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Hollow Altar online  作者: 774のもち
第一章
9/28

09・明暗

PCが壊れて危うくデータが吹き飛ぶところだった。

 「あ、どうもカミラさん。お久しぶりです。今、お時間大丈夫ですか?」


 拠点に帰って今日の出来事をまとめ終わった後、ハルトはいつも利用している宿屋でとある人物に電話を掛けていた。


 「あら、ハルト君じゃないの。久しぶり~元気にしてた? 私最近ハルト君と会えてなかったからすご~く寂しかったのよ。だから、今度一緒に素材集めにでも行かない? 攻略エリアはどこまで進んだ?」


 ハルトが話している相手はカミラと言い、一般的にはメイプルとして通っている女性プレイヤーだ。こういった偽名を使うプレイヤーは限られており、その通り普通のプレイヤーではない。詰まるところ、ミョルと同じ最前線を攻略している最上位プレイヤーである。


 いきなりの誘いにハルトは微妙に引きつった苦笑いをした。しかし、これはいつものこと。そのため、ハルトは軽く流しながら返事をした。


 「えっと、お誘いは嬉しいんですけど、それはまた別の機会にでもお願いします。実はちょっと相談したいことがありまして聞いてもらえますか?」


 「あら、残念。久しぶりにハルト君と協力プレイしたかったんだけどな~。それで、相談したいことって何? ハルト君のお願いなら、私頑張っちゃうわよ」


 彼女がハルトに好意を持っているのは火を見るよりも明らかだった。ハルト自身もこれには流石に気が付いており、若干辟易としている部分があるのは事実だった。しかし、それはストーカーが付きまとうような気味が悪いものでなく、どこか放っておけないものであるということも自覚していた。そのため、ハルトは半ば仕方なく彼女とこういったやり取りをしているという節があるのだ。もちろん、過去の攻略でかなりお世話になっているからという理由も含まれているが。


 「えっと、俺自身じゃないんですけど、相談に乗ってやって欲しい人がいるんです。ちょっと前からパーティーを組むようになった女の子がいるんですけど――」


 「あーっ! それ知ってる! ミョル君から聞いたよ。『ハルトの野郎が知らない女の子と一緒にパーティー組んでた』って。ねぇねぇ、その女の子ってハルト君の彼女? あ~羨ましいな~ハルト君と一緒だなんて。ちょっと嫉妬しちゃうな」


 ハルトは電話越しに苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をしている。それはまるでこうなることを見越していたかのようだ。カミラに限らず、顔見知りにそんな話をすればそういう展開になるのが容易に想像できるが、今回は事が事なので腹をくくっているのがよくわかる。


 「一応言っておきますけど、彼女とかそういう関係には発展してないので。それで単刀直入に言いますけど、カミラさんみたいに強い女性プレイヤーってほとんどいないですよね。特に最前線なんかは九割弱男ですから。だから、どうして女性なのにそこまで強靭な精神を持っているのか彼女に教えるというか秘訣をアドバイスして欲しいんです」


 「……そうね。私の知っている限りでまともに攻略をしている子ってほとんどいないわよね。多少強い子でも私よりは百近くレベルが離れているとかはざらだし」


 「な……、百ですか。カミラさんすご……」


 ハルトは最後の言葉だけ聞こえないくらい小さな声でぼそっとつぶやいた。絶句だった。


 「うん。だって他の女の子達は敵が怖いとかキモいとか武器が上手く扱えないとかいろんなこと言って戦闘したがらないんだもん。あんなに楽しいのにもったいないよね。だから、そういった子達は私なんかよりミミドさんの方に寄ってるのがほとんどだよ。ミミドもミミドで私と似た者同士なのに何が違うんだろう」


