01・微妙な齟齬
元ネタは病み村。
「キーンさんから報告書が届いています。ご苦労様でした。正直に言うと、とてもにわかには信じられませんが」
ゼルオスの口調はいたって普通だった。マーヤも毅然な態度を貫いており、とても驚いているようには感じられない。まるで対岸の火事でも見ているかのようだった。
三人は翌日に検証ギルドを訪れていた。要件はプレイヤーキルの排除成功の件についてだ。
キーンは二人のそっけない態度に目の色を変えると話し出した。
「相手のプレイヤーはどうもこちらの動きを知っていたようでした。そうでなければ状況的にピンポイントで私たちのところへ侵入してくるはずがないのです。そちらの行動に何か不備があったのではないでしょうか」
その発言を聞いてハルトは若干頭を抱えそうになった。ハルトはプレイヤーキルの実行犯がちょーさんということを知っている。そのため、ちょーさんと出会ってしまったのは単なる偶然であることも理解している。
しかし、ハルトはそう言い出せなかった。なぜなら、キーンから犯人探しをしてはいけないと釘を刺されているからだ。成り行きで知ってしまったとはいえ、ここで暴露してしまう勇気をハルトは持ち合わせていなかった。
本来であれば、する必要のない問答が目の前で繰り広げられているのだ。ハルトの表情は複雑に歪んでいた。
そんなことを知らない両人は話を進めている。
ゼルオスではなくマーヤが言った。
「調査には細心の注意を払っていました。しかし、皆さんはプレイヤーキルに襲われ、状況的にも襲われるだけの理由がある。可能性は十分にあると思います。そのことに関しては申し訳ありませんでした」
マーヤとゼルオスは頭を下げた。そして、頭を上げるとマーヤは続けて言った。
「皆さんにはこのこと以外にもいろいろとご迷惑をかけてきました。ですから、ここで一度、私たち検証ギルドと皆さんの関係をリセットしようと考えています」
「リセット……? 何をどうしようというのですか」
キーンは頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「検証ギルドはこの話が真実と分かり次第攻略ギルドと交渉をしようと考えています。しかし、皆さんはプレイヤーキルの対策のために集められた人材です。そのため、この件が終われば第二特殊攻略部隊は解散という形となります。しかし、今回の件でそれに付随したものの価値があまりにも大きかった。アクティブNPCや拠点外の本の存在、プレイヤーキルの存在とその対策。これらを無視するには損害があまりも大きすぎる、というのが検証ギルドの考えです」
「要するに検証ギルドは私たちにどうしてほしいのですか」
キーンが説明を求めた。
「つまりは契約更新です。プレイヤーキルの対抗策と本の内容を収集してほしいのです。本の内容は皆さんが撮ってきたスクリーンショットでは足りなさすぎます。それを補うためにはどうしても皆さんの力が必要になります。あのエリアへ唯一行ける皆さんの力が」
「つまり、まだまだ調べたりないから俺たちを使って調べようという訳なんですね」
「簡単に言えばそういうことです」
そこへナオが切り出した。
「あの、私たちが撮ってきた本の内容には何が書いてあったんですか。重要なことでも書いてあったんですか」
「まだ何とも言えません。それに日本語とは違う別の言語のようですし、はっきりとしたことはよく分かっていないのが現状です。しかし、皆さんが持ってきた資料です。皆さんに知る権利はあります。今分かっている内容ですと、およそ二百年前に異邦人がやってきて栄華をもたらした、人形が暴走した、王が姿を消したと断片的なものがほとんどです。いろいろ分かり次第皆さんにもお伝えしますがそれでよろしいですか」
これに関してはマーヤではなくゼルオスが口を開いた。マーヤ曰くゼルオスは研究肌らしいので学術的なことはゼルオスが話すのだろう。
「ありがとうございます。すいません、本を見た時からずっと気になっていたもので」
「いえ、興味が湧いたものを深く知ろうとすることは良いことです。そういった意味で検証ギルドは色々と情報が集まってます。役立ててもらえれば嬉しいです」
