監視作業報酬
我が家の裏山に入り、森を三十分ほど歩いた先にある開けた場所で、持参したカバンに手を入れる。
カバンから取り出すフリをしてインベントリから取り出すという、無尽蔵アイテムボックス系の能力を持っている者なら誰しもが一度はやってみたいやつだ。
誰しもがやりたいは流石に嘘か。俺がやりたかっただけです。はい。
カバン――と見せかけてインベントリから取り出したのは、タオル地に「伸縮」を付与したいわゆるリストバンドだ。
俺の若い頃に流行ったよなこれ。その時より今の方が若いけど。
「これをこんな風に手首のあたりに装着してください」
二つ取り出した内の一つを、一旦自分の手首のあたりに着ける。
俺の子どもサイズの細い手首には若干緩いが、ノーレンが着けるにはちょうど良いだろう。
「わかったっす」
こいつには「回復」の『特性』を付与してあり、魔力の回復を早める効果がある。
ちなみに魔力については今でも検証はしているが、わからないことも多い。
たとえば魔力は体内のどこに溜めているのかと訊かれると、正確な答えを俺は有していない。
研究者や学者は知っているのかもしれないが、その知識を記したものは、俺の手元までは届いてきていないので。
一応俺なりの仮説は、専用の臓器があるわけではなく、脂肪細胞のようなものが全身にあって、そこで蓄えているんじゃないかなというものだ。確証は無い。
そして、魔力はどうやって回復しているのかというのも俺はわかっていない。
摂取したカロリーや栄養を魔力に変換しているのか、魔力や魔素のようなものを直接取り込んでいるのか、そのどちらもなのか。
この「回復」を付与して魔力の回復を促進させる装備品は、空気中にある魔力なり魔力の元なりをより早く、より多く集める効果と、それをより早く、より多く体内に取り込ませる効果を持っているのだろう。あくまで体感だが。
装備することで疲れるとか、飢餓感を覚えるなどは無いので、無理やり体内の栄養を変換しているということはおそらくない。
だからといって、体内で何かを魔力に変換する器官がないとも言い切れないが。
そんな人体と魔力に関する考察はさておき、このリストバンドは魔力の回復を手助けしてくれる優れものだ。
「それ、そのまま差し上げます。それならここで襲撃が起きるというのが俺の勘違いで、無駄足だった場合でも十分な報酬になっているはずです。どうですか?」
ノーレンはリストバンドを装着し、感触を確かめているようだ。
そういえば魔力が回復していく感覚ってわかるもんだよな?
自分で使ってみたらわかったし、リアサもわかってたから大丈夫だとは思うが、ステータスが数字で見える世界じゃないだけに、このリストバンドの効果が伝わらないと困るんだが。
「これ、もしかして激ヤバじゃないっすか?」
「良いものでしょ?」
「最高っす! これ、どうやって手に入れたんすか?」
「詳しくは秘密――だけど、とある精霊様に頂いた、ってところかな」
嘘です俺が【クラフト】しました。
当然このリストバンド【クラフト】に至るのに、俺一人では出来なかったので、関わってくれた全ての人のおかげでもある。皆ありがとう。
「ノーレン、それはどう最高なのだ?」
「魔力の回復がすごいっす。回復を早める? 回復力を高める? 理屈はわかんないっすけど、とにかくヤバいっす」
「オウギ様、この不肖ハーティックめにも、譲っていただくことは可能ですかな?」
「うーん。まあいいか。キツい訓練は嫌だけど、教わっていることには間違いないし。日ごろのお礼ということで」
カバンに手を突っ込み、リストバンドを取り出してハーティックに渡す。
「ありがたき幸せ」
跪いて両手で大事そうに受け取るハーティック。
そこまでしなくていいし、そこまでされると、それをしなかったノーレンが悪いとかになっちゃわない?