 カミラとミミドは両者共に名の知れた女性の上位プレイヤーであるが、最前線ではその名前は違うものとなる。それは「戦闘狂」だ。


 非常に物騒な名前であり、とても女性に名づけられるようなものでないのは誰しもが思うことであろう。だが、戦闘のときだけ彼女らはその名に相応しいほどの変貌を遂げる。その姿はまさに鬼神のごとき動きであり、敵を躊躇うことなく微塵に打ち砕き、切り刻み、吹き飛ばし、風が吹き抜けるかのようにエリアを攻略していく様はとてもか弱い女性と到底思えない。


 しかし、ゲーム内でその名前を聞くことはほとんどなく上位プレイヤーの中でも一握りだ。もちろん、彼女らが最前線を攻略しているからあまり出回らないというのも一つの要素ではあるが、一番の要因は彼女らとパーティーを組んだときにわかると言われている。それは普段の姿と戦闘時の姿であまりにギャップがあり、戦闘中の常軌を逸した殺気と敵を倒したときの恍惚さが滲む爽快な顔つきがそれを物語るため、これを誰かにばらしたら殺されるという思いに駆られるというらしい。ミョルなどはこれをもろに受けてしまい、彼女らに畏怖すら抱いている始末である。


 彼女らの口ぶりから察するに、おそらく気づいてはいるのだろうが誰もそのことを彼女らに言わない。ほとんど男性が占めている最前線で女性がトップを張り続けるというからにはそれ相応の理由があるというわけだ。そうでなければ「戦闘狂」などという妙な称号を付けられるということなどなかっただろう。


 カミラは更に続けた。


 「それにしても、アドバイスか~。ハルト君とパーティーを組んでるってことだから実力はそれ相応にあるって考えていいんだよね」


 「ええ、実力は保証します。今時珍しいゲーム自体をあまりやったことがないというので、そういったことには疎いですけど、対応力とか頭のキレの良さもあるので戦闘のとき頼もしいですね」


 「確かに、かなり珍しいわね。でも、そこまでできるならどうして私のアドバイスなんか欲しがるのかって感じちゃう。実力があってしっかり戦えるならそれでいいんじゃないの?」


 「それが、俺達男にはどうも理解できないというかナオ自身踏ん切りがついてないのか分からないんですが、ちょっといろいろと支障が出てるんです。なので、同じ女性であるカミラさんにお願いしたんです。カミラさんは優しい雰囲気があるのでナオも話しやすいかなと」


 ふふっ、と彼女は笑った。


 「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。そう、ナオちゃんっていうのね、私にアドバイスをさせたい子は。分かったわ。いろいろと事情があるみたいだし、少し興味が沸いたからその話受けましょうか。まぁ、もともとハルト君のお願いだから断るつもりはなかったけどね。それじゃあ、いつくらいがいいかな? こういうのってできれば早い方がいいんでしょう?」


 カミラがあっさりと承諾してくれたのでハルトは電話越しで軽くお辞儀をした。ハルトとしても断られることはないと分かっていたのかもしれない。


 「ありがとうございますカミラさん。おかげで何とかなりそうです。そうですね、なら二日後の十月十二日とかどうですか?」


 「そうね、ならその日と翌日の午後九時以降の予定を空けておくわ。もし予定が変わるときがあったら知らせてね。それと、話は変わるけど、ハルト君は本当にもう戻る気はないの?」


 ハルトはびくりと体を震わせた。


 「……そうですね。もう、戻る気はないですね。皆さんとも大分レベル差ありますし、脳筋ですし、今から追いつくには流石に無理があるかと思います」


 「そう……。分かった。ごめんね変なこと聞いちゃって。だから、お詫びに私とデートさせてあげる。えへ」


 ふふっ、と今度はハルトが笑った。


 「俺とカミラさんじゃ釣り合いませんよ。でも、ありがとうございます」


 それからしばらく会話を交わし、カミラとの電話が終わった後、ハルトはベッドに身を投げ深いため息を付いた。そして、何も言わず部屋の明かりを消した。




 ゼルオスの目が見開いた。感情の現れにくい彼の顔は喜びに満ちており、メニューを操作する右手はかすかに震えているように見える。まるでずっと待ち望んでいたものが手に入った少年が人前で無理やり喜びを押さえつけているように見えた。


