08・書斎と渦巻く何か
エルが会堂を貫いている柱の裏手に三人を誘導するとそこには装飾に紛れてドアノブがあった。エルはそれを何のためらいもなく握りしめ右に回す。すると、ガチャリという聞き覚えのある音が響き、扉が外向きに開いた。その扉はどこに蝶番があるのか分からないくらい巧妙に細工されており、相当に意識しなければそこに扉があるなど誰も思わないほどだ。
扉の向こうには螺旋階段が下に伸びていた。装飾が施されている外側の柱とは対照的に内部は質素で非常に暗く、時折光を確保するために埋め込まれている発光石がまぶしく感じるくらいだ。
だが、それ以上に気になるのはエルの体の大きさと、螺旋階段の通路の広さが微妙にかみ合っていないことだった。エルが割りと本気で体を縮ませればなんとか入るというなんとも杜撰な作りで、本人も階段を下りるとき「もう少し大きく作っておけばよかった」などとつぶやく始末である。
「おいおいそんなことつぶやくなよ。胡散臭さに拍車が掛かるだろ。そもそも戦う意味があったんだろうか……」
小さな声でハルトがつぶやく。その声色は貧乏くじでも引き当てたかのような残念さ混じっている。
「一応イベントみたいだから最後まで見るしかないだろ。気が進まないのはよ~く分かるがな」
キーンは腕組をして、うんうんと首を縦に振っている。ゲームを嗜んできた二人にとってこの展開はサブイベント、それもネタイベントに属するものであると勘付いているのだ。しかし、キーンはハルトとは違いどこか楽しそうな表情がちらついている。おそらく、こういったネタ関連のイベントが好みでどこか笑いを期待しているのかもしれない。
「キーンさん、なんだか楽しそうですね……」
「ん? まぁ、俺はこういったネタ系が好きだからな。ハルトはネタ系があんまり好きじゃなかったっけか?」
「いや、ネタ系が嫌いなわけじゃないけど、露骨過ぎるのはあまり好きじゃないというか狙ってやるにしてはもうちょっと凝って欲しいっていうか」
「ほぅ辛口なコメントだな。そんなにお笑いに厳しいとは知らなかったぞ」
「お笑いとはまた違う気がするんだけどね。それにしても、結構深くまで降りていくな。こんな狭い場所じゃ戦闘とかは起きないだろうけど、なんか不安になるというか」
ハルトは周りを見渡しながらそういった。エルの体が大きくなかなか進まないとはいえ、螺旋階段を三分ほど降りているのであまり良い気がしないのだろう。
ナオも不思議に思っていたようでエルに尋ねた。
「エルさん、目的の場所まであとどのくらい掛かりますか。あ、そんな無理して振り返らなくても……」
尋ねられたエルはナオに答えるために振り向こうとしている。しかし、甲冑が邪魔して上手く振り向くことができず、なんとも格好悪い体勢だ。ギシギシと甲冑と壁が擦れる音を出しながら最終的にエルは体を動かすことを止め、背中を向けた状態で話し出した。
「ぐ、すまん。だが、案ずるな。もう少しで私の書斎へと辿り着く。書斎にはソファがあるからしばらくそこでゆっくりしてくれ。茶菓子でも用意しよう」
どうやらエルは三人を自らの書斎へと連れて行こうとしており、そこで何かを話そうという考えのようだ。彼は戦闘前に「あいつ」と呼ぶ人物について三人がそれを知るに足る人物であるかを見極めるため、試練と称して戦闘を行った。彼自身その「あいつ」と呼ぶ人物についてかなりの評価を下しているようで、未だ名前こそ明かさないものの、かなりの親近感と特別視が分かる。
すると、ハルトとキーンが驚くような表情を浮かべている。まるで、嘘だろと今にも言い出しそうなほど口をあんぐりと大きく開けていた。
「こんなところで予想外のものと出会うとは夢でも見てんのかな……」
ハルトがそうつぶやいた後にキーンも驚きの表情を浮かべたまま言った。
「マジかよ……もしかして拠点外で本を見つけるって俺達が初めてなんじゃないか」
「あの、二人とも何でそんなに驚いているんです? 本は拠点にも沢山あるから別におかしいこととは思えないんですけど」
ナオは二人がなぜこれほどまでに驚いているのか理解ができていない様子で小首をかしげている。なぜなら拠点には図書館があり、多くのプレイヤーが利用することができるうえ、三人とも幾度となく使ったことがあるからだ。それなのにいまさら本を見つけて凄いといっている二人のほうがナオの目におかしく写っても仕方がないのは当たり前といえよう。
