82話 最悪のミライへ
「外で何をしようとしているんだ……」
バタンッと音を立てて閉まるドアにアザミが多少なりと興味を示す。アーシュが「ああ、あれは……」と苦笑しながら答える。
「この森って広いじゃないすか。それに、この家は森の中央にあるんで、村に近づきすぎることもないんすよ。だから追いかけっこするには良い遊び場らしいんす」
外からセラ、オーガス、エリー、ウッドの楽しそうな声が「キャッキャ」と聞こえてくる。
「なるほどな。セラは村に近づけないって聞いていたから、正直あんなふうに外で遊ぶなんて想像がつかなかったよ」
「……ですね。俺らもそう思ってたっす。でも、うちの弟はああいうやつなんで......。セラちゃんも最初は困惑してたんすけど、今は楽しそうで良かったです」
外から聞こえる楽しげな声をBGMにアーシュがキッチンに行ってコーヒーを淹れる。
「――アザミさんも飲みます?」
「ああ、いただこう」
コポポ......と水の跳ねる音がして、家の中にコーヒーのいい香りが広がる。
「アーシュはコーヒーが好きなのか?」
「好きっていうか、、ここのは好きっすよ。ニアさんが屋敷の良いコーヒーをストックしてくれてるんすよね〜。他と違ってチョー美味いんす」
誇らしげに自慢するアーシュに「オイそれ勝手に飲んでいいやつなのか?」と若干不安になるアザミ。
アーシュが淹れたてのコーヒーをコトリとアザミの前に置く。
「……そういえばアザミさんって、5日後の夏祭りは行かれるんすか?」
「ああ、行くぞ。それも売る側でな」
アザミの答えが予想外だったのか、アーシュが「ゴホッゴホッ!」とコーヒーにむせる。
「う、売る側!? まさかのそっちっすか?」
「マリアさん、だったか? その人に勝手にエントリーされてしまってな。トーチと俺らとでタコ焼きを売ることになった」
はぁ、とため息をつくアザミ。アーシュとイリスが「おーー!」と期待の目で見つめる。
「タコ焼き! 良いじゃないすか!!」
「うん! 今年は魔物のせいで不漁だったんできっと飛ぶように売れますよ!」
二人の言葉になんだか行ける気がしてくるアザミ。だが、夏祭りが迫っているということはあの”約束”が迫っているということでもある。
「……なあ、二人とも。セラを、祭りに連れて行くことって可能だと思うか......?」
アザミの質問に「は?」と面食らったような表情を浮かべる2人。そしてプッ! とアーシュが吹き出す。
「いやいやアザミさん冗談きついっすよ! そんなの、、不可能に決まってんじゃないすか......」
大笑いしながらもどこか悔しさのにじむ。イリスもどこか悲しげに微笑む。
「……私だって、考えたことがないわけじゃありません。祭りだけじゃなくて、学校とか。セラちゃんとお買い物とかしてみたいな〜って。でも、無理なんですよ......! あの言い伝えがある限り、セラちゃんを村に誘うのは……」
悪魔の森には近づくな。そんな掟でセラがこの森を出られないならそれをぶち壊せばいい。村人にセラのことを知ってもらって、思っているような悪いやつじゃないって、恐れるような害のある子じゃないって知ってほしい。
でも、それだけじゃない気がする。
――あの子はここ以外では生きて、、いけない……
ニアの言葉が心のどこかでチクチクと引っかかっていた。
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「……アザミ、最近どうしたんですか? 昼間はみんなとの訓練から離れてどこか行っちゃうし......。まあ、一応自由行動だからいいんですけど、、」
「シトラさんはそう言ってるけど、アザミ・ミラヴァード。君はいちおうこのクランのリーダーなんだ。そこは理解しているのかい? 最近の君はどうも心ここにあらずって感じで、心配だよ」
「……すまない。心配も迷惑もかけっぱなしで、、」
シトラとトーチからの指摘にアザミが目をつむり俯く。
分かっている。だって、こうやって皆に迷惑かけて、心配されて。そんな中でもアザミの心は森の中に置いてけぼりになっていた。気にしてしまう。また、アザミの目の届かないところで大切なものを失うんじゃないかって。
「――アザミ? 聞いていますか?」
「――あ、ああ......」
シトラの声にハッと現実に戻る。トーチが呆れたようにため息をつく。
「しっかりしてくれよ。祭りは4日後なんだよ? みんな、その準備をしているんだ。グリムとジョージはサイドメニューの食材を手に入れるために海に潜っているし、フレイアやクレア達女子陣はタコ焼きの新味を開発している。そして僕らは店舗の設営、だろ? せっかくマリアさんのはからいでかなり良い位置に店を設けさせてもらているんだからさ、名ばかりじゃないってアピールしないと......」
そう言ってまだ支柱しか立っていない出店を指差す。
「――そうだな。気を抜いてられない、な」
セラとの約束は守りたい。祭りには連れて行ってやりたい。
(それを考えるのは、、あとだ!)