 「まさか、拠点以外で本が見つかるとは。予想の斜め上を行く状況過ぎて私もどうしたらよいか。とりあえず、皆さんが撮ってきたスクリーンショットを見させてもらいましょうか」


 二人は翌日になって検証ギルドに足を運んでいた。今日が面談の予定日ではなかったのだが、拠点外で本を見つけ一部をスクリーンショットで撮影してくるということを大きなことをしたため、相談しあった結果、急遽会う事になったのだ。


 しかし、ナオは用事があるということでハルトとキーンの二人だけでゼルオスと会っている。だが、いつもと違うことはそれだけでなくゼルオスの隣に女性が座っており、ゼルオスと一緒になって資料を眺めている。眼鏡を掛けていて黒髪の小さいポニーテールが特徴のかわいらしい女性だった。


 ゼルオスが隣にいる女性について一向に説明しないためか、しびれをきらしたキーンがややぶっきらぼうにゼルオスに尋ねた。


 「すいませんが、そちらの女性はどなたですか。部外者でないのは分かるのですが説明してもらわないとこちらも困ります」


 「あ、すいません、資料に夢中になりすぎて説明が遅れてしまいました。こっちはマーヤといって私の秘書で妻です。以前キーンさんにはお話したと思うのですが会うのは初めてでしたね」


 ハルトとキーンは目をぱちくりとさせている。予想外の出来事に思考が追いついていないようだ。


 「はじめまして、この人の妻のマーヤと申します。以後お見知りおきを」


 彼女の口調はかわいらしい容姿からは想像できないほどとげとげしく、冷たさを放っていた。だが、すぐさまゼルオスがフォローして言う。


 「マーヤはご覧の通り堅物で、これでもマシな方なんです。どうか多めに見てやってください」


 マーヤはゼルオスからそういわれると黙ってお辞儀をした。どうやら自覚しているらしい。


 「はぁ、そうですか」


 なにやら微妙な雰囲気が漂い始めていたが、ゼルオスが軽く咳払いをしたことでそれは解消された。そして、ゼルオスはこう切り出した。


 「それでは、早速。前回皆さんが提供してくださった情報を詳しく調べたところ、あのエリアは古代遺跡と言う場所ではなく、第一マグナ大聖堂という場所であることが分かりました。内部は非常に傷んでいますが、残っていた文字からおそらく間違いないと思います。それと、そこには依り代というのでしょうか? それに値する者がいるということでしたが、彫刻の人物と関係があるかはよく分かって――」


 「マグナ!? 確か、強制戦闘イベで戦ったあいつのファーストネームじゃなかったか」


 キーンが驚きながらハルトのほうへと顔を向けた。ハルトも頷きながらそれに応えた。


 「うん。俺もそう記憶してる。ネタイベントにまんまと引っかかってしまったと思ったけど、本の件といい名前といい、ここまで関連があると流石に無視できないな」


 「詳しく話してもらえませんか」


 ゼルオスが神妙な面持ちで二人に尋ね、二人は昨日起きた出来事をできる限り正確に伝えたのだった。


 「なるほど。まさかそれほどの人物だったとは。そのエル・マグナというNPCは間違いなく重要な情報を持ったアクティブNPCと考えていいでしょう。皆さんは私とはじめて会ったときに見せたあの動画に映っていたゴーストのNPCを覚えていますか。おそらくあれが言っていた『世界の礎となったあのお方』というのは彼でしょう」


 説明を受けたゼルオスはそう判断を下した。それにはハルトとキーンも頷いて同意を示している。


 「まさか彼がそこまで重要なNPCだとは思いませんでした。会ってみたら分かるのですけど彼にはそれを感じさせるようなものが一切なくて、よくよく考えれば気づけそうなことに気が付きませんでした。本ばかり目を向けずにしっかりと話し込んでおくべきでした」


