下がらせ、シヨムには紙の製造販売権と職人を与える確約をし、王を通すことで確実な契約となるよう図らい、シヨムを帰した。
このやり取り、シヨムが上手くこなしたわけではなく、強いて言えば運が良かったというのことになる。
スレイ公爵がもっと冷静に質問を投げていれば、オウギという、シヨムの上に立たない黒幕の輪郭くらいは掴めたかもしれないし、王都に突然現れた理由も掴めたかもしれない。
そうならなかったのは、上質な紙が大量に出回るという不測の事態に、スレイ公爵が冷静ではいられなかったからだろう。
結果的に見れば、オウギは上手いことやった、と言えるかもしれない。
少なくともこの後長い期間に渡ってスレイ公爵は、ダンジョンのようなものや、上質な紙を作ることができる、金も権力も人手も大量に保持しているであろう、自らに敵対的な勢力という、ありもしない存在に警戒し続けることになるのだから。




