07・戦いと恐怖
長く苦しい戦いだった……(主に作者のリアルが)
甲冑を着た人物は三人に振り返って以降微動だにしなかった。そのため三人は一瞬身構えたが、何も起きないことを確認するとすぐに武器を下ろした。攻撃を与えない限り敵対しないといっても、何かの弾みで敵対などしてしまったら目も当てられないからだ。そのうえ戦闘関連のイベントであるならば、たいていは部屋に入った瞬間に開始される。いきなり戦闘が開始されるのは心臓に悪いものの、判断材料となるためそれを気にしながら部屋に入るのはプレイヤーの間でお決まりとなっている。
武器を下ろしてしばらく経った後にナオがふっと気が付いたような顔をして言った。
「あれ、あの人って前に見た彫刻の人物に似てる気がします……」
ナオが言ったように、その人物は背中に外套をチラつかせ、細やかな装飾が施された甲冑を身に纏っている。さらにキーンが持つ大剣より一回り大きく錆びた大剣が足元に転がっていた。確かに前に見た彫刻の人物と似通った部分が多い。しかし、彫刻の人物は二メートルほどであったのに対しこの人物は大剣同様に一回りか二回りほど大きく、身長三メートルに達しようかと言うほど背が高い。加えて体の表面を一切見せ付けない作りとなっている黒甲冑を着込んでいることも相まって非常に屈強かつ筋骨隆々であるように見える。この人物を見た誰もが大男と口をそろえて言うようなほどその体は大きかった。
その人物はナオが言葉を発してもピクリとも動こうとはせず、真っ白なヘルムの黒い隙間から、三人に向かってただじっと視線を飛ばしていた。
「確かに似てはいるけど、このまま近づいてもいいのか?」
ハルトは入ってきた扉と動かないでいる人物に交互に見ながらいった。戦闘がないタイプのNPCであると分かっていても、前回のことがあるためうかつに手が出せないのが見て取れる。
「おそらく、俺たちが会話可能範囲に入っていないせいで切り出せないでいるのかもしれないな。普通のNPCも一定範囲にプレイヤーがいると振り返ったり、目で追ってくるからその類かなにかだろうよ。とりあえず近づけるだけ近づくか」
キーンがそう言うと二人は頷き、左手でしっかりと盾を構えながらゆっくりとだがその人物に近づいていった。そして、双方の距離が四メートルくらいになった時点でくぐもった低い声が会堂内に響き渡った。
「……遅すぎる。どうしてすぐにこちらへ来ないのだ。声をかける機会を見失ってしまったのはこちらの落ち度と言えど、何もせずこちらをみてひそひそと話されると私がまるで悪者のよう……。失礼、少し興奮してしまった。何せ貴公らが久々の巡礼者でな、長い間ここに閉じこもっていたせいで人への接し方があまり得意ではないのだ」
今にも貧乏ゆすりをし始めそうなくらいそわそわしている足がこの人物の感情を物語っていた。それも、三人の態度にあまり好印象が持てなかった様子である。
「あ、いえ、あの、すいません……」
見た目にそぐわない回答だったためか、三人そろってそう答えてしまう。それと同時に何なんだこのNPCはという奇異の視線が窺えるほど三人の目はジト目だった。
なにやら気まずい雰囲気の中、一石を投じたのは甲冑の人物からだった。軽く咳払いをする素振りをした後、話し出した。
「あー、ごほん。先ほども言ったが、貴公らは久々の巡礼者だ。この地から人がいなくなってしまったせいでここを訪れる者もいなくなってしまってな、おかげでこの聖堂も見るも無残になってしまった。私がいるここの会堂だけはなんとか綺麗にしているものの、他のところは監視が精一杯で手がつけられないというのが実情だ。……少し話しが逸れてしまったな。こんな姿になったとはいえここは聖堂。私は貴公らが祈りを捧げに来たのか、もしくは別の理由でもあるのかと気になるのだ」
この人物の語り口調は先ほどとは違い、尊大であるが柔らかかった。人への接し方がどうこう言っていたが、このような口調や感情の表れ方は通常のNPCからは感じ取れないものである。この人物もまたニーラと同じアクティブNPCなのかもしれない。
三人もそれに薄々感づいているのか、まじまじと全身を眺めていた。キーンはやっぱりそういう類かと何か察している様子で、ナオは甲冑の人物より奥にある祭壇らしきものに目が移っている。ハルトは誰も甲冑の人物に話しかけないためしぶしぶといった感じで話しかけた。
「えっと、すいませんが祈りをしに来たわけじゃないです。あー、えっと、いろいろあって世界の礎となったあのお方と呼ばれる人と血の使徒について情報を集めて回ってるんですが、何か知ってることがあったら教えてもらえませんか」
『世界の礎と言う響きはきな臭いが、深読みをするならばゲームの運営もしくはそれに相当する何かかもしれない。』検証ギルドは三人にそう伝えていた。そのため、開発者に相当する人物と接触できる可能性がある場合はそれについて情報を集めて欲しいと頼まれていたからだ。しかし、ハルトの台詞からは何とかひねり出したといった感じが強く、彼自身あまりこのことに対して乗り気といった風に見受けられない。
