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Hollow Altar online  作者: 774のもち
第一章
12/28

12・垣間見える悲しみ

いろいろ詰め込みすぎたら時間がかかってしまいました。


 『多少雑音は混じるがさほど問題ないようだな。移動同様これも妨害されていたらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ』


 エルの声が青い欠片から響いた。通信用にとエルが渡しておいたものだが、使い方はプレイヤーが普通に使っている電話と同じ仕様で欠片を耳に手を当てるだけでいいらしい。ニーラを含めた四人パーティーの皆が手を耳に当てていた。


 『何かしてほしいことがあったらもう一度連絡を寄こすのだぞ。では、また後程……』


 エルがそういうと青く光っていた欠片は次第に暗くなっていき、それと同時にブツリと通信も切れた。


 「それで、私は基本的に後衛で魔術を連打してればいいんだよね。……本当に前線に出ちゃダメ?」


 ニーラは前線に出たくて仕方がない様子だ。先ほど作戦を話し合っていたときもしきりに前線に出たいと言っていた。師匠直伝の戦闘術を――とか口にしていたが三人の顔色はあまり良くはなかった。


 このゲームでは三人パーティーが基本だ。戦闘の立ち回りも三人が効率よく動けるようになっているものであり、NPCを戦力に数えた立ち回りは全くと言っていいほど考案されていない。不確定要素であるNPCを戦力として数えるには相当な強者でないと役に立たないのだ。


 三人もそれを危惧していた。NPCが下手に前線に出てきて戦況をかき回した挙句に立ち回りを妨害するのは困りものなどの生ぬるい言葉で片づけられないからだ。そういったことをされるより後衛で魔術をぶっ放してもらったほうがはるかに建設的と考えたのだろう。要するに邪魔をされたくないということだ。


 「だめだ。後ろで牽制を放ってくれるだけで十分役に立つからそれで我慢してくれ」


 キーンは幾度となく頼み込んでくるニーラを制した。どうしても譲らないといった態度を変えないキーンの言葉にニーラはしぶしぶといった表情を浮かべた。


 「検証ギルドによると相手は斬撃系統の武器を使うらしいから、念のためもう一度確認するけど、斬撃耐性の高い装備と即死を一度だけ防げる指輪はちゃんと装備してるよね?」


 ハルトは二人に呼びかけた。


 キーンもナオも大丈夫と言ったが念のためメニューを開いて確認していた。


 キーンは攻略用に使っている装備の一部を変更しており、両手には魔術耐性が高い盾と物理耐性が高い盾を装備――いわゆる二刀流の盾バージョン――を装備していた。相手は単独であることを活かし素早く動くとにらみ、自らは攻撃せず守りに徹することを選んだらしい。後ろへ切り込まれることを拒否するために盾も大盾であり、まさに壁といった様相だ。


 ナオが新しく新調した装備は元々斬撃耐性が高いらしく特別何かを変更するといったことはしていない。しかし、愛用のハンマーである鋼鉄塊を変更し、振り回しやすいラージクラブを選択していた。見た目は柄の部分が付いた単なる長めの丸太だが、攻撃範囲が広く牽制でも攻撃でも振り回すのに適しているからだ。


 そして、三人の命綱とも言える装備がついこの間手に入れた即死を防ぐ指輪である「しがみつく者」の存在だ。


 このゲームにおいて指輪、もとい装飾品のカテゴリはいくつでも装備できる。他のゲームに見られる「指輪は二つまでしか装備できない」などといった制限は一切存在しない。そのため重複しない有用な効果を持つ指輪などを複数身に着ければ、それだけ攻略が有利になりやすい。しかし、決して装備すれば装備するだけ役に立つとは限らない。これらの指輪はどういうわけかやたら重いのである。有名なもので全身装備の総重量より指輪の方が重いという事例があるほどだ。装飾品を一つ装備するたびに土嚢を腰に括り付けるイメージと言ったほうがわかりやすいだろう。


そして、装備が重くなると当然プレイヤーの動きは鈍くなる。動きが鈍くなれば足が遅くなり、避けられたはずの攻撃に当たる、逃走に失敗するなどの危険性を帯び始める。攻撃面では追撃に失敗する、攻略スピードが落ちるといったデメリットが起きるのだ。筋力やスタミナを上げれば多少改善はされるが、相当なレベルアップを要求されるため気休め程度にしかならないというのが現状である。


 有用な装飾品を手に入れたはいいが装備重量の関係で泣く泣く装備するのを諦める。逆に多少の被弾を覚悟してその装飾品を装備する。こういうジレンマはこのゲームのプレイヤー誰しもが通る道だ。


 三人が装備している「しがみつく者」も例外ではなく、キーンが持つ大剣より重いとかなり狂った重さを有する。しかし、この指輪はプレイヤーたちから産廃と言われるほどの評価を受けているにもかかわらず、限定的ではあれ即死を一度だけ防ぐという破格の性能を誇る。そのため、敵が相手を一撃で斬り伏せるほどの実力者であればあるほど、この指輪の効果は相対的に大きくなるのだ。極めつけに脳筋である三人にとって重い装備は持ち前の筋力とスタミナである程度カバーでき、より大きな効果を見込める。要するに現状に適した装備と言えるのだ。


