愛を伝える日
水族館を出た二人の前に、静かに雪が降り始める。
ひなたに手を引かれ、クリスマスツリーのもとへ向かう。
点灯した光景の中、恋人になれるという噂を聞かされる。
問いかけに追い込まれ、澪はついに想いを打ち明ける。
戸惑いながらも、ひなたはそれを受け止め優しく応える。
二人は手を繋ぎ、想いを重ねたまま歩き出す。
クリスマスが過ぎて、気づけば二月。
あの日から、ひなたと過ごす時間が増えたきがする。
窓際の席に集まって、いつもの四人でお昼ごはんを囲む。そんな昼休みの教室は、いつもより少しだけ浮ついているように感じる。
その理由はすぐにわかることになった。
「そういえばさ、もうすぐバレンタインじゃん」
最初に口を開いたのは、みさきだった。
「みんな、もう準備してる?」
「してるよ。っていうか、昨日ちょっと試しに作ってみた」
ひなたが軽い調子で答える。
なんでもないみたいに言うけど、たぶんそれなりに気合は入ってるはずだ。
「ひなたはいっぱい渡すでしょ」
詩乃が呆れたように言うと、ひなたは肩をすくめた。
「クラスの子とか、仲いい子にはね。あとはまあ……お世話になってる人とか?」
「それは期待してていいのかな?」
みさきが笑う。こういう軽口も、もうすっかり見慣れた光景になっていた。
「詩乃は?やっぱり手作り?」
「うんいつものやつ」
「やったね」「あれ美味しいよね」と、ひなたとみさきは顔を合わせて頷く。
「楽しみにしててね」
わいわいとした空気の中で、自然と視線がこちらに向く。
「澪ちゃんは?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……まだ、何も考えてない」
とりあえず、そう答えるのが精一杯だった。
みさきが「え、ほんとに?」と目を丸くする。
「誰にもあげないの?」
「いやー…どうしようかなって」
曖昧に濁す。自分でも、はっきりしない。
ーー誰にも上げないの?
その言葉が、妙に引っかかる。
今までは、考える必要すらなかったことだ。バレンタインなんて、“もらう日”だったから。
義理だとか、本命だとか、そういう区別はあっても、少なくとも自分が「誰かに渡す」なんて発想はなかった。
なのに今は、当たり前みたいにその選択肢の中にいる。
不思議な感じ。
嫌なわけじゃない。でも、しっくりくるわけでもない。
「澪ちゃんってさ」
ひなたが、ふと思い出したみたいに口を開く。
「今まで、バレンタインってどんな感じだったの?」
「どんな感じって?」
「手作りしたりしてた?それとも買う派?」
軽い調子のまま、続けてくる。
「本命チョコあげたりとか」
その一言で、空気が少しだけ引っかかった。
ーー本命。
胸の奥に、微かな違和感が落ちる。
「……いや」
反射的に、短く否定する。
けれど、それ以上の言葉が出てこない。
手作りかどうか。本命をあげたことがあるか。
どちらも、「今の自分」に対する質問としては、ちゃんと答えようがあるはずなのに。
頭の中に浮かぶのは、今までの「もらう側だった」あの頃の記憶ばかりだった。
「……実は渡したことなくて」
少し迷ってから、澪はそう言った。
一瞬、間が空く。
「えっ?うそ」
ひなたが少しだけ意外そうに目を丸くする。
「ほんとに?友チョコとかも?」
「……うん」
小さく頷く。嘘は言っていない。
ひなたは目を丸くしたまま、しばらく澪の顔を見ていた。
「意外すぎるんだけど」
「なんで?」
「いや、なんか、普通経験ありそうじゃん」
横から詩乃が口を挟んだ。
「じゃあ、もらう側だったってこと?」
一瞬だけ、息が止まりそうになる
けれど、その問いには迷わず頷いた。
「……まあ、そんな感じ」
「やっぱり」
詩乃が納得したように小さく笑う。
すると、みさきが身を乗り出してきた。
「え、じゃあさ、けっこうもらってた感じ?」
「本命とかあった?」
「何個くらい?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、思わずたじろぐ。
「……どうだったかな」
曖昧に濁すと、みさきが勝手に結論づけた。
「でもさ、なんか分かる気がする。澪ちゃんってモテてた感じするもん」
「分かる!静かに人気あるタイプ」
「そうそれ!目立たないのに気づいたら人気あるやつ」
「そうなのかな」
苦笑しながら返す。
「いいなー、モテる人は違うねえ」
勝手に盛り上がっていく三人の声を、どこか遠くに聞きながら。
澪は、ほんの少しだけ視線を上げた。
もらう側だった、という事実。それは間違っていないはずなのに。
どうしてか、今の自分の中では、うまく噛み合わなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などいただけると、とても励みになります!




