13・無情な現実
これで第一章が終わりになります。
第二章はようやくカリムが登場。
それと拠点に怪しい影が……。
今度こそニーラが力を発揮するかも
「おぉ、ようやく来たか。全員無事なようで何よりだ。早速で申し訳ないが従者の遺品を見せてはもらえないだろうか」
プレイヤーが死亡する際、そのプレイヤーが身に着けていた装備などは一緒に灰と塩に変化してしまう。しかし、そのプレイヤーが武器を落とす、死亡直前に外れるなどした装備はそれを免れることがある。
灰と塩にならずに済んだ装備はハルトを貫いた刀、不気味な仮面、そして、なぜか武者姿の人物が落とした二刀流の刀二振りの計四つだった。
エルは石畳に並べられた遺品を顎に手を当てたまま凝視していた。しかし、それ以上何かをする気配が感じられない。
しびれを切らしたキーンがエルに言った。
「なぁ、せめて何か言ったらどうなんだ。ずっとだんまりだといい気分がしない」
遺品について話すということは武者姿の人物について言及することにつながる。キーン
「いや、すまない。私としてもいろいろと話したいことが頭の中を駆け巡ってしまってな。うまく切り出そうにも切り出せなかったのだ。しかし、もう大丈夫だ。早速本題に入ろう。貴公ら、私と誓約を結ばないか」
「は?」
「え?」
「誓約……ですか」
三人は予想だにしなかった問いを投げかけられ呆然としている。
通常、誓約を結ぶ際には特定のアイテムを持った状態で特定のNPCの依頼を達成する必要がある。要するに特定のアイテムを持ったうえでNPCのお使いをこなせばいいのだが、今回の場合はそれらを経由していない。あまりにも不自然すぎるのだ。
「いや、ちょっと待って。誓約が結べるなら初めて会ったときにそうしてくれよ。あまりにも唐突というか……そもそもどうしていきなり誓約なんだ」
ハルトは疑問をエルに投げかけた。
「うむ、それらも踏まえたうえで今から説明しよう。その前に……確かニーラといったな。貴女が持っているその仕込み杖、随分と年季の入ったものだが貴女自身の物ではないな」
エルはハルトの問いかけをすっぽかし突然ニーラに質問を繰り出した。
完全に蚊帳の外だと思っていたのかニーラは話しかけられると、一瞬だけびくりと体を震わせた後答えた。
「え、えぇ、確かに私の師匠からおさがりとして貰ったものですけど、それがどうかしましたか」
「その仕込み杖にはルッツミードという名が彫ってあると思うのだが、どうだろうか」
ニーラはもう一度体をびくりと震わせ、言った。
「はい、確かにルッツミードと彫ってありますが……」
エルはニーラから三人に顔を向き直すと話し始めた。
「私の誓約はニュードを知る者以外しか結ぶことができない。貴公らに初めて会ったとき貴公らはニュードを知らないと言った。ゆえにその時点では誓約を結ぶことができなかったのだ。しかし、貴公らはニュードを師匠と慕う者と知り合いであった。それがどういう意味を成すかこれ以上言わずとも分かるだろう。もっとも、誓約を結ぶか否か少し悩んだのだがこの際それは問題ないと考えたのだ」
キーンが言った。
「つまり俺たちはニュードを知りえる可能性があるから誓約を結べるということなんだな」
「そういうことだ」
「でも、俺たちが聞いた名前はカリムだったはずだよな。どうして名前が違うんだ」
「奴にもいろいろと事情がある。その際、名を偽らざるを得なかったのだろう」
「なるほどな」
ハルトも口を開いた。
「しかしまぁ、誓約か……。まるで棚からぼたもちみたいだ。そういえばナオは誓約結んでないとか言ってたよね。せっかくだからこの際結んでみたらどう? 内容次第では俺たちも乗り換えると思うし」
ハルトの提案にナオはうなずいた。
「そうですね。せっかくなのでやってみようかなと思います」
「よし、それじゃエル、誓約内容を見せ――」
ハルトがエルに誓約内容を確認しようとしたときニーラが割り込むようにやや大きな声で言った。
「あの! あなたと師匠……ニュードはどういった関係なんですか」
エルは少しだけ考える素振りをしたのちにこう言った。
「ただの上司と部下の関係だ。もちろん私が上司だがな」
エルは手品のように手のひらの上に一枚の紙を出した。そして、言った。
