第16話 再現という壁
「で、どうやって取ったんだ?」
田辺が椅子を引き寄せながら言った。
昼休みの営業フロア。
弁当の匂いと、雑談のざわめき。
その中で、誠の周りだけ少しだけ温度が高い。
「普通にやっただけだよ」
誠はそう言って、箸を動かした。
「普通じゃないから聞いてんだろ」
田辺は食い気味に返す。
「坂口だぞ?あそこ、何回も他社が入って失敗してる」
誠は少しだけ手を止めた。
「……そうだな」
「で?」
田辺が身を乗り出す。
誠は少し考えた。
どう説明するか。
言語化しないと、再現できない。
「売らなかった」
田辺は眉をひそめた。
「は?」
「売る話を、ほとんどしてない」
「いやいや、それでなんで決まるんだよ」
当然の反応だった。
誠は苦笑する。
「決める材料を揃えた」
「材料?」
「判断するための情報」
田辺は腕を組む。
「……ふわっとしてんな」
「そうだな」
誠はあっさり認めた。
「俺も最初はそう思った」
午後。
黒田に呼ばれる。
「座れ」
短い指示。
誠は椅子に座る。
「坂口、よく取ったな」
「ありがとうございます」
黒田は資料を見ながら言う。
「で、次は?」
誠は一瞬だけ言葉を止めた。
「……同じ形で、横展開します」
黒田は顔を上げた。
「できるのか?」
その問いは鋭い。
一度の成功は、偶然で説明できる。
だが——
「再現できるか?」
それが、本質だ。
誠はゆっくりと頷いた。
「やります」
黒田は数秒、誠を見た。
「やるじゃない。“できるか”じゃなくて“やる”か」
少しだけ笑う。
「いい」
そして、すぐに表情を戻す。
「ただし」
空気が変わる。
「再現できなければ、意味がない」
「はい」
「次の一件で証明しろ」
短く、重い一言。
「はい」
誠ははっきりと答えた。
デスクに戻る。
画面を開く。
紹介先の案件。
状況は——
まだ“検討中”。
すぐには動かない。
「……ここだな」
誠はメモを開いた。
坂口でやったこと。
・現場観察
・無駄の特定
・分岐点の設定
・試験導入
一つひとつを見直す。
「同じことをやればいい、わけじゃない」
現場が違う。
条件も違う。
「本質はどこだ」
誠はペンを走らせる。
売らないことではない。
聞くことでもない。
「……判断を変えたんだ」
小さく呟く。
相手の“決め方”を変えた。
だから、結果が変わった。
「じゃあ、どうやって再現する?」
問いを、自分に投げる。
翌日。
紹介先の現場。
誠は再び、あの“聞く営業”をやっていた。
だが——
違和感があった。
「……うまく乗らないな」
坂口の時と、反応が違う。
話は聞ける。
情報も集まる。
だが——
“動く気配”が薄い。
「何が違う?」
誠は現場を見渡す。
人の動き。
作業の流れ。
止まるポイント。
すべてを追う。
だが、決定的な何かが見えない。
「……浅いな」
自分で気づく。
見えているつもりで、まだ浅い。
坂口の時は、もっと踏み込んでいた。
「もう一段、深く入るか」
誠は決めた。
「すみません」
現場責任者に声をかける。
「もう少しだけ、詳しく見せてもらえますか」
相手は少し驚く。
「まだ見るんですか?」
「はい」
誠は頷く。
「判断材料が、まだ足りないので」
その言葉に、相手の目が変わる。
「……変わった営業ですね」
「よく言われます」
軽く笑う。
作業の“前”を見る。
準備段階。
段取り。
人の配置。
そこに——
小さなズレがあった。
「……ここか」
誠は立ち止まる。
作業が始まる前に、すでにロスが発生している。
坂口とは違う“ボトルネック”。
「見えたな」
小さく呟く。
帰り道。
誠は車を走らせながら考えていた。
再現は、簡単じゃない。
同じことをしても、同じ結果にはならない。
だが——
「型はある」
その確信はあった。
問題は、それをどう適用するか。
「……面白くなってきたな」
少しだけ笑う。
夜。
帰宅。
「ただいま」
「おかえり」
由紀が振り向く。
「今日は?」
誠は少しだけ間を置いた。
「……難しいな」
由紀は笑った。
「うまくいってない?」
「いや、違う」
誠は首を振る。
「うまくいかせる方法を考えてる」
由紀は少し考える。
「それって、前より進んでるんじゃない?」
誠は一瞬、言葉を止めた。
「……そうかもな」
以前は、うまくいかない理由を考えていた。
今は、どうすればいけるかを考えている。
「変わったな」
小さく呟く。
リビング。
陽菜が言う。
「また新しいとこ?」
「ああ」
「今度はどう?」
誠は少し笑った。
「一回じゃ無理だな」
陽菜は頷く。
「ゲームみたいだね」
「ゲーム?」
「一回でクリアできないやつ」
誠は笑った。
「確かにな」
「でもさ」
陽菜は続ける。
「コツ分かればいけるんでしょ?」
誠は少しだけ考えた。
そして——
「ああ」
はっきりと答えた。
その夜。
机に向かう。
メモを開く。
坂口の成功。
今回の違和感。
それを並べる。
共通点と差分。
「……ここだな」
線が一本、引かれる。
再現の糸口。
「もう一件、いける」
誠はキーボードに手を置いた。
一発では終わらない。
再現する。
積み上げる。
それができた時——
本当の意味で、逆転が始まる。
その手応えが、ようやく見え始めていた。




