覚悟
突っ伏すガヴィに、剣を手にした襲撃部隊、前衛の男がゆっくりと近付いた。
『がぁっ』
次の瞬間、ガヴィの腕が近付いた男の腹を貫いていた。
『閉じ――』
最後の気力を振り絞って、腹に大穴の空いた男が言う。
見えない壁を作り出す男も、わかっていたのか能力を発動させていたようで、腕を引き抜き歩き出したガヴィの動きが止まる。
『逃さねえ!』
そんな気合いの入った言葉を、見えない壁を作り出す男――壁男が発した。
しかしガヴィは、魔力を込めたパンチ一発で、そんな言葉も、見えない壁も嘲笑うように吹き飛ばし、ガヴィの顔に水を貼り付けていた男の身体すらも吹き飛ばした。
『ふう。やっと無くなったぜ』
ガヴィがそう言いながら、壁男に近付いていく。
『いやあ我慢が足りなかったな。俺が立ち上がった時のお前らの驚く顔、最高だったぜ』
『くそっ』
『ま、見ての通り、我慢し続けてたとしても、お前の壁なんて簡単に壊せたんだけどな』
この戦闘、ガヴィにとっては暇潰しくらいの意味しかなかったのかもしれない。
遊んでても勝てる。それくらいに襲撃部隊の三人とは力の差があったのだろう。
『じゃあな。地獄でまた会おうぜ』
その言葉と共に、ガヴィは壁男の人生を終わらせた。
「終わったようだな」
「圧倒的っすね」
「むむう」
父上の書斎の中から観戦していた父上、ノーレン、ハーティックも、戦闘が終わってもガヴィの動きを見ているものの、弛緩した空気が流れ始めていた。
それでも俺はじっと監視映像を見つめ、耳から入ってくる盗聴器からの音を聴き取るため集中し続ける。
『いやあ、危うくこの俺の死因が窒息死だとか溺死だとかになるとこだったな。やっぱり水は良くねえ。水中に引きずり込まれて戦わされたのを思い出しちまったぜ』
ガヴィは独り言を呟きながら、襲撃部隊を一人一人確認しているようだ。
『こいつらは獣人でも竜でもねえ、と。ま、これで竜の血を引いてるってんなら、興醒めも興醒めだけどな』
ガヴィはその場から離れるように歩きながら、独白を続ける。
『うお。急に寒くなったな。これだから田舎の山奥はイヤだ。
ま、長らく無かった竜の気配が感じられるだけでも、今回は当たりかもしれねえ――』
盗聴器からの届くガヴィの声がだんだん小さくなっていき、完全に聞こえなくなった。
意識を書斎の中に戻すと、父上を中心にこれからの対応を話し合っていた。
と言っても、基本的にはこちらからは何も手を出さないというくらいの話しか出ていなかったようだが。
襲撃部隊の死体は、ガヴィの動きが捕捉できるようなら回収、わからないなら放置ということになった。
俺はその辺に関係ないので、早めに退出して部屋に戻ることにする。
「オウギ、ガヴィに絡まれたら面倒なことになりかねない。しばらくはあまり出歩いたりせずに大人しくしておけ」
そんな風に父上に釘を差されて、書斎を後にした。
さてどうするか。
寒の戻りというやつだろうか、この時期にしては冷えた部屋の中、ベッドの上で寝転がりながら考える。
ガヴィに絡まれるなと言われたが、絡まれたら厄介なことになるのは間違いないだろう。
おそらく近付いたら、俺に染み付いているであろうリアサの匂いに反応して寄ってくる。
しかし、帰るまで放置というのもなあ。
獣人の村が見つかりでもしたら、大惨事間違いなしだ。
動かないという選択肢は取りたくないし、取れない。
獣人たちを、なによりリアサを守るために、やるしかない。
これまで、スライムのような謎の魔物を倒し、次にクマやイノシシといった動物系の魔物を倒した。
その度に葛藤や戸惑いはあったが、乗り越えてきた。
次はゴブリンやオークといった、人間に近い形態を持つ魔物だろうと思っていたが、そこを飛ばして人間を倒す――殺す覚悟が必要になるとは。
強いて言えば、標的であるガヴィが凶暴な人間で、命を奪うことへの躊躇いが少なくて済むというのが救いだろうか。
こちらは狙われている身だ。
親しい人を守るためには、仕方のないことだってあるだろう。
――いや。これではダメだ。
こんな考えで人の命を奪おうというのは良くない。
少なくとも俺はガヴィについて知らないことだらけだ。
もしかすると、帰りを待つ妻や子がいるかもしれない。
ガヴィの行動によって救われた民がいるかもしれない。
竜を殺したことで生きながらえた命があるかもしれない。
ガヴィの行動には裏があって、多くの人が善だと思うような目的で動いているのかもしれない。
ガヴィが凶暴な悪人だなんて決め付けてはいけない。
ガヴィが実は世のため人のために動いているのかもしれないと考慮した上で、俺の平和のために死んでもらう。
俺の独善的な想いで人一人をこの世から消す。
その覚悟で俺は動く。
――覚悟だけで勝てるわけではないんだけどね。
先程の襲撃部隊だって相当の手練れだったはずだ。
それがあんなにもあっさりとやられてしまうくらいにはガヴィは強いのだろう。
そんなガヴィをなんとかしなければならない。
どうしたもんかなあ。
そもそも、どう考えても俺には、ガヴィの命を直接この手で奪うことはできないだろう。
仮にガヴィの首を斬り落とせる武器があったとして、真正面からやりあっては勝てないし、完全に拘束した状態にしたとして、トドメを刺さなければいけないと分かってはいても、体は動いてくれない気がする。
そういえば日本で生きていた時、人を殺すことに葛藤するようなやつが異世界に来るんじゃねえ。そんなキャラクターと設定にした作者がそもそも間違ってる。みたいなコメントを見たことがあった。それはその通りかもなと思ったが、実際に異世界に飛ばされてみると、そんな簡単に割り切れるもんじゃない。あのコメントした人もぜひ異世界に転移なり転生なりしてみてもらいたいもんだ。案外楽しいぞ。
とにかくまあ、どうするべきか。しっかりじっくり考える必要はあるが――しかし時間は無い。