 「大丈夫だ、問題ない」


 「私も大丈夫です」


 「今更一番良い装備を頼むとか言われても拠点に戻れない以上これしか思い浮かばないけど一応ね。とりあえず、早く彫刻があった場所を抑えよう」


 ハルトは締めくくるように言った。


 今回の作戦の要は彫刻がある場所をいかに早く抑えるかが重要となる。彫刻がある場所はこのエリアのほぼ中心部分にあたり、どこへ行くにもここを経由する必要があるのだ。相手がそれを知っていることはほぼあり得ないため、この場所を経由したか確認するだけで有利に立ち回れる。


 「ああ、先頭は俺に任せろ。盾二刀流して防御に徹すればエリアボス程度の攻撃は防げるし、いざとなれば盾でぶん殴るだけでも効果はあるはずだ」


 キーンがそういって四人は歩みを進めた。




 先頭を行くキーンが曲がり角から小さく顔を覗かせた。重要地点である彫刻がある場所の様子を窺っており、やや三白眼である目がさらに釣り上がっている。


 しばらく様子を見た後、後ろにいる三人に振り返ることなくOKのハンドサインを送った。そして四人はできる限り音をたてないよう、それでも素早く慎重かつ大胆に彫刻の前に前進した。


 ニーラ以外の三人は作戦で決めた各々の方向の道に素早く近づくと盾を構えながら安全確認を行った。


 「クリアだ」


 「こっちもクリア」


 「クリアです」


 どうやら敵影は確認されなかったようで三人とも同じ答えを口にする。ニーラは後方で杖を構えいつでも魔術を放てるように待機している。


 警戒の色を強く浮かべながらも三人は彫刻周辺に視線を移した。足跡はあるがそれらはすべて三人が装備していた足装備のものであり、とりわけ変わった様子は見受けられない。誰かがここを歩いたような形跡はどうやら無い様子だ。


 三人は不自然なものが何もないことを確認し終えると、警戒の色を少し緩めた。だが、喋ることはしなかった。狭く入り組んだ通路は声や音が響きやすくどこに潜むとも限らない相手に早々と勘付かれてしまうのは困るからだ。


 ニーラは三人が出したハンドサインを見て彫刻がある場所へと近づいてくる。三人が喋るなと口酸っぱく言った甲斐もあって先ほどとは違い静かだ。


 近くにある燭台の炎が揺れており、揺らめくたびに四人の影が形を変えた。ハルトの視線がその影にチラチラと動くのを見る限りかなり気になっている様子だ。


 しばらくすると、四人は互いに目線を合わせると軽く首を縦に振り、転移水晶がある通路でもただの行き止まりの通路でもない別の道、つまりニーラを初めて見つけたドーム状の場所である第二祈祷部屋に続く道へと体を向けた。そして、静かにゆっくり歩き始めた。


 先ほどに決めた作戦で、彫刻がある場所に誰か来た痕跡がない場合第二祈祷部屋に進むとしていた。彫刻のある場所で待ち伏せをしていても特に問題はないのだが、第二祈祷部屋へ続く道に分かれ道はあれど崩れた瓦礫のせいで完全な一本道であり、曲がり角は多いが隠れられる場所もない。そのため、多少出張ったところで問題はないし、仮に見つかったとしても一旦逃げて相手を入り組んだ通路に誘導できることから行動に対するリターンが大きい。つまり、第二祈祷部屋に進めば進むだけこちらの有利な状況を相手に押し付けられるというのだ。


 四人は曲がり角に当たるたびに警戒を行った。できる限り物音を立てずに、時には影にも注意しながら進んでいった。


 ゆっくりと進む時間と距離。そして、相手との間合い。ニーラを除く三人の顔にはいつのまにか疲労の色がべったりと張り付いていた。


 ちょっとした物音や、燭台の炎の揺れにも三人は敏感に反応を示す。そして、何もないことに安堵の様子を見せると同時に先へと進む。その繰り返しだ。最前線のプレイヤーを軽く凌駕するステータスを持つ化け物がいつ襲ってくるとも限らないこの状況で緊張しないほうが難しい。


 加えて、通常の攻略とは違いプレイヤーキルという明確な悪意に直接さらされているというのも疲労を加速させている原因の一つだろう。


 そんな中、三人は第二祈祷部屋に着いた。


 第二祈祷部屋はドーム状となっており、かなり広い部屋だ。瓦礫が多少行く手を阻むとはいえ見通しはとても良く戦いやすい。


ボス戦などで言えることだが、広い場所でボスといった強い相手と相対するとパーティーの分断が起きやすくなる。ボスがパーティーを分断することによって戦力の集中を避けるためだ。パーティー全員が同じ考えを持つ者で同じ方向に避け続ければそれは起こりにくくなるが、一人に集中的に狙いをつけられるとやはり起きてしまう。そして、このゲームにおけるパーティーの分断は死に近づくことと同等だ。それに加えて相手は人間。対人慣れをしているならば分断はほぼ確実に狙ってくるだろう。さらに、場所が広いとエルからもらったダーツの矢を当てにくくなる。ここでの戦いは避けるべきと言ったほうが良い。


