表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この恋は百合の皮をかぶっている  作者: しろうさぎ。
溶ける想い伝える口火
PR
55/55

私しか知らない僕

 放課後、詩乃が図書委員の仕事で離れ、澪とひなたは二人きりで帰ることに。

 雨が降り出し、一本の傘の下で肩を寄せ合いながら歩く距離が近づく。

 ひなたにバレンタインの話を振られ、澪は過去のことを思いながら曖昧に答える。

 やがてひなたが「渡したいものがある」と切り出し、互いにプレゼントを差し出す。

 中身はどちらも白を基調としたお菓子で、偶然の一致に二人は思わず笑みをこぼす。

 雨音の中、傘で塞がった手をきっかけに、二人は自然と食べさせ合う距離へと近づいていく。

 バレンタイン翌日の空も、昨日と同じように重たい。雲が低く垂れ込めていて、光がほとんど差し込んでこない。


いつもならもう少し明るいはずなのに、今日はやけに色が薄い気がする。


……まあ、そんな日もあるか。


深く考えずに、いつも通りに駅へ向かう。改札を抜けて、いつもの場所で待ち、電車に乗る。


いつもなら――

 

ひなたと、詩乃(しの)がいるはずの場所に目を向ける。




……あれ?


二人ともいない。


少しだけ、視線を巡らせる。


時間を間違えたわけじゃない。人も、それなりにいる。


あの二人だけが、いない。



先に行ったのかな……



車内は、妙に静かだった。


会話が、ほとんど聞こえない。人はいるのに、音だけがどこか遠い。


つり革に手を伸ばすが、空を切った。

思っていたより、少し遠かった。


もう一度、伸ばして、今度はちゃんと掴む。



……なんだろう。



ほんの些細なズレなのに、胸の奥に引っかかる。


なんだか気分が悪くなってきた。


窓に映る景色を眺めて落ち着かせようとする。



……誰?



窓に映っていたのは自分の顔。見慣れているはずなのに、どこか違う気がして。


でも、その違和感をうまく理解できないまま、電車は駅に着いた。



学校までの道も、やけに静かだった。足音だけが、やけに響く。

 



 校門をくぐり、教室へ向かう廊下では。すれ違う生徒はいるのに、誰とも目が合わない。

 

まるで、見えていないみたいに。

 

それにやけに、長く感じる。


一歩進むごとに、距離が伸びていくみたいに。



…やっと着いた。



教室の扉の前に着く頃には無意識に、息を荒げていた。


息を整えていたその時だった。



……あ

 


つい、声が出てしまった。


そこに、ひなたがいた。



ひなた、おはよう。今日早く来てたの?


 

思わず、ほっとする。ようやく、いつも通りだと、思えた。


でも。


ひなたは、すぐには何も言わなかった。



ひなたはゆっくりと口を開く。


「……黒瀬さんってさ」

その声は、いつもと同じはずなのに。


どこか、遠く感じる。


「最初から、ちょっと変だと思ってた」



え……?どういう意味?


 

思わず聞き返したけれど、ひなたは視線を合わせない。


「なんか、うまく言えないけど……」

言葉を探すように、間を置いて。


「気持ち悪い、っていうか」


胸の奥が、きゅっと締まる。


 

…ごめん、わたし何か嫌われる事、したかな……したなら謝るから



わたしはひなたの手を取ろうとする。


「やめて、触らないで」

その一言は、あまりにもあっさりしていた。


だからこそ、心に重くのしかかる。


「そういうの、ほんと無理だから」


何を言われているのか、全く理解できない。



なんで…



視界が歪み、足元がぐらつく、周囲の音は騒がしく聞こえてくる。


ひなたの顔を、見ようと顔を見上げると、ひなたの輪郭が、ゆらりと揺れる。


「だって、黒瀬さんって――」

言葉が途切れ、世界が、歪み飲み込まれる。





「……っ、は」

 飲み込まれかけた体を引き剥がし、荒々しく呼吸をする。


視界の先には見慣れた、自分の部屋。

 

荒い息遣いが、喉を焼き、全身が、じっとりと汗ばんでいた。


「……夢……」

そう呟いた声は、かすれていた。


胸の奥に、まだ残っている。

 

あの言葉。

 

あの視線。


ただの夢だと分かっているのに、胸の奥に残る感触だけが消えなくて――安堵と恐怖が混ざり合ったまま、ぽつりと涙が布団の上に零れる。



息がうまく整わないまま、天井を見つめる。

 

夢だと分かっているのに、胸の奥に残った感触だけが、どうしても消えなかった。


「……なんで、あんな夢」

掠れた声は、自分でも驚くくらい弱かった。


そのとき。


コンコン、と軽いノックの音がする。


「澪? 起きてる?」

姉の(はるか)の声だった。


「……入るよ」と、ドアが開く。


「珍しいじゃん。まだ寝てるなんて――」

軽い調子の声が、途中で止まった。


ベッドの上で起き上がったままの澪と、目が合う。

 

「……え、どうしたの」

涙の跡に気づいたのか、姉の声が少し低くなる。


「別に……なんでも」

慌てて目元を擦る。


うまく誤魔化せた気は、しなかった。


姉は一歩近づきじっと、顔を覗き込むようにして。

「……怖い夢でもみたの?」


頭を撫でるように手が伸びてきた。


「――っ、熱」

はっきりとした声だった。


自分でも、その瞬間に気づいた。


体が、妙に重く、さっきまでの夢のせいだと思っていた、息苦しさも。

 

全部、違う理由だったみたいに。


「ちょっと待って、体温計持ってくる」

そう言って、遥はすぐに部屋を飛び出した。


残された静けさの中で、もう一度息を吐く。

 

――夢。

 

そう、夢のはずなのに。

 

頭の奥に、こびりつくみたいに残っている。

ひなたの、あの、言葉。


「……やだな」

 

再びぽつりと零れる。

 

体の熱とは別に、胸の奥がじんわりと冷えていくようで。

 

布団を握る指に、少しだけ力が入った。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