09・秘密
MMORPGにおいて、現実の自分の姿をアバターにそっくりそのまま反映するという人はほとんどいない。多くの人は本来の自分の姿とは違ったものにするのが一般的であり、似せるにしても一部分がほとんどであると言えよう。
このゲームもそうだった。ゲームが始まった最初期はイケメンから美少女となんでもござれの状態であり、どのアバターが一番美しいかなどというコンテストもあったほどだ。しかし、ゲームが始まって一週間経った辺りから異変が生じ始めた。
プレイヤーのアバターの目元、口元が見覚えのある形に変わっているという報告が各所で出始めたのだ。よくよく聞いてみるとそれは現実の自分の目元、口元であるらしい。多くのプレイヤーはバグか何かかと思っていたが実際はもっと違うものだった。
それらの報告が上がってさらに一週間経ったとき真相は明らかになった。なんと全員のアバターが現実の姿そっくりになっていたのだ。
多くのプレイヤーは愕然とした。まさか自分の現実の姿がゲーム内のアバターに反映されるとは露にも思っていなかったからだ。
反響はあった。だが、それと同時にプレイヤーの間にある考えが広まった。
『これでようやく相手を信用できる』
ゲームのアバターとは仮面であり、素顔を隠すもの。
デスゲームという風潮が広まりつつある中、協力する仲間が信頼に値するものか見極めるというのもプレイヤーの中では課題となりつつあった。素顔を隠した相手を信用に足る人物として捉えていいかという疑問が各所から上がっていたのだ。
そこで起きた、アバターが本来の姿に戻ると言うのはある意味でそれを克服するに持ってこいの出来事だったといえよう。その考えが広まるにつれてアバター関係の波紋は小さくなっていった。
だが、やはりデメリットもあった。
荷物運搬係の係長マックスもまたその煽りをもろにうけた人物だったといえる。
元プロレスラーだと言う彼は、それはもう筋骨隆々なのだ。顔も非常に強面であり普通に怖いと言っていい。
大手娯楽ギルドの黄金の果樹園を訪れていたハルトとナオはそんなマックスを見て若干唖然としていた。運搬係の人だから筋力があるプレイヤーとは考えていたのだろうが、まさかこれほどのものが来るとは予想だにしなかったのだろう。
恐る恐るといった様子で二人はマックスに話しかけた。
「あの~、検証ギルドから派遣されたハルトです。えっと、よろしくお願いします」
「ナオ、です。よろしくお願いします」
「こんにちは! 俺は荷物運搬係の係長マックス。気軽にマックスと呼んでくれて構わないぞ! 二人が検証ギルドから派遣された人材だね。ふむ、想像では俺みたいにごついのが来ると思ってたんだけど、人は見かけによらないものだな。さて、早速だけど二人にはこの仕事を頼みたい。人民区の指定場所に運ぶ機材の合計約二〇〇品。運べる人材が少なくて困っていたから非常に助かるよ。はいこれ、俺のフレンドコード。何かわからないことがあればそこにガンガン連絡してくれ。もちろん今でも構わない!」
マックスはそういうと親指を上に突き出し、にこりと笑った。笑った顔は若干怖いが、どうやら気さくな人物のようだ。
予想の斜め上の展開が待っていたためかハルトとナオは少し呆然としていた。しかし、すぐに意識を持ち直すとこういった。
「あ、ありがとうございます。それにしても二〇〇、ですか……。すごい量ですね」
プレイヤーが拠点で作り出した機材などは大きすぎるとインベントリに収納されず、自前で持ち運ぶ必要がある。所有権は作ったプレイヤーにあるため盗難にあうなどの心配はなく、今回みたいな貸し出しとなると許可を与えられた人が運ぶことができる。マックスの後ろに山積みにされているのは全てその類だ。
それなら、設置場所で機材を作り出せばよいのだが、人民区の中でも大通りである場所でそんなことはできず、結果ここに集まってしまったらしい。
拠点転移用の鏡によりある程度ショートカットできるとは言え、その数は半端ではない。マックス以外まともに運べるプレイヤーがほとんどいないことが如実に現れていた。
「一体何に使うんですか?」
ナオはマックスの後ろに山積みされている機材に目線を向けながらそう言った。
「あぁ、これかい? これはハロウィンイベントで行われる仮装大賞のセットだよ。参加者が使う小道具の一部と運営が用意したセットの一部がごちゃまぜになってるんだ。できれば整理整頓して欲しかったけど時間がないから仕方ない。目的地は人民区のタナトゥー通りだけど分かるかな?」
「タナトゥー通りなら行ったことがあるので大丈夫です」
「そうかい。それなら早速仕事を開始しよう。今日中に半分を運ばなくちゃならないからテキパキね。俺は左の機材から運ぶからお二人さんは右の方からお願い。多少雑に扱っても壊れないからバンバン運んでくれ」
マックスはそう言うと、よいしょと荷物を担ぎ上げ移動を始めた。