 四人は変わったところがないか周辺をせわしなく見渡していたが、何もないと判断するとすぐに踵を返した。


 あまりにあっさりとした行動だが、これもまた作戦で決めた内容の一つだった。第二祈祷部屋に着いて何も起きなかった場合はそのまま引き返して彫刻がある場所で待ち伏せるためだ。


 足を使って相手の行動に探りを入れ、考えられる行動の択を一つ一つ丁寧に潰していく。地の利や状況が三人に味方をしているとはいえ、相手はそれらをひっくり返せるだけの戦闘力を備えているのだ。そして、三人がぼろを出せば確実にそれをつけ狙われる。それを阻止するためにもできる限りの最善を尽くさなければいけないのだ。


 しかし、一度来た道を引き返すのはだいぶマシであるようで、ニーラを除く三人の表情は少しだけ緩んだ様子で足取りもやや早くなっていた。


 彫刻がある場所へ続く最後の曲がり角を曲りかけた時だった。


 突然、先頭を行くキーンが曲がった道を再び曲がり返し、血相を変えて壁に背中を押しあて何度も肩を揺らし出したのだ。


 そして小さく、「なんで、いるんだよ」とつぶやいたのだった。


 尋常ではないキーンの様子を見たハルトとナオは何がそこにいたのか悟った顔をした。だが、それと同時に疑問の色も浮かんだ。


 ――ここにいるはずがない。しかしなぜ?


 三人が立てた作戦において相手がここに来ることはかなり先のはずだった。そもそも、道はほぼ一直線であるから、会うにしても鉢合わせ、最悪で待ち伏せされるはずなのだ。相手の後ろに四人が追い付くというのは別ルートを相手が発見したか、どこかですれ違いが起きたのか。それとも別の、考えが及ばない方法があるのか。少なくともそれぐらいのことをしなければこのような事態は起きない。


 しかし、三人はこのエリアを一通り探索した挙句にエルから見取り図をもらっている。見落としがあったとは到底考えられない。誓約の恩恵があるにしてもエルが誓約内容を熟知しているためそれもまた除外される。考えが及ばない方法。仮に空間を自由に移動できるとしても、それならばこんなに時間をかけずさっさと三人を殺しにくればいいだけである。だが、それもしていない。


 相手を待ち伏せるはずの場所で相手の背中を見てしまうとはだれが考えただろうか。


 微妙な沈黙が三人の間に漂った。理由でも考えているのかは分からないが、不測の事態に陥ったのは間違いない。


 少しして、ハルトはキーンに近寄り気づかれたかと聞いた。キーンは首を横に軽く振った。


 それを見て、ハルトは曲がり角からひょっこりと頭だけを出して彫刻がある場所を覗いた。すると、彫刻が邪魔して見づらいが、その少し向こうに武者のような姿をした人物がこちらに背中を向けて歩いていた。半透明であり奥の景色が若干透けて見え明らかに不審だ。両手には刀のような武器を持っており検証ギルドが言っていた斬撃系統と一致する。


 だが、相手は四人に気が付いておらずエルのいる会堂の方へと素早く歩いていた。予想外の展開とは言え、うまく追いこめばエルがいる会堂側と四人がいる通路側とで挟み撃ちにできるかもしれない。四人にとってこの好機を逃すわけにはいかなかった。


 ニーラに状況を素早く伝え、作戦通りキーンが先頭を務めると同時に気が付かれる前にダーツの矢を当てる。行動は速さが命だ。ふとしたきっかけで相手が振り返ろうものなら絶好の機会を逃すばかりか反撃の機会を与えてしまう。


 四人はすぐさま行動した。キーンは相手が両手に刀を持っていることを考慮して、物理耐性が高い盾を両手で構えダーツの矢を右手に持った。その後ろからハルトとナオが若干距離を開けて追従し、さらに奥でニーラが杖を構えながらいつでも魔術を出せるようにしていた。


 先頭を行くキーンとしてはもっと早く近づきたいが、抜き足差し足で移動するには相手の足が微妙に速く、すぐには追い付かない。それでも少しずつだが両者の間隔は縮んでいった。


 少しの間追いかけっこが続いたとき、ふっと武者姿の人物が足を止めた。そして、自らの胸元辺りで指先をせわしなく動かしている。


メニューを開いているのだ。それは、四人にとってまたとないチャンスだった。


一般的にメニューを開くとウインドウが目の前に表示され前方の視界が塞がれる。邪魔な時は閉じるボタンをタップするのだが、ウインドウが目の前にある状態で敵に襲われるとウインドウを閉じる間もなく戦闘を余儀なくされるといった事態となる。その対策として、周りの安全を確保してから開くというのが推奨されている。