今はオルティスアローのみんなと作る、このひと夏を大切にしないといけない。
ブンブンと首を振って、アザミの中での思考の優先順位を入れ替える。
――セラのことは今は考えるな、、!
だが、考えまいとすればするほど。別のことを考えれば考えるほど、それははっきりとアザミの中で残響する。視界が、、なんだかぼやけてきた。黒い雲が目の前を覆っていく。
『――俺さ、最終日に祭りに行くんだけどセラも来るか......?』
『祭り!? 祭りがあるのか......!? 行きたい! あたし、一度も行ったこと無いのよ!!』
――今は……
『貴方がセラに“希望”を教えてしまった。だからあの子は夏祭りを楽しみにしてしまっている。それがたとえ叶わぬとしても、貴方ならなんとかしてくれかもしれないと――』
――今はッ……!!
『嘘つき......。守ってくれるって、誰も殺させないって言ったじゃない、、!!』
――それは、、どっちだ......?
―― ―― ―― ―― ――
そしてアザミの視界はパァッと晴天の空模様へと変化する。
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夏祭りの当日になった。
「……ふぅ。なんとか、間に合ったな」
「ああ。急ピッチで仕上げたにしてはいい出来じゃないか?」
アザミとトーチがニッと微笑んでグータッチを交わす。タコ焼きの出店が広場の一角にドンッとそびえていた。リンの描いた絵も、エイドの書いた看板の文字もいい味を出している。
完成した屋台を前に、シトラが安心したように両手を合わせる。
「でも、本当に良かったです。アザミがいなくなった時はどうなるかと思いましたが、4日前から人が変わったように出店作りに精を出してくれましたから!」
「ああ。あの時2人が叱責してくれなければ、俺は本当にリーダー失格になるところだった」
「全くだ。でも安心したまえアザミ・ミラヴァード。君がダメならいつでも僕がリーダーを変わるからね」
トーチが冗談っぽく笑顔を浮かべる。
「……それにしても、あいつら遅いなぁ、、。祭り、始まってしまうぞ......」
「あいつら? アザミは誰かと待ち合わせでもしているんですか?」
広場の時計と祭りの賑わいを見比べながらアザミがタンタンと右足でリズムを刻む。
「アーシュ達……あの、買い物のときに出会った5人を覚えているか?」
「ええ。アザミとぶつかった、この村の子たちですよね」
「あいつらが『アザミさん達の店、俺らが一番に買いに行くっすよ!』って息巻いていたんだがな。この様子じゃ、無理そうだな」
祭りの実行委員長を務めるマリアが村長に開催の挨拶を促している。そろそろ祭りが始まる……。
「では―――」
「待って!!」
村長が言葉を発しようとしたその瞬間だった。広場に肩で息をしながらイリスが駆け込んでくる。
「あいつ、あんなに慌てて......そこまでするか?」
別に俺との約束なんてそこまで必死で守るものじゃないだろ……と、アザミは少し呆れたようにそう思う。
だが、ハァハァ、と膝に手を付きながらイリスがとぎれとぎれに絞り出した言葉は、そんなものじゃなくて――
「……誰か、、! ......あの、誰かオーガスを、見ていませんか、、!? ハァ、あの子が、、消えたんですッ――!」
ゴーン......と、広場の時計が六刻を示す鐘を鳴らす。イリスの言葉に一瞬で静まりかえった広場に不気味な鐘の音が響き渡る。
まるで、今から何かが始まると、伝えているように。
そして物語は最悪のミライへ――
クライマックスにむけて針は動き始めました。
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