 キーンが悔しそうにそういった。両手の拳をぎゅっと強く握り締めていた。


 「いえ、それほどたくさんの出来事が起きればそうなっても仕方ありません。気を落とさないでください。決して悪い方向に転がったわけではないですし、むしろプレイヤーが一日でも早いログアウトを実現するのに一役買ったわけですから」


 「ええ、理解してはいます」


 「それに、今回の話し合いではそれくらいでくよくよしてされては困るというのもあります」


 ゼルオスの隣にいるマーヤがそういった。辛辣な言葉だった。


 するとゼルオスはやや俯くような感じになった。そして、彼の周りの雰囲気が確かに冷たくなった。


 「……そうですね。それではそろそろ話を切り替えます。プレイヤーキルの件について皆さんにお話しましょう。そして、これは現在このゲームで起きている『闇』に迫るものになります。どうか覚悟してお聞きください。マーヤ、頼む」


 ハルトとキーンの口がゆっくりと動いた。それは闇と反芻するものだった。


 マーヤに目をやると静かにメニューを操作しており、しばらくしてウインドウが二人の前に現れた。


 「これはプレイヤーキルを実行しているプレイヤーが現在到達しているであろうレベルと特徴です。推測の域ではありますが、この付近にあることはまず間違いないでしょう」


 そこにはこう書いてあった。


『プレイヤーキル実行人数:一人

犯人が到達しているレベル:約五五〇前後

殺害人数:約八十人前後

攻略到達点:不明。しかし、他のプレイヤーとの接触を拒んでいる場合に限り最前線と同レベルの可能性あり。


犯人の特徴:非常に狡猾かつ慎重。自らの強さを誰にも告げず黙々と犯行をしていくシリアルキラー。人間三人を相手取るほどの腕前とそれに特化した装備を所持している可能性大。


誓約の特徴:殺害したプレイヤーが今まで得た総ホロウの十%を獲得する』


 二人の視線はウインドウに釘付けになった。


 「嘘だろおい……」


 信じられないとばかりにキーンがつぶやいた。


 「何だこのレベルは……。こんなのが誰の目にも触れず動き回ってる方が納得できないです……。そもそもこの情報は本当なんですか?」


 マーヤは静かに頷いた。


 「はい。どうやらお二人はアクティブNPCについて詳しくないようですので説明させていただきますと、アクティブNPCはこのゲームにおけるメインイベントと深い関わりがあるのです。具体的には初めてアクティブNPCと接触しそのNPCと共にイベントを遂行することでメインイベントと関係が構築されるということになります」


 要するに、アクティブNPCと最初に接触したプレイヤーのみがメインイベントを進める権利が発生するということだった。


 そして、マーヤはゼルオスにちらりと目をやったあとにこういった。


 「本当は私の隣にいる人が伝えるべき内容なのですが、どういうわけか伝わっていないようでしたね。このことに関してはお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」


 「いやはや、申し訳な――ぐはっ!」


 ゼルオスが軽く頭を下げたと思ったらマーヤがその頭を思いっきり机に叩きつけた。そして、マーヤ自身も深く頭を下げたのだった。


 「……申し訳ありません」


 ハルトとキーンは若干顔が引きつっていた。


 「それでは、話を元に戻させていただきます。今回皆さんが会った二人のNPCは間違いなくアクティブNPCでしょう。なので、今後も良い関係を築いていただけると検証ギルドとしては嬉しいです。そして、皆さんがイベントのフラグを立てたおかげで、例の動画でお見せしたゴーストが新たな証言をしてくれました。そのときに得た情報が先ほどのものとなります」


 「情報元は分かりました。ですが……レベル五五〇というのは、もはや化け物としか」


 ハルトは、にわかには信じられないとばかりにそういった。


 このゲームにおけるレベル一の差というのは微々たる物だ。本当にほんの少ししか強くならない。だが、たかが一されど一、塵も積もればなんとやら。レベルが高くなれば高くなるだけ少しずつだが、確実に強くなる。