 つまり、武者姿の人物は完全に油断しきっているのだ。この場所が完全に無人だと高をくくってメニューを開いたのだ。


 それを見たキーンはニヤリと笑みを浮かべた。そして、着実に距離を狭め約三メートル。右手に持ったダーツの矢を思いっきり投げつけた。


 投げられたダーツの矢は武者姿の人物に吸いこまれるような軌道を描き、トスッと背中に刺さった。


 その瞬間、武者姿の人物はまるで電気が走ったかのように振り返った。


 そこにあったのは目と口にぽっかりと暗い穴が開いただけの不気味な木製の仮面だった。


 武者姿の人物は目にも止まらぬ速さでくるりと反転しキーンから距離をとった。そして、反撃とばかりにすぐさま地面を蹴り返しそのままキーンに襲い掛かった。


 あまりにも早すぎる切り返しと不気味な仮面。そして、とてつもなく大きな殺気のせいかキーンの反応が一瞬だけ鈍くなり、盾を構え遅れた。


 ギラリと鈍く光る両手の刀が急所であるキーンの首筋を切り裂こうとしたその瞬間。突如として、武者姿の人物の胸元から鋭く尖った石柱が生えた。エルからの遠隔魔術が発動し地面から生えた石柱が武者姿の人物を貫いたのだ。


 狙い澄ましたはずのその刃は軌道が逸れて盾に当たり、金属同士が擦り合う音が通路に響き渡った。そして、武者姿の人物の頭上に体力バーが表示された。残り体力はたったの一割だった。


 背中から胸を貫かれたため武者姿の人物は前につんのめったが、返しが付いた石柱は前に倒れることを許さずキーンの顔面に仮面がぶつかる寸前で止まった。


 キーンの目の前に目と口にぽっかりと暗い穴の開いた仮面が広がった。不気味で生気すら感じさせないそれは見る者を怯えさせるだけの力があった。


 「おじさん! 何してんだ!」


 キーンはその声を聞いてハッとした。そして、すぐさま後ろへと飛び退いた。


 その直後に武者姿の人物は吠えた。ボイスチェンジャーで強引に低い音にしたようなそれはまるで怒りを表しているかのようだった。


 武者姿の人物は両手の刀をその場に落とし背中にやると、自分を貫いている石柱を手刀で無理やり砕いた。そして、体に残った返し部分を引き抜き後ろへと投げ捨てた。


 このゲームで痛みは存在する。痛みを感じないと自分に危険が迫っていることを察知できないため、現実ほどではないにしろそれ相応の痛みが生じる。そして、致命傷になればなるほどその痛みは増す。


 武者姿の人物も体を貫かれるほどの傷を負った。そして、それを無理やり引き抜いた。生半可な痛みでないことは想像に難くない。


 素早く落とした刀を拾い上げ、尋常ではない殺気を放ちながら武者姿の人物は四人を見つめた。


 ガチャリ。


見つめたその瞬間、武者姿の人物は拾った刀を今一度落とした。いや、するりと手から落ちてしまったと言うほうが相応しいだろう。そして、


「あ゛あぁーーーっ!!」


 地を這うような低い声が通路内にこだました。立て続けに起こるあまりにも不可解な行動に四人は気をとられてしまい動作が少しだけ遅れた。そして、その隙を突くように武者姿の人物は目の前にいるキーンを蹴飛ばすと、まるで逃げるかのように四人の脇を潜り抜けどこかへと行ってしまった。


 時間にすれば五秒にも満たない短い間だったが、キーンの顔には大量の冷や汗が流れており、鼻先をスーッと伝った。ハルトとナオも呆気にとられていた。


 「おじさん、大丈夫!?」


 ハルトはキーンの安否を尋ねた。


 「あ、あぁ、一割ほど持ってかれたが一応大丈夫だ」


 「悪い。逃がしちまった。でも、なんなんだあいつ? 想像以上に……やばい奴だな」


 ハルトはキーンの無事に安心した様子を見せながら、武者姿の人物について短く感想を言った。


 「デスゲームの状況下でプレイヤーキルをしてるんだ。少なくとも、まともな精神じゃない。ともかく、体力はかなり減っていた。罠に引っかかったのとさっきの魔術で削れたんだろう。次攻撃を当てれば間違いなく倒せるはずだ」


 キーンは振り返らずハルトにそう言った。声は平静を装っているが、彼の顔には苦虫を噛み潰したような複雑な表情が浮かんでいた。


 「ハルト君、キーンさん! 大変です! ニーラさんがいなくなっています!」


 ナオが自らの後ろを指さすと、そこにいるはずのニーラは忽然と姿を消していた。


 「なっ!? いつの間に……。もしかして奴を追いかけていったのか?」


 「くそがっ! 余計なことしないよう釘を刺しておいたはずなのに!」


 相手に逃げられてしまったとはいえ、好機であるのに変わりはない。そして、主力であろう武器も落とし、さぁ追撃を始めようというタイミングで唯一の後衛がいなくなったのだ。キーンが悪態をつくのも仕方なかった。


 「仕方がない。ニーラを探そう。タイミング的にあいつを追っているはずだからね」


 ハルトがそう言ったとき、三人の目の前にウインドウが表示され、同時に着信が鳴った。エルからだった。


 『貴公らの位置反応が固まっていない。まさかとは思うが分断されたのか?』


 「エル、ナイスタイミングだ。ニーラがいなくなった。どこにいるか分かるか」


 ハルトが状況をかいつまんで説明するとエルはいった。


 『ふむ、もう一つの反応は第八講義室付近だな。その先から微かにだが死臭が漂っている。奴はもう長く持たないだろう。だが、死に直面した者ほど何を考えるか分からん。思いもよらぬことで差し違えることもあり得る。心してかかるのだ』


