07・蠢く影
第二章の前半部分が終了。後半はハロウィンイベントのお話になります。
キーンは現実での習慣をゲームにも持ち込むタイプの人間だ。そのため、やや潔癖気味である彼からしたら、ゾンビなどの頭を砕いた際に飛び散る汚物は何としても避けたい代物といえよう。
キーンは自分が茶化されるのを避けるため、何とか話題を変えようとこう言った。
「皆さんはゲームの中に現実での習慣を反映したりしませんか? 私はさっきも言った通り潔癖気味なのでゾンビとかは好きじゃないんですよね」
キーンの問いかけにカミラが口を開いた。
「もちろん、日々の習慣になっていることはゲームにも反映されます。けれど、私はゲームの戦闘になると少し人格が昂ってしまいがちになるので、現実の顔見知りからしたら少し驚かれるかもしれません」
「私もキーンさんと同じでリアルの習慣をそのまま、というか現実での素がゲームでも反映されてる形ですね。でも、たまにゲームになると人格が正反対になったりする人っていますよね。あれはちょっと理解できないです」
ミミドはそう言うとちらりとカミラに視線を移した。しかし、すぐにキーンに目線を戻した。ミミドの動きから間違いなく隣にいるカミラのことについてのことだろうと予測がつくが、カミラは全く気にしていない様子だった。
「確かにそういう人はいますね。私もほかのゲームをプレイしていた時にそう言った場面に出くわしたことあります。しかし、このゲームでは四六時中ログインしてるわけですからそういった人はあまり多くないのでは? やはり半年間も仮面をかぶり続けるのは精神的につらいものがあると思いますよ」
「あれ、キーンさんは悪キューレの奇行さんを知らないんですか? ロールプレイの達人と言ったらまずあの人でしょう」
ミョルはキーンがその人物を知らないことに驚いているようだった。
それに呼応してハルトも言った。
「あぁ、あの人か。いや、あの人は例外でしょ。もはや芸人レベルだし」
散々な言われ方をしているその悪キューレの奇行という人物にナオは興味の色を持ったようでハルトに尋ねた。
「あの、悪キューレの奇行さんってどんな方なんですか」
「えっと、なんて言ったらいいかな。良い人なんだけど、ある意味ヤバい人……。口で説明するとどうだろうな」
言いどもるハルトをフォローするように横からカミラがこう言った。
「あの人を形容するなら狂人のふりをした芸人ね。検索すれば一発で出てくると思うけど、あまり関わらない方がいいかも」
「悪い人じゃないんだけど、笑いを取るためにちょっとやりすぎちゃうんだよね。ワルキューレのワルは善悪の悪だし、騎行は奇妙の奇だし、名前からしてそういう人だと思えばいいかな」
「そう、なんですね。ちょっと興味がわいたので後で調べてみます」
ナオがそういった後、ハルトは口を開いた。
「そういえば、今更なんですけど、三人はどういう集まりなんですか。カミラさんとミミドさんは分かるんですけど、なぜミョルさんまで?」
確かに、以前からミョルはカミラとミミドを敬遠している素振りがあった。普通に考えればパーティーなど組まないはずなのだ。しかし、今回はなぜか一緒だ。ハルトが疑問に思っても仕方がないと言える。
「おぉ、よくぞ聞いてくれたハルトよ! 実はな、お前も知っているとは思うが、あのとち狂ったボスタイムアタックの――」
ミョルが何かを叫ぼうとした。しかし、そのミョルの口を物理的に塞ぐ者が現れた。
「あーちょっと野暮用があってね。それでパーティー組んでたの。こいつとはその用事の時だけ一緒に組むことにしてるってわけ」
どうやら、ミミドはなんとしてもボスタイムアタックの件を隠したいらしい。何か話しかけたミョルの口を両手で思いっきり塞いだ。
ミョルは必死に何か言おうともがいてはいるが、ミミドがそれを完全に押さえつけており、完全に力の差が浮き彫りになっていた。
「あっ、そうなんですね……」
何かを感じたハルトはこの話を水に流そうと決めたのだった。
しばらく話していると最前線の話になった。ナオがハルトの最前線時代について興味を持ったからだ。
ナオはカミラたちに尋ねた。
「前から気になってたんですけど、最前線ってどんな感じなんですか。危険地帯を皆さんが突き進んでいるようなイメージしかなくて」
「そうね。ニュアンスは基本的にそれで合ってると思うわ。けれど、立ち回りを徹底すれば危険地帯ってほどではないはず。実際として最前線での死亡者は決して多くないからね。でも、進んで最前線を行くにはそれ相応の勇気が必要かしら」
勇気という言葉に反応した人物がいた。それはキーンだった。彼は一瞬だけ肩をびくりと震わせるとこう切り出した。
「あの、質問なんですが、最前線の人たちはどのようにして攻略のモチベーションを高めているんでしょうか。勇気だけではやはり足りないものもあるような気がするんです」
「そうですね。私の場合は……こう言ったら何ですが趣味でして。敵を薙ぎ払うのが好きなんです」
カミラは顔を赤らめながらそう言った。
「はい?」
予想の斜め上の回答が返ってきたためか、キーンはきょとんとしている。
「私もどっちかというと趣味ですね。モチベーションの高め方なんかは人それぞれでしょうけど、最前線のプレイヤーは単純に戦闘を好んでいる人が多いと思います」