その時、神妙な面持ちを浮かべたキーンがこう発した。
「攻略ギルドはエリア攻略という目に見える形で多くのプレイヤーに恩恵をもたらしています。事実、プレイヤーに対する攻略ギルドの影響力は多大なものです。しかし、検証ギルドはそれが目に見える形で出ているとは感じられないのです。実際こうやって関わるまで詳しいことはあまり知りませんでした。だからこそ、私はそれが気がかりになって仕方がないのです。私は今やっていることがどうして現実に戻る手立てになり得るのか知らない限り、これ以上協力に前向きになれません」
キーンには妻がいる。半年以上何も連絡を取れないままほったらかしの状態だ。一秒でも早く現実に戻りたい彼にとって、意味があるのかわからないことに協力するというのはそれだけ現実に戻るという手段から遠ざかることになる。彼からは、無駄なことはしたくない、最善かつ最速でことを成したいという意思が窺えた。
その発言に対し、ゼルオスは苦笑いをした。マーヤは依然として表情を動かさない。
マーヤが言った。
「おっしゃる通りです。私たち検証ギルドは発足してまだ日が浅いです。それゆえに私たちの行動が攻略ギルドの陰に埋もれてしまうのもまた事実。それに関しては認めざるを得ません。しかし、それを問うならば、攻略という行為そのものも現実に帰る手立てになり得るかを疑問視しなければならなくなります。私たちプレイヤーは目隠しされた上で電子の檻に閉じ込められ完全孤立している状況です。否が応でも手探りをしなければ活路を見出せなくなります。攻略は攻略という命を懸ける方法で、検証は情報を徹底的に集めそれを検証するという方法で互いにアプローチをしているのです。キーンさんがどちらを信用するかはわかりません。しかし、私たち検証ギルドも攻略ギルドと同じように現実へ戻りたい人が集いあった集団であることを忘れないで頂きたい」
マーヤの言ったことを簡単にまとめると「自分を含める検証ギルドには全身全霊をかけて取り組んでいる。だからこそ、それを否定するようなことは慎んでほしい」ということだ。そこにはどうしても譲れない彼女なりのプライドが窺えた。
重苦しい空気が辺りを包んだ。一触即発とはまた違う複雑さが混じっていた。
それを切り裂くようにゼルオスが口火を切った。
「ま、まぁ、契約更新やプレイヤーキルの件は一旦置いといて、今月末に執り行われるハロウィンイベントの話をしましょうか」
ゼルオスは自分に三人の目線が集まったのを確認してから続けてこう言った。
「今回のイベントは攻略ギルドと大手娯楽ギルドの合同企画です。それゆえに規模が大きく盛況間違いなしなのですが、実は人手が足りなくてギリギリ間に合うかの瀬戸際なんです。特に物資を運ぶ作業に人手が足りなくて……。そこで皆さんにお願いがあるんですが、バイトしませんか?」
一般のプレイヤーは自分がメインで使っている武器が要求する値までしか筋力を上げていないことがほとんどであるため、いざ重いものを運ぼうとすると結構骨が折れる。今回の大手娯楽ギルドもそういった面子がほとんどだった。そのため機材搬入といった、いわゆる力仕事に対する人手が不足していたのだ。
そういった状況で大手娯楽ギルドが目を付けたのが攻略ギルドである。なるほど平均レベルが高い攻略ギルドのメンバーが手伝ってくれるなら仕事はスムーズにこなせる。しかし、そう上手くはいかなかった。なぜなら攻略ギルドのメンバーは大抵攻略に明け暮れており基本的な物事も攻略優先だったのだ。そのため、思うように人手が集まらず苦労を重ねていた。
そして、何とか人手が欲しい大手娯楽ギルドが行き着いた先が前線落ちしたハルトとその仲間たちだったというわけだ。
「はぁ、道理でピンポイントな指名が来るわけですね。まぁ、バイトの報酬も悪くないので個人的には受けてもいいかなと。二人はどうする? 嫌なら断ってもいいと思うけど」
ハルトは二人に問いかけた。すると最初にキーンが言った。
「あー、俺は別口でもう受けちまったから厳しいな」
「当日は友人と約束があるので無理ですけど、それ以外のお手伝いなら大丈夫ですよ」