 「第八講義室……転移水晶の置かれてる通路の反対側ですね。あの付近は直進通路が多いので警戒するとしたら待ち伏せより魔術。盾を魔術耐性寄りに変えたほうが良いと思います」


 「分かった。おじさんはニーラを見つけたら素早くニーラの前に立ちふさがって保護して。相手が攻めてきたら俺達も前に出て通路を塞ぐから」


 「ちっ、今はそれしかねぇか。急ぐぞ」


 実際、三人がニーラを助ける理由はない。酷い話で囮に使ったとしてもおかしくはないのである。しかし、誰もそれを考えなかった。




 ザッザッザという複数の靴音が通路内に響いている。揺れる影は先ほどとは打って変わり激しさを見せていた。


 長い一本道の壁には扉だったものが取り付けられており扉を塞ぐ瓦礫の隙間から空間が見える。はるか昔のこの場所で講義室が並び日々何かを説いていたことが読み取れるが、三人はそんなことをしている暇はない。一刻も早くニーラを探し出さなければならないのだ。


 「いたぞ! 曲がり角で魔術使ってやがる。遠距離戦か?」


 先頭を行くキーンがそう叫んだ。確かに曲がり角に身を隠しながら時折飛び出し魔術を放っている。周辺の壁に矢が針のむしろみたく大量に突き刺さっており、相手の猛攻が窺えた。


 「おじさん! 早くニーラの前に立って!」


 「言われんでも分かってるっ!」


 キーンは距離を一気に詰め、二枚の盾を思いきり前に出しまるで壁を作らんとばかりにニーラの前に立ちはだかった。


 いきなり後ろから現れたキーンにニーラは驚き、突き出そうとしていた仕込み杖があらぬ方向を向いた。


 「ちょ、そこどいてよ! あいつ殺せない!」


 「黙れ! お前一人でどうにかなる相手じゃない! ハルト! 早くこいつを取り押さえろ!」


 ガラ空きのキーンの背中を殴ろうとしていたニーラをハルトとナオは取り押さえ、無理やり曲がり角の陰へと引っ張りこんだ。


 「ちょっと、やめて、離してっ!」


 「おい、いきなりどうした。殺せないってどういうことだ」


 「そうです。せめて突然飛び出した理由を言ってください」


 羽交い絞めにされたニーラはそれでもせわしなく動き何としてでも拘束を抜け出そうとしている。歯をむき出しにするほどの怒りを見せるニーラに二人は困惑の表情を浮かべた。


 「いろいろあるのよっ! 早く離してっ! あの仮面男を殺さないと私達の過去は拭われないの!」


 「いいから落ち着け! あいつが仇敵なのはなんとなく分かるがあれは俺たちの同郷の者だ。どうあがいてもニーラには関係ない。それにニーラが一人で突っ込んだところで確実に殺せるとは限らないだろうが」


 あの武者姿の人物は間違いなくこのゲームのプレイヤーだ。ゲーム内のシステムもそれを証明している。だからこそ不思議だ。ニーラがなぜそこまで憎悪の炎を燃やしているのか理由が付かないからだ。


 ハルトとナオがニーラを抑えている間にも武者姿の人物の攻撃は続いていた。だが、直接攻めるような動作は見せずに杖をもって魔術の矢を放ちこちらを牽制していた。


 使っている魔術「鋭い炎の矢」は威力、射程、連射が優れており、小回りも利くという高性能な魔術だ。左手に杖をもって弓をつがえるようにするだけで放てるというモーションの小ささもそれを後押ししている。だが、その代わりに要求される能力値と消費MPが異常で、高いレベルとアイテムの浪費が必須とかなり敷居が高い。最前線のプレイヤーがようやく扱い始めたと言えばその使いにくさがよく分かるだろう。


 しかし、相手の推定レベルは五五〇でありプレイヤーキルの恩恵でもって潤沢なホロウと資金を持ち合わせている。どちらのハードルもクリアするには十分だった。


 キーンは矢継ぎ早に飛んでくる矢を盾で防ぐだけで精一杯だった。ハルトとナオがいる曲がり角にさっさと身を潜めてしまいたいのだが、それをすると相手の前進を許してしまう。虚勢を張ってでも攻める意思を相手に見せ、流れを相手に掴ませないようにしなければならなかった。


 「くそがっ、やりたい放題しやがって!」


 ガキン、ガキンと盾に矢が当たる音を間近で聞きながらキーンは悪態をついた。


 退くに退けないこの状況。じわりじわりと減っていく体力にチラチラと目をやる仕草から緊張が走っていることは一目瞭然だ。普通の矢だと思って物理耐性の高い盾を装備したのだが、運が悪かったとしか言えない。