「ずいぶんと古い呼び方を知っているのだな。一体誰に聞いたのやら……」
甲冑の人物は誰にも聞こえないような非常に小さな声でつぶやいた。その口調はどこか自嘲気味でやれやれといった感じだ。
「あの、何か知ってますか」
ぼそぼそと何かを言っているためハルトはもう一度尋ねた。
「あぁ、よく知っている」
その言葉を聞いた三人は嘘だろといった表情をしていた。何かが見え隠れしているこの人物がそんなことを知っているのが驚きであるかのようだ。
予想外の反応に驚きながらもハルトは更に尋ねた。
「あのー、良ければ詳しく教えてくれませんか」
すると、甲冑の人物は突然三人に背を向け歩き出したかと思うと歩きながら話し出した。
突然背を向けた甲冑の人物に対して三人は急にどうしたんだと訝しげな様子だ。
「何度も言うようで悪いがここに人が来るのは何百年ぶりでな、祈りばかりをしてきていたせいで体がずいぶんとなまってしまった。この大剣を見てもらえばよく分かるだろう」
そういって足元に転がっている錆びた大剣を右手で軽々と持ち上げ肩に担ぐと甲冑の人物は更に続けていった。
「あいつのことを尋ねる人物がここを訪ねたとき、私はその者に対して試練を与えるという使命を持っていてな」
はぁ、と三人は適当な相槌を打っている。あまりにもでんぱなことを言っているので付いていけない様子だ。
甲冑の人物がそう言い終ると三人が入ってきた大きな扉が物凄い勢いで閉まり、会堂内に大音量で響き渡った。ご丁寧にガチャリと鍵が閉まるような音も聞こえる。そして、空間が波打つように歪み、鉄を叩いたような小気味良い音が周囲に響き渡った。
「はい?」
「え? なんですかこれ」
「どういうことだ?」
三者三様の感想を言っているがそのどれもが意味が分からないというものだった。当たり前だ、NPCと話していたら突然後ろの扉が閉まったのだ。理解できるほうがどうかしていると言っていいだろう。
「私が何を言っているのか分からないといった感じだな。それも仕方あるまい。要は貴公らがあいつのことを口にした時点でこの試練は逃れられないものになった。ただそれだけだ。しかし、私は貴公らを殺すつもりは毛頭ない。あくまで試練に耐えられなければというだけであって、せっかくここまで来てくれた巡礼者に対してそのようなことは無礼であるし、私としても望んではいない。それだけは分かってくれ」
甲冑の人物は非常に申し訳なさそうに言った。だが、当の三人は未だ理解できていないようで扉と甲冑の人物に視線を交互に向けていた。
だが、途中でハルトが何かに気が付いた。
「あの、帰還石が使えなくなってるんだけど……」
ハルトは帰還石についているリボンを引っ張るがほどけず、がっちりと固まっているっことを二人に見せた。
「嘘だろおい、戦闘フラグなんて立てた記憶無いぞ」
キーンは頭をかきむしりながらそう答える。
「あの、もしかしてこの人が言ってる試練が関係してるんじゃないですか」
ナオはそういうとハルトとキーンがいった。
「いや、それは分かってる。ただ、あんまり関わりたくないというか……」
「あんまり言いたくはないが、ちょっと胡散臭くてな。信用したくないんだよ」
二人はこの甲冑の人物と関わると面倒ごとになってしまうとはっきりと断言した。彼らはこの手のイベントを他のゲームで何度か経験したことがある。そのため全力で迂回できないか思考をめぐらせた結果がこれなのだろう。
「……黙っておれば好き勝手いいおって。なぜ巡礼者は皆何から何まであいつに……。すまない、貴公らのような人物が知り合いにおってな、ついそいつが頭をよぎってしまった。とりあえず、ここまで来たのだから諦めて試練を受けないか。貴公らもいろいろと情報が欲しいのだろう。それに見合う人物かどうか私としても確かめねばならんのだ」
しぶしぶといった様子でキーンが尋ねた。
「はぁ、それで、試練は一体何をするんだ」
甲冑の人物は振り返って答えた。
「なに、私と手合わせするという簡単なことだ。しかし、ただ手合わせするというのも単純すぎて面白みに欠ける。そうだな……」
甲冑の人物はそういうと肩に担いだ大剣に目をやり、突然横へ一薙ぎした。
ブンッという轟音と共に風圧が三人を襲い、金属が軋む音とパタパタと布がはためく音がした。そして、甲冑の人物は再び大剣に目を向けるとこういった。
「この大剣はもうぼろぼろで使い物にならない。刃も欠け、至る所錆だらけだ。修復も望めないだろうだろう。せめて廃棄するのではなく武器として最後を迎えさせるのが好ましいか……。よし、貴公らの今回の試練は私との手合わせ中にこの大剣を破壊することとしよう」
「大剣の破壊っ!? あんた頭おかしいんじゃないのか!!」
甲冑の人物が発した言葉に対し、キーンは間髪いれずに怒声交じりの声を発した。しかし、キーン以外の二人はなぜキーンがこのようなことを言ったのか理解できていないようで不思議そうな表情を浮かべている。