「これが誓約内容を記した書面だ。時間はゆっくりある。今すぐに決める必要はないが早ければ早いだけ助かると言っておこう」
エルがそういうと三人の目の前にウインドウが表示され誓約内容が明らかになった。
『誓約名:呪縛の覇者
覇者に認められた者のみが結ぶことのできる誓約。依頼中以外であれば誓約の破棄が可能。
覇者からの依頼を一定数こなすことにより信頼度が増していき、恩恵が強くなっていく。
恩恵1:最も得意とする能力値が十五%増加(複数存在する場合は十五を個数で割った値の%を各能力に割り振る)。
恩恵2:最も不得意とする能力値が半減(すべての能力値が等しい場合恩恵1・2の効果を受けられない)。』
「……俺この誓約に乗り換えるわ」
キーンがそういうとハルトも続けて言った。
「うん、俺もそうする」
まさに即決と言っても差し支えないほどの速さだった。
通常、誓約の恩恵というものは固定値上昇がほとんどである。検証ギルドトップのゼルオスが結んでいる誓約「聖者の守り」を例に挙げるならば、誓約初期で防御力が三〇上昇するといったところだ。
しかし、この誓約は割合増加となっており上昇値が能力を強化すればするだけ強くなるのだ。つまり、攻略するにしたがって相対的に効果が落ちる固定値上昇の誓約より使い勝手が良いという利点があるのだ。加えて現在、割合増加の誓約は取得条件が非常に厳しく最前線でも一握りしか使用者がいない。これを鑑み見ても初期段階ですでに割合増加というのは非常においしいとしか言いようがない。
デメリットの恩恵も尋常ではないが脳筋である彼らにとって元々使えない魔術がさらに禁止されたところで立ち回りに全く影響が出ない。要するに結ぶことに得しかないのだ。
「あ、いや、待って。俺これ結んだら回復魔術使えなくなるじゃん。回復薬の節約になってたし、さっきの戦いで即死を防ぐ指輪も壊れちまったし微妙に困るな」
しかし、ハルトはそういって頭を抱えた。
「そう思うなら保留にしとけ。今決める必要はないんだからな。あーそれとナオはこれをお勧めするぞ。こいつは俺たち脳筋にとっては破格の誓約だからな」
「依頼中でなければいつでも破棄できるんですね。なら私誓約結んでみたいです」
キーンもナオもこの誓約には乗り気なようでエルに近づくとさっさと誓約を結んでしまった。
エルは言った。
「とりあえず、私の話したいことは終わった。私は部屋へ戻るとしよう」
そして、エルが踵を返そうとしたときニーラが口を開いた。
「あの、エルさん。私師匠のことについてあなたとお話がしたいです。私もついて行ってもいいですか」
エルは一瞬だけ体の動きを止めた。そして、言った。
「分かった。付いてくるがいい。……はぁ、また階段降りるのか」
ぼそりと最後のつぶやきが悲壮感に満ち溢れていたのは誰も知らない。
三人が拠点に戻ると夕日がまぶしく輝いていた。午後四時だった。
キーンは言った。
「今回のことは俺がまとめて検証ギルドに報告するから、お前らは飯でも食ってこい。疲れてるだろう。こういう仕事は年長者である俺に任せとけ」
そして、キーンは早々と拠点転移用の鏡へと足を踏み出したのだった。
この付近に人影は多くない。午後五時あたりがプレイヤーたちの帰宅ラッシュであるためもう一時間ほどすればここら辺は人でいっぱいの駅のようになる。
そんな静かな時にナオは口を開いた。
「なんかまるで初めてあのエリアを探索した日の帰りみたいですね」
「そういやそうだね。あのときもおじさんが足早にどっかいったもんな」
「それでその後にちょーさんの食堂に行ったんですよね。あの時は相談に乗ってくれてありがとうございます」
そのときハルトの肩がビクリと跳ねた。まるで何かを押さえつけているかのようだった。
ハルトはナオの後に続けていった。
「……なぁ、またちょーさんの食堂に行かないか?」
「えぇ、いいですけど、ハルト君どうかしましたか。息切れですか?」
「あ、いや、なんでもないよ。じゃあ早く行こうか」
ハルトは自分がやってはいけないことをしようとしているのだと感じ取っていたのだろうか、その足取りは重たかった。
お食事処ちょーさんの引き戸がガラガラと開いた。中から出てきたのはナオだった。
暖簾をくぐり終えたナオは言った。
「中を見てきましたけど誰もいないようですね。定休日でしょうか?」
