04・歴史
「……っ!?」
異邦人に元居た場所へ帰ってもらうため。確かにそう聞こえた。それはつまり、カリムはプレイヤーが現実に戻る手段を知っているということになる。
現実に戻る手段。それは多くのプレイヤーが待ち焦がれていることだ。そのために多くの犠牲をプレイヤーは払ってきた。いや、現在進行形で払い続けている。
誰もが待ち望んだ答えがそこにあるかもしれない。
最も大きな反応を見せたのはキーンだった。瞳はこれでもかといわんばかりに見開かれ、全身が小刻みに震えると同時に、言葉も詰まっていた。
しかし、カリムの言うことを信じればプレイヤーは異邦人。それを気付かれるのはまずいとキーンは理解していたはずだ。だからか、彼は体の正直な反応を必死に押さえつけているようだった。
ハルトとナオはキーンの反応を見て何も言うことができなかった。単純にどう声をかければいいとかそういう問題ではなく、彼の心からの叫びに戸惑っているかのようだった。
そんなキーンの様子を見てかカリムはこういった。
「そうか、あなた方は異邦人の探索者か。何も己を押さえつける必要はない。一度深呼吸をして頬を二、三回叩きなさい。少しばかり気分は落ち着くだろう」
カリムは異邦人であるプレイヤーに対して、毛嫌いする様子を見せるどころか懇切丁寧な対応を見せた。敵対するような様子はまるで見せない。
一瞬だけ呆気にとられたキーンだったが、「では、失礼して」と一言添えると深呼吸をし、頬を二、三回叩いた。
カリムはその様子をただじっと見守るかのように見ていた。
「お恥ずかしいところを見せてしまい、すいません。……確かに私たちはカリムさんの言う通り異邦人にあたる、と思います」
「うむ、そうだろう。あなた方の反応を見てそう確信した。そうか、エル様はすでに異邦人に会っておられたのか。そうなれば、私たちの方が先手を打ったということになる。これは良いことだ」
カリムは何やら一人合点がいったようで、あれやこれやひとしきりつぶやいた後こう言った。
「あなた方は元居た世界に帰りたいか。もしくは元居た場所に帰りたいと願う者は多くいるか。もしそうであるならば、私は今からあなた方に異邦人とこの世界の関わりについて話すのだが、良いか?」
ハルトとキーンは間髪を入れずに頷いた。だが、ナオだけがほんの少しぎこちなかった。
三人の様子を見たカリムは少しだけ間を開けるとこう話し出した。
「遠い昔。この世界には二人の絶対者がいた。一人は誰にも笑みを絶やさない日の光のような明るいお方。もう一人は夜を鮮やかに照らす月のような冷たいお方。そのお二方が民に対して政治を執っていた。
お二方の政治はとても素晴らしく、民からも愛される存在だった。特に人気だったのは日の光のような明るいお方。誰にも絶やすことのないその笑みはこの世界の至宝とさえ言われた。根強い人気誇ったのが月のような冷たいお方。突き抜けるかのようなその冷たさは政治の緩かった部分を引き締めた。知る人ぞ知る陰の立役者だった。
表舞台では日の光のような明るいお方が歩き、裏手では月のような冷たいお方がその背中を守る。そういった構図だった。だからこそ、お二方の信頼関係は比類するものがなく民の手本だった。
そんな折、どこからともなく見知らぬ民がお二方の治める国に現れた。その民は不思議な文字と道具を使い、多くの者を魅了した。それと同時に私たちはこの世界の住人ではないということも明かした。彼らは次第に異邦人と呼ばれるようになった。
日の光のような明るいお方もまた異邦人の使う不思議な道具に魅了された一人だった。日の光のような明るいお方は異邦人と融和し繁栄しようと考えていた。しかし、それに反対された方がいた。月のような冷たいお方だった。
疑り深い性格であられる月のような冷たいお方は、「まだ期ではない。あと二十年ばかり様子を見よう」と進言した。月のような冷たいお方は異邦人に対して妙な危機感を覚えていたのだ。
お二方による長い長い討論の末、融和政策は決定した。民はそれを喜んだし、お二方もそれを見て良しとされた。
しかし、融和政策が実施されてから十年ばかりたったある日。異邦人は全員が忽然と姿を消した。何の脈絡もなく突然だった。それに伴って国中は大騒ぎになった。
だが、大騒ぎになったのも束の間。良からぬことが起き始めたのだ。異邦人が持ち込んだ人形が暴走を始めた。人形は民の手伝いをしてくれる給仕のような役割を担っており、国中に配備されていた。その人形が突然人々を襲い始めたのだった。
阿鼻叫喚となった国を静めるためお二方は昼夜を問わず人形の排斥に尽力なされた。お二方は強かった。比類なきその武力は誰にもたどり着けないと言われるほどだった。しかし、国の軍備とお二方の活躍は国の中枢だけで精一杯であり、地方の都市まで手が回らなかった。
ある時、北の地にある地方都市アムードが陥落した。それをきっかけに北の地では相次いで地方都市が陥落し、多くの難民が国の中枢である南の地に南下してきた。そして、その難民を狙う人形も南下をし始めたのだった。