残された二人も言われた通り、作業を開始するのだった。
ある程度往復した後の休憩時間だった。かいた汗を拭いながらハルトはナオにこう尋ねた。
「もしかしてなんだけどさ、ナオってあまり現実に戻りたくないとか考えてる?」
「えっ!? い、いえ、あの、どうしてそんなことを?」
虚を突かれたのかナオは声が裏返ってしまい、質問を質問で返すことになった。
「いや、カリムと話してた時に現実に戻りたいどうのこうの言われたでしょ。その時にナオの表情があまり浮かない顔だったから、もしかしてと思ったんだけど、やっぱりそうなんだね」
「えっと、そうです。バレちゃいましたね。……ハルト君はその理由を知りたいですか?」
「うん、仲間内でそんなこと言ってる奴がいたら、やっぱり気になっちゃうし」
ナオは少し深呼吸をする素振りを見せるとこういった。
「実は私、現実でいじめられているんです」
「……」
予想の斜め上を行く回答が返ってきたためかハルトは咄嗟に言葉を紡げなかった。だが、顔つきは真剣な表情に変わった。
「きっかけは告白をしてきた男子を振ったことでした。すると、逆恨みか何かでその告白してきた男子を好きだった女子が私を無視し始めたんです。その波紋は少しずつ大きくなって、気が付いたらいじめのターゲットになってしまったんです」
「そう、なんだ……」
「新学期のクラス替えが頼みの綱でしたが、その前にもっと酷いことが畳みかかってきたんです」
「……もっと酷いことって?」
ハルトの口調は恐る恐るといった様子だった。何か良からぬ雰囲気をナオから感じたのだろう。
「両親を事故で亡くしました。だから、私は現実を直視するのが嫌になって、新しい世界に導いてくれると触れ込みのこのゲームを買ったんです。ですけど、悪いことは重なるものなんですね。このゲームの世界に閉じ込められちゃいました」
ナオは気丈に振舞って言った。だが、どこかしら悲しさがにじんでいた。
「……」
「せめて帰りを待ってくれる人がいてくれたらとは思いますけど、そう願えば願うほど虚しさが込み上がってくるんです。これが、私が現実に戻りたいと願えない理由です」
ハルトはすぐには話し出さなかった。それはまるでナオが言った言葉を噛み締めているかのようだった。
「そうか。それは、辛かったろう」
「でも、本当のことを言えたのである意味すっとした気分です。愚痴を聞いてくれてありがとうございます」
確かにナオの表情は穏やかだった。心に秘めてきた思いを吐き出せたことに喜んでいる感じでもあった。だが、ハルトの表情はそうではなかった。
「いやダメだ。ちゃんとナオが現実に戻りたいと願えるようにならなくちゃだめだ。俺はその愚痴を聞き流すだけじゃ収まりがつかない。うーん、どうしたものか……」
ハルトはさらに真剣な顔つきになって腕を組み何かを考える素振りを見せた。そして、何か思いついたのかこうナオに言った。
「オフ会を開こう」
「え? オフ会ですか」
ナオはそう聞き返した。まさかそんな言葉が飛んでくるとは思わなかったのだろう。
「そう、オフ会。ゲームを脱出できた暁にはみんなで集まってオフ会を開こう。ゲームで楽しかったことや苦労したことを現実に戻って語り合うんだ。あの時はこうだったねって」
「みんなで集まって……」
ナオはそうつぶやいた。何か引っかかる要素でもあったかのようだった。
「できれば大勢の方が盛り上がると思うけど、このゲームで出会った人を――」
「私は、今のパーティーでオフ会を開きたいです」
「――え?」
「一番最初のオフ会はハルト君とキーンさんの三人で開きたいです。ダメ、ですか?」
「いや、むしろ大歓迎だよ。でも、いきなりどうしたの?」
「みんなで集まってオフ会を開いてる姿を想像したら、少しだけ気持ちが前に進んだ気がしたんです。なんだか楽しそうだなぁって」
「そりゃもちろん楽しいよ。他のゲームでオフ会に参加したことあるけど、同行の集いは良いもんだった。二回目のオフ会を開くなら最前線のメンバーとやりたいなとか考えてるくらいだし」
「ハルト君は最前線の人たちとのオフ会も企画してるんですね。それだけ仲が良いのにどうして最前線をやめたのか不思議です」
どうして最前線をやめたのかという言葉を聞いたハルトはまるで小さくしぼんだような雰囲気をまといだした。そしてこういった。
「そう、だよね。そりゃ疑問に思うよな。でも、ナオも心の内を明かしてくれたから俺も話すよ」
ハルトはゆっくりと深呼吸を一回だけするとこう切り出した。
「俺は、仲間を見殺しにした」
分類:魔術
名前:灯火
発動者の頭上に発光体が生じ、辺りを明るくする魔術。制限時間は五分。
発光体は発動者以外には見えず、したがって灯火を使っただけではパーティー全員の視界が確保されるわけではない。視界を確保したければ各自準備することだ。




