第2話
車寄せの篝火が爆ぜて、火の粉が石畳に散った。
外套も待たせず、ニナは階を駆け降りた。先を行く背中は供を連れていない。馬車の列を素通りして、厩の方へ折れようとしている。王族の夜会の抜け方ではない。
「殿下」
背中が止まる。
「染みなら落ちる。湯と白布があれば」
「染みの話は終わりましたわ」
間合いを詰め、閉じた扇の先を胸元へ向ける。衛兵が見れば剣を抜く距離である。
「先ほどの続きを所望いたします。わたくしの罪状、あれで尽きたとお思いですの」
「ほう」
「庭園の薔薇を毟って、あの娘の寝台に撒きました。階段には蝋を。それから、殿下に賜った子犬を池に」
「犬を贈った覚えはない」
「では、よその殿方から賜った子犬を池に」
「犬の名は」
「名を付ける前に、池に」
「飼ったことがないな、君は」
扇の先が下がった。
「……階段の蝋は本物ですわよ」
「転んだ者の名を言えるか」
「これから転びますの」
「転ぶ前の罪は裁けん」
ジークフリートは歩き出した。靴音を追う。
「殿下。では糾弾は省いて結構ですわ。婚約破棄だけ、この場で」
「値切るな」
「あら。お気付きになって。では満額で」
「私は誰も断罪しない」
歩みは止まらない。
「君のことも、だ。夜気は冷える。戻れ」
厩の角灯が背中を呑んで、それきりになった。
馬車の陰から、漆塗りの扇が先に出た。
「聞いていたわよ。ぜんぶ」
マリーベル・クルーガーが、毛皮の襟に顎を沈めて立っている。
「値切った挙句に断られる悪役令嬢が、どこの世界にいるの」
「ここに」
「冗談で済むと思っているの」
扇が、ニナの言葉を蠅のように払った。
「わたくしが買ったのは、断罪される女よ。染み抜きに詳しい女中ではないわ」
「次の夜会で取り返します」
「当然でしょう。うちが積んだ額で、おまえの父親の借金がどれだけ軽くなるか、忘れたとは言わせないわよ」
「一度も忘れたことはございません」
「なら言うことはひとつね」
マリーベルは踏み台に足を掛け、乗り込む寸前で振り向いた。
「次は、ちゃんと断罪されてらっしゃい」
扉が閉まる。車輪が砂利を噛み、馬車は門の闇へ流れていった。
ニナは階を上り直した。外套を、広間に置いたままである。




