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第7話 孤立

 一週間後。

 空気は、明確に変わっていた。

 目に見える変化はない。

 席も、仕事も、同じ。

 だが、確実に何かが違う。

 誠が席に座ると、隣の会話が一瞬だけ途切れる。

 声のトーンが、わずかに下がる。

 直接的な拒絶ではない。

 だが——

 距離。

 それが、じわじわと広がっていた。


「高城さん、これお願いできますか?」

 別部署の担当が、資料を差し出す。

 誠は受け取り、目を通した。

 内容を確認する。

 すぐに分かった。

「これ、田辺さんの案件ですよね?」

「ああ、そうなんだけど……ちょっと今手が足りなくて」

 言いにくそうな表情。

 誠は一瞬だけ考えた。

 自分の案件。

 期限。

 優先順位。

 頭の中で整理する。

 そして、言った。

「すみません、今自分の案件で手一杯で」

 言葉にすると、少しだけ重い。

 相手は一瞬だけ間を置いた。

「……そうか。分かった」

 去っていく。

 その背中を見送りながら、誠は小さく息を吐いた。

 余裕がない。

 それは事実だ。

 だが、それ以上に——

 “余裕がないやつ”というラベルが貼られていくのを感じた。


 午後。

 メールの通知音。

 何気なく開く。

 件名:担当案件の一部再配分について

 本文を読む。

 ゆっくりと。

 二度、三度。

 意味を確認する。

 ——一部案件を他メンバーへ移管する。

「……そういうことか」

 小さく呟く。

 仕事を減らされた。

 一見、配慮のように見える。

 だが実態は違う。

 機会の剥奪。

 評価の前段階。

 静かな排除。


「見たか?」

 田辺が椅子を回してこちらを向いた。

「ああ」

「やるな、黒田さん」

 口調は軽いが、目は笑っていない。

「完全に外しに来てる」

「だろうな」

 誠は淡々と答える。

 田辺は少しだけ真顔になる。

「なあ」

 声のトーンが変わる。

「今からでも遅くないぞ」

「何が?」

「普通に戻る」

 その言葉は、思ったよりも重かった。

 誠は視線を上げる。

 田辺は続ける。

「今なら“判断ミスでした”で済む」

 現実的な提案だ。

 会社的にも、受け入れられる。

 誠の中で、一瞬だけ揺れる。

 楽になる。

 戻れる。

 評価も、関係も。

 だが——

「……やめとく」

 短く答える。

 田辺は小さく息を吐いた。

「だと思ったよ」

 そして、少し笑う。

「お前、ほんとめんどくさいな」

「そうか?」

「普通はな、勝てる方に乗る」

「……そうだな」

「お前は、勝てる形を作ろうとしてる」

 その言葉に、誠は少しだけ考えた。

「……そうかもしれないな」


 夕方。

 フロアのざわめきの中で、誠は一人で画面を見ていた。

 話しかけられる回数が減る。

 相談されることも減る。

 必要最低限のやり取りだけが残る。

 孤立。

 言葉にすると単純だが、その実感はじわじわと効いてくる。

「……静かだな」

 小さく呟く。

 だが同時に、余計なノイズも減っていることに気づく。

 やるべきことは、一つだけ。

 坂口の案件を通す。

 それ以外は、今は不要だ。


 夜。

 帰宅すると、陽菜がリビングにいた。

「おかえり」

「ただいま」

 少し間を置いて、陽菜が言う。

「ねえ、ちょっといい?」

 真剣な顔だった。

 誠は隣に座る。

「どうした」

「学校でさ、グループの課題あるんだけど」

「ああ」

「全然まとまらなくて」

 少し苛立った様子。

「誰も仕切らないし、意見バラバラだし」

 誠は黙って聞く。

「どうすればいいと思う?」

 その問いに、少し考える。

 会社と同じ構図だ。

「まず、何がズレてるか分けてみたらどうだ」

「分ける?」

「目的か、やり方か、人の役割か」

 陽菜は少し考える。

「……ああ、たしかに」

「全部一緒にしようとすると、まとまらない」

「うん」

「一つずつ揃えれば、動く」

 陽菜は小さく頷いた。

「やってみる」

 立ち上がる。

「ありがと」

 部屋に戻っていく。

 その背中を見ながら、誠はふと笑った。

「同じだな」


 深夜。

 机に向かう。

 静かな空間。

 孤立しているはずなのに、不思議と集中できる。

 提案書を開く。

 細部を詰める。

 数字を現実に寄せる。

 条件を削る。

「……ここだな」

 一つのボトルネックに気づく。

 そこを修正する。

 また一歩、前に進む。


 ふと、手を止める。

 孤立。

 圧力。

 制裁。

 すべて、分かっている。

 だが——

「……関係ないな」

 小さく呟く。

 今は、結果だけだ。

 この形で、通す。

 それだけ。

 誠は再びキーボードに手を置いた。

 画面の中の提案書は、少しずつ完成に近づいている。

 その先にあるものは、まだ見えない。

 だが——

 少なくとも一つだけ、確かなことがある。

 この道は、もう引き返せない。

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