 「おじさんちょっとどいて!」


 キーンの額に汗がにじみ始めたとき、ハルトがそう叫んだ。ハルトは一瞬だけキーンの前に飛び出すと手に持っていたものを思い切り相手に向かって投げつけた。


 投げられたそれは放物線を描いて相手の近くに飛んでいき、地面とぶつかった瞬間に青い爆風が通路を塞いだ。


 ハルトが投げたのは魔封石だった。以前ゾンビの集団に投げつけたのと同じもので、脳筋である三人にとっての数少ない飛び道具の一つ。飛び道具の弾幕など接近できない膠着状態に使うことで大きく牽制できるため、使い方は現実の手榴弾とほぼ同じだ。


 煙幕のせいで通路の見通しは一気に悪くなり、それと同時に鋭い炎の矢も止んだ。しばらくして、視界が良好になり通路の奥が見え始めた。しかし、武者姿の人物は姿を消していた。おそらく、再び魔封石を使われるのを嫌って奥へと逃げたのだろう。


 「ハルト、助かった。正直機転を利かせてくれなければ俺の体力が危なかった」


 「いいよ、気にしなくて。とりあえず、相手を追い払えて合流もできたことだし結果オーライ。それよりも……あれをどうにかしないと」


 ハルトが後ろを指さすと、ナオに羽交い絞めにされたニーラががっくりとうなだれていた。ナオの表情も困惑を隠せないでいる。


 「ナオってば華奢な体してるくせに結構力強いんだね……。もがけばもがくほど自分の無力さを感じちゃったよ。こんなんじゃ、あいつらを、殺せそうにない……」


 冷静さを取り戻したニーラはどこか達観した様子だった。そして、手に持っていた仕込み杖がカランと地面に落ちた。




 「ニーラの事情は分かった。積極的になってくれたのも嬉しい。だが、ただがむしゃらに突っ込まれてはできることもできなくなる。今回みたいに一筋縄ではいかないような相手ならなおさらだ。せめて、それだけは理解してくれ」


 キーンは俯いたままのニーラにそう言った。


 三人は時間に余裕があるわけではなかった。本音を言えば、今すぐにでも追いかけたいはずだろう。しかし、人間のように落胆した表情を見せるニーラを放っておく訳にもいかず、結局事情を聴くことにしたのだった。


 先ほどまで元気だったニーラがぼそぼそとした声で話した内容によると、ニーラが幼いころ集落を襲ったあの仮面の集団にニーラの母親を目の前で殺されたとのことだった。詳しい内容には口を閉ざしたがおおむね間違った認識ではないはずだ。


 確かに、そういう事情ならば憎悪を見せても何らおかしくない。ごく自然なことと言えよう。


 多少落ち着いたニーラと突然の行動の理由が分かったためか三人の表情は多少和らいでいた。しかし、あくまで多少だった。三人の顔には依然として微妙な暗い色が張り付いたままだった。


 人間臭すぎるのだ。


 人形が精巧に作られるにつれてその不気味さが増すように、ニーラもまたそれに近かった。


 検証ギルドからニーラのようなNPCが「アクティブNPC」という特別な枠にあたるのは三人とも理解している。少なくとも仲良くしないつもりはない。


 だからこそ思ったのだ。どう付き合っていけばよいのだろうと。


 微妙な不気味さを内包する彼らに対し、ただのNPCとして機械的な扱いをしてしまっていいのか。それとも、人間そのものをトレースしたかのような存在と認識し、しっかり人のように扱うべきなのか。


 少なくとも即座に答えを出せる範疇からは越えていたに違いない。


ニーラはキーンの問いかけに対し分かったといった。そして、落とした仕込み杖を拾い上げるとこういった。


 「余裕があればでいいから、止めは私に刺させてくれないかな?」


 デスゲームで止めを刺すということはその人が死ぬことを意味する。善人であっても多くの人に手をかけた凶悪犯であってもそれは変わらない。


 三人も相手を倒すということはそういうことであると表に出さなかったが理解していた。しかし、ニーラが止めを刺すということはそれを拒否できるということ。つまり、自分の手を汚す必要がないということに繋がる。


 三人は一言も発しなかった。


 沈黙を貫く三人に対し、まるで沈黙は肯定という言葉を知っているかのようにニーラは言った。


 「それじゃ、よろしくね」




 探索済みのルートと詳細な見取り図は武者姿の人物を追い詰めるだけの力があった。加えてこのルートの一番奥は完全な行き止まり。誘導は難しくなかった。


 「ちっ、完全に待ち構えてやがる。背水の陣でも決め込むつもりか?」


 キーンは一瞬だけ曲がり角から顔を出してそういった。


 この角を曲がった少し広めの通路の奥に武者姿の人物はいた。先ほど手にしていた刀は両方とも落としてしまったため別の刀を装備している。盾を構えず刀を両手持ちしていることから乾坤一擲の覚悟であることが窺えた。


 「相手に考える暇を与えるわけにはいかない。一気に攻め込もう。俺がわざと飛び出して引き付けるから相手が攻撃を空ぶったその隙に二人は突っ込んで。それの後にニーラは前に出ず後方支援。……よし、行くぞ!」


 右手は普段から使い慣れている大槍、左手は物理耐性が高く小回りの利く中盾。ハルトはそれらに一瞬だけ目を向けた後、小さく気合を入れた。そして、曲がり角から姿を出すと、まるで誘い出すかのようにゆっくり歩き出した。