その質問に対してハルトはこう答えた。
「ナオは拠点にある本を拠点の外に持ち出したことってあるかな。図書館から借りた本とかプレイヤーが作った本とかそういったの」
「したことはないです。活字は好きですけど、本そのものを直接見ることはあまりないです。必要な情報は大手ギルドがほとんど網羅してますからなかなかそういった機会がありませんね。それで、持ち出したらどうなるんですか? 普通の道具なら外部ではアイテム化されて取り出せなくなるのが一般的ですけど」
ナオの言うことはもっともなことだ。インターネットが普及し始めた頃ならまだしも、現在のような高度に発達した情報網のおかげで紙媒体はすっかり姿を消してしまった。それはゲームのみならず育児から介護の現場まで幅広く、一昔まで絶滅危惧種扱いされていた辞書といった分厚いものは時折発掘され珍品扱いされるほどだ。要するに、このご時勢に紙媒体など使う人はほとんどおらず、そんなの知らないというのが大半なのだ。メニューを開きゲーム内ネットワークに接続するだけで事が済むならなおさらである。
また、拠点の外に拠点で作った道具を持ち出すとアイテム化され具現化できなくなるのはゲームの仕様で、なぜ具現化できなくなるのかはよく分かっていない。個人で作った半分チートな道具を攻略で使われてしまわないようにするためという説が有力だが、信憑性はやはり低い。
「おっふ、まさか一発で正解当てるとは思わなかった。まぁ、ナオの言うとおりアイテム化されてインベントリから取り出せなくなるのが普通なんだけど、もともと外部にあった本にはそれが適応されていない……かもしれないというのが憶測だけどそういわれているんだよね。そこで少し考えて欲しいんだけど、アイテム化されていない本があるとしたらそれにはどんな事が書かれていると思う」
ハルトはさらに質問を投げかけたが、キーンがすぐに横槍をいれる。
「おいおい、その問題は結構ひどいぞ。ヒントになるような情報がほとんどねぇじゃねぇか。ゲームに疎いナオが答えられるような内容じゃないぜ」
「はい、ちょっと分からないです。どんな事が書いてあるんですか」
ナオは困ったような顔でハルトに返事を返す。
「う~ん、ちょっと難しすぎたかもね。簡単に言うと、世界観について書かれていることが多いんだよ。ゲームの中でのシナリオって言ったほうが分かりやすいかな? ゲームをクリアするためにはシナリオを把握し、それに乗っかってプレイして、お話が完結する、というのが一連の流れになるのは流石に知ってるだろう。そして、俺達プレイヤーが欲しがるものになるかもしれないのがアイテム化されていない本と言われてるんだ」
ナオはふむふむと首を軽く縦に振りながら頷いた。そして、ハルトに尋ねた。
「ゲーム内のシナリオを把握するためというのは分かるんですけど、それがどうしてプレイヤーの欲しがるものに繋がるんですか。このゲームは分からないことだらけですけどシナリオをわざわざ把握しなくても良いんじゃ……」
「うん、ナオの言うとおり普通にクリアするだけならそれで構わない。俺が今までやってきたゲームの中にも理解に苦しむ作品は少ないけどあった。だけど、このゲームは違う。何も分からないままプレイヤーが野放しにされていて、ゲームクリアどころか現実に戻る方法すら分からないし、何をすればいいのかも分からないという無い無い尽くし。ここまで徹底的にプレイヤーに理解されないように工夫しているゲームは相当珍しい。それこそ俺達を電子の牢獄に閉じ込めた原因や運営の裏があるんじゃないかと思えるほどにね。だから、少しでも良いから何か情報が欲しいということに繋がるんだ。フレーバーテキストでも何でも良いと思えるくらいに」
分かりやすいように説明するハルトの口ぶりはどこか情熱でも混じっているようだった。ナオもそれを感じとったのか、その後にこう言った。
「ハルト君凄いですね。そこまで考えて行動してるなんて思いませんでした。どうしてそんなに詳しいんですか」
「あー友人に詳しい奴がいてさ、いろいろと教わったんだよ。ゲーム批判の凄い奴だったけどね」
ハルトの声色はどこか懐かしむようだった。
「そろそろ、書斎に着く。雑談もキリの良いところで止めてもらおうか」
