08・検証ギルド
十月十七日。三人は検証ギルドを訪れていた。目的は検証ギルドとの契約更新とアンゼスの霊廟の発見に加え、そこにいたカリムの証言を伝えるためだ。
キーンが事前に訪問の連絡を入れておいたため、三人はスムーズに部屋まで足を運べた。
いつもの部屋で三人がしばらく待機していると、後ろの扉が開きゼルオスとマーヤが姿を現した。マーヤは相変わらずキリっとしているが、ゼルオスは元気がない様子だった。よく見ると目の下にクマができていた。
このゲームでは睡眠時間が削れると少しずつだが目の下にクマができるという――なぜ存在するのか疑問に思う――仕様がある。プレイヤーの体質によって変化はまちまちだがゼルオスは露骨に表れるタイプらしい。
ゼルオスはゆっくりとした歩みで席に着くとこういった。
「遅れて申し訳ない。それで、今日はどういった要件でしょうか」
いつもはキーンが話し出すのだが、今日は違いハルトが口を開いた。
「実は先日の契約更新の件なのですが、正式に受諾しようと思います」
ハルトがそう言った瞬間、三人は息を飲んだに違いない。前回のキーンの拒絶は傍から見ていて凄みを感じさせるものだった。それだのに、今回は打って変わって契約更新をしようというのだ。話が二転三転しすぎなのは一目瞭然だ。二人から小言の一つや二つ貰ったところで何ら不思議でない。
しかし、ゼルオスはあまりにも素直だった。
「本当ですかっ! ありがとうございます! こう言っては何ですが、今回の件は断られると思っていたもので、実はひやひやしていたんです」
身を乗り出さんとする勢いで嬉しさをにじませるゼルオスを見た三人は緊張の糸が切れたようで肩をなでおろしていた。それと同時にゼルオスの横にいるマーヤは頭を抱えていた。おそらく旦那が場をわきまえずはしゃいでいるのにあきれているからだろう。
「しかし、急な方向転換ですけれど本当に大丈夫なのですか?」
ゼルオスの問いにハルトは答えた。
「えぇ、大丈夫です。というより別件なのですが私たちだけでは手に負えないことが起きてしまったので」
「と言うと?」
「新たな特殊エリアを発見しまして、そこでこのゲームの歴史をNPCから聞き出すことになったんです」
「なん……ですとっ……!?」
二人の表情は一気に固まった。ゼルオスは口をパクパクとさせている始末だ。それはそうである。今まで必死になって調べまわったものが目の前にあるかもしれないのだ。
「それは本当ですか? できれば録音データなどを取ってあると嬉しいのですが」
普段のマーヤが出さないような嬉々とした声を出した。
ハルトはいつの間にか録音していた録音データを二人に送信するとこういった。
「今回出会ったNPCもアクティブNPCでした。そして、以前に話していたニーラというアクティブNPCのお師匠さんかつ、エルに仕えていた人物だそうです。まさか、こんなにアクティブNPCに恵まれるとは思いもしませんでした」
それを聞いたゼルオスは思案顔になりながらもこういった。
「アクティブNPCのイベントは成功すればその他のアクティブNPCと接触する可能性があるので、多分それでしょうね。まさか、皆さんと行動を共にしてから様々な且つ重要な情報が集まってきているとは……。これはきっと現実に戻る機運が高まっている証拠です。あぁ、眠気が一気に吹き飛びましたよ」
そういうゼルオスの表情は先ほどのやつれ顔から光がみなぎっているかのような表情に変わっていた。どうやら彼の熱意はまだ落ち込みを見せないようだ。
「ですけど、休むときはしっかり休んでください。ゲームとはいえ三日徹夜は体に応えますよ」
マーヤはゼルオスの身を案じてそう言った。
「三日徹夜ですか。検証ギルドも大変ですね」
ハルトがそう口にするとゼルオスが言った。
「あーいえ、個人的に面白い事件があったので頭を突っ込んだら抜け出せなくなってしまったというか……。皆さんもご存じだとは思いますが、拠点転移用の鏡が割れたという事件の調査依頼を受けたんです」
「あー、あの絶対割れない事件ですか。あれは結構話題になりましたね。掲示板にもいろいろ書かれていた記憶があります。あれの調査をしているんですか」
「えぇ、成り行きでそうなってしまったのです」
拠点転移用の鏡というのは敷地面積の膨大な拠点をスムーズに移動するために設置されている、いわゆる簡易版のどこでもドアのようなものだ。教会、商業区、人民区、城塞と人が行きそうなところには大概これらが設置さている。
鏡は人の接近を感知すると鏡の表面が水面のようになり波紋が生じる。その波紋が現れている最中は人や物が通り抜けられるようになっており、任意の場所を思い浮かべながら鏡をくぐれば出口側の鏡から目的地に到達するという寸法だ。場所を思い浮かべず通り抜けた場合はランダムで様々な場所に飛ばされるため鏡の中に閉じ込められるという心配はない。