人形の排斥と同時にお二方は混乱してしまった内政を整えるため食事や眠る時間を削ってまでお仕事に尽力されていた。しかし、それでも、日に日に増える良くない出来事に頭を悩ませておられた。それと同時に増える難民と民の感情をコントロールするのが難しくなっていった。
そして、ついにその日が訪れた。度重なる引き締めと節制に耐えかねた民がお二方の政治を糾弾し始めたのだ。糾弾は波紋を呼び、日に日に大きくなっていった。
お二方はそれを見て悲しまれた。特に悲しまれたのは日の光のような明るいお方だった。日の光のような明るいお方からは笑みが消えうせた。そして、こう決心なされた。
『私が招いた出来事だ。私自身で決着をつける』と。日の光のような明るいお方は信頼できる忠臣に政治を任せると単身で北の地に赴いたのだった。
それを見て、悲しんだお方がいた。月のような冷たいお方だった。月のような冷たいお方は日の光のような明るいお方が自分に何も言うことなく一人旅立ってしまったことに複雑な思いを感じておられた。
そして、ある日。月のような冷たいお方はひっそりと姿を消してしまった。
それから数日後、北の地における人形はほとんど姿を消した。理由はわかっている。日の光のような明るいお方が片付けられたからだ。しかし、日の光のような明るいお方が国に戻られることはなかった。
お二方の消失により政治は良くない方向へと傾き始めていた。しかし、お二方の忠臣であるお方が舵を取り何とか取り留めることはできた。それでも、お二方に関する良くない言動を絶やすことはできなかった。
人々は寄り集まり人形に対する軍備を整えた。それと同時に人形をもたらした異邦人と政治を放り投げてしまったお二方を憎んだ。
前者は皆がそう思っていたから異論はなかった。しかし、後者において、お二方に良くしてもらった人たちはそれを良しとできなかった。
結局、寄り集まった人々は再び離散し、各々で人形に対する戦線を拵えたのだった」
カリムの話は枕元で聞く童話のような語り口調だった。
しかし、それでも多くの出来事がかいつまんで説明されていた。それはプレイヤーが欲していたゲーム内における歴史そのものだった。
三人は黙ってそれを聞いていた。質問することが憚られるようなそんな雰囲気が辺りには満ち満ちていたからだ。
「今の話を聞いてよく分かったと思う。この世界の住人の異邦人に対する憎しみは言葉では言い表せないほど惨たらしいものだ。何せ全てを奪っていったのだからな」
ハルトは今までの話を聞いて小さくつぶやいた。
「そんな背景があったのか。意外と興味深いな」
ハルトはゲームの背景が上手く作られていると感心したのだ。ゲーム好きならではの発想であると言えよう。
一方でナオは悲しそうな表情を浮かべていた。短いながら紆余曲折をたどった歴史に共感した部分があったのだろう。
しかし、キーンはそんなことどうでもいいかのように次の言葉をカリムに投げかけた。
「今の話の内容は理解しました。しかし、異邦人とこの世界の関係が異邦人を元居た場所へ帰すのとどう関係があるのでしょうか。私にはいまいち理解が及びません」
「まぁ、待て。これは段階を踏んで話さなければならない。何もかも知るためにはまず次の事柄を知らねばならない」
そういうとカリムは再び話し出した。
「忽然と消えた異邦人は耳が長く、長命であった。そのため異邦人とこの世界の住人の間に生まれた子もその特性を受け継いでいた。それゆえにその子らは迫害の道を歩まざるを得なかった。あなた方も知っているとは思うが、我が弟子であるニーラもまたその特性を色濃く表している。ニーラがまだ小さいころに家族を殺されたのもそのせいだ」
カリムは一旦話すのを止めると三人を見渡してこう言った。
「ふむ、まるで何を言いたいのかというような顔をしているな。この世界で自らが異邦人、もしくは異邦人の血を引いているとなると、それは激しい迫害が待っている。あなた方も自らが異邦人などと言いふらすようなことをしてはならない。それほどこの世界の人々は異邦人を憎んでいる。私もまた、その迫害を受けてきた者。その迫害の辛さは筆舌にしがたい」
「なぜ、カリムさんも迫害を受けてきたのですか。耳だって長くないですしどこにも迫害を受ける要素はないじゃないですか」
ナオはカリムの顔を見ていった。
「私は、不死なのだ。死んでも死んでも死にきれない。言葉通りの死にぞこないだ」
カリムがその言葉を吐いたとき、外で雨が降り出した。黒い雨雲がすぐそこまで迫っていたのだ。
システム/ホロウ
ホロウは敵を倒しきることで体に蓄積される何か。ホロウをたくさん集めることで肉体の強化や通貨として使用できる。肉体の強化には段階に応じたホロウが必要だが、通貨に関しては一定だ。
経験値でありお金でもある。計画性を持った使用をしないと身を滅ぼしかねない危険を伴う。