「おじさん、どうしたのいきなり」
「なにかまずいことでもあったんですか」
「お前らは大剣使ったことが無いから知らないと思うが、大剣の基礎強靭値ってのは最低が127だ。これは斬撃武器の中でも上位クラスを誇っている。おかげで大剣は武器の損傷をあまり気にしなくても高い攻撃力を維持できるんだが、傷つきにくいって事は壊れにくいってことで、武器破壊となると基礎強靭値の半分の武器威力で叩かなくちゃならねぇ。要するに俺やハルトみたいな斬撃や刺突系の武器だとマイナス補正が掛かって、落下攻撃や武器破壊専用の武器を持っていない限りあの大剣の破壊がほぼ不可能なんだよ。その上、あの大剣は見た限り、あれはただの大剣じゃなくおそらく特大剣。俺の持ってる大剣よりさらに基礎強靭値が高い可能性が濃厚だ。それ云々より、あんな珍しい武器を壊すってのが大剣使いの俺からしたらありえない。あの野郎狂ってやがる……」
このゲームにおける武器というのはプレイヤーの生命線だ。そのため武器が壊れダメージが与えられず防戦に入るということは死に最も近づくということになる。しかし、頻繁に武器が壊れていては元も子もないので武器破壊には一定の手順が必要となり、その手順に従わない限り武器の磨耗は起きるが破壊は発生しないという仕様がある。
また、武器破壊には打撃武器、いわゆるハンマーやグレートアクスなど斬るというより殴るを主体とした武器が最も適しているといえよう。そもそもとして、このゲームは打撃武器が一番汎用性に富んでおり、初心者から熟練者まで幅広く使いやすいという武器だ。剣の刃の部分を正確に当てたり、槍で敵の弱点を的確に攻撃するといった技術がほとんど必要なく、ただ近くの相手に武器を振り回すだけでよいのだ。ゲームを始めたときにプレイヤー誰もが棍棒を手にしているというのもそれを後押ししている一つの要因だ。
誰でも簡単に扱えるため汎用性は高い。しかし、他の武器の扱いに慣れ始めるとどういうわけか使いにくく感じてしまい、今ではほとんど使っていないというプレイヤーは意外と多い。理由の一つとして、他の武器の尖った性能を目の当たりにすると、打撃武器があまりにも無個性極まりないからである。例を一つ挙げよう。
棍棒とレイピアはどちらも片手で持つことができる武器だ。レイピアの武器威力は高くないが軽い上に消費スタミナも少ないため気軽に振りやすい。また、プレイヤーに技術があれば弱点を狙いやすく、振った後の後隙も少ないため戦線から離脱しやすいという利点もある。比べて棍棒は威力こそ高いものの消費スタミナが多く、重さもそれなりにある。それでいて会心補正が一切乗らず、弱点を殴ってもダメージ補正が入らない敵などがいるため、プレイヤーが工夫を凝らすためのキャパシティが他の武器と比べてあまりない。おまけに振った後の後隙が長く、うかつに振り回してしまって敵から手痛い反撃をもらうなんて事も良く起きる。
基本的なダメージは打撃武器全般が高く設定されているのだが、会心率の期待値や弱点を正確に狙う技量がプレイヤーに培われていくと、それ相応に打撃武器が持つ使いやすさと言う汎用性が薄れてしまう。
打撃武器自体の特徴として、頭部を連続で攻撃すれば確率で気絶を狙えるという利点がある。しかし、気絶をわざわざ狙うような敵がボスくらいしかおらず、さらにボスの頭部は非常に攻撃しにくい場所にあることがたいていなため、利点として成立しづらいというのも足を引っ張っている要因の一つだ。
また、武器破壊に関しては意図して狙うか、狙われない限り、実戦ではほとんど発生しない。そのため自分の使っている武器種の数値しか知らないという人がほとんどだ。武器が壊れた、もしくは壊したというつぶやきがゲーム内掲示板でたくさんの「いいね」を貰っているのはそれほどまでに珍しいことだからだ。そのためか、キーン以外の二人が理解できていなかったのだろう。とはいっても最後のつぶやきは完全に趣味の領域だが。
「あぁ、そうなんだ……。じゃなくて、それってつまり……」
突っ込むことを諦めたハルトは顔を動かさず横目でナオを見た。特大武器と思われるあの大剣を壊せるのは特大武器のハンマーを持つナオ一人だけなのだ。
「あぁ、そういうことだ。とりあえずバックアップは俺たち野郎に任せろ。なんとかして隙を作るから全力であの大剣にぶち込むことに集中してくれ」
キーンは淡々とナオに告げた。
「……分かりました」
ナオは消え入るかのような小さな声で答えた。
「話は終わったか。できれば私の話が終わってから……いや、なんでもない。試練はこれを破壊し終わるか貴公らが力尽きるまで続く。他に何か質問はあるか」
「なぁ、その大剣を壊したら俺達に譲ってくれないか。なまくらとはいえ、元は結構良さそうな大剣みたいだし、大剣使いの俺からするともったいなくてな」
キーンはやはり大剣を壊すということがどうしても受け入れられない様子らしい。苦肉の策といった表情で提案した。