確かに鏡なので割れそうな気もするが、前述の通り人の接近を感知すると鏡として機能しなくなるばかりか人や物を透過してしまう。そのため、ハンマーなどを持ち出して鏡を割ろうにもすべて通り抜けてしまうのだ。
しかし、今回の事件。通称絶対割れない事件はそれらを無視して鏡に亀裂が入り使用不可となっていたのだ。奇妙不可思議なことこの上ないのも事実だが、最も反響を呼んだのが模倣犯の発生だ。
鏡の壊し方なるものが掲示板に大量に書き込まれ、実際にそれを実行する者が続々と現れたのだ。夕方から明け方にかけた人通りが少ない時間帯に多く発生し、治安の悪化が叫ばれたのはプレイヤーの記憶に新しい。結局、こういった模倣犯は鏡が破壊できないことが分かるにつれて次第に減っていき、今ではほとんど見かけることはなくなった。
ハルトは言った。
「検証ギルドの方で何か分かったことがあるんですか?」
「いや、それがさっぱりなんです。掲示板に書き込まれていたことは全て嘘でしたし、考え付く限りのことを検証してみたんですが、結局、真実にはたどり着けないまま時間が過ぎて今日で四日目です」
ゼルオスはため息をつかんばかりの勢いでうなだれた。三日徹夜というのは間違いなくその件に関わったせいであろう。
マーヤはナオに視線をチラリと向けるとこういった。
「犯人は今のところ分かってはいませんが、使用不可となった鏡は現在新しい鏡に交換され通常運転しているそうです。いずれにせよ、あまり良くない機運がゲーム内に広まってしまったことは確かと言えます。夜など人気のない場所を歩く際は気を付けた方がいいでしょう」
このゲームにも一応犯罪防止プログラムがあり、窃盗や暴行などをした際にはシステムからペナルティが与えられる。ペナルティは獲得ホロウ減少、移動速度減少、所持金全没収など用途によって違いがあり、犯罪の程度によって課されるペナルティも変化、増減する。基本的に嫌がらせのような内容だが実生活に非常に響くものばかりであり更生率は高かった。しかし、最初期から全く更新がされていないプログラムであるため抜け道も多く、十全に機能しているとは言い難い。
「それで話を元に戻しますが、次回エルに会うのはいつぐらいになりますか? 今回の件はこのゲームにおける様々な背景が明らかになると思うのです。そのためにはエルの書斎に行ける皆さんだけが頼りです」
「すみません、ちょっと待ってください。――えっと、二人のスケジュール的に大丈夫なのはいつくらい?」
ハルトはキーンとナオにそう尋ねた。
「三日後からハロウィンイベントの仕事が入るから明後日までなら大丈夫だ」
キーンはそう言った。
「私は特に予定はないので、いつでもいいですよ」
「それじゃ、早く済ませるために明日行きますか。――すみません。明日に決まったのでデータ関係は明後日くらいに送信することになると思います」
「いえいえ、早いに越したことはありませんからね。では明後日の受信を楽しみにしています」
「すみません、ハロウィンイベント関係で話しそびれていたことがありました」
話を切り上げようとしていた矢先、マーヤが口を挟んだ。
「先日、大手娯楽ギルドから返答を頂きまして、黄金の果樹園というギルドに一度顔向けをして欲しいのだそうです。お時間がある場合は一度そちらに顔を出してください。それと、今回の件についての正式な書類を作成しますのでその時はご足労をかけますが検証ギルドまで来てください」
「黄金の果樹園ですね。分かりました。この後顔を出してきます」
ハルトがそう言って今回の話し合いは終わった。
帰り道にナオがハルトに尋ねた。
「黄金の果樹園さんって確か、大運動会を企画したところでしたよね」
「九月の終わりに確かそんなことやってたね。結構大きなギルドなのに、まさか人手不足とは思わなかったな。そういえば、おじさんも別口でハロウィンイベント手伝うって言ってたよね。どこのギルドなの?」
「俺はギルドなんて大きなもんじゃなくて個人的な知り合いから依頼を受けたんだ。だから、ギルドみたいなしがらみは一切なし。結構気が楽でいいぜ。それにしても、脳筋だからどんな仕事が待っているかはもう大体予想がついちまうな」
「まぁね、大抵は荷運びでしょ。でも、それで報酬貰えるんだから結構おいしい仕事」
「私、これが終わったら新しい装備買おうかなと思ってるんですよね。何かお勧めとかありますか?」
三人とも楽な仕事が舞い込んで嬉しそうな様子だ。脳筋の面目躍如となるのがうれしいと言うのもあるのだろう。
それから黄金の果樹園にたどり着くまで楽しいおしゃべりが続くのだった。
分類:魔術
名前:フレンドヒール
回復魔術。範囲内にいる仲間の体力を中程度回復させる。
取得条件の低さと回復量には目を見張るものがあるが、発動には一癖あり、戦闘中に発動できる代物とは言えない。範囲内にいれば敵だろうが味方だろうが関係なく回復する。




