暖かい無償の愛
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消えゆくモノの愛し方。2話目です。
毎週金曜日に更新予定
高校3年生の初日は滞りなく進み、放課後となった。
初対面の生徒や新たな環境に少し疲労も感じたが、その疲労感が1年の始まりを実感させ心地よい。
赤く染まる教室の中、俺は新たな友人と時間を過ごしていた。
「珠洲って普段何してんの?」
「うーん……パッと思いつかないなぁ」
「そうなんだ?じゃあ来週遊びに行こうぜ! 暇なんでしょ?」
「いやバイトとかあるかもしれないじゃん? 暇じゃないかもよ」
「実際は?」
「暇だね。行先とかメンバーとかはまたラインで話そうか」
「なんだ暇なんじゃねえかよ、じゃあ俺の方で声かけとくよ、じゃあ俺部活行ってくるからまた明日な」
「うん、がんばれー」
そういって談笑し、友人を見送って帰路に着く。普段何をしているか聞かれたときに思わずはぐらかしてしまったが、普段俺は図書館を回って持病に関する本を探している。
こんな奇病だ、文献がないはずがないと思い中学の頃から様々な場所を巡っているのだが、一向に関係のありそうな文献は見つからない。
ということで、自宅から5駅ほど離れた図書館までやってきたのだが……
「あ……」
「え、ランじゃん! ここでバイトしてるの?」
「うん、そうだけど……薄尽くんって本とか読むんだね」
「堅苦しくない? 珠洲でいいのに」
「いや、あまり人を名前で呼ぶの慣れてなくて……いつかそう呼べるようにするね」
「うん、待ってるね~」
そこにいたのは九紫 ランと名乗った女の子だった。今朝教室に俺より先にいて読書をしていた子だ。
20分前に着いた俺より先にいたので驚いたことを覚えている。考えてみればあんな時間にきて読書をしているような子だ。きっと本が好きなんだろう。
それはそれとして、この図書館に来るのは初めてなので、もしかしたらと思っていたのだが、今まで見たことある本しか見つからなかった。今までの図書館も隅から隅まで本を探したこともあり、たいていの本の内容は大雑把に理解しているつもりだ。
「ねえラン、医学に関する本って他にある?」
「うーん、最近は小説とか漫画類ばっかりだからあんまりそういう堅苦しい本は置いてないなあ……ちょっと待っててね」
そういってカウンターの奥へと消えていく。しばらくして、彼女の手には10冊程度の小難しそうな本が抱えられていた。
「私がここでしか見たことない本はこんなもんかなぁ」
「ありがとう……てかなんで俺が本探してるの知ってんの?」
「そりゃああんだけ論文のコーナーの前でぺージ開いてからすぐ閉じてたらなんか探してるんだなってわかるよ」
「そんなわかりやすかったかな?」
「少なくとも私はそう感じたってだけだから……」
小説とかをずっと読んでたらこうなるもんなのだろうか?そう思いながら並べられた本に目を落とすと、1つ気になる本を見つけた。
「『感情に関する遺伝について』…」
「それが気になったの?医学書って感じじゃないけど」
「あ、あーいや、俺精神科医になりたくてさ、あはは……」
「ふーん……薄尽くんって文系じゃなかった?」
「ちょっとコース選択間違えちゃってさ、仕方ないから独学で頑張ってるんだよね」
「へぇ……」
確実に怪しまれている。でもまあそんな仲でもないと思ったのかそれ以上の言及はされなかった。
「これ少し借りていい?」
「それ貸出できないから持ち出さないでね」
「大丈夫大丈夫、ここで読むだけだから」
そういって机に座り、本を開き、読み進めるのだった。著者の『柳 克人』という名に既視感を覚えながら……
私のバイト先に、例の人が来た。
薄尽 珠洲、私が少し苦手意識を持ってた子だ。そんな彼はどうやら目当ての本があるらしく、医学書の所在を聞いてきた。最近は漫画や小説ばかり置いているし、みんなそれ目当てで図書館に来るのでこんなことを聞かれたのは初めてだった。