エルが三人にそういって大きな鉄製の扉を開けると中は真っ暗だった。それでもエルはどこに何があるのか把握しているようで、すっと暗闇の中に入るとすぐに明かりが灯った。よく見ると廊下でよく見た燭台と発光石に明かりが灯っており、エルが何かしらをして全てに明かりを点けたようだ。
書斎は白い部屋だった。それは壁だけでなく床や天井、本棚に至るまで真っ白だ。白い石と思われるもので床の石畳や部屋が作られており、燭台の放つ光を反射してかなり明るい。本の種類別に分けられている本棚やプレートなどは白ではなく着色されているのだが、本の表紙や背表紙といったものを除けばほとんど真っ白である。拠点の図書館は薄暗さと埃っぽさがあるのに対してこの書斎は明るさと清潔感が漂う場所であり、どう考えても書斎と言う風には感じ取れない。広さは会堂の真上の面積よりかなり大きく感じられ、奥行きが上手くつかめない。もしかすると、想像以上の広い作りになっているかもしれない。
「拠点の図書館とはずいぶんと対照的だな。俺が学生の頃に使ってた図書館もかなり綺麗なほうだったが、ここまでとなるとなんだか不思議な感じだ」
キーンが入るや否や、真っ白な周りを見渡して昔を思い出すようにしみじみとした口調で言った。
「ほう、貴公らもこれくらいの蔵書は見たことがあるのか。人がいなくなって久しい分これほどの量を見る機会など無いだろうと思っておったが、北の地にも人が入りつつあるのか。おお、そうだった。私は飲み物を用意しなければならないのだったな。すまないが、そこにあるソファにでも座ってくつろいでいてくれ」
キーンの感嘆に反応してエルがそうつぶやくと、入ってすぐ右にある黒い革張りでできたいかにも社長が座っていそうな高級感溢れるL字型のソファを指差して、自分はそさくさと奥のほうへと引っ込んでしまった。おそらくそこでお茶か何かを淹れているのだろう香草の良い香りが漂ってきている。
三人は言われたとおり座るがどこか落ち着かない雰囲気だ。エルが奥へと引っ込んだのをもう一度確認してハルトが口を開いた。
「なんか、ずいぶんと変なところに連れて来られたな。ゲームしてる感じとは程遠い何かを感じるんだけど」
それに被せるかのように、周りをずっと見渡していたナオも口を開いた。
「ゲームしているというよりここだけどこか別の空間って感じがしますね。お芝居の裏方というか楽屋って感じです」
「楽屋か、場所によるがそんな気がするのは確かだな。ここまで真っ白だとまるでゲームのデバッグとかテストルームみたいだ。そう思わないかハルト」
キーンと呼びかけにハルトも頷きながら答える。
「おじさんの言うとおりテストルームって感じはするね。でも、テストルームって基本的にプレイヤーが入れないよう開発者専用のコードが必要になるからその線は違うと思う。イベントに絡まりすぎてるのも不自然だし。これに関してはエルに直接聞いて情報を得るほうがいいかもね」
「まぁ、そうだよな。プレイヤーである俺達がこの状況だけで判断できるものはほとんどないしよ。しっかし見渡せば見渡すほど違和感が沸いて出てくる。本当にどうなってんだこのゲームは」
「あの、二人がプレイしたゲームの中でこういうことってよくあるものなんですか? 私、ほとんどゲームしないので二人が思い描いている普通のゲームってのが想像しにくいんです」
ナオはメニューを開いたり閉じたりしながらそういった。
VR技術の応用が確立されるにしたがってゲームの数も増えていき、この時代でゲームをしたことが無いという人は見つけるのが難しいくらいと言われている。しかし、そういった中でナオはゲームそのものをあまりしたことが無いという。家庭の方針だとか興味が無かったなどいろいろと理由はあるが相当に珍しい部類といって間違いないだろう。そのためか、ハルトとキーンはナオがあまりにもゲームのことについてあまりにも知らないのが不思議でしょうがないときがある。
特に今回のような発言をされると、小さい頃からゲームと親しんできた二人にとってどう説明してよいか分からなくなってしまうのだ。
虚を付くようなナオの質問に対してう~ん、と頭をひねる二人と一人の間には微妙な間が空いてしまった。
「待たせてしまってすまない。客人用に残していた茶葉を探すのに少し時間が掛かってしまった」
「あ、どうも、ありがとうございます」
ナオが軽く会釈をした。
