10・拒否反応
「仲間を見殺し、ですか」
ナオは繰り返すようにそう言った。ナオの頭で思い描かれるハルトとはまるで違うものであったのか、あり得ないとでも言わんばかりの表情を浮かべていた。
「俺が最前線にいる頃、俺はミョルともう一人とでパーティーを組んでいたんだ。その時、もう一人。ジンと大きめのケンカをしてね。パーティーが少しギクシャクしてたんだ。そんな状況を見かねてか、ジンの彼女さんが俺にある提案をしてきたんだ」
「提案……」
ハルトの目線は下がっていた。だが、彼はそのまま話を続けた。
「そう。簡単に言えばジンが欲しがってるアイテムを二人でこっそり手に入れて仲直りの証として贈ろうって内容だった。もちろん俺はすぐにその話に乗った。だから、俺と二人で出かけることにしたんだ。俺も彼女さんとはゲーム最初期からの付き合いだから協力して攻略できてた。途中までは」
「途中まで? 何が、あったんですか」
ナオは恐る恐る尋ねた。
「ガルドの滝って知ってるかな? あそこは普段は普通のエリアだけど、実は一週間に一度だけヤバい化け物が出るんだ。だけど、当時はまだその情報が出回ってなかった。俺たちはそのちょうどヤバい化け物が出るって日に限って赴いてしまったんだ」
「……」
「その化け物は最前線の装備を着ていても五分に持ち込めるかどうかの強さだった。少なくとも採取用の装備を着ていた俺らに勝ち目なんかなかったし、着替える時間もなかった。本当に逃げるだけで精一杯だった。必死になって逃げている時だった。足がもつれたのか突然彼女さんが転んだんだ。化け物がもうすぐそこまで迫っている中でだ。俺に残された選択肢は二つだった。助けるか、助けずに逃げるか。すげぇ迷ったよ。それこそ、その一瞬が永遠に化けたんじゃないかって思うほど。だけど、俺は逃げた。生きて情報を持ち帰るというその鉄則に従ったんだ」
「それじゃ、彼女さんは……」
「翌日、カミラさんたちにお願いしてパーティーを組んでもう一度そこへ赴いた。もしかしたら逃げ切ったかもしれないというかすかな希望を胸に抱いてね。でも、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。そこにあったのは装備の破片と、粉々になった灰と塩の柱があったよ。ヤバい化け物が出るという情報と引き換えに俺は大事な仲間をまず一人失った」
「まず一人ってことは、もしかして……」
ナオは最後の言葉を聞いて最悪の展開を予想したようだった。
ハルトもそれに呼応するように小刻みな震えが体を包んでいた。
「俺は……装備の破片と一握りの灰と塩を持ってジンに会う羽目になった。どんなことを言われても頭を下げ続けるしかないと思ったよ。だけど、ジンの反応は違った。虚ろな目をしたジンはおもむろに一人で最前線に出かけ始めた。そして、そこで死んだ。おそらくは自殺だろうとの予想だった。それを、俺は、止めることができなかった」
ハルトはこぶしをこれでもかと言わんばかりに握りしめていた。悲痛な叫びを押し殺しているかのようだった。
「そう、なんですか」
「ミョルや周りの人からは気にしてはいけないと諭された。俺も頭ではそう理解していた。だけど、心は辛い現実を直視したくなかったらしい。そのときから、次第に強い敵と戦うのが怖くなった。強い敵と戦うことが必須の最前線でその考えは最も克服しなければならないもの。そんな考えを持っていたら飲み込まれてしまう。飲み込まれた先に待つものは死だけ。死ぬのが怖かったってのもある。だけど、本当はまた仲間を見殺しにする恐怖と助けられなかったときの自分の無力さを直視するのが嫌だったんだ。それを直視しなければならない最前線は俺にとって辛い場所となってしまったんだ。これが、俺が最前線をやめた理由だよ」
「ハルト君も大事な人を失ってたんですね……。それじゃ、ハルト君が早く現実に戻りたいっていうのは」
「そう。生きてるならちゃんと事情を説明したいし。死んでるなら墓前で謝りたいからだよ。身勝手すぎるだろうか?」
「そんなことないと思います。しっかりと伝えてあげるべきだと思います」
ナオは少し躊躇いを見せたかと思うとこういった。
「それと、わ、私でよかったら、相談に乗ります。辛い思いとか一緒にぶちまけちゃいましょう!」
予想外の言葉が飛んできたからかハルトは一瞬固まったようなそぶりをしたがすぐに持ち直しこう口にした。