 ハルトの狙いは相手に攻撃を仕掛けさせることだ。どれほど攻撃力があって素早い攻撃であろうと武器の振り始めと振り終わりには必ず隙が生まれる。その隙を叩こうというのだ。通常のボス戦などにも使われる基礎的な手法だが、それゆえに効果的。特にステータスの圧倒的不利を突き付けられる状況になればなるほどそれの徹底を要求される。


 要するに相手を引き付けるための釣り行動なわけだが、武者姿の人物がそれに食いついてくれるかは分からない。奥の手を隠しているのなら餌であるハルトを食いちぎってしまう可能性もある。ハルトにとって一種の賭けと言える行動だろう。


 ゆっくりと地面を噛み締めるかのようにハルトは武者姿の人物に近づく。そして、ハルトが一歩進むと同時に武者姿の人物が持つ刀の切っ先も揺れ動く。しかし、仮面をしているためそれが動揺なのか嘲笑なのか、はたまた別の感情なのか分からない。


 武者姿の人物は動いた。ハルトとの間合いを瞬時に詰めると刀の切っ先を器用に動かしハルトの大槍の矛先を外側に打ち払う。そして、返す刃でハルトの首筋に向けて刀を切り上げた。


 ガキィンと金属がぶつかり合う音が通路に響く。


 ハルトは咄嗟に左手の中盾を首元へとやり、その一撃を防ぐと同時に受け止めた勢いを使って後ろへと飛びのいた。そして、間髪を入れずに背後で控えていたキーンとナオがハルトの後ろから飛び込んだ。


 ナオの持つラージクラブが武者姿の人物に振り下ろされたが、武者姿の人物はまるでそれを予知していたかのような動きで難なく躱す。丸太と地面がぶつかり合ってカツーンという子気味良い音が響いたのも束の間。ナオの空振りをカバーするように大盾を両手持ちしたキーンがナオと武者姿の人物の間に割って入った。


 両手持ちした大盾の堅牢さは並大抵のものではない。平均的なプレイヤーでも一部を除くボスクラスの攻撃なら余裕をもって受け止められる。脳筋ならばそこに大きな筋力補正がかかるためより盤石となる。加えて、エルが事前に行ってくれた魔術の威力から相手のステータスは若干防御よりであることも判明している。強力なステータスと刀匠が打ったような見事な一振りをもってしてもキーンの壁を崩すのは容易なことではない。


 しかし、武者姿の人物は刀を上段に構え、そんなもの関係ないとでも言うようにキーンに向かって突撃を見せるのだった。もう逃げることができない追い詰められた状況だ。武者姿の人物に選択の余地はなかったのだろう。


 キーンは相手が攻撃してくると確信していた。そのため大盾をやや斜め上に傾け受け止めるように体勢を整えた。


 だが、武者姿の人物の行動は遥かに上をいくものだった。


 武者姿の人物は刀を上段に構えたままキーンの大盾に向かって飛び上がり、キーンが構えた大盾を足場にしてキーンを飛び越えたのだ。


 その飛び上がる姿はまるで崩せない壁なら飛び越えてしまえばいいとでも言っているかのようだった。


 「俺を踏み台にしただと!?」


 キーンの驚きと怒りが混じった声が通路に響いた。それと同時に武者姿の人物は上段に構えたままの刀をナオに振りかざし、今まさに切り伏せようとしていた。


 だが、その刀が振り下ろされることはなかった。武者姿の人物が空中でいきなり体を強引にねじったのだ。それはまるで何かを避けるかのような動きであり、振り上げた刀もあらぬ方向に向いていた。着地でさえ満足にとることができなかったようで無様にもナオの目の前に背中から落下した。


 ドスッという落下音と共にカキンという小さな金属音がキーンの近くから響いた。それはナオが飛び上がった武者姿の人物に向かって投げられたダーツの矢が壁に刺さった音だった。


 「えっ! うそ……」


 ナオが驚いた声を上げた。何かしらして自分を攻撃してくると読んではいたが、まさか空中で体を強引にひねって避けると思わなかったのだろう。


 ナオが驚いている間にも武者姿の人物はあがき続けていた。そして、すぐさま体勢を整えると刀を小脇に抱えニーラの元へと突撃を繰り出した。


 武者姿の人物が現状を打破するための手段は二つ。一つはここにいる全員を皆殺しにすることだ。


 手っ取り早い方法でありかつ確実なのはそれである。だが、深手を受け追い込まれた状態で皆殺しなど非現実的。となるともう一つの手段である、どうにかしてここを生き延びて皆殺しのチャンスを窺うが最も安全かつ確実となる。