ハルトはすぐに否定した。
「いや、今日は定休日じゃないよ。よくここに来てるからそれはわかるんだ」
「それなら、ちょーさんは外出中ですかね。現実なら不用心ですけど何かあったんでしょうか」
ハルトは胸に手を当てていた。まるで心臓の鼓動を必死に押さえつけているかのようだった。そして、語気を強めてナオに言った。
「ごめんナオ。急用ができた。この埋め合わせは必ずするから。それじゃ」
そういうとハルトは素早く踵を返し雑踏の中へと消えていった。その時のハルトの背中は暗いような複雑な色を帯びていた。
「えっ、何、どういうこと」
残されたナオには現状を理解することができなかった。当たり前だ、食事に行こうと誘われたのにいきなり急用ができたと言われ、どこかに行かれたのだ。理解が及ぶはずがない。現実ならケンカに発展してもおかしくない行動だ。
しかし、ハルトの切羽詰まった表情をナオはしっかりと見ていた。だからだろうか、彼女はこういった。
「何か、嫌な予感がする……」
西洋風のお城と商業区に挟まれた場所に位置する教会という区域がある。ここには中央に大きな礼拝堂があり、その東西に墓地が存在している。礼拝堂はレベルアップをする場所であるため昼夜を問わず一定の人がいるけれども、墓地に足を運ぶ人は少ない。
本来であれば死亡したプレイヤーのリスポーン地点なのだろうがそんなことはもはや関係なく、現在では身内が亡くなった時にひっそりと立ち寄る人がほとんどだ。この場所教会内部と同様に石畳が敷かれており、十字架がかかっていたり名前が刻まれていたりなどは一切なくただっ広い広場のようになっている。
カツカツとそこに靴音が響いた。
そこにハルトは足を運んでいた。その若干焦燥した様子からレベルアップをするつもりがないことは窺い知れる。
ただっ広い空間のど真ん中にある正方形の大きな岩がその存在感をこれでもかというほど示している。
ハルトは正方形の巨大な岩の前に立った。そして、岩を人差し指でタップした。すると検索画面が現れ名前を入力してくださいと出てきた。墓地というにはあまりにもハイテクすぎるそれをハルトは無表情で眺めていた。
ハルトはゆっくりキーボードを入力した。
その名前は「ちょーさん」だった。
すると、正方形の巨大な岩の一部が青く光り、その部分がハルトの前にスライドして移動してきた。
『検索結果:ちょーさん
状態:死亡
死因:刺突系魔術による刺殺。
死亡時刻:二〇四七年 一〇月十四日 午後二時二十七分三十六秒』
ハルトはその表示を見た瞬間に肩が震え出した。抑えつけていたものが抑え切れなくなったような震え方だった。肩から腹、膝と広がっていた。
武者姿の人物はあまりにも挙動不審だった。武器を突然落としたこと、叫び出して逃げるように消えたこと。一つ一つを見ればただの意味不明な行動だが、ただある一点を見ればすべて辻褄が合う。
ハルト、キーン、ナオの顔をすべて知っており、最も直面したくない現実にちょーさんは出会ってしまったという点だ。
それに加えてちょーさんは数時間前にハルトと話をしたばかり。ハルトが出かけないと確認したうえでの邂逅。突然発したその叫びには彼の苦しみが込められていたのだ。
「間違いない……やっぱりあの武者姿の野郎はちょーさんだったんだ。でも、なんで……なんで、ちょーさんが……。意味わかんねぇよクソっ。あんなに現実に戻りたい、趣味の料理をしたいと言ってたやつがなんで……なんでなんだよぉおおおっ!!」
両こぶしをハルトは岩に叩きつけた。ドッという鈍い音が辺りに響いた。
「でも、止めを刺したのは俺、なんだよな……。頭では考えるなと分かっていても、勝手に思考が広がっちまうっ。ああっ、ダメだ! 考えるな! 考えるなぁああっ!」
ハルトは頭をかきむしった。まるでカビのように広がっていく思考をがむしゃらに阻止しているかのような荒々しさは誰もいない墓地内に悲しくこだましていた。
その時だった。
「おいハルト! 大丈夫か!」
ハルトは後ろから肩を叩かれた。それと同時に後ろを振り返った。
そこにいたのはミョルとナオだった。ハルトは目の前の物事に集中しすぎるあまり近づいてくる足音に気が付かなかったのだ。
