エピソード0
真実を知ったひなたは澪を拒絶するが、その決断に苦しみ続けていた。
数日後、昼休みに怜と話す澪の姿を見かけ、忘れようとしても心は揺れてしまう。
放課後、詩乃は「澪ちゃんの話、最後まで聞いた?」と静かに問いかける。
澪はまだ本当の想いを伝え切れていない――詩乃の言葉が、ひなたの心を動かした。
「もう一回、ちゃんと話してみる」と決意したひなたは、自分の気持ちと向き合うことを選ぶ。
そして勇気を振り絞り、澪へ「明日話したいことがある」とメッセージを送った。
澪は校門へ向かって歩いていた。
最近は、一人で帰ることが増えた。
少し前までは当たり前だった三人での帰り道も、今では遠い昔のように感じる。
「……あれ」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「黒瀬?」
そこには怜が立っていた。
「久しぶり」
「あ、うん……。」
二人は少しだけ寄り道しながら世間話をした。
他愛もない話をしていると、怜がふと思い出したように言う。
「そういえば」
「最近、ひなたと一緒にいないよな」
澪の足が止まる。
「前はいつも三人で帰ってたじゃん」
「喧嘩でもした?」
怜は本当に軽い調子で、他意はない。
だからこそ。
澪は返事に詰まる。
「もしかして、なんかあった?」と、怜は初めて真面目になる。
「…相談してもいいかな?」
「俺でいいなら」
澪はゆっくりと口を開いた。
ひなたと距離ができてしまったこと。
数日前、二人きりで話をしたこと。
そこで、自分がずっと隠していた「ある秘密」を知られてしまったこと。
そして、今は話しかけることもできないくらい、関係が壊れてしまったこと。
秘密の内容だけは伏せたまま。
澪は静かに話し終えた。
怜は何も言わずに最後まで聞いていた。
やがて小さく息を吐く。
「……秘密、か」
その一言は、どこか遠くを見つめるようだった。
「その秘密が何なのかは聞かない」
「でも」
怜は少しだけ苦く笑う。
「……少し、思い当たることがある」
澪は顔を上げる。
「思い当たること……?」
怜は頷きしばらく黙り込んだあと、ぽつりと呟いた。
「俺さ」
「中学の頃、少しだけひなたと付き合ってたんだ。」
澪は目を見開く。
「……え、そうだったの?」
そんな話、一度も聞いたことがなかった。
怜は苦笑する。
「まぁ、誰にも話してないしな」
風が昔に連れて行くように吹き抜ける。
怜は空を見上げ、小さく息を吸った。
中学一年の春。
俺は、ひなたと出会った。
最初は何でもないクラスメイトだった。
明るくて、誰にでも優しくて。
いつも詩乃と一緒に笑っている。
そんな奴だった。
俺も自然と二人と話すようになって、気付けば三人でいる時間が当たり前になっていた。
放課後に寄り道したり、テスト前には図書館で勉強したり。
今思えば、あの頃が一番楽しかったのかもしれない。
二年生になって、三人はクラスが離れてしまった。
でも、三人で集まることは変わらなかった。
だから俺は、あいつが離れるなんて、一度も考えたことがなかった。
そんなある日の放課後に、俺はひなたを呼び出した。
あの日の夕焼けは、今でも覚えてる。
「俺さ」
「ひなたのことが好きだ。」
人生で初めての告白だった。
声が震えてたと思う。
するとひなたは少し驚いた顔をして、少しだけ考えてから、「……よろしくお願いします。」そう笑った。
あの時の俺は、世界で一番幸せだと、そう思ってた。
それからは周りには付き合っている事を秘密にした。
放課後は二人で少し遠回りして帰り、コンビニでアイスを食べる。
休日は買い物に行ったり、映画館へ行った。
そんな日々に俺は幸せだった。
でもそんなある日の帰り道だった。
ひなたが珍しく真面目な顔をして言った。
「怜、相談があるんだけど」
俺は笑って「珍しいじゃん」なんて返した。
するとひなたは、何度も言葉を飲み込んでから言った。
「恋愛って、よく分からないの」
正直、その瞬間は意味が分からなかった。
でも、続く言葉で全てが変わった。
「怜といるのは楽しい」
そこまでは嬉しかった。
「でも」
「詩乃といると、もっと安心するの」
胸が少し苦しくなった。
俺は笑って、「気にしすぎだよ」そう返した。