「は? はぁーはっはっ! 何かと思えばそんなことか。しかし、壊れる前のこれを欲しいというのであればまだ分かるが、まさか壊れた武器を寄越せとは。っくっくっく……」
どうやら甲冑の人物は相当ツボに嵌ったらしく体をくの字に曲げた挙句に腹を抱えていた。こみ上げる笑いにこらえられないのが良く分かる。
「いや、本当は壊したくないんだけど……」
キーンがぼそりといった。まさかここまで笑われると思っていなかったのか相当拍子抜けといった感じだ。ハルトはやれやれといった表情で首を左右に振っている。長年一緒にいるため彼の変な行動に若干辟易としているのだろう。
「ははは、貴公の言うことはよくわかった。見事試練を成し遂げたのであればこれを譲ろう。煮るなり焼くなり好きにしてよいぞ。もっとも、言葉通りにできるのであればの話だがな。はっはっは」
「ナオ、俺そんなに変なこと言ったかな」
隣にいるナオにキーンは尋ねた。まるで理解できないといった感じだ。
「え、はい、かなり変わってるかと」
「……マジかぁ。ちょっとへこむなぁ」
割りと本気で気を落とすキーンを見てナオは少し笑みがこぼれた。どういうわけか先ほどまでに満ちていた暗い雰囲気は大分明るいものへと変わっていた。
「ふふふ、ずいぶんと久しぶりに笑ったものだ。さて、笑うのもここまでにして試練を始めようではないか。さぁ、貴公らの実力を存分に私に見せ付けてみろ」
甲冑の人物がヘルムの下でほくそ笑むかのような声で告げ、戦闘は始まった。
甲冑の人物の名前は『信奉されし者』であると、そこで初めて分かった。エリアボスなど名前が与えられているボスはプレイヤーの視界の下部に名前と一本の体力ゲージが表示される。ダメージを与え、体力ゲージが減っていき空になれば討伐成功と普通のRPGと同じで非常に分かりやすい。また、雑魚敵と違い与えたダメージが数値で表示されるため、より詳細なステータスが推測しやすいという特徴もある。あとこれだけ攻撃すれば倒せるというのはプレイヤーにとって大きな指標と安心感だ。しかし、今回の戦闘の目的は武器破壊。体力ゲージがあろうが無かろうが全く意味が無いうえに基本的な戦術も狂ってしまう。
集団戦が基本となる雑魚敵では、戦闘に入る前にある程度敵の数を減らすことなどで戦況有利へと導きやすく、体力自体それほど多くないというのもあり、しっかり対策をすれば短期決戦となる場合がほとんどである。
だが、名前が与えられているボスは違う。
ボスは苦心して鍛え上げてきたプレイヤーのステータスをあざ笑うかのような攻撃力、体力、スタミナを誇る。基本的にどのステータスもかなり高く、プレイヤーの勝る点が存在しない圧倒的強者だ。そして、その恐るべき力でもってプレイヤーを文字通りなぎ払う。当然、一方的に防戦を強いられる苦しい展開となるのは、プレイヤー誰しもが経験することだ。
本来のボス攻略であるならば、守りをがちがちに固めた上でボスの行動パターンを把握し一度撤退した後に戦略を組み再度挑戦する、というのが最も安定する攻略法だ。最前線のみならず攻略情報が明らかになっているボスでさえもそうして戦うのがセオリーであり王道である。それでも、初めて戦う相手にジリ貧を強いられアイテムや体力を次第に失い正常な判断ができなくなって撤退に踏み切れずそのまま壊滅。かろうじて生き延びた一人が、青ざめた表情でガタガタと震えながら拠点に戻ってきたという話は未だ絶えない。
まるで強さという言葉をそのまま体現したかのような存在であるのがボスだ。緊張しないはずが無い。ましてや、撤退が許されない状況かつ完全初見であればなおさらである。いくら場の雰囲気が和やかになろうと、そこにそびえ立つ『信奉されし者』が大きな存在感を放ち三人を圧倒しているのは一目瞭然であった。
だが、キーンは誰よりも早く一歩踏み出し言った。
「よっしゃ、行くぞっ!! ハルトっ! 俺に続け!」
彼の目の色は先ほどの面倒臭さを前面に押し出したものから真面目な眼差しへと様変わりしていた。大盾を持ち一歩一歩躊躇なく踏み出していくその姿はやはり壁として頼もしい。
彼は右手に大剣左手に大盾を構え通路を塞ぐよう果敢に進んでいく。会堂内にある木製の長いすは通路を作るように二メートル間隔で設置されている。非常に邪魔ではあるが通路を塞いでしまえばある程度敵の進路を限定することができるため、壁としての機能をより一層強めるだろう。
「おじさんはすぐ退けるようスタミナ管理重視。ナオはいつでも両手持ちできるようにスタンバイ。でも、敵の後ろに回りこむことだけはするな! 一対一はできる限り避けろ!」
キーンが前に行ったのを見てからハルトが指示を飛ばす。人型の敵は弱っているプレイヤーや孤立、回復しようとしているプレイヤーを優先して攻撃する傾向がある。この『信奉されし者』はあまり殺すようなことはしたくないと言っていたが、そのような状況を見過ごすほど甘くは無いだろう。できる限りの最善手。三人がこの状況を乗り切るためにはそれがなんとしても必要なのだ。