ミミドもカミラの意見と同じようなことを述べた。
それにつられてミョルもこういった。
「俺もミミドの意見と同じですね。現実に戻りたくて必死こいてる奴はあんまりいないと言ったほうがいいかと思います。もちろんそう思ってる奴もいるとは思いますけど、なんというか、気疲れしちゃうんですよね、そう考えると」
「そう、なんですか? 趣味ですか。ちょっと意外でした。もっとこうバリバリイケイケの集団だと思っていたんですが思った以上にまとまりがないというか、なんというか……」
ミミドは言った。
「確かに、まとまりはありませんね。やはり三人までしかパーティーを組めないというのが大きなストッパーになってるかと思います。大袈裟ですけど命を預ける仲間を見ず知らずの人に任せるのはやはり辛いものがありますから」
このゲームにも野良パーティーというものがある。野良パーティーとは、ある一つの目的のために見ず知らずのプレイヤーがただ寄り集まっただけのパーティーのことを指す。当然、ある程度のコミュニケーション能力と目的達成の意欲があればすぐにパーティーを組めるという利点があるが、結束力が低く連携も取れないことがほとんどであり、ガチ攻略となると敬遠される種類だ。基本的にホロウ稼ぎや素材集めなどで組まれることが多い。
しかし、最前線において野良パーティーは存在しない。なぜなら、一つ間違えば死の沼に片足を突っ込むことになる環境で見ず知らずのプレイヤーと攻略などできないからだ。いくら戦いが大好きな戦闘民族が集まっていると言えど身の危険を顧みないやつは一人もいない。仮にいたとしても、そいつはもう死んでいるのが関の山だ。
ミョルが言った。
「確かに。というか攻略ギルドは元々そういった連中が寄り集まっただけのものですからね」
最前線の特徴として、パーティー単位でのまとまりは強いが最前線のメンバー同士での繋がりはそれほど強くないというものがある。ミョルが言うには、パーティー単位の結束力の強いパーティーが集まったのが攻略ギルドということになる。
「つまり、現在の最前線では現実に戻るためと考える人は少なく、個人的な考えを持つ者同士が寄り集まった集団ということになるんですかね」
キーンは自らの頭の中で整理した内容を言葉にした。
「大体そんな感じですね。一般では現実に戻る手立てを見つけるため命を張っていると大義名分が出回っていますが、実際はそんなものです。だから、妙に肩の荷が重いんですよね、これが」
ミミドの言葉を聞いてキーンは動揺を隠しきれない様子だった。彼が考えていた最前線とはまるで違っていたのだろう。
その様子を見たカミラがキーンにこう言った。
「もしかして、攻略ギルドに幻滅しましたか」
「あ、いえ、その、なんというか、やはり考え方が違うなぁと」
今の話を聞いてナオも感想をカミラに言った。
「私も今の話を聞いて攻略ギルドの考えがなんとなくわかりました。それだと検証ギルドの方が現実に戻る手立てを考えているの気がしますね」
検証ギルドの熱意を知っているナオからしたらやはりそこが気になるのだろう。
「あー、確かに意識高い奴らはほとんど検証ギルドにも所属してるからな。ナオちゃんの言うことは一理あるかもしれん」
ミョルはそういった。
「そう、なんですか」
キーンは手を顎に当てしばし考える素振りをした。
「まぁ、詳しい話はハルトが全部知ってますから。後でいろいろ聞くなりした方がいいですよ。こいつ聞かれないと絶対に話さないタイプだから根掘り葉掘り聞くことをお勧めしますよ」
ミョルはハルトを茶化しながらキーンにそうアドバイスした。
「ちょ、面倒なことは全部俺任せかよ……」
ハルトの悲痛な声が賑やかな店内に静かにこだました。
キーンやナオから根掘り葉掘り聞かれた帰り道、ハルトはちょーさんが経営していた店の前に顔を出していた。帰り道にちょうどあったから寄ったようだった。ハルトがいつもくぐっていた暖簾はいつの間にか降ろされ、店の中はもぬけの殻となっている。
個人が所有していた建物の持ち主が死亡した際、その建物は競売に出される。今は誰が所有しているかわからないので勝手に入ることができない。そのため、外から眺めることしかできないが、きっとハルトは何か特別な思いを抱いていることだろう。
その時だった。
突然背の高い男が路地裏から現れた。格好は周りが暗いためよく分からないが黒い服を着ていることだけは分かる。そして、ハルトの横に並びちょーさんの店だった建物の前に突っ立つとこう言った。
「彼は、死んだのか」
ちょーさんの店の常連なのか分からないが、ちょーさんが死んだことを確かめに来たようだった。
「えぇ」
ハルトは短い返事をした。
だが、次に投げられた言葉は想像を絶するものだった。
「彼は良い駒だったのだが、惜しいことをした」
「え?」
背の高い男はそう言って路地裏へと舞い戻り、暗闇に消えた。
「あの人は一体……」
奇妙な寒気がハルトのいるその空間を支配していた。
武器種:小盾
名前:アイロンバックラー
小型の丸い金属盾。小さいゆえに攻撃を受けきるにはそれ相応の腕前が必要だが、軽いため扱いやすい。全プレイヤーの初期装備。




