頼れる人は近くにいる
クリスマスを過ぎ、二月になり、澪とひなたの距離は少しずつ近づいていた。
昼休み、四人での会話は自然とバレンタインの話題へ移った。
手作りや本命の話で盛り上がる中、澪は自分の答えに迷う。
これまで「もらう側」だった過去と、今の立場の違いに戸惑う。
曖昧に答える澪に対し、周囲は意外そうな反応を見せる。
賑やかな会話の中で、澪は自分の変化に静かに違和感を覚えていた。
澪帰宅して部屋に入り、制服のままベッドに倒れ込んだ。
「……どうしようかな」
小さく息を吐いて、そのまま天井を見上げる。
考えようとしているのに、うまくまとまらない。
バレンタインまであと三日。
どうするかなんて、まだ何も決めていない。
渡すのかどうかも。
誰に渡すのかも。
ごろりと寝返りを打ち、枕に顔を埋めると、さっきの会話がぼんやりと蘇る。
ーー澪ちゃんは?
ーー誰にもあげないの?
「誰にもあげないの?」その言葉が、やっぱりしっくりこない。
今までは、もらう側だった。
けれど今は違う。自分で決めないといけない。
……決めるって、何を?
「……どうしようかな」
小さく呟いて、もう一度寝返りを打つ。
そのとき、不意に顔が浮かんだ。
金色の髪。かわいい笑顔。
ーーひなた。
「……」
考えないようにするみたいに、すぐに枕に顔を押し付けた。
でも、一度浮かんだものは、簡単には消えない。
「……はあ」
ため息をもう一つ落として、体を起こす。
「……できれば行きたくないな」
ぽつりと、本音が漏れた。
相談すれば、きっとあの人は面白がる。
茶化してくるのも、からかってくるのも目に見えている。
想像するだけで、少しだけ気が重くなる。できれば、自分でなんとかしたかった。
こんなことで頼るのも、なんとなく悔しい。
けれど。
今の自分に、他に頼れる相手がいるかと言われればーー
ドアを開けて、廊下に出る。向かう先は、一つしかない。
コンコン、と軽くノックする。
「…お姉ちゃん、いる?」
「どうしたの?」
返ってきた声に、ドアを開ける。
中に入ると、姉の遥はベッドの上でくつろいでいた。
ラフな部屋着に、無造作にまとめただけの髪。外で見せる整った姿とは違って、どこか気の抜けた格好をしている。
「珍しいね、澪から来るなんて」
ベッドから起き上がった遥が、少しだけ楽しそうに笑う。
「どうしたの?」
「……ちょっと、聞きたいことがあって」
「へえ」
その一言で、完全に興味を持たれたのが分かる。
もう逃げ場はない。
「……あの、バレンタイン、どうしようかなって」
次の瞬間、遥の表情がニヤッと笑った。
「え〜可愛い相談じゃん」
「やめて」
「いいじゃんいいじゃん。で?誰にあげるの?もしかして…彼氏とか?」
いきなりの言葉に突かれて、咄嗟に声にでた。
「ち、違うよ!」
「ほんとかなぁ」
疑うような視線から少しだけ目を逸らす。
「……友達にだよ」
「ふーん?」
完全に信じていない声だった。
「で、何作るの?」
「それを相談しに…」
「澪ってお菓子作りしたことある?」
「ないです…」
澪は自信なさげに答える。
「だよね、じゃあ…クッキーとかいいかも」
「クッキー?」
「そ、クッキー。簡単だし、失敗しにくいし、量も作れるし」
「そんな理由でいいの……?」
「うーん。確かに凝ったやつの方が貰う方は嬉しいけど」
「お菓子作り初めてで凝ったの作って失敗するより、ちゃんと完成する方がいいでしょ?」
言われてみれば、その通りな気もする。
「……クッキー、か」
「うん。丸めるだけでもいいし。型抜きとか使えばいろんな形にできて、見た目も可愛くなるよ」
話を聞いていくうちになんだかできそうな気がしてくる。
「…いいかも」
ぽつりと、そう零れた。
「じゃあ決まりだね」
遥が満足そうに頷く。
「材料は明日買いに行く感じ?」
「うん、そうする。ありがとう。お姉ちゃん」
「頑張れ」
軽く笑われて、なんとなく肩の力が抜けた。
さっきまでの、まとまらない感覚が、少しだけ形になった気がする。
ーーバレンタインまで、あと三日。
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