「は、はいっ!」
ナオは勇気を振り絞るかのように返事をした。彼女の心境としては震えが止まらないはずなのだが、やるしかないという状況が彼女を奮い立たせているのかもしれない。
着々と守りの体勢を見せている三人に対し、何も言葉を発しなくなった『信奉されし者』は右手に持った大剣を後ろへとやり、左足を踏み出したかと思うと先ほどとは比べ物にならないくらいの勢いで右から左へとなぎ払った。
ごうっ! バリバリッ! ガキィィン! と会堂内に音が立て続けに鳴り響いた。
なぎ払われた大剣は『信奉されし者』の右側にある椅子をなぎ払い、それでも勢いを緩めなかった大剣がキーンの大盾に直撃したのだ。
「ぐ、ぐおっ!?」
キーンの口からくぐもった渋い音が聞こえ、彼自身も一メートル弱ほどノックバックが発生し、『信奉されし者』の間合いから離れる形となった。
だが、『信奉されし者』は弾き返った大剣の軌道をその丸太のように太い右腕で無理やり上へと持ち上げ、今度は右足を踏み込み間髪入れずキーンに向けて振り下ろした。
ガキィィィン! 耳をつんざくような大きな金属音が会堂内に響き渡る。キーンが咄嗟に上向きへと変えたおかげでどうにか直撃は避けた形なっていた。
「くそったれ、どんだけ馬鹿力なんだよ……」
キーンが睨み上げるかのような鋭い視線で『信奉されし者』を見上げた。そこには先ほどまでにはなかった殺気が満ち満ちていた。
「おじさん、一度退いてとりあえず距離を取って! 何度も盾受けできるタイプじゃない!」
「分かってる!」
脳筋にとってこのような相手は分が悪い。盾で受けつつ相手の間合いに入って攻撃を仕掛けるという戦法が通用しないからだ。加えて、重い装備であるがゆえに小回りが利きにいため、攻撃範囲が広い相手には近づくことさえ難しい。脳筋が広まらなかった最たる原因がこれだ。圧倒的な力を誇るボスなどでジリ貧を強いられ、アイテムや体力を消費しやすいということは冷静な判断が下せなくなる可能性が高くなるということに繋がる。それを、誰もが嫌がったのだ。
しかし、そのことをこの状況で嘆いていても仕方が無いことは三人もよくわかっている。そのため、すぐさま回避主体へと切り替えたのだろう。
『信奉されし者』は再び大剣を振り上げキーンにめがけて振り下ろした。
しかし、すでに回避主体の思考に切り替わっているキーンはそれをサイドステップでなんとかかわす。振り下ろし攻撃のため回避のしやすさがなぎ払いとは訳が違うというのもあるだろう。
大剣の先端が石畳に突き刺さった。『信奉されし者』の攻撃は地面を揺らし、床にたまっていた埃を舞い上げたためキーンとハルトの周りは視界が悪くなっている。そのため前方に盾を構えながら少しずつ後退していた。
だが、ここで思いもよらぬことが起きた。それは『信奉されし者』の振り下ろした大剣が威力のあまり地面へと深々と突き刺さり過ぎて、片手では引き抜くことができなかったのだ。『信奉されし者』は片手では引き抜けないと分かるとすぐに両手で引き抜いたが、確かな攻略の糸口がそこにあった。けれども、キーンとハルトは視界が悪いためそのことに気が付かなかった。
唯一それを見ていたナオが二人に知らせようと口を開いた。
「……ぁ、……っ!?」
声が出なかった。
どうして、といった表情でナオは自らの口元に手を当てる。そして、そのとき彼女は初めて自分の手が震えていることに気が付いたのだった。
『信奉されし者』の攻撃に目を奪われていたせいか、自分の陥っている状態に気がつけなかったのだ。
「ぁ……あぁっ……!」
なんとかして声を出そうと試みるが、かすれたような音しか出ず彼女の不安は更に募っていくばかりだった。
「ナオッ! 隙は見つかったか!」
そんな時、ハルトが攻撃を掻い潜りながらナオに問いかけた。少なくとも彼の声色からあまり余裕があるようには思えない。
ナオは声を上げようと必死に声を紡ごうとしたが、やはりかすれた声しか出ず自分の状況を伝えたくても伝えられない。
「どうしたっ! 何があった!」
ハルトは再度声を出してナオに問いかけた後に、一瞬だけ後ろを振り返った。すると、ナオの様子があまりよろしくないのが見えた。
「おいっ! 何があった!」
彼は語気を強めもう一度問いかけるがやはり返事は無い。
「おじさん! ごめんけどしばらく耐えて! ナオになにかあったみたいだ」
ハルトはそう叫んだ。
「チッ、早く行け! 俺に任せて手早く済ませろ!」
その声を掻き消すかのように大剣の空を切る音が響く。だが、ハルトは聞き漏らすことなくすぐさま後方へと下がり、喉元に手を当てて震えているナオの元へと駆け寄った。
「どうした!? 声帯麻痺で声が出せないのか!?」
