第17話 2本目の証明
朝。
誠はいつもより少し早く席に着いた。
コーヒーの湯気が、ゆっくりと上がる。
画面には、紹介先の案件。
ステータスは——
「再ヒアリング待ち」
「……ここで決める」
小さく呟く。
2本目。
これが取れれば、“偶然”ではなくなる。
取れなければ——
ただの一発屋だ。
午前。
現場。
誠は、あえて一歩引いた位置に立っていた。
前回と同じことは、しない。
「同じことをやるな」
昨日の自分のメモ。
そこに書いた言葉を思い出す。
見る場所を変える。
作業の“前”ではなく——
“決める瞬間”。
誰が、何を基準に、どう判断しているのか。
そこに意識を向ける。
「……止まった」
一つの工程で、議論が始まる。
意見が割れる。
どちらも正しい。
だから——
決まらない。
誠は、その場に近づいた。
「すみません」
声をかける。
全員の視線が集まる。
「今、何で迷ってますか?」
一瞬の沈黙。
やがて、一人が答える。
「どっちの手順がいいか、決めきれなくて」
「基準は何ですか?」
誠は続ける。
「……経験ですかね」
曖昧な答え。
誠は頷く。
「もし、数字で比較できたらどうですか」
全員が少し考える。
「それなら決めやすいな」
誰かが言う。
「じゃあ、そこを作りましょう」
誠は言った。
昼。
簡易的な比較表を作る。
時間。
手間。
リスク。
それぞれに仮の数値を置く。
「こんな感じでどうですか」
現場に見せる。
「……分かりやすいな」
反応が変わる。
迷いが、減る。
「これなら決められる」
その一言。
誠は小さく頷いた。
「……ここだな」
今回は、“準備”ではなく——
“判断”を変えた。
午後。
打ち合わせ。
担当者が資料を見ながら言う。
「前回より、イメージしやすいですね」
誠は頷く。
「決めやすさを優先しました」
「確かに」
担当者はページをめくる。
「で、これだと——」
一拍。
「どこから始めるのがいいですか?」
その問いが出た瞬間、誠の中で確信が走る。
「……来たな」
決めるモードに入っている。
誠は落ち着いて答える。
「この範囲からの部分導入を提案します」
「理由は?」
「最小のリスクで、効果を確認できるからです」
担当者はゆっくりと頷く。
「……それなら、いけそうですね」
数秒の沈黙。
そして——
「やりましょう」
静かな一言。
だが、確かな決定。
会議室を出る。
誠はすぐには動かなかった。
ドアの前で、ほんの一瞬だけ立ち止まる。
「……2本目」
小さく呟く。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
だが、すぐに歩き出す。
まだ終わりではない。
夕方。
デスクに戻る。
契約条件の整理。
金額は、坂口より小さい。
だが——
意味は大きい。
「再現できた」
その事実。
誠は画面を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。
黒田の席へ向かう。
「失礼します」
「何だ」
「紹介先の件、部分導入で合意いただきました」
黒田の手が止まる。
「……早いな」
「はい」
資料を渡す。
黒田は目を通す。
数秒。
「金額は小さいな」
「はい」
「だが——」
黒田は顔を上げる。
「悪くない」
その一言に、重みがある。
「再現したな」
誠は静かに頷いた。
「はい」
黒田は椅子にもたれた。
「面白くなってきた」
小さく笑う。
夜。
帰宅。
「ただいま」
「おかえり」
由紀が振り向く。
「今日は?」
誠は少しだけ間を置いた。
そして——
「もう一本、取れた」
由紀の表情が明るくなる。
「すごいじゃない」
「小さいけどな」
「でも二本でしょ?」
誠は頷く。
「……ああ」
由紀は笑った。
「それ、もう“たまたま”じゃないね」
その言葉に、誠は少しだけ驚いた。
「……そうだな」
自分でも、同じことを思っていた。
リビング。
陽菜が言う。
「また成功?」
誠は笑った。
「まあな」
「連勝じゃん」
その言い方に、少しだけ肩の力が抜ける。
「……そんな感じだな」
陽菜は満足そうに頷いた。
「じゃあ、もう大丈夫だね」
誠は少し考えた。
そして——
「いや」
首を振る。
「ここからが大事だ」
陽菜は首をかしげる。
「なんで?」
誠は静かに答えた。
「続けられるかどうかだからだ」
その夜。
机に向かう。
2つの案件を並べる。
坂口。
紹介先。
共通点。
差分。
そして——
“再現できた要素”。
誠はゆっくりと線を引いた。
「……これが型か」
小さく呟く。
売らない営業ではない。
聞くだけでもない。
「決めさせる営業」
その形が、ようやく見えた。
誠はキーボードに手を置く。
ここから先は——
積み上げだ。
一つずつ。
確実に。
その先にある“逆転”を、現実にするために。