 そのために重要なのがレベル上げなのだが、デスゲームという現状においてそれはリスクを伴う。強くなって生き残る確率を上げるために敵と戦うという矛盾とも取れる行動を進んでしなければならない。


もちろんこれを拒むこともできる。だが、それをしてしまうと最終的に飢えと渇きを凌ぐためのお金が底をついてしまう。結果的にプレイヤーは敵と戦ってホロウを手に入れなければならないのだ。


 そうなると、必然的にプレイヤー間で格差が生まれてくる。


このゲームにおけるプレイヤーの平均レベルは二〇〇前後といわれている。これは毎日一レベルずつ上げた計算によるもので、毎日の基本的な攻略をしていけば誰もが達成できる数字だ。そして、最前線の平均レベルは四〇〇前後といわれている。


 そこで生まれた格差でさえ二倍だというのに、プレイヤーキルをしている人物は三倍にも迫ろうかと言うのだ。


 そのレベルに達すれば、もはやハルトたちが攻略しているようなエリアの敵は紙くず同然となるだろう。もちろん、うかつな行動をとって複数の敵に囲まれればそうではないだろうが、ここまで隠密を徹底したプレイヤーがそんなことをするはずがない。下手をすれば本当にソロで最前線を攻略している可能性だって出てくる。それはこのゲームにおける「三人パーティー必須」という鉄則を無視できるほどの強さを誇っているのだ。


 「その通り化け物です。強さにおいても人においても。そして、特に厄介なのがこの誓約内容です。これのおかげで我々検証ギルドはさらにプレイヤーキルの存在を公表しづらくなりました」


 マーヤは続けた。


 「殺害した相手の獲得総ホロウの十%を得るというのは、蜜月のように甘い誘惑となりえます。このような誓約があるということが広まれば、プレイヤーキルに歯止めが掛からなくなるばかりか同じように実行しようとする輩が出てきます。そして、一度決壊してしまった堤防を元に戻すことはもはや不可能。どうすることもできなくなります。そのため、それだけは絶対に阻止しなければなりません」


 甘い蜜月とマーヤは言ったがまさにその通りだ。プレイヤーが自我を保ちながらゲーム内で快適に過ごすためにはお金、つまりホロウが絶対的に必要となる。そして、それがあればあるだけより良い生活をすることができる。


それを踏まえたうえで、殺害したプレイヤーの獲得総ホロウの十%というのはかなりの価値を誇る。二週間一切攻略をしなくても比較的優雅な生活を送ることができ、武器や防具を強化して、レベルを上げてもお釣りが来るほどだ。


 それほどのものを、たった一人殺害するだけで得られるのだ。それは二週間毎日死線を見るかもしれない戦闘に身を置いて稼ぐより、はるかに魅力的だ。


 もちろん、良識ある人はそれをしないだろう。しかし、全ての人がそうではない。一度動き出した歯車が止まらないように、それに追従する人々が出てくるのだ。


 マーヤが話し終わったのを見計らってゼルオスは言った。


 「このゲームに秩序はありません。そして、秩序を守らせる存在もありません。全ては私達プレイヤーの行動に委ねられ、そこで発生する全ての問題を私達プレイヤーが背負わなければなりません。特に今回のようなプレイヤーキルは弱い立場のプレイヤーが標的になります。そして、弱い立場というのはレベルが低いというわけでなく、未成年や戦闘が得意でない女性なども含まれます。それを、そういったプレイヤーにそれを背負わせるというのはあまりにも重たすぎます。これを防ぐためには事が大きくなって明るみになる前に手を打たなければならないのです。どうか理解していただけませんか」