麻痺は毒と同様状態異常の一種で右腕麻痺、左腕麻痺、そして声帯麻痺の三種類の総称を指す。麻痺蓄積値が耐性値を越えると発症し、三分の一の確率でいずれかの症状が表れる。発症すると腕の場合は腕に全く力が入らず、ブラーンと腕が肩からぶら下がったような状況になってしまい、持っている武器や盾などを落とすことは無いが構えることもできないため、防戦中に発症すると思わぬダメージを受けてしまうことがあるのだ。声帯麻痺はその名の通り言葉が出せなくなって連携を乱してしまうこともあり、他の二つほどではないが嫌われている。持続時間はどれも三十秒。アイテムを使えば即座に解除可能だ。
だが、ナオはふるふると首を横に振りそうではないと伝えた。そして、自分の左手でハルトの右手を掴んだ。
ハルトはナオの震えを感じ取ると、何かを思い出したかのようなはっとした表情を浮かべ言った。
「もしかして、この前の『体の震えが止まらない』なのか?」
ナオは過去のトラウマのせいでパーティーメンバーが窮地に立たされると体の震えが押さえられないという症状を背負っている。前衛としてハルトとキーンが戦っており、加えて撤退ができない、さらには攻略の要を自分が背負うという状況だ。彼女のそれを引き出すには十分すぎるものだったのだろう。
ナオはこくんと頷き、泣きそうな表情でハルトの顔を見上げた。
その様子はどこか儚げであり女性らしさを前面に押し出したものであった。そのためかハルトは一瞬だけ見とれたかのように体の動きが止まったものの、すぐさま顔を引き締め、目線を合わせるようほんの少し屈んで言った。
「ナオが責任を感じるようなことは何もない。それは間違いないんだ。だから、安心して前衛を俺達に任せてくれ、な?」
だが、ナオは首を横に軽く振ってそうではないと伝える。そして、震える唇をゆっくり動かしこう伝えた。
こ・わ・い……。
ナオの震えは恐怖から来るものであった。
今まで、ナオは気持ち悪がることはあっても怖いなどと口に出すことは無かった。この時点でたいていの女性には見受けられない点ではあるが、ハルトやキーンは大して気にしてはいなかった。無論彼女自身怖いと思ったことが無いのだろう。
だが、今回はそれが仇となった。今まで経験してこなかった本能的な恐怖が彼女を襲ったのだ。
ハルトはこれを見て顔色を変えた。この状況でナオが陥っているのはまさに蛇に睨まれた蛙と同じで、それを克服しない限りここを突破できる可能性が減ってしまうからだ。
そのとき、大地を蹴るような大きな音が一瞬響き渡ると同時にハルトの後ろで防戦を繰り広げているはずのキーンが大声を上げた。
「ハルトッ! すぐに盾構えろっ!!」
ハルトの足元に影が見える。それはだんだんと大きくなっているではないか。
それに気が付くや否やハルトはすぐさま震えるナオを抱き、左の長椅子と長椅子の隙間に滑り込むように身を投げた。女性だとか関係なくなりふり構っていられないといった早業だった。
その直後、二人がいた場所にすさまじい大音量と砂埃が舞い上がった。『信奉されし者』がキーンを突破し、二人に向けてジャンプ攻撃を放ったのだ。打ち上げられた瓦礫の一部が遠くまで吹き飛びパラパラと降り注いでいる。
「大丈夫かっ!」
キーンの声と大剣が引き抜かれる音が会堂内に響き渡った。
「くそっ……、場所と視界が最悪だ」
ハルトは舌打ちをし、立ち上がりながらそういった。ハルトとナオがいる場所は椅子と椅子の間で人一人がやっと通れるような隙間しか空いておらず、逃げるためには通路に沿って後退するか、椅子を飛び越えるかしなければならない。その上、舞い上がった大量の砂埃が視界を遮り『信奉されし者』がどう動いてくるか分からない。
それに加え、動けないナオを守りつつということもあり、お世辞でも良い状況とはいえない。だが、そんな状況を『信奉されし者』が逃すはずが無いのだ。
『信奉されし者』は砂埃がある程度晴れたのを見計らい躊躇なく大剣を右から横へとなぎ払った。プレイヤーの弱点部位である首をめがけて。
カツンッ
小気味良い音がこだました。
それと同時に、二人に直撃するはずだった大剣が起動を上へと逸らされ、そのまま空を切り左側にある長椅子と石畳に直撃した。そして、『信奉されし者』の体勢は予期せぬ大剣の軌道のせいで体勢が崩れることになった。
パリィだ。パリィはタイミングよく盾を相手の武器の軌道上に割り込ませ、軌道を逸らし、無理やり体勢を崩すという非常に危険かつテクニカルな技で、「パリィ決めるくらいなら避けろ」と言われるほど悲しみを背負っている。言ってしまえば死に技、やる価値の無い技という不名誉さえつけられる始末だ。しかし、長椅子という障害物のせいで回避ができない状況かつナオを守るために、ハルトはこれをするしかなかった。そして、土壇場で成功させたのだ。もともとパリィを好んで使っていたハルトであったが彼自身もこの大一番で決められるとは露ほどにも思っていなかっただろう。
パリィをした後の特有のモーションで動きを止め、肩を震わせながらハルトは叫び、ナオのほうへと顔だけを向けた。
「今のは! 俺も怖かったぞーーーっ!!