「……ありがとう。なんだか胸の奥のしこりが少し取れた気がするよ」
「私が言えることじゃないですけど、一人で抱え込んだらダメですからね」
「そうだな、いじめられっ子の言うセリフは重たいな」
ハルトは茶化すようにそう言った。
その時だった。大きな影が二人を包み込んだと思ったら二人の後ろにマックスさんが腕を組みながら突っ立っていた。そして、こういった。
「二人とも! 大変な苦労をしてきたんだね。俺は心を打たれてしまったよ……」
そして、謎のセリフを吐くと同時に目元を拭った。
「え、ちょ、マックスさん聞いてたんですか!?」
ハルトは顔を赤らめながらそう言った。
「私としても聞くつもりはなかったんだが、休憩中の私の耳に二人の声が聞こえてしまってね。それにしても、二人は若いというのに大変な苦労を……。私も大切な人を早くに亡くしてしまったから二人の気持ちがよく分かる。しかし、君たちは俺以上に未来がある。いつまでも暗い話をしてはいけない。今日の仕事はもう上がっていいよ。残りは俺がやっておこう」
「え、本当にいいんですか?」
「もちろんだ。二人が頑張ってくれたおかげで予想以上に捗ったし、これくらいなら俺が運んだところで何の問題もない。あぁ、そうだ、一つ言い忘れていた。実は先ほど荷物の中からこんなのが出てきたんだ」
マックスはそう言うと足元から大振りのハンマーを取り出した。
ハンマーの外観は殴りつける部分は丸いもののそれ以外の部分が若干刺々しい。さらに薄らと紫がかっていて中二心をくすぐるようなデザインをしている。
「どうしたんですかそのハンマー?」
ハルトは訝しげな表情を浮かべながらハンマーを眺めた。
一方、ナオは骨董屋で良い逸品を見つけたかのような鮮やかな顔をしてハンマーを見つめていた。どうやら一目見て気に入ったようだ。
「私にもよく分からないんだよ。物品リストの中にこんなのは入ってなかったし、調べてみても所有権を持つプレイヤーはいないし、かといって私自身で扱おうにも筋力不足で扱えないし。処分に困ってるんだ。そこでなんだが、君たちなら使いこなせるかと思ってこちらに赴いたら先ほどの話が聞こえたと言うわけだ」
ハルトは合点が言った顔を浮かべながら言った。
「はぁ、なるほど。俺は大槍専門なんでちょっと無理ですけど、ナオだったらいけるんじゃないか」
新しいおもちゃを見つけた子供のような顔を浮かべるナオはマックスからハンマーを受け取るとこういった。
「結構持ちやすいですし、重さもいい感じですね。本当に貰ってもいいんですか?」
「いいよ。使える人に渡った方が武器としても嬉しいだろうからね」
「それじゃあ、ありがたくいただきます」
ナオはそう言うとインベントリにそのハンマーを収納した。
「仕事あるときは連絡ください。それじゃ、お疲れ様でした」
「お、お疲れ様でした」
ハルトとナオはそう言って仕事場を後にした。
十月二十一日。三人はハロウィンイベントの仕事の合間を縫ってエルの書斎に来ていた。目的はもちろん、検証ギルドに依頼された資料集めだ。
検証ギルドは本の内容をエルに一から十まで尋ねるという手を使ってみたのだが、エルは「面倒くさい」の一言で断ってしまった。そのため、検証ギルドは自力で解読する必要が出てきたためこうやって三人に資料集めを任せているのだ。
しかし、読めない本を手あたり次第スクリーンショットすると言うのも骨が折れる仕事。三人はたびたび休憩を挟んでいた。
ナオがこの前手に入れたハンマーの感覚を覚えるため素振りをしていた時だった。
エルがナオが持つハンマーに対してぽつりと漏らした。
「ほう、随分とおかしな鈍器を持っているな。ぱっとみたところ、転移系統を阻害する物質でできているようだ。それをどこで手に入れたかは知らんが、私が普段利用している転移手段には近づかぬように。壊れはしないが復旧に二日ほどかかってしまうからな」
「エルさんはこういったのに詳しいんですか?」
「いや、そうではない。もう随分昔になるが、それと同じ物質でできたものを運ぼうと転移用の鏡に近づいたら、見事に鏡が割れてしまってな。ひどい経験をしたから覚えていたまでのことよ」
「鏡が……割れる?」
そのセリフを聞いたハルトははっと何か気づいた顔をするとナオに向けてこういった。
「なぁ、そのハンマーって拠点転移用の鏡を壊した凶器じゃないか?」
アイテム:消耗品
名前:発光石
白く光る石。道しるべとして使ったり、目印に使うことができる。