 ニーラの位置はこの包囲網をかいくぐるのにとって非常に邪魔な位置だ。加えて後衛であるニーラを排除しておけば魔術の危険性を低くすることができる。


 武者姿の人物がニーラを狙うには十分すぎる理由が揃っていた。


 「ちっ!! 野郎っ!!」


 ハルトは武者姿の人物が何をしようとしているのか咄嗟に理解し声を荒げた。


 武者姿の人物の動きは尋常でないほど素早く正確だった。すらりと伸びた刀身が寸分の狂いもなく急所である心臓を貫く。


 「ぐぁっ……!!」


 くぐもった声が通路内にこだました。だが、それはニーラの声ではなくハルトの声だった。ニーラを助けるために動いたハルトが武者姿の人物の攻撃を体で止めたのだ。


 武者姿の人物の動きが止まった。気味の悪い仮面で顔を隠していても体が震えていた。明らかに動揺していた。


 「……捕まえたっ!!」


 ハルトは苦悶に顔を歪めながら素早くダーツの矢を取り出すと、それをそのまま仮面に突き立てた。


 それはちょうど眉間に突き刺さり、小さくカツッという子気味良い音が鳴った。そして、魔術が発動した。


 武者姿の人物の背後から生えた石柱は後頭部から顔面にかけて貫いた。


 「ぐあぁぁぁーーーーーっ!!」


 断末魔が通路に響いた。それと同時に武者姿の人物の頭上に表示された体力バーが空になった。


 そして、断末魔が鳴りやんだと同時に武者姿の人物の体がみるみる変化していき灰と塩の柱に変化した。それはこのゲームにおけるプレイヤーの末路であり死を意味する。つまりこのプレイヤーは死んだのだ。


 四人は変わり果てていくそれを、ただ見つめていた。


 貫かれた頭部は灰と塩の柱に変わった瞬間に、ぼとりともげてしまった。そして、地面にぶつかり散らばった。


 何とも言えない張り詰めた空気が辺りを漂う中、最初に動いたのはハルトだった。ハルトは自分を貫いている刀を引き抜くと、ゆっくりとした動作でメニューを開き左手を耳元に寄せ誰かに電話を掛け始めた。


 しかし、ハルトの口は十数秒経っても開かなかった。それでも、目線は武者姿の人物とメニューを行ったり来たりしており明らかに様子がおかしい。


 心配になったキーンがハルトに声をかけた。


 「おい、どうしたんだ」


 ハルトは震える声で言った。


 「嫌な予感がする……。早く、拠点に戻ろう」


 意味が分からないキーンはハルトの目線の先にあるものを確認した。


 そこには石柱の先端に引っかかっている仮面があった。おそらく石柱が武者姿の人物の頭を貫いた際に仮面が取れたのだろう。


 「仮面が外れたのか……。ん? 仮面が外れる……ハルトがいた場所……。まさかお前! あれの素顔を、見たんだな?」


 ハルトは何も反応を返さない。だが、耳元に当てていた左手はずっと震えたままだった。


 何とか冷静になろうとしているが体が言うことを聞かないといった様子だ。おそらく武者姿の人物はハルトの知り合いとよく似ていた人物だったのだろう。


 そうなればハルトは自らの手で知り合いに手をかけたかもしれないということになる。正当防衛とはいえ、複雑な思いがハルトの頭の中を駆け巡っていることは想像に難くない。


 状況を把握したキーンはハルトの視線の高さに腰を下ろすと、真剣な眼差しで言った。


 「いいかハルト。あれは俺たちが誰も知らない赤の他人だ。それに今すぐ確かめる必要はどこにもない。一度拠点に戻ってゆっくり時間をかけてから知ったって何も問題はないはずだ。分かったのなら左手を耳からゆっくり離せ」


 ハルトは大きく開かれた目をしたまま小さく頷くとゆっくりと耳から左手を離し、メニューを操作して通話を切った。


 そんな中、着信が鳴った。またしてもエルからだった。


 『ここらを覆っていた障害が取り除かれたようだ。移動が楽で助かる。こういっては何だができれば早く私の元に来てくれ。それと、従者が残した遺品も忘れないで回収してほしい。ではまた後程』


 エルはそういうと一方的に通話を切った。まるで厄介ごとがようやく終わったとでもいうような気だるげな口調だった。


 通話が切れたことを確認してからキーンが口を開いた。


 「とりあえずエルのところまで戻るぞ。従者が残した遺品がどれか分からないから落ちているものはすべて回収だ。ニーラも手伝ってくれ」


 動き始めたハルトとナオを横目にキーンはニーラにも声をかけた。


 すると、後方にいたはずのニーラはいつの間にか武者姿の人物だった塩と灰の柱の前に佇んでいた。石柱の先端に引っかかっている不気味な仮面に憎しみのこもった視線をこれでもかというほど向けていた。


 どうしたんだとばかりに近づこうとするキーンだったが、そうする前にナオがニーラに声をかけた。


 「ニーラさん、それ、回収してもいいですか」


 「……ねぇナオ。こいつは最後……いや、何でもない。もう用はないから」


 ニーラの瞳には憎しみのほかに別の何かが混じっているように見えた。


アイテム:消耗品

名前:帰還石


手のひら程度の大きさを持つ灰色の丸石に赤いリボンがついた代物。リボンを解くことで直近二四時間以内に得たホロウをすべて消費して拠点へと帰還できる。

自らの拠り所へと戻ることのできる変わった石だがその効果は非常に強力。しかし、その対価は大きく得たもののほとんどを捨てる覚悟が必要となる。その覚悟が必要となる場合は大抵の場合危険な状態であるが、その時に賢明な判断ができるかは使い手次第だ。

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