それは玉のような汗で顔面を濡らし、苦悶に歪みそうになる顔を必死にこらえ、ぎこちなく引きつった表情だった。彼はさらに叫んだ。
「本気で死んだかと思った! だけど! 俺が死んだらっ、誰が守るんだよ!」
彼は続けた。
「怖くてもっ、守りたければ動くしかないんだ! だから動くんだ! ナオッ!」
ぶるり、とナオは一際大きな震えを見せた。その瞳はまるで遠くの何かを見つめているかのようであった。
そして、ナオはハッとした素振りを見せた後力強くかつ大きく頷き、まだおぼつかない足取りではあるが自ら後退していった。
「おらっ! てめぇの相手はこっちだ! タゲ移してんじゃねぇ!」
ナオが後退すると同時にキーンが追いつき、右手に持つ大剣を振り下ろしてターゲットを自分に戻そうと『信奉されし者』攻撃を加えた。
ガキンと大剣と甲冑の間に火花が散った。案の定ダメージは表示されず体力ゲージは一メモリすら減っていないが、これは攻撃を二人に向けさせないためであり、キーンとしてはこっちにターゲットが切り替わりさえすればいいのでさらに攻撃を加える。
だが、ハルトにパリィを決められしばらく体勢を崩していた『信奉されし者』は何事も無かったかのようにゆっくりと大剣を肩に担ぎ直すと、キーンには目もくれずハルトに向かった。やはり、この状況を好機と捉えているようだ。
「くそったれ! こっちを向け! おいハルトッ、逃げ道を確保してそいつを誘導しろ! 入り口の扉付近なら障害物が少ない!」
キーンは二人の無事を確認するとすぐさま思考を切り替え、ハルトに指示を出した。キーンとしては広い場所で相手に縦横無尽に動かれるのは困る。しかし、長椅子が障害物としてハルトとナオの回避を妨害していることは事実であるためそうせざるを得ない。
盾を構え後退しているハルトは返事をしない。彼自身聞こえてはいると思うが、とても返事ができる余裕が無いのは表情から一目瞭然だ。
「ナオ! そいつの間合いには入るな! だが、ハルトからは離れるな!」
先ほどのジャンプ攻撃は想定外だが、それに順ずる行為は隙さえあればやってくるだろう。そうなってしまっては各々が完全に分断されるという最悪の展開になるかもしれない。それだけは避けねばならないことなのだ。
キーンはハルトの様子からナオに何かあったことは察しているだろうが、ハルト同様返事が無いことには若干の違和感を示していた。
「ナオ、消費スタミナの量からして盾受けは二回が限度だ。だから回避のためのスタミナは最低限残して、おじさんから言われた通り絶妙な位置を保……くそっ、攻撃範囲が広すぎる!」
ハルトは『信奉されし者』のなぎ払いを回避しながらナオに指示を出した。ハルトとナオはすでに壁際にまで後退し、長椅子という障害物エリアを抜けていた。この付近は一定間隔で置かれている燭台くらいしか障害物が無いが、広くも無いため戦う場所としては微妙であり、多少無理をしてでもハルトから見て左にある広々としている入り口付近に誘導したい。
ナオの顔は先ほどのように悪くなく、見方によればいつもの戦闘時のようにも感じる。ハルトの指示にしっかりと頷いた。だが、完全に復帰したというわけではなく、まだ声も戻っていないようだ。
だが、ナオにはなんとしても二人に伝えなければならないことがある。それは先ほど見た大剣が抜けなくなる展開だ。案の定二人はそのことに気が付いておらず、加えて先ほどから『信奉されし者』も一度も振り下ろしを使っていない。そのためジリ貧になる前になんとかして誘発する行動を取るよう二人に伝えなければならないのだ。
焦る気持ちゆえか、時折胸の辺りをこぶしで軽く叩いたりしているがかすれ声は未だ直らない。
そうこうしているうちに二人は入り口付近まで辿り着いた。扉は硬く閉ざされ金属製の閂までしてあるという念の入れようだ。帰還石も使えないためこの試練を乗り切るほか帰る術は無い。
キーンはすでに入り口の扉付近にまで回りこんでおり、ようやく三人まとまって行動が取れるようになった。
「ちっ、こういう人型のボスは賢くって嫌いだ。確実に倒せそうな方をねちねちと追い回しやがって……よっ!」
キーンはハルトとナオの前に入って『信奉されし者』のなぎ払い攻撃を大盾で受け止める。受け止めた瞬間に耐えるような声を出しているのは威力を完全に殺しきれていないからだろう。キーンは三人の中でスタミナの値が一番高く、並みのボスの攻撃なら多少平気なのだが、今回はそうではなく盾受けと回避を交互に織り交ぜている。そうやってスタミナを回復させないとスタミナが尽きてしまい、疲労状態と呼ばれる状態に陥ってしまうからだ。
疲労状態は百メートルを全力で走り抜けたかのような強い疲労が全身を襲い、一定量スタミナが回復するまでそれが続くというペナルティだ。その状態では盾受けが一切できず、無理やり盾受けするとダメージを受けた上で吹き飛ばされてしまう。そのためプレイヤー間では『スタミナ管理は生命線』と言われており、安全を求める上で重要な要素の一つとなっている。
だが、ちょうどそのとき『信奉されし者』がキーンの盾受けの後に大剣を振り下ろした。それは最初に見たモーションととてもよく似ており、キーンはサイドステップで回避しているではないか。
絶好の攻撃のチャンスだ。
これで大剣が地面に突き刺さり武器破壊のための攻撃ができる。まだ体調が良くなったわけではないが、先ほどの出来事で何か思い出したナオはハンマーの持ち手をかすかに震える両手で強く握り締めて前へ飛び出した。
ガキィンと大剣が地面に突き刺さり砂埃が舞った。
そして、ナオがハンマーをフルスイングしようと足を踏み出したその瞬間、突然ナオの体が踏み出した方向とは逆方向めがけて吹き飛ばされたのだ。
くの字に曲がったナオの体は地面にぶつかりズサァとこすれる音が響く。
いきなり吹き飛ばされたがなんとか体勢を立て直し、疑問の表情を浮かべたナオが見たもの、それは鈍く輝いている『信奉されし者』の具足だった。大剣を攻撃しようと近づいたナオを『信奉されし者』が左足で蹴り飛ばしたのだ。
「ぁぁ……」
ナオの口からかすれた声にもならない音が漏れる。そして、歯がかちかちと音を立てていた。
「ナオ、ナイスファイトだ! おかげで攻略できるかもしれないぞ!」
だが、ハルトのその言葉がナオを蝕もうとしていた恐怖心を遮った。
ハルトは続けた。
「振り下ろした大剣は回避すれば片手では抜けない! おじさんは振り下ろしを誘発!