「おお! これは凄まじいですぞ!」
さっそく装着したハーティックが興奮を隠さず大声を上げる。
「隊長、あまり騒いではダメっす」
今日襲撃予定の人たちが、どこかに潜んでいるかもしれないしね。
「す、すまん」
これが報酬なら文句ないだろうと、二人の様子を見ていると、ノーレンがちらちらとこちらを窺っている。
んー。たぶんだけど、ハーティックのもう一人の腹心の分も欲しいけど強請るのは変だし、そもそもそのカバンに何がどれだけ入っているのか、こんな効果や価値の高い物がホイホイと出てくるほど入っているのか、どこかに繋がっているマジックアイテムの類なのか、この場で作り出していたりするのかなどなど、あれこれ疑いをかけて何をしているのか探ろうとしているとか、思っていたとしても思われるのも良くないしどうしようかな。という感じかな?
「オウギ様!」
ノーレンとの合っているかわからない読み合い――俺が一方的にやっているだけの可能性も否定できない――の途中で、ハーティックが声を張り上げる。
とりあえずもう少し静かにして欲しい。
「はい」
「恐縮ではありますが、これをもう一組いただけませんかな!? もう一人の優秀な部下にも与えていただきたい!」
駆け引きも何も無い直球なハーティックに、ノーレンの表情が固まる。
「ノーレンがあれこれ考えすぎてたのに、こういうところがハーティックの良いところだよね」
「そうっすね」
「むむ?」
駆け引きの場では、その場に居なくても足を引っ張りかねないのがハーティックなんだけどね。
もう一度カバンに手を突っ込んでリストバンドを取り出す。
「大事にするように伝えてください」
ハーティックに手渡す。
「オウギさまあああ!」
おいおいと泣き出しそうなハーティック。
「とりあえず静かにしてもらっていい?」
「わかりましたぞおおお!」
こりゃあダメだ。
「一応一つ忠告しておくんですが、こいつはたしかに高性能な効果を発揮してくれますが、あくまで装着品です。
常に装備し続けられるものでもないですし、何かの拍子に壊れるとか、奪われることだってあるかもしれません。
なので、魔力を消費する行動に関しては、素の自分を基準にしてくださいね」
補助系の効果を持つ装備品を渡す時には、リアサにも似たような忠告をしてある。
「はいっす」
「かしこまりましたぞ!」
「それとノーレンは、この件はこれ以上俺を探るの禁止で」
誤魔化すのもめんどいからね。
「……はいっす」
「ってことは、やっぱりチラチラとこちらを窺って、このカバンの中に何が入ってるんだ? どうなってるんだ? って探ろうとしてたんですね?」
「……えっと……オウギ様はカマを掛けるの禁止で頼むっす」
襲撃予想地点でのノーレンの仕掛け作業が終わったところで、急ぎ足で家に戻ってきた。
おそらく今日だと思うが、あの場にいつガヴィを呼び込んで襲撃が行われるのかわからないので、太陽が本日の最高地点に昇り切る前に戻れて良かった。
鉢合わせになったら面倒だし、会わなくてもハーティックの大声で警戒されて中止となるかもしれないし。
いや、ハーティックの声がでかすぎたので、あの場に俺らがいることに気付かれていて、すでに中止が決まってしまった可能性もあるにはあるが。
ノーレンの監視映像は、父上の書斎に集まって見ることになったらしい。
何かが映ったところで俺を呼びに来てくれるらしく、今は自室で待機している。
もしも俺には見せるべきでは無いと父上が言い出して、伝えに来てくれなくても勝手に行くけどね。
盗聴器のおかげで動きがあれば俺にもわかるんで。
――夕方と呼べる頃合に差し掛かったところで、俺の盗聴器から音が聴こえてきた。
どうやらこれからやるらしい。
「オウギ様」
執事であるゴウ爺から声がかかってきた。
どうやら除け者にはされずに済んだようだ。
ゴウ爺に連れられて父上の書斎に入ると、父上、ハーティック、ノーレンの三人が、たらいのようなものに張られた水を覗き込むようにして見つめていた。