 ハルトとキーンの視線は下に向いていた。張り詰めた空気が室内に漂っていた。


 キーンは口を開いた。


 「あなたがたの仰っていることはよく分かります。しかし、化け物となった相手に、私達に一体何ができるというのですか!」


 キーンもハルトも両手を固く握り締めていた。


 またしても室内に張り詰めた空気が漂ったが、それはすぐに切り裂かれた。


 「はぁ、やっぱりあなたに任せるとろくなことにならないわね。あなたは黙ってて。私が説明する。そして、今後は私も同席させてもらうから」


 「え、そ、そんな急に言われても」


 マーヤの鶴の一声はゼルオスをたじたじにさせているが、彼女は構うことなく続けた。


 「あなた方にできることはただ一つ。『世界の礎となったあのお方』にプレイヤーキルを排除してもらえるよう説得することです。そして、それは先ほどの話し合いでエルというNPCであることが判明しました。そこまで言えば、後はもう分かりますね」


 「もう一度、あそこに行けと言うんですね」


 ハルトはマーヤの問いに答えた。


 「その通りです。化け物には化け物に対処してもらうのが一番でしょう。ボスの名を冠していたというそのNPCと戦ったあなた方ならそれがよくわかると思いますよ」


 マーヤはさらに続けた。


 「それにゲーム内で起きている『闇』はこれではありません。本当の『闇』はこの化け物が弱いプレイヤーを食い物にしているという点です。我々プレイヤーはログアウト、強いてはゲームの攻略を他のプレイヤーと協力して成し遂げなければならないというのに、現状ではそれができていない。強いプレイヤーが最前線をひたすら突っ走っているだけです。そうなるとどうなるか。あなたがた、特にハルトさんは理解が深いと思いますが……」


 ハルトは顔を上げることなく言った。


 「……強いプレイヤーと弱いプレイヤーの間にかなりの差が生じていて、不満が燻っている、ということですね」


 「その通りです。最前線をひた走るプレイヤーとそれ以下のプレイヤーとの間の格差が広がりつつあるのです。最前線で活躍する多くの上位プレイヤーは戦闘そのものを楽しんでおり、ログアウトにつながるといった直接的な考えはおまけ程度というのがほとんどですが、それ以外のプレイヤーはそうではありません。彼らはこのゲーム内で生活をするために攻略をしています。そのため、彼らは自ら危険を冒してまでログアウトのために奔走することはないといってよいでしょう。そうなると、どんどん先へと進み生活が豊かになる最前線に比べ中層以下のプレイヤーはレベル、装備、プレイヤースキルなどのものが相対的に劣っていくのです。そして、それは更なる格差を生み、格差は不義と闘争を生む。深夜を過ぎた商業区や人民区に足を運べば水商売や恫喝など見たくないものが浮き彫りになっています。そういった現状で、最前線に弱いプレイヤーを食い物にする化け物が潜んでいるということが明るみになったらどうなるか。自分たちをログアウトに導いてくれると思っていたプレイヤーは攻略ギルドに不信感を抱き、もともと攻略ギルドや最前線に不満を燻らせていたプレイヤーに火が付くことになるでしょう。最悪の場合にはプレイヤー間に疑念や強い不信感という亀裂が走ってプレイヤーは離散していくことになります。そうなればもはや私達に未来はありません」




 話し合いは終わった。結局三人は再びエルと会うことが決まった。


 「なぁ、ハルト。俺はお前の叔父としてできる限りプライベートなことは聞かないようにしてきた。だが、マーヤさんはまるでお前が何者であるかを良く知っているこのような口ぶりをしていた。そして、お前はその問いに答えた。しかも具体的に。あれは一体どういうことなんだ。ハルト、俺が動けなかった最初期、お前は一体何をしていたんだ」


 話し合いが終わって建物から出た後、キーンはハルトにそう尋ねた。何かにすがりつくかのような口調だった。


 「俺は……」


 誰もいない通りのど真ん中でハルトは逡巡した。そして、キーンにこう告げた。


 「俺は最前線にいた」


装飾品:指輪

名前:しがみつく者


体力が40%以上かつMPが満タンの時に致死ダメージを受けても体力10%で耐える。発動すると壊れ、修理不可。

強力な祝福が施された上質な指輪で一度だけ身代わりになってくれる。溺れる者は藁をも掴むというが掴んだ後のことは誰も考えていない。どちらに転ぶかは誰にもわからないのだ。

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