12・異変
後書きのネタが無くなったので今回はお休みです。
三人が拠点に戻ってみると、攻略ギルドによる非常線が張られていた。それと同時に外出の制限も呼びかけられているようで、午後の昼下がりだと言うのに人気は全くと言っていい。しかし、防衛拠点であるタナトゥー通りに近づくと至る所で人が走っており、慌ただしさを感じさせていた。
防衛拠点にたどり着いたハルトは言った。
「ゼルオスさん、ただいま到着しました。現状はどうなっているんですか」
「おぉ、皆さん。協力感謝します。現状は何とか均衡を保っています。しかし、倒しても倒しても敵の数が減らないためジリ貧といったところです。ハロウィンイベントの最中でしたから、かなり被害が出た様子。非常線を張りはしましたが、ここで制圧できなければさらに被害が拡大するという厳しい状況です」
「そうですか……。防衛に参加しているプレイヤーの状況はどんな感じですか?」
「頭数は集めましたが……、こちらも厳しい状況です」
ゼルオスの声には覇気がなかった。状況が良いとはお世辞にも言えないことがよく分かった。
「おう、ハルト、久しぶりだな」
「ドンさん! お久しぶりです」
ハルトに突然投げかけられた野太い声は攻略ギルドのギルドマスターであるドンからだった。
ドンは言った。
「本当は俺も戦闘に参加したいんだが、それをすると指揮する奴がいなくなっちまう。それに、最前線の奴らが返ってくるのを待つにもいつになるか分かりゃしない。ただでさえハロウィンイベントで丸腰の連中が多い中こんなことが起きるんだからたまったもんじゃねぇよ、ったく」
ドンは異色な連中が集う攻略ギルドを束ねる首領だ。口は悪いが、それ以上に行動力があり、ゲームの最初期で最も早くに行動をした人物として有名である。今回も事態を収束に向かわせるために行動をしているのだろう。
ドンは続けて言った。
「話が逸れちまったな。お前も知っての通り、あの山羊頭は推奨レベル二五〇の敵だ。しかも二メートルあるデカブツ。はっきり言って寄せ集めの連中でどうにかできるレベルじゃねぇ。被害を防ぐために何とかして山羊頭の侵入ポイントである鏡近辺を制圧しなくちゃならねぇんだが、最前線の連中が来るまで持ちこたえられそうになかった。だが、お前たちが来たことで話が変わった。鏡を壊すことができる武器を持ってるんだってな。それを使えば、ジリ貧の状況を完全に打破できる。そこでだ。俺が考えた作戦がある」
ドンはにやりと笑ってこういった。
「防衛のための戦力を最小限にして、トルダス広場に繋がる三つの経路のうち最も敵の数が少ない経路に戦力を集中させる。その間をハルトたち三人が突っ切って鏡まで到達。鏡を破壊して一度撤退。防衛戦力を回復した後、完全制圧を計るというものだ。現状を打開するにはこれしかねぇ! 協力してくれるよな?」
ドンの声は若干ドスが利いていた。
ハルトは言った。
「大丈夫です。俺たちに任せてください」
ハルトの気合の入った声にキーンとナオも頷いた。
「頼りにしてるぜ。よし、それじゃ早速作戦を実行に移す。俺はこの作戦を他の連中に演説するからその間に準備整えとけ」
ドンはそう言うと他のプレイヤーが集まっているところに走っていった。
キーンは言った。
「大分被害が出たみたいだな」
「ハロウィンイベント中だったんですね……」
ナオも悲しそうな顔浮かべていた。
「被害が出たのはもう仕方がないとして割り切るしかない。今は作戦を成功させることを考えよう」
「ハルトの言う通りだ。まずは作戦をおさらいしよう。まず――」
三人は滅入る気持ちを押し殺して作戦を立て始めた。
山羊頭の振りかぶった大鉈がハルトに向かって放たれた。轟音を立てながら振り下ろされるそれをハルトは紙一重でかわす。
地面に大鉈がめり込んだ。その隙を見計らったかのようにナオが山羊頭の正面に飛び出し、がら空きの胴体にハンマーのスイングをお見舞いした。
グオォォ……と低くこだまする叫び声とともに山羊頭は膝をついた。
その瞬間を見逃さなかったハルトとキーンは頭部に向けて強烈な一撃を叩きこむ。
二人の攻撃をもろに受けた山羊頭の頭部はザクロのようにぱっくりと割れ、ゆっくり地面に突っ伏したと同時に動かなくなった。
しかし、息つく暇もなく次の山羊頭が三人を捉え走り出していた。
「ちっ、まだ敵の数が多い。おいドンさん! ゴーサインはいつになったら来るんだ」
キーンは総指揮を執っているドンに呼び掛けた。
しかし、ドンは沈黙を保ったままだった。どうやらまだ時ではないらしい。
推奨レベルより低いプレイヤーが多いためか戦況は芳しくないの一言だった。それに加え経験したことのない集団戦闘。プレイヤーの士気と連携は想像以上にうまくいかないものだった。ドンが提案した作戦を展開してはいるが、まともに戦えているのはハルトたちのパーティーとドンが直接指揮する部隊だけであり、他の部隊は苦しい戦況が続いていた。
たった一体の敵に四、五人集ってやっとこさの状況なのだ。これでは進まないのも仕方がない。
そうこうしている間に三人は再び、山羊頭の敵と戦闘になった。