そうして彼はいつになく真剣な表情でその本を読んでいる。いつも笑顔を絶やさない彼のそんな真剣な表情を見るのは初めてだった。そこには1寸の笑顔もなく、どことなく焦りを感じているようにも見えた。
その表情と先ほどの会話を思い出し、確信した。
──彼には、何かがある。それが何かは分からないが、ずっと笑顔を絶やさないのもそれが理由だろう。
自分で言うことでもないが私は知識欲が非常に強い。そう思ってしまった以上、彼が何を抱えているのか知りたくなってしまう。しかし今直接話を聞いても答えてくれないだろう。ならば……
「薄尽くん」
「ん……ああごめん、どうかした?」
「感情に関する本、私いくつか知ってるからまた紹介してあげる。でも、今はバイト中だからあなた1人に対応するわけにはいかないの。だから連絡先を交換しましょう」
「本当?めっちゃ助かるよ、ありがとう」
私にそれを教えてくれるまで仲良くなればいい。でも私は人と話したことがあまりないし、今まで本しか読んでこなかったから友達なんて作り方は知らない……
でも彼は幸運なことに本を読むみたいだし、共通の趣味があるのであれば可能性がないわけではない。そうして人生で初めての友達候補は、私のスマホに連絡先として追加されたのだった。
「あそこも外れかなぁ……」
図書館を離れた俺は自宅に帰ってきていた。結局あの本には求めていた情報はなかった。
「そういえば、あの著者……」
『柳 克人』、俺の勘違いでなければ、普段通院している病院の院長だ。病院といっても一般人向けではないし病院でもないのだが、代々続く薄尽家の専門医の家系で、俺の薬もそこが処方してくれている。
「そういえば今日はあそこに行かないといけない日だったな……」
すっかり忘れていたが、1か月に1回通院する決まりになっていた。今日はその日だ。制服を着替え、柳家の屋敷へと向かうのだった。
柳家はかなり力を持った家系で、病院に通院というより柳家の屋敷に訪問するような形になっている。
その時代にそぐわないほど大きな扉をゆっくりと開けると……
「珠洲ちゃーーん! 待ってたよーーーーーー!」
「!? ちょ、待っtおぶっ!」
「遅いよ! お姉ちゃんずっと待ってたんだよ?」
「ちょ、ごめん! ごめんだからいったん離して!」
1人の女性が待っていたとばかりに飛びついてきた。油断していたこともあり押し倒される形で頬ずりをされている。
彼女は薄尽 蜜。俺の姉に当たる人物で、持病の都合で柳家に住んでいる。
そんな彼女は困ったことにかなりのブラコンだ。俺が昔とある女の子と仲良くなったときは嫉妬で泣き出してしまったくらいだ。まあ彼女にとっては唯一の家族であるので多少は仕方ない…と、思うことにしているが、困ったものだ。
「もう、どうせ忘れてたとかでしょ? 珠洲ちゃんと過ごせる時間なんてそうないんだからちゃんとしてよね!」
「まあちゃんと来たんだからいいじゃん」
「よくない! 毎日来て!」
「そんな訳にはいかないよ……」
彼女に家族がいないといったが、実際には私の姉なので当然俺と同じ両親がいる。にも関わらずあのような言い方をしたのは彼女の奇病にある。
彼女の奇病は突発性情忘症。これは外的刺激を受けるとその時大切にしていた情報を忘れてしまう…いや、認識できなくなるという病だ。この病は薄尽家でも特異な病で、それゆえに発見が遅れ、彼女は両親の存在と概念を認識できなくなってしまっている。
そんな姉は腕にくっつき離れようとしないので、ため息を1つ吐いてそのまま担当医のもとへ向かうことにした。
「いらっしゃい、今日はずいぶん遅かったね? おかげでそこのひっつきむしがうるさくて大変だったんだから全く……」
「姉ちゃん、迷惑かけちゃいけないよっていつも言ってるじゃん……」
「だって珠洲ちゃんが全然来ないんだもん! 学校まで行こうかと思ったくらいだよ?」
「絶対やめてね?」
私の担当医である柳 順平。彼は昔から俺たち姉弟の面倒を見てくれていた。そんなこともあり、俺たちにとっては兄のような存在だ。
