幸せが実るクリスマスツリー
イルカショーが始まり、華麗なジャンプと息の合った演技に二人は見入る。
迫力あるショーの余韻に包まれながら、拍手の中でゆっくりと席を立つ。
その後は館内を巡り、カフェでひと息つきながら穏やかな時間を過ごした。
お土産売り場では、ハート型になるイルカのキーホルダーを見つける。
ひなたの提案でお揃いにし、二人で並べて写真を撮る。
温かな余韻を胸に、二人は水族館の外へと歩き出した。
外に出ると、空気がすっかり変わっていた。
さっきまでの夕方の色は消えて、辺りはもう夜に近く
白い空気が、静かに広がっている。
その中にふわり、と何かが落ちてきた。
「……あ」
ひなたが足を止める。
もう一度、空を見上げると、暗い空から小さな白い粒がゆっくりと降りてきていた。
「雪だ」
ひなたの声が、少しだけ弾む。
「雪だよ!澪ちゃん」
嬉しそうに笑って、手を伸ばす。
掌に落ちたそれは、すぐに溶けて消えた。
「ほんとだ」
澪も空を見上げ手を差し出す。
広場には街灯の光に照らされて、白い雪がふわふわと舞っていた。
「すご……久しぶりに見た」
ひなたが小さく呟く。
そのまま、くるりと澪の方を振り返り「ね、あっち行こ!」と、指の先には、広場の中央に立つ大きなクリスマスツリーがあった。
まだ灯りはついていないけれど、雪の中で静かに佇んでいる。
「ちょっと待って、まだ手袋が」
澪は言い終わる前に、ぐいっと手を引かれる。
「ほら!」
ひなたはそのまま歩き出す。
握られた手が、少しだけ冷たい。
でもーー
なぜか暖かさも、ちゃんと伝わってくる。
澪は小さく息をついて、「転ばないでよ」とだけ言いながら、ひなたな横に並んだ。
白い雪が、二人の間をゆっくりと落ちていく。
広場に出ると、雪はさっきよりもはっきりと降っていた。
澪とひなたは広場の中央へと歩いていき、そこにある大きなクリスマスツリーの前で、足を止めた。
見上げると高く伸びた枝に、まだ灯っていない飾りが静かに揺れ、雪がその上に降り積もって、軽く白に縁取られていた。
そのときーー。
奥の方で微かに小さな声がして、一本、また一本と街路樹のイルミネーションに光が灯り始める。
そして次の瞬間、目の前にある大きなクリスマスツリー全体が一斉に輝いた。
圧巻の光景に思わず、息を呑んだ。
無数の光が枝に広がって、雪を受けてさらに柔らかく輝く。
まるで、光そのものが降っているみたいだった。
見惚れていた澪の隣でひなたが小さく声を出す。
「ねね、このクリスマスツリーさ、ある噂があるんだけど、知ってる?」
澪は視線をツリーからひなたへと移した。
「噂?どんな噂?」
ひなたは少しだけ楽しそうに、でもどこか含みのある言い方で続ける。
「ここ、二人で見に来ると恋人になれるって有名なの」
「……え」
澪の動きが止まる。
その言葉の意味を、頭の中を駆け巡る。
雪が、静かに降り続いている。
ひなたは少しだけこちらを見上げ「ねえ、澪ちゃん」と、わざとらしく首を傾げた。
「わたしのこと、どう思ってる?」
「っ……」
心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。逃げ場を探すように、視線を逸らす。
けれど、逃げられない。
少しだけ息を吸ってーー
「……好き」
自分でも驚くくらい小さな声で、そう言った。
雪と一緒に溶けてしまいそうな声だった。
ひなたは、少しだけ目を瞬かせる。
それから、重ねるようにすぐに問いかけた。
「それって、友達として?」
「……ちが……」
澪は顔を赤くしたまま、言葉を探す。
喉がうまく動かない。
それでも、なんとか絞り出す。
「……そういうのじゃ、なくて……」
言葉を綴りながら、どんどん顔が熱くなる。
「……恋、のほう……」
最後は、ほとんど呟きみたいだった。
言い終わったあと、しばらく顔を向けられなかった。
少しの沈黙。
周りの賑やかな音と胸の鼓動が耳の中で入り乱れる。
(……あぁ、何言ってんだろ…わたし)
胸の奥が、きゅっと締まる。
「ごめん」
思わず、言葉がこぼれる。
「……困るよね、こんなこと言われて……」
「ううん」
やわらかい声が返ってきた。
ひなたに顔を向けると、こちらを見ている。
「むしろ…そう言われない方が、困ってたかな」
今までとは違う、少しだけ照れたような優しい笑顔だった。
ツリーの光が、静かに揺れている。
ひなたは少しだけ視線を落としたまま、ふっと息を吐く。
それから、「……ねえ、澪ちゃん」
小さく名前を呼ぶ。
「今日さ」
少しだけ間を置いて。
「このまま、うち来る?」
その言葉に、澪の心臓がまた少し強く鳴る。
正直断る理由なんて、どこにもなかった。
「……うん」
短く、頷く。
それだけで、ひなたの表情がやわらかくほどけた。
「やった」
安心したように笑い、ひなたが手を差し出す。
ほんの少しだけ迷うような仕草のあと、そっと、手を取った。
さっきよりも、自然な動きだった。
指先が触れて、絡む。
冷たかったはずの手が、少しずつ温度を戻していく。
「行こっか」
二人はゆっくり歩き出し、ツリーの光が背中を照らして、少しずつ遠ざかっていく。
雪はまだ、静かに降り続いていた。
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