俺が蹴り込みを誘発するから、ナオはその隙を叩け!」
ハルトは砂埃でかすむ『信奉されし者』の両手で大剣を引き抜く行動を見逃していなかったのだ。そして、前線に行く際ナオの肩に軽く手を置いて短く言った。
「グッジョブ」
砕ける音が会堂内に響き渡るのに時間は掛からなかった。
「あー、こりゃ見事なまでに真っ二つでボロッボロだな。いまさら言うのもなんだが、貰ってもあんまり嬉しくないかも」
「強化できるとしても俺は大剣使う予定ないから売却一択かな」
「おまっ、せっかく貰ったんだからそんなこと言うなよ。ってかいらないなら俺に寄越せ。つーかこれ素材扱いなのか? 説明見ても大した事書いてねぇし、本当になんなんだこれ。あんまり期待できないがおっちゃんのところで詳しく見てもらうか」
キーンとハルトは渡された大剣だったものの欠片を見ながらそうつぶやいた。キーンはインゴットか何かの素材になると思っていたのかもしれないが、アイテムの説明欄を見る限り今後役に立ちそうなものではないと察したのだろう。ハルトに関しては無用の長物とはっきり明言している。
「すい……ませ……ん。強く……叩き過ぎ……ました」
ナオはかすれ声を出してキーンに謝った。
「あー無理して喋らなくていいって。別にナオのせいじゃないからよ」
キーンがナオは喋りにくくなっているのを知ったのは大剣を砕いた後だった。そのため、そこに至るまでの経緯は詳しくないものの、根掘り葉掘り聞くのもよろしくないので安静にしておくようナオに伝えたのだった。
「ふむ、それなりの力と連携はあるようだな。あいつについて話すならこの程度でちょうど良かろう。それと、いまさらですまぬが、私はエル・マグナだ。貴公らがあいつのことに触れてしまったため言いそびれてしまった。気軽にエルと呼んでくれて構わぬぞ」
周りの空間が一瞬止まった気がした。
『信奉されし者』は照れくさそうに笑っている。だがその言葉を聞いた三人は口を開けたまま微動だにしなかった。一瞬の間があった後にハルトが「へ……?」と言葉を漏らしている。その巨体にからは想像できないかわいらしい名前に三人とも唖然としているのだ。
「腫れ物を触るような視線を向け……。失礼、この名は信徒達が一所懸命に名付けてくれたものゆえ、無碍にできないのだ。どうか察してくれ」
「念のため聞きますけど、男性なんですよね?」
ハルトはエルに尋ねる。
「そうだ。だからこれ以上は聞かないでくれ……」
エルはしょぼくれた様子で言った。どうやら深い事情があるようで、彼自身あまり聞かれたく無い様子だ。
「ふふっ」
ナオの顔から自然と笑みがこぼれた。そして、唇だけがそっと動いた。
ほんと、怖がってた自分が馬鹿みたい。
「まぁいいや。それじゃ、試練を乗り越えたわけだからエルさんが言う『あいつ』について話してくれませんか」
ハルトが話題の切り替えも兼ねてエルに尋ねた。
「そうだな、話すとするか。だが、立ち話としてわざわざここですることも無い。来客用の部屋がある。そこへ案内しよう」
エルは周りを見てそういった。椅子の残骸と木片が散らばったところで話すものではないということか。
そういわれ、三人はエルに付いていった。
キーンの盾
武器種:大盾
名前:大獅子の壁
獅子の顔が刻まれた大盾。大盾はその重さゆえ小刻みに動かすことが難しいものの、その重さを利用して攻撃に利用できる。大盾の中では平均的だが構えながら突撃するさまは見栄えがよく、多くの戦士が愛用したといわれている。