キーンはすでに先約があり無理なようだが、ナオのほうは特に問題はないらしい。
「いやはや助かります。こちらにも準備の要請が来ているんですが最近の攻略速度が上がったおかげで人手が足りなくて……。一応検証ギルドからの派遣という形になりますけどそれでもいいですか?」
「えっと、どうして検証ギルドからの派遣になるんですか?」
ハルトは疑問に思ったことを口にした。
「もともとは大手娯楽ギルドから君に直接依頼したかったらしいんだけど連絡先が分からなくってね。検証ギルドを通して探してもらっていたという訳なんです。だから、お二人の答えは検証ギルドが大手娯楽ギルドに伝えることになるから検証ギルドからの派遣という形になるんです」
「えっと、すいません何言ってるかよくわからないです」
「えっ、えっとそうですね……。なんて言えばいいかな」
ゼルオスが口下手だということはマーヤさんを通して知ってはいたが、まさかここまでとは思っていなかったのだろう。二人の頭上には完全にクエスチョンマークが浮かんでいた。
そこへマーヤさんのアシストが入った。
「大手娯楽ギルドから依頼を受けたのは検証ギルド。検証ギルドがあなたたちを見つけたのだから検証ギルドからの派遣になるんです。だから私たち検証ギルドがあなたたちに報酬を払うという形になります」
「なんか、ややこしい上に面倒くさいですね」
「……大人の事情があると考えてもらえると助かります」
「あっ、はい……」
頭を抱える素振りをするマーヤを余所目に検証ギルドもいろいろと大変なのが分かった三人だった。
話し合いが終わった直後に着信があった。エルからだった。
『貴公らに頼みごとがある。そして、これは誓約の信頼度を高めるための依頼であることも言っておこう。しかし、ハルトはまだ私と誓約を結んでいないからこれは受けられない。もしこの依頼を受けたいのならば私と誓約を結ぶ必要があるが、どうする?』
キーンとナオの視線がハルトに集まった。ハルト曰く、回復魔術が使えなくなることと即死を防ぐ指輪が壊れたことを理由にこれを断っていた。しかし、誓約自体の恩恵は破格であるため踏ん切りがついていなかったのだ。
そのときキーンが言った。
「ハルト、これをやる。だからお前はこの誓約を受けろ」
キーンがハルトに差し出したのは即死を防ぐ指輪である「しがみつく者」だった。
「いやいや、これおじさんのでしょ。貰う訳にはいかないよ」
「いいか、俺はお前らを守る義務がある。たとえ俺が死んでもお前らが生きてなければ意味がないんだ。それに俺だけ生き残って現実に戻っても肩身が狭い。いいから貰っとけ」
キーンは押し付けるようにハルトに指輪をやった。
真意を理解しかねるハルトだったが一言ありがとうといいエルにこう言った。
「分かった。エルと誓約を結ぶ。で、どうすればいい? 誓約の儀式とかあるの?」
『そんなものはない。貴公が誓約の意思を私に見せただけで誓約完了だ。楽でいいだろう』
「楽というか、若干いい加減な気もするが……。まぁいいや、それで依頼は何をすればいいんだ」
『ニュードと連絡が取れた。貴公らには直接ニュードと会ってもらう。それが今回の依頼だ』
ニュードはニーラの師匠であり、エルと深い因縁を持つ相手だ。断片的に非常に強い人物であることが分かっているが、そんな相手と直接会えとはどういうことなのだろうか。
疑問がこもった口調でナオが言った。
「会うだけ、なんですね。随分簡単そうですけど」
『会うだけなのは確かだ。ニュードはアンゼスの祠という場所で何かを観察をしていると言っていた。やつなりの理由でそこから動くことができないとも言っていたな。あいつも私から離れて随分と経つ。その間に何か感づいたものでもあるのだろう。とにかくそういうことだからやつに会ったときはエルからよろしくといっておいてくれ。ではまた』
「あ、ちょっと待って! 今、アンゼスの祠って言った……よな」
ハルトがエルに対して待ったをかけた。
『確かにアンゼスの祠だ。それがどうかしたのか。木々が生い茂る豊かな土地だぞ』
「木々が生い茂る豊かな土地? 本気で言ってるのかそれ?」