「ハルト、ナオちゃんから話は聞いた。辛かっただろう。でも安心しろ。お前は多くの人命を救ったんだ。今後奴に殺されるかもしれない人々の、ナオちゃんやキーンの命を救ったんだ。そのことは誇りに思うんだ!」
「そうです。ハルト君はすごいことをしたんです! だから一人で抱え込まないで。一人で抱え込むのは、とても辛いですから」
彼が想像していた言葉とは違う称賛の声が掛けられたからか、ハルトは両膝を折って地面につけると声にならない涙を流した。
「ありがとう。大分落ち着いたよ」
ハルトが泣き止むのを待ってから三人は近くの椅子に移動した。あのような空間で慰めるわけにもいかないからだ。
ハルトの立ち直りは意外にも早く落ち着いたというのはあながち間違いではない。ひょっとしたら意外と淡白な性格なのだろうか。
「いきなり急用ができたなんてハルト君嘘が下手すぎですよ。あんなの探してくれって頼んでるようなものじゃないですか」
「いや、ごめん。頭の中が沸騰しそうだったから実はあんまり覚えてないんだ。でも、なんでミョルさんが? そこんとこよくわからないんですけど」
ハルトは首をかしげた。ナオが一人で来たのであれば納得がいくのだが、なぜミョルまで一緒なのか理解が及ばないのだろう。
「俺がナオちゃんに頼まれたんだよ。お前の様子がヤバいってさ。それに俺もこの件について無関係じゃないんだ。だからすっ飛んできたってわけだ」
「はい? それってどういう意味ですか」
「リアルでの友人だった俺はちょーさんが何かやらかしていることに気が付いていた。プレイヤーキルとまでは想像してはいなかったが。こっそり琴線に触れないよう対話を重ねていたんだが、なかなかうまくいかなかった。そんな時にこんなことが起きたとなると……な。だからこの話をナオちゃんから聞いたときいろいろ俺は悟ったんだよ。それで、いるなら教会の東墓地だろうと山を張ったら見事にビンゴってわけだ。な、俺って頭いいだろ?」
自らのこめかみを人差し指でトントンと叩き茶化すように言うミョルだが声色は若干低かった。ハルトほどではないにせよ、来るものがあるのだろう。
「ホント、マジで頭いいですよ、ミョルさん。あと、ナオもありがとう。二人がいなかったらますます悪いほうへ転がっていた気がするから」
「どういたしまして」
ナオはにこやかに言った。
「あー、でもこのことおじさんにはできれば伝えてほしくないな。約束破っちまったも同然だから」
ハルトはキーンに考えるな行動するなと言われたのを思い出したのだ。気がかりになって仕方がないのだろう。
「別に言いふらすつもりはないが、そいつはハルト次第だな。気丈にふるまってそう見抜かせないようするしかない」
「でも大丈夫ですよ。もし怒られても私にも非がありますから一緒に怒られましょう」
「あー、まぁとにかく、本当にありがとう」
二人に元気づけられたハルトは若干赤らみながらそう言った。
ハルトはナオとミョルと別れた後いつも使っている宿屋に向かった。目的としてはご飯を食べてさっさと寝るためだった。
ハルトはこの宿屋の料理は高くはないがそれなりにおいしくしっかりとした満腹感を得られるということで一か月ほど長期宿泊をしている。
二人からいっぱい飯を食えと言われたため、かなり満腹気味になりながら部屋に戻ったハルトはそのままベッドへとダイブした。
「はぁ~疲れた。お風呂……は明日朝に入ろう。早いけど今日はもう寝るか」
靴を脱いでその靴をそろえようとしたとき、ハルトはふとその靴の靴底を眺めた。ハルトが最近ハマっている靴底の付着物占いだ。
そして、靴底を凝視したときハルトの顔はゴミを見るような渋い顔に変わった。そして、小さくつぶやくように言った。
「……クソったれが」
そう言ってハルトはその靴を無造作に奥へと放り投げた。靴は放物線を描きガタンと壁に当たり床に転がった。
裏返った靴底をよく見てみるとBB弾のような丸いものが溝に挟まっていた。
彼の気分が最悪であったのは言うまでもなかった。
アイテム:貴重品
名前:不気味な仮面
目と口に丸い穴がぽっかりと開いただけの木製の仮面。見るものすべてに恐れを抱かせるが防具としての性能は全くないと言っていいほどであり、あくまでも象徴のようだ。
仮面の内側にはどこの所属かわかる紋章が刻まれている。