エルの両手には巨体に似合わぬ小さなお盆が乗っかっており、皿に乗った数枚のクッキーと三つ並んだカップからは湯気と香りが漂っている。そして、エルはそれをソファの目の前にあるテーブルに置き、ガチャガチャと甲冑の軋む音を響かせながら三人の向かい側に胡坐をかいて座った。
「よく試練を成し遂げたな。とはいっても、あれくらい捌いてもらわなければこちらも困りものだが。しかし、あいつのことを知っている人物が現れるのはもう少し先だと思っていたのだがなぁ」
エルは三人に視線を向けながら言った。
「ここまで渋るってことはエルがいう『あいつ』とかいう人物と何か関係があるのかな?」
「わからん。話を聞くしかないだろ」
ハルトとキーンがぼそっとつぶやいた後にエルが更に言った。
「さて、『あいつ』ニュードについて話そうか。頭の切れる奴ですぐに飛び出してしまう若造だったが、どんな奴になっているのか気になって――」
三人の顔が固まった。そして、ハルトが聞き返すように言った。
「あの、ニュードって誰?」
「――いてな……ん? 今……なんてった?」
「へ?」
「へ?!」
奇妙な時間がしばらく続くと後に、雰囲気が両者の理解の違いを知らせたのだった。
「なんということか。まさか、故も知らぬ旅人に試練を課してしまうとは……」
エルは両手で頭を抱えるなりぐったりとうなだれて、「そんな、だがしかし……」としきりに何かつぶやいている。どうやら見た目以上に落ち込んでいるようで、三人が話しかけても生返事ばかりが返ってきて話しが進みそうに無い。
まさかの展開に緊張が一気に緩んでしまったのか三人はソファの背もたれに背中をくっつけている。
「こりゃネタイベント確定だな。ずいぶん凝った作りしてるじゃねぇか。どうやらハルトがさっき言ったのはフラグだったみたいだな」
キーンがニヤニヤしながらハルトのほうへと視線を向けた。足を組み直す余裕さえ見せ付けているのは考えが見事的中したことの裏づけだろう。
「はいはい、ここまできたらお手上げですよ。運営さんすばらしい小芝居をありがとうございます」
抑揚の一切無い棒読みをしながらやれやれといった表情でハルトは肩をおろした。まるで望んでいない結末に脱力したかのようだった。
「えっと、つまり今回の戦闘って無駄足だったってことですか」
しょぼくれた様子でナオは言った。恐怖におびえながら手に入れたものがネタイベントと言われればそう思うのも仕方あるまい。
「……、……。あ、す、すまない。考え事に夢中になりすぎるあまり貴公らのことが抜け落ちていた。しかし、そうかニュードを知らぬか。はぁ、困ったことになったがここまできてしまったのだから何も知らせず手ぶらで帰らせるというのも申し訳が立たないのは事実。詫びを入れねば私の気がすまない。貴公らが私に何かして欲しいことはあるか。このような甲冑を着込んではいるが私はこの聖堂の管理をしておるから、何か必要なことがあれば貴公らの助けになるやも知れぬ。なにか希望はあるか。あるならできる限りそれに応えると約束しよう」
抱えていた頭を持ち上げると、申し訳なさ全開でエルは三人にそう提案した。口調や立ち振る舞いから彼なりのプライドが窺え、これだけは絶対に譲らないという意気込みがひしひしと伝わってくる。
エルの問いかけに三人は困った顔をした。当たり前だ。いきなり何かして欲しいことがあるかと言われても咄嗟に思いつくことは多くないだろう。普通のプレイヤーならここでログアウトする方法を教えてくれとでも言うのが妥当だが、アクティブNPCとはいえどこか抜けた性格のエル相手に三人はそれを思いつかなかった。
だが、それに近い質問をナオが言った。
「あの、それならここはどこなんでしょうか。先ほどまでとは雰囲気がまるで違うので気になっていたんです」
それは先ほどまでハルトと話していた内容から導き出された至極単純かつさまざまな重要な要素を含む質問だった。ある意味ではプレイヤーが最も欲している情報の一つといえよう。
「ここはどこか、か。突然戦った挙句にこんなところに連れられもすればそう思っても仕方あるまい。なるほど最もらしい質問だ。確か、貴公らは巡礼者でないといっていたと記憶しているが、見ての通りこの場所は地下深くにあり生半可なことでは辿り着くことができないようになっているのは貴公らもよくわかっているはずと思う。それを踏まえたうえで聞き返す形になるのは申し訳ないが、どうやってここに辿り着いた」