『私の覚えている限りではそうだったと思うが……言われてみればもう二百年も前の話だったな。今どうなっているのかと言われると、分からんといったほうが正しいか。とにかく、そこにある霊廟にニュードはいる。詳しい話は奴から聞け。目印はそうだな……断層だったかな。その付近にまで行けばきっと分かるだろう。ではまた』
そういうとエルは通話を切ってしまった。
「おいハルト、アンゼスの祠ってマジかよ。俺あそこには行きたくねぇぞ」
キーンには珍しく腰が引けた発言だ。
「私もあの場所は嫌……ですね。できれば二度と行きたくありませんでしたけど」
ナオもキーンと同じくアンゼスの祠に否定的だ。
アンゼスの祠は毒の湿地帯だ。毒沼、毒霧、毒虫と毒を語ったらまずこのエリアを思いつくというほど毒々しいエリアだ。
昼間でも薄暗く、地面も暗い部分が多いため、初見では大抵自分の位置を把握できなくなることが多い。また、足場は沼がほとんどで、たまった泥に足を取られるため足並みを揃えながらの徐行行軍となる。そんな状況でハエを人間サイズにしたような敵と戦うのだ。
そして、厄介なのが毒だ。沼は基本的に毒沼で、その場に突っ立っているだけで毒が蓄積してしまう。通常の毒のダメージは体力の毎秒三パーセント。それが三十秒間持続する。そのため発症したらすぐに対処しなければ簡単に死に至ってしまうのだ。
薄気味悪く足場も良くない場所で、気持ち悪い敵と毒の蓄積を気にしながら戦うというのは、今まで普通に攻略してきたプレイヤーにとってそれはそれは大きな壁となって立ちはだかった。
簡単に崩れる陣形と、各所で絡みつく毒、そしてどこからともなく現れる人間サイズのハエ。気の弱いプレイヤーならすぐにパニックを起こしても仕方がないほどの歓迎っぷりは多くのプレイヤーにアンゼスの祠がどういう場所かというのをこれでもかと刻み込んだ。
実際として、ここでは多くのプレイヤーが死んだ。その多くが逃げまどっている間に毒でやられて死亡という黄金パターンだ。そのため、いかにパニックにならず冷静に物事を対処するかが攻略の鍵となる。そうしなければこのエリアを突破するのは困難といえよう。
アンゼスの祠とはそういうエリアだ。当たり前のように二度と行きたくないエリアナンバーワンに選ばれた。しかし、今となっては攻略がだいぶ進み、面倒ではあるが攻略できるくらいにまで落ち着いた。それはまさに先んじて攻略した前線メンバーのおかげといえよう。
ハルトは言った。
「ナオとパーティーを組んで少し経ったぐらいに攻略したはずだから、今から大体二か月前か。今のレベルなら大したことないと思うけど。どうする? 攻略する?」
アンゼスの祠の適正レベルは一七〇だ。三人の平均レベルは三〇〇を超えているため毒にさえ気を付ければさして苦労するほどの物ではない。
「まぁ、それで誓約レベルが上がるなら行ったほうがお得だよな。誓約レベルを上げるための依頼だから検証ギルドに報告する必要性もないし。はぁ、行きたくねぇけど行くか」
キーンは若干潔癖なところがあり、泥が跳ねたりするのを嫌う。毒沼がメインフィールドのアンゼスの祠はそういった意味で行きたくないのだろう。
「私もあのハエと戦うのは嫌ですけど誓約レベルが上がるなら行くしかないですよね」
誓約レベルの上昇はステータスに大きな恩恵をもたらすことが多い。付随していたデメリットが緩和されるなどは結構あり、新たな恩恵を受けられることも稀にだが起き得る。通常ならば誓約レベルを上げるために誓約アイテムを大量に集める、通称「マラソン」をしなければならないのだが今回はそのような労力は必要なく、ただニュードに会うだけでいい。つまり手間がかからずに誓約レベルを上げられるのだ。
「それじゃ、アンゼスの祠を再攻略しますかね」
アイテム:消耗品
名前:解毒薬
発熱系の毒を完全に治癒する小石。砕いた粉末を飲み込むことで効果を発揮する。服用後三十秒間は毒の蓄積を無効化する効果を持つ。
緑色をした小石。即効性があり簡単なものならば瞬時に治癒する力を持つ。しかし、出血性の毒に対しては全くの無力であり個別に対応する柔軟性を問われる。