「……で、前回から調子はどう?」
「あんまり変化はないですね、でもなんとなく……今までより感情が出しにくくなってるような」
「……そうか……まぁ、今まで通り薬は出しておくね」
「ねえ順平さん、聞きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
「俺の病って、本当に『感情が出にくい』ってだけ?」
「……」
「何か隠してない?」
「確かに珠洲の言う通り、それ以外の症状もある。でも、今はまだ言えないんだ。家の方針でね……理解してほしい」
「……なんで俺の病なのに俺が知れないの? おかしくない?」
「それについてはその通りだ。正当な主張だと僕も思うよ。でも……それでも言えない。納得はできないだろうが理解してくれ」
「……わかった」
「すまないね」
そういって部屋を出る。うすうす感じていたことだが、俺は昔はもっと感情豊かだったはずだ。でも今は薬を使って無理矢理引き出した感情しか感じられない。
故に、俺はこの病気が本当は『感情が薄い』だけでないことを察していた。さっきの反応を見るに、きっと事はもっと重大なんだろう。
「……珠洲ちゃん」
「……どうしたの? 泊りなら明日も学校だからしないy……」
そう言って振り返った瞬間、俺を温度が包み込んだ。
すごく暖かい。頭が擦られる感覚がある。状況を理解するのにそう時間はかからなかった。
「姉ちゃん?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんがいるからね」
「いや、どういうことで……」
「気付いてないの?……体、震えてたよ。」
「確かに珠洲は感情が薄い。きっと今はもう薬の効果も薄れてあまり感情が分からないんでしょ?」
「でもね……ないわけじゃないの。きっと珠洲ちゃんも自覚できないくらい深い所でまだ感情は動いてる……不安に感じてる」
「お姉ちゃんは珠洲ちゃんの病気が何かを知ってる。でも、どうしても言えない……だから、お姉ちゃんはこうやって不安を和らげてあげることしかできない」
「大丈夫……お姉ちゃんがついてる、怖くないよ……」
どうやら俺は震えていたらしい。まあそりゃあそうだ。順平さんはああ言っていたが、それは逆に俺の体に重大なことが隠れている証明でもあったのだ。
俺は本能的な部分でおびえていたのかもしれない。当然だ、何物かわかったつもりになっていた体中に深く根付くものがそれだけではなかったのだから。
だからか、姉の抱擁から逃れようとは思わなかった。むしろ胸の中に暖かい感覚が走っていた。あと少し、あと少しだけを繰り返し、気づけば数分の時が経過していたのだった。
晩御飯を頂いたあと、姉が一緒に風呂に入ろうとするのをなんとかいなした俺は屋敷を出た。まだ少し肌寒い夜風と共に、月は23時を俺に示していた。すっかり遅くなってしまったようだ。明日の学校の事を考えて俺は急ぎ足で帰宅をするのであった。
患者番号 A015
薄尽 閑太郎
年齢:51歳
病名:消舌症
概要:人と口を開いて話すことができない。
「?????????????。」
「?????????????。」
備考:「?????????????。」
段階:ステージ5
完治確率:0%
患者番号 D003
薄尽 珠洲
年齢:17歳
病名:情忘症(ロストエモーション症候群)
概要:「?????????????。」
「?????????????。」
「?????????????。」
「?????????????。」
備考:「?????????????。」
段階:ステージ4
完治確率:0%
患者番号 θ001
薄尽 蜜
年齢:20歳
病名:突発性情忘症
概要:精神的な外的刺激により、重要な情報を認識できなくなる。
「?????????????。」
「?????????????。」
「?????????????。」
備考:「?????????????。」
段階:不明
完治確率:0%




