表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/27

第18話 型にする

 夜のオフィスは、音が少ない。

 昼間のざわめきが嘘みたいに消えて、

 キーボードの音だけが、やけに響く。

 誠は、デスクの上にノートを広げていた。

 坂口の案件。

 紹介先の案件。

 2つの資料を並べる。

「……同じじゃない」

 小さく呟く。

 業種も違う。

 現場の動きも違う。

 課題も違う。

 だが——

「同じように決まった」

 それが、引っかかっている。

 偶然ではない。

 なら、何が同じだったのか。


 誠はペンを持ち直す。

 ノートの中央に線を引く。

 左に「坂口」、右に「紹介先」と書く。

 その下に、思い出しながら書き出していく。

 ・現場に入った

 ・作業を見た

 ・無駄を探した

 ・話を聞いた

「……ここまでは、誰でもやる」

 ペンを止める。

 営業なら、やろうと思えばできる。

 だが、それだけでは決まらない。

「次だ」

 誠は続ける。

 ・判断材料を揃えた

 ・分岐点を引いた

 ・試験導入

 書きながら、少しずつ輪郭が見えてくる。

「……判断材料、か」

 その言葉を丸で囲む。

 さらに、線を引く。

「“決めるための材料”」

 誠は椅子にもたれた。

 売る話は、ほとんどしていない。

 機能も、スペックも、競合比較も——

 ほとんど触れていない。

「じゃあ、何をしてた?」

 自分に問いかける。

 答えは、もう出ている。

「……決めやすくした」

 小さく呟く。


 誠はノートをめくる。

 新しいページ。

 大きく書く。

「なぜ決まったか」

 その下に、順番に書いていく。


 ① 現場を観る

 → 実態を把握する

 ② 無駄を特定する

 → 何が問題かを明確にする

 ③ 分岐点を引く

 → やるべきか、やらないべきかの線を作る

 ④ 判断材料を揃える

 → 感覚ではなく、比較できる状態にする

 ⑤ 小さく試す

 → リスクを下げる


 書き終えて、ペンを置く。

「……これか」

 誠はノートを見つめた。

 これが、自分のやってきたこと。

 そして——

 再現できた理由。


 だが、違和感が残る。

「……まだ浅いな」

 誠は眉を寄せる。

 これだけなら、誰でも真似できる。

 だが実際には、誰もやっていない。

「何が違う?」

 もう一度、坂口の現場を思い出す。

 最初に行った日。

 売らなかった。

 無理に勧めなかった。

「……ああ」

 誠はペンを取った。

 新しく一行、書き足す。


 ⑥ 売らない


 そして、その横に小さく書く。

 → 結論を急がない


 誠は少しだけ笑った。

「これ、営業としては逆だな」

 普通は、早く決めさせる。

 クロージングを急ぐ。

 だが、自分は——

 逆をやっている。

「急がせないことで、決まった」

 矛盾しているようで、成立している。


 誠はノートを閉じかけて、止めた。

「いや、もう一段だ」

 まだ足りない。

 “やり方”は見えた。

 だが、“本質”が言葉になっていない。

 誠はゆっくりとペンを置いた。

 そして、天井を見上げる。

「俺は、何を売った?」

 自分に問いかける。

 商品ではない。

 機能でもない。

 価格でもない。

「……安心か?」

 違う。

 それも一部だが、違う。

 しばらくの沈黙。

 やがて——

 誠は、もう一度ペンを握った。

 そして、ノートの一番上に書いた。


「決められる状態を作る」


 それを見た瞬間、腑に落ちた。

「……これだ」

 小さく呟く。

 顧客は、決められなかった。

 情報が足りない。

 リスクが見えない。

 比較できない。

 だから、動かなかった。

 そこに——

 決められる材料を置いた。

 決められるラインを引いた。

 決められる形にした。

「だから、決まった」

 誠は静かに頷いた。


 時計を見る。

 22時を回っている。

 オフィスには、ほとんど人がいない。

 だが、頭は冴えていた。

「……型になったな」

 小さく言う。

 感覚だったものが、言葉になった。

 再現できる形になった。


 そのとき、背後から声がした。

「まだいたのか」

 振り返る。

 黒田が立っていた。

「はい」

 誠は軽く頭を下げる。

「何してる」

 黒田がデスクに近づく。

 誠は少し迷ったが、ノートを差し出した。

「今回の案件、整理してました」

 黒田はノートを手に取る。

 ざっと目を通す。

 数秒。

 沈黙。

 やがて、口を開く。

「……理屈は通ってるな」

 短い評価。

「ありがとうございます」

「ただし」

 黒田はノートを閉じる。

「これで“勝ち続けられるか”は別だ」

 誠は頷く。

「はい」

 黒田は誠を見る。

「一回できたやつは多い」

 一拍。

「続かないやつも多い」

 言葉は静かだが、重い。

 誠は視線を逸らさなかった。

「……やります」

 黒田は少しだけ口元を動かす。

「やれ」

 ノートを机に置く。

 そして、そのまま去っていく。


 誠はノートを見つめた。

 型はできた。

 だが——

 これが通用し続ける保証はない。

 むしろ、ここからが本番だ。

「……試すか」

 小さく呟く。

 次の案件で。

 その次でも。

 この型が、本物かどうか。

 証明する。


 オフィスを出る。

 夜の空気が、少し冷たい。

 だが、不思議と足取りは軽い。

「やっと、言葉になったな」

 自分の中にあったものが、形になった。

 それは小さな一歩だが——

 確実に、前に進んでいる。

 誠は歩きながら、ポケットの中で拳を軽く握った。

 次は、“続ける”。

 そのための戦いが、もう始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