この問いかけに三人は余計頭を悩ませられ説明するのに苦労したのだが、ニーラに説明したことをできる限り追従するような形で話したことでなんとか理解してもらえたのだった。
エルはうなるような声を上げながら再び考え込んでしまい、あーでもないこーでもないと自問自答を繰り返している。少し時間は掛かったがすぐに冷静さを取り戻すと先ほどとは少し違った様子でこう切り出した。
「貴公らは転移水晶を使うことはできる……か? すまない、少し気になってな」
「あぁ、使えはするがそれがどうしたんだ?」
キーンが訝しげな表情でそういった。NPCがゲーム内のシステムに何か言うことなど初めての経験であり、そんな話など聞いたこともなかったからだ。ハルトとナオも同じような表情でエルを見つめている。
「いや、使えるのであれば特に言うことはない。そういえば、ここはどこかという質問だったな。貴公らが呼んでいた『風が吹きすさぶ谷』だが、私は『大断裂』と呼んでいて、南下を防ぐために人為的に作られた場所だ。だから、ここの聖堂はそれの監視と言う名目でここにあるのだ。地下にあるくせに監視などできるかといわれても仕方あるまいし、その通り監視など、とうの昔にできなくなった。人がいなくなってしまったからな。もともとはここへ辿り着くための道があったのだが、貴公らの話から察するにどうやら崩れて使えなくなってしまったのも原因の一つやも知れぬな」
NPCがいう事は基本的に自己完結している。その例にエルも漏れなく入っており、プレイヤーが本当に欲しいと思っていることを話さず、相手が知っていること前提で物事を語っていた。それはまるで教え方の悪い教師が自分の知識をひけらかしながら暗記物を教えているようなもので、頭に入りにくく理解に苦しむものだった。
当然ながら三人は自分達がいる本当の地名くらいしか把握できておらず、どう見ても話についていけているようではない。ナオは出かけたあくびを必死にかみ殺している。
エルは三人の、特にナオの放つ理解できていませんよアピールを見抜いたのか知らないが、うぅむとまたうなり出しこういった。
「なにやら貴公らとは根本的に理解の範囲というか、常識の範囲と言うものが違うような感じが否めないな。探索者と言うからにはそれなりのことを知っているはずだとは思っていたのだが、どうやら当てが外れたようだ。うむ、貴公らはここ周辺の地理や歴史を知っているか? ここに来たのであるならそれを聞いてやってきてもおかしくはないと思うのだが」
エルがその言葉を放った瞬間、ハルトの目が見開き辺りを見回してこういった。
「そうだ。ここでこの辺の歴史を取り扱ってる書籍はある? 書斎って言うには違和感ありすぎて今まで思いつかなかった」
それは喉に詰まっていた違和感が取れるかのようであった。キーンやナオもあっと言う表情をしている。
「おぉそうかそうか、貴公らはそういったことに疎いのか。それならば仕方あるまい。早速案内しよう。こっちだ。探すのに夢中になりすぎて迷わないよう気をつけるのだぞ」
エルは得心したかのような声色を出すとゆっくりと立ち上がり、歴史を扱っている本棚に向かって歩き出した。
「ちっ、これもダメだ、なんて書いてあるのか全く分からん。ハルト、これは検証ギルドに任せるのが一番手っ取り早いと思うぞ。この量の暗号解読となると俺達の手には余る」
キーンはエルが案内した周辺の書籍を片っ端から見て回りながらそういった。キーンが持つ本のタイトルには日本語ではない文字のような記号と思しきものの羅列が見える。
「こっちもダメです。私達じゃとても読めそうにないです。ローマ字変換とかそういったレベルには収まりそうにないのが厄介ですね」
ハルトは頭をガシガシと掻き毟りながら本を開いては直してを繰り返している。
「くそっ、目の前に有益な情報があるかもってのにそれが読めないとか。歯痒過ぎるな」
バンッという音が周囲に響いた。ハルトの手元にあった本が閉じられている。
三人が直面している問題。それは本の文字が読めないということだった。横文字であるということだけは分かるのだが、それを右から読むのか左から読むのか、そして、上下どちらに読み分けるのか分からないという有様だった。