今度の山羊頭は両手に大斧を装備しており、迂闊に三人の間合いには入ってこようとはしなかった。猪突猛進だった他の山羊頭とは明らかに違っていた。
じりじりとした展開が続くのを好まなかったのかキーンが勢い山羊頭の目の前によく飛び出した。左手には大盾が装備されており、攻撃を防ぎきるつもりのようだ。
それに反応した山羊頭は盾を薙ぎ払わんかの如く大斧を横に薙いだ。
ガキィィンと金属音が鳴り響く。
ぐらりと一瞬だけキーンの盾が動いた。
山羊頭はそれに鋭く反応した。そのまま返す刃でもう一振り、二振りと大盾に向かって攻撃を開始した。
ガキン、ガキンとさらに金属音が響くと同時にキーンの体が揺さぶられる。
しかし、キーンの顔には笑みが浮かんでいた。
キーンは突然大盾を上に持ち上げたかと思うと、大斧が薙ぎ払われるタイミングに合わせ大盾で地面を殴りつけたのだ。
ジャリィィンと小気味良い音が鳴ると大盾と地面の間に山羊頭が薙いだ大斧が挟まっていた。どうやらキーンはこれを狙っていたらしい。
軽快に振り回していた武器の自由を奪われた山羊頭は何とかそれを引き抜こうと試みている。しかし、ハルトとナオがそんな隙を逃すはずがない。
脳筋の近接戦闘は圧倒的な火力が魅力だ。近接の総合火力では右に出る者はない。力任せに振りぬかれたハンマーと大槍の攻撃により山羊頭は地面に突っ伏した。
「おじさん、ナイス!」
「お前みたいにパリィはできねぇけどこれなら意外と狙えるかもしれんな」
その時だった。沈黙を保っていたドンが突然声を発した。
「今だ! ハルトたちを護衛しつつ戦線を押し上げろ! ハルトたちは敵とやりあわずに鏡を目指せ!」
うおぉぉ! という喚声が上がるとプレイヤー達が戦線を押し上げ始めた。四、五人で形成された部隊で山羊頭の敵を囲み三人が鏡に到達できる道を作るとドンはさらに言った。
「鏡を壊したらすぐに戻ってこい! 敵と戦闘しようなんてマネは絶対するな!」
鏡の周りには多くの山羊頭の敵がいる。いくら三人の火力が高かろうとも周りを囲まれてしまえば抜け出すのは至難の業となる。それを防ぐためにドンはそう助言をしたのだった。
「了解です!」
三人はそう返事をするとトルダス広場に向けて一気に走り出したのだった。
トルダス広場は中央に小さな噴水がある場所だ。その噴水の裏に拠点転移用の鏡が置かれている。
仮装大会の準備中だったためか至る所に機材が置かれており、死亡してしまったプレイヤーの証である灰と塩の柱も少ないがあった。
そのわきを三人は通り過ぎた。そして、襲い掛かる敵にわき目も振らずに鏡に直進する。
「あった、あの鏡だ」
「あとは俺たちに任せろ、ナオ」
「うん。二人ともお願いです」
鏡の周辺には山羊頭の敵が三体ほどいる。ハルトとキーンは自分たちに誘導するため突っ込んでいった。
ナオはがら空きとなった鏡に向かって走り出し、例のハンマーで思いっきり殴りつけた。
パリィィンと鏡の割れる音が周囲に響いた。
そのときだった。
鏡が割れるほんの一瞬前に鏡が光り出し、中から山羊頭の敵が出てきたのだが、それは周りにいるような山羊頭とはまるで違っていた。
三メートルはあるかという巨体。ごつごつと、より逞しくなった体の筋肉。まるでそこら辺にいる山羊頭を統率しているかのような個体が鏡の中から現れたのだ。それと同時に体力バーが三人の視界に現れた。ボスの証拠だ。
ひときわ大きな山羊頭はゆっくりと立ち上がると低くこだまする咆哮を上げた。その咆哮は聞くもの全てを震え上がらせるようなそんな殺気を纏っていた。
すると、周りにいた山羊頭たちが全ての行動を止めて、一斉に頭を垂れた。
「な、何事だ!?」
事態を把握しようとする三人だったが、その前に巨体の山羊頭が行動した。
何の脈絡もなく突然、両手に持った大鉈をナオに向けて振り下ろしたのだった。
「ナオ! 避けるんだ!」
ハルトの声にはっとしたナオは盾を構える暇もなく横に転がるように回避した。
ドゴォォという轟音とともに振り下ろされた大鉈が地面をえぐった。しかし、巨体の山羊頭は殺気立っているようでまたもやナオめがけて攻撃を繰り出した。
キーンはナオに叫んだ。
「ナオ! 一旦そいつから離れろ! こっちへ戻ってくるんだ!」
「ダメだ、避けるので精一杯になってる! おじさん助けに行くぞ!」
しかし、ハルトはキーンの言うことを撤回し助けに行くべきだと言った。ナオ一人でどうこう出来る相手ではないと考えたのだろう。
「分かった。待ってろナオ! 今助けに行くからな!」
二人がナオのもとに駆け付けるとナオは言った。
「こいつはまずいです。後ろの人たちを巻き込んでしまう可能性がありま――きゃぁ!」
大鉈を避けきれなかったナオがハルトとキーンのものに吹き飛ばされてきた。盾で防いだおかげで致命傷ではないが巨体の山羊頭は相当に攻撃力が高いことがわかる。
「大丈夫かナオ!」
しかし、心配の声を飛ばす暇もなく巨体の山羊頭は三人めがけて襲い掛かってきた。
「くそっ! やるしかねぇ! こいつを食い止めるぞ!」
ハルトはそう叫んだ。