でも、その笑顔の裏で。
初めて、「詩乃」という名前が心に刺さる。
今思えば。
あの時ちゃんと向き合えば、何か変わってたのかもしれない。
数日の間、三人で集まっている時にひなたを見つめて、怜は気付いてしまう。
ひなたの視線。
笑顔。
全部、詩乃へ向いている。
放課後。
ひなたから呼び出された。
その時点で、どこか嫌な予感はしていた。
でも俺は、まさか別れ話だなんて思ってもいなかった。
「ごめん。」
ひなたは小さく頭を下げた。
「やっぱり……これ以上付き合えない」
頭の中が真っ白になった。
それでも、何とか一言だけ返す。
「……理由は?」
ひなたはしばらく黙り込んでいた。
何度も言葉を選ぶように俯いて。
やがて、震える声で話し始めた。
「詩乃のことが……好きなのかもしれない。」
その言葉が、胸に突き刺さる。
「でも、自分でも分からないの」
「だから、このまま付き合うのは違うと思って」
「怜を傷付けたくない。」
「だから、別れたい。」
「でも……友達ではいたい。」
あいつは最後まで、俺を傷付けないように言葉を選んでくれていた。
でも、あの頃の俺にはそんなこと考える余裕なんてなかった。
俺は「……分かった。」そう答えたはずなのに。
心の中では、何一つ分かってなんかいなかった。
(なんで俺じゃない。)
(詩乃さえいなければ。)
その考えばかりが頭を埋め尽くしていた。
翌日の放課後。
俺は詩乃を呼び出した。
あの時の俺は、本気でそれが正しいと思っていた。
詩乃がひなたから離れれば。
ひなたはまた俺のところへ戻ってきてくれる。
そんな、子どもみたいなことを信じていた。
「……何?」
詩乃は不思議そうな顔で俺を見る。
俺は視線を逸らしたまま言った。
「ひなた、お前のこと好きなんだって」
詩乃の表情が固まる。
「……え?」
「だから、俺と別れるって」
しばらく沈黙が漂った。
やがて詩乃は静かに口を開く。
「……それを私に言って、どうしてほしいの?」
俺は答えに詰まった。
それでも、もう後には引けなかった。
「……ひなたから、離れてほしい」
「は……?」
「お前がひなたから離れてくれたら、ひなたも考え直すと思う。」
「だから、少しだけ距離を置いてほしい」
詩乃は何も言わず俺を見つめていた。
その視線が痛かった。
「……本気で言ってるの?」
俺は黙って頷くことしかできなかった。
詩乃は小さく息を吐く。
「ひなたは物じゃない」
その一言で、自分がどれだけ幼いことを言っているのか思い知らされた。
「誰かを引き離したら、自分のところへ戻ってくるなんて」
「ひなたのこと何もわかってないんだね」
何も言い返せなかった。
言い返せるはずがなかった。
「それに」
詩乃は真っ直ぐ俺を見た。
「その話、本来なら一ノ瀬からじゃなくて、ひなた本人が話すことだよね」
胸が締め付けられる。
「ひなたが勇気を出して打ち明けたことを」
「勝手に話すなんて」
少しだけ目を伏せて。
「……最低。」
その一言だけ残して、詩乃は去っていった。
俺は追いかけることすらできなかった。
その数日後。
誰が聞いていたのかは、今でも分からないが、気付けば学校中に噂が広がっていた。
「白石って女が好きなんだって」
「マジ?」
「幼なじみの子らしいよ」
「ほら、いつも一緒にいる三浦さん」
教室へ入るたび、そんな声が耳に入る。
そのたびに。
俺の頭に浮かぶのは、あの日の教室だった。
もし俺が詩乃を呼び出さなければ。
もし俺が秘密を口にしなければ。
何度考えても、答えは一つだった。
全部、俺が始めたことだった。
そして。
廊下でひなたと目が合った。
何も言わない。
何も責めてこない。
ただ。
俺を見る、その静かな瞳だけが。
何より苦しかった。
「……もう、二度と私たちに関わらないで。」
その言葉を最後に、ひなたは背を向けた。
俺は引き止めることも、謝ることもできなかった。
守りたかった。
失いたくなかった。
それだけだった。
でも。
俺が守ろうとしたのは、ひなたじゃない。
自分の居場所だった。
そのことに気付いたのは。
全部失ってからだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!




