初めての試作
帰宅した澪はベッドに倒れ込み、バレンタインをどうするか思い悩む。
「渡すのか」「誰に渡すのか」すら決められず、気持ちはまとまらない。
ふと浮かぶひなたの存在に戸惑いながらも、答えを避けきれない。
迷った末、澪は姉の遥に相談することを決める。
からかわれつつも助言を受け、初めてのお菓子作りにクッキーを選ぶ。
少しだけ道筋が見えた澪は、バレンタインに向けて一歩踏み出す。
澪は翌日、買うものをメモにまとめてスーパーに向かった。
「……どこにあるんだ」
お菓子作りのコーナーに並ぶ商品を前に、思わず呟く。
小麦粉ひとつ取っても種類がいくつもあって、どれを選べばいいのか分からない。
スマホを取り出して、昨日書き出したメモを軽く見返す。
「とりあえず、普通のでいいか」
深く考えるのをやめて、一番無難そうなものをかごに入れていく。
「…こんなところかな」
必要な物を確認して、レジに向かった。
風が少し強い帰り道。袋が肩から落ちかけたのをなん度も持ち直した。
家に帰ると、すぐにキッチンに向かった。
どうせ作るなら、ちゃんとした形にしたい。
上手いかどうかは分からなくても、せめて「失敗してない」と思えるくらいには。
スマホを立てかけて、材料の参考にした動画を再生する。
軽快な声で説明が始まる。
「……まずは」
とりあえず、手順通りにやってみる。
バターをボウルに入れて、混ぜる。
「……固いな」
思ったよりも力がいる。
動画の中では、もっと簡単そうにやっているのに。
砂糖を入れて、さらに混ぜる。
粉をふるってーー
「……これ、いるのかな?」
小さく疑問を呟きながらも、とにかく真似してやる。
慣れない作業ばかりで、手が止まりがちになる。
携帯の動画を止めて、巻き戻して、もう一度見る。
それでも、なんとか形にはなっていく。
「……結構上手くできた、気がする」
できあがった生地は、少しだけ不格好だったけれど。
それでも、崩れているわけではない。
姉の遥から借りたいろんな型抜きを使って、出来上がった生地を猫や、うさぎ、星など可愛らしい形のものに型抜いて、並べていく。
それをオーブンに入れて、焼き上がりを待つ。
その時間が、やけに長く感じた。
数分後。
ほんのり甘い匂いが、キッチンに広がる。
取り出してみると、ちゃんとクッキーの形になっていた。
「あれ、思ったより上手くできたかも」
少し焼き色にばらつきはあるけど、焦げてはいない。
一つ食べてみようと思ったそのとき。
「いい匂いするね」
背後から声がした。
振り返ると、遥がキッチンに入ってきていた。
「お、ちゃんとできてるじゃん。味は?」
「……それは今から」
「どれどれ」
そう言って、審査員みたいに一つ手に取る。
「ちょっーー」
止める間もなく、そのまま口に運ばれた。
サクっと軽い音。
「……どう?」
沈黙の間が、妙に長く感じてしまい思わず、聞いていた。
遥は少しだけ考えるようにしてから、「うん、普通に美味しい」あっさりと、そう言った。
「……ほんとに?」
「うん。ちゃんとクッキーになってるし。甘さもいい感じ」
軽く頷く。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「……良かった」
思っていたよりも、ずっと素直に嬉しかった。
「やるじゃん、澪」
「……まあ、動画のおかげだけど」
「それでも、ちゃんと作ったのは澪でしょ」
そう言われて、少しだけ視線を逸らす。
照れくさかった。
でも、悪い気はしなかった。
澪は並んだクッキーを一つ口にした。
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