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第4話 持ち帰る仕事

 土曜の朝。

 目覚ましが鳴る前に、誠は目を覚ました。


 カーテンの隙間から、少し強い日差しが差し込んでいる。

 平日より遅い時間のはずなのに、体はいつものリズムで起きてしまう。

「……休み、か」

 小さく呟く。

 隣を見ると、由紀はまだ寝ている。

 起こさないように静かにベッドを抜け出す。

 リビングに行き、コーヒーを淹れる。

 いつも通り、ブラック。

 湯気を眺めながら、一口飲む。

 苦い。

 だが、その苦さが頭を起こしてくれる。

 テーブルの上には、昨夜のノートがそのまま置いてあった。


『坂口様案件 再設計案』

 思わず手が伸びる。

「……休みなんだけどな」

 誰に言うでもなく呟きながら、椅子に座る。

 ページを開く。

 問題。条件。段階導入。

 書いた内容をなぞる。

「もう一つ、足りないな……」

 初期コストの分散。

 運用負荷の軽減。

 それでも、現場の“余裕のなさ”は解決しきれていない。

「人……か」

 人手。

 だが、簡単に増やせるものではない。


 考え込んでいると。

「朝から仕事?」

 背後から声がした。

 振り向くと、由紀が寝ぼけた顔で立っている。

「起きたのか」

「そりゃ起きるよ。電気ついてるし」

 あくびをしながら、誠の向かいに座る。

 ノートをちらりと見て、ため息をついた。

「休みの日くらい、離れればいいのに」

「……そうなんだけどな」

 苦笑する。

「気になると、止まらない」

「それ、昔からだよね」

 由紀はコーヒーを自分の分も淹れながら言う。

「仕事でも趣味でも、一回ハマるとずっと考えてる」

 図星だ。

「別に悪いことじゃないけどさ」

 カップを置きながら続ける。

「ちゃんと休まないと、続かないよ」

「分かってる」

 分かっているが——

 頭の中の引っかかりは、消えない。


「ねえ、お父さん」

 声がして、振り向く。

 陽菜がリビングに入ってきた。

 寝癖のついたまま、スマホを片手にしている。

「おはよう」

「おはよ」

 ソファに座りながら、ちらっとノートを見る。

「また仕事?」

「まあな」

「好きだね」

 少し笑う。

「好きっていうか……考えてるだけだ」

「ふーん」

 陽菜はスマホをいじりながら言う。

「ねえ」

「ん?」

「その仕事ってさ、やらないとダメなやつ?」

 唐突な質問だ。

「ダメ、ではないな」

「じゃあ、なんでやってるの?」

 誠は一瞬考える。

 なぜ、か。

 義務ではない。

 強制でもない。

 それでもやっている。

「……気になるからだな」

「気になる?」

「このままだと、うまくいかないのが分かってるから」

 陽菜は少し顔を上げた。

「それ、ほっといたらどうなるの?」

「たぶん、誰かが困る」

「その人って、お父さんじゃないんでしょ?」

「……ああ」

「じゃあ、なんで?」

 シンプルだ。

 だが、答えに詰まる。

 なぜ、自分はそこまで気にするのか。

 しばらく考えて、言った。

「たぶん、そのままにするのが嫌なんだ」

 陽菜は少しだけ首をかしげる。

「変なの」

「そうか?」

「うん。でも、まあいいんじゃない?」

 それだけ言って、またスマホに視線を落とす。

 軽い言葉だったが——

 どこか、救われる気がした。


 午前中。

 誠はノートと向き合っていた。

 だが、さっきの会話が頭に残っている。

 “そのままにするのが嫌”

 それが、自分の行動の理由。

 単純だが、しっくりくる。

「……じゃあ、どうする」

 再びノートを見る。

 人手不足。

 ここがネックだ。

 増やせないなら——

「減らす、か」

 作業量を減らす。

 あるいは、分散する。


 そのとき、ふと視界に入った。

 リビングの隅に置かれた、古い工具箱。

 父のものだ。

 中には、ドライバーやスパナが整然と並んでいる。

 昔、よく手入れしていたのを思い出す。

「無駄がないんだよな……」

 必要なものだけを、必要な分だけ。

 余計な動きがない。

「……段取りか」

 現場の負荷は、作業量だけじゃない。

 段取りの悪さでも増える。

 もし——導入のプロセスを整理できれば。

「いけるかもしれないな」

 誠はペンを取り、新しく書き加えた。

 ・導入手順の簡略化

 ・作業の分業化

 点が、少しずつ線になる。


 昼過ぎ。

「ちょっと出かけてくる」

 誠は上着を羽織りながら言った。

「どこ行くの?」

 由紀が聞く。

「ホームセンター」

「また?」

 呆れたように笑う。

「まあ、いいけど」

「すぐ戻る」


 車を走らせながら、頭の中で考える。

 段取り。

 作業の流れ。

 実際の現場をイメージする。

 ホームセンターに着き、まっすぐ工具売り場へ向かう。

 棚を見ながら、動線を追う。

 どの順番で使うか。

 どこで手間がかかるか。

「ここで詰まるな……」

 小さく呟く。

 近くにいた店員がちらっと見るが、気にしない。

 気づけば、スマホにメモを取り始めていた。

 ・工具配置の最適化

 ・事前準備キット化

「キット化……」

 作業をまとめる。

 現場で迷わないようにする。

 それだけで、負荷はかなり減るはずだ。

 誠の中で、何かが繋がった。


 夕方、家に戻ると。

「おかえり」

 陽菜がソファでくつろいでいた。

「ただいま」

「またなんか考えてる顔してる」

 図星だ。

「顔に出てるか?」

「出てる」

 即答だった。

 少し笑う。

「まあ、ちょっとな」

「うまくいきそう?」

「……まだ分からない」

 正直に答える。

「でも、前よりは見えてきた」

 陽菜は少しだけ頷いた。

「そっか」

 その反応が、妙に落ち着く。


 夜。

 誠は再びパソコンに向かっていた。

 提案書の形が、少しずつ整っていく。

 ・段階導入

 ・コスト分散

 ・教育サポート

 ・作業効率化

 点だったものが、線になり。

 線が、形になる。

「……いけるかもしれないな」

 小さく呟く。

 だが同時に、不安もある。

 これが、本当に通用するのか。

 会社が認めるのか。

 顧客が納得するのか。

 分からない。

 それでも。

 キーボードを打つ手は、止まらない。


 ふと、時計を見る。

 23時を回っていた。

「……やりすぎか」

 椅子にもたれ、目を閉じる。

 そのとき、ふと頭に浮かんだ。

 黒田の言葉。

「結果が出なければ意味はない」

 現実だ。

 どれだけ考えても、形にしても。

 結果が出なければ、評価されない。

「……出すしかないな」


 目を開ける。

 画面を見つめる。

 ここから先は——考えるだけでは足りない。

 “通す”必要がある。

 会社にも。

 顧客にも。

 誠は、ゆっくりと息を吐いた。

 そして、次のページを開く。

『提案概要』

 そのタイトルの下に、最初の一行を書き込む。

 その一文が——この案件の運命を分けることになると、まだ気づいていなかった。

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