「なんだ、貴公らは文字が読めないのに本を読みたいといったのか。そこまでとなると、もはや私ではどうしようもないぞ。ここ周辺で人がいる可能性はほとんどないから教えを請うことなども現実的でない。しかし、貴公らの情熱は見ていればよくわかる。私としては文字を教えることはできかねるが、本の内容くらいなら教えられる。後日また来るのがよい。貴公らが知りたがっていた本の内容をある程度まとめて話そう。時間も大分経ってしまったことだしな」
苦心している三人を見てエルはそういった。ずいぶんと複雑な心境であることは間違いないだろう。
キーンはメニューを開き時間を確認した。時刻は午後五時だった。
「しょうがない、そうするか。おいハルト、いったん帰るぞ。今日あったことをまとめる時間が俺らにも必要だ」
「ハルト君、続きはまた今度にしましょう」
「……分かった。今日はもう帰るよ。なぁエル、これって持って帰ってもいいか?」
ハルトはどこか鬼気迫る様子を垣間見せていた。そこまでして一体何をしたいのか、そこにいるものには誰にも分からないし誰も聞こうとはしない。
「すまないが、それは無理だ。ここにある本はここ以外に持ち出すと燃えて読めなくなるように細工してある。諦めてくれ。それと、上にある会堂の一番奥に転移水晶を置いておいた。帰りとまたここに用があるときはそれを使え」
「分かった、いろいろとありがとう」
「例には及ばん。気をつけて帰るのだぞ」
エルに見送られた後、螺旋階段でキーンがいった。
「ナオ、戦闘時のことだがよく起きるのか」
「……いえ、今回が初めてです」
「そうか。だが、ある程度原因が特定できるまでは戦闘は控えたほうがいい」
「いえ、あの、原因は分かっているんです。でも、今回は特にひどくて私もここまでなるとは……」
ナオの声はゆっくり小さくなっていった。
それについて、キーンが戒めるかのように言った。
「分かっているならなおさらだ。ゲーム内で男女に性能の違いはない。ステータスを調整すれば誰だって強くなれる。だからこそのゲームだ。だが、戦闘に向いているのはやはり男だ。人類に数万年掛けて刻まれた遺伝子から見ても、脳の構造から見てもそれは明白だ。女性の中でもナオの肝が据わっていることは認めるが、やはり限界があるのは自覚しているはずだと思う。だから、自分を窮地に追い込むまで無理して俺達についてくることは何一つないんだ。それに、どういうわけだか嫌な予感がするんだ。さっきの本を見てるときに唐突にそう思った。さっきまではネタがどうこう言っていたが、もっとこう別次元の何かが蠢いている気がしてならないんだ。だから、ログアウトやプレイヤーキルの件に関しては今は降りて後に復帰するということでも構わない」
「いえ、決して無理をしてるわけじゃないんです。ただ……」
ナオはその後の言葉を紡げず黙ってしまった。
「ハルト、お前も黙ってないで何か言ってくれ。このままだと最悪命に関わる。それだけは絶対に避けなければならないんだ」
カツカツと階段を踏みしめるブーツの乾いた音が響く。そして、少し時間が経ってからハルトは口を開いた。
「俺の知り合いに女性プレイヤーがいる。俺達より先を攻略してるから間違いなく強い。その人と連絡を取り合ってみるから、ナオ、一度その人と話をしてみないか」
ナオの表情がかすかに変わった。キーンは少し考えるような仕草を見せていった。
「お前の言いたいことはよくわかる。要するに、その女性プレイヤーがどうしてそこまで強く、かつ前線で攻略に励めるのか意見を聞かせたいんだな」
「ああ」
ハルトは短く肯定すると同時に頷いた。
「はぁ、俺達より強いってんならそのプレイヤーから何かしら聞くのが妥当っちゃ妥当か。分かった。とりあえず話はそのプレイヤーとナオが会ってから決めるとしよう。今すぐ決めるような議論でもないしな」
キーンの口調はどこか暗さを滲ませていた。
結局、三人は転移水晶を見つけて帰るまで一言も言葉を交わさなかった。
ナオの武器
武器種:ハンマー
名前:鋼鉄塊
初期武器である棍棒を順当に強化していくことで作れるようになるハンマー。打撃武器であるハンマーはその重量ゆえに全武器でもトップクラスの威力を誇るが、重量次第では片手では扱うことすら困難になる。見るからにただの鉄の塊としか見えないこの武器から繰り出される振り下ろしの下敷きになれば、元の原形をとどめない何かの「塊」になることは想像に難くない。




