83話 神隠し。そして森、燃ゆる......
「へへっ! まってろよ、セラちゃん!!」
オーガスは森の中を全速力で駆けていた。真っ直ぐ、セラの家を目指して。
だが、オーガスには悪い癖があった。それは、なんらかの目的のために一生懸命になると周りが見えなくなる、ということだ。それで兄のアーシュにかなり注意されていた。そして、それは今回も同様のことだった。
突然目の前に真っ赤な壁が現れ、オーガスはそれに激突しドシンと尻もちを着く。
(イッテテテ、、やべ! またやっちゃったよ……)
謝るため、慌てて尻もちを着いたままぶつかった相手の顔を見上げる。
「ご、ごめんなさい――」
ところが見上げたところで面食らう。顔が、見えない。9歳のオーガスにとってはデカすぎる男は、「ん~?」と興味を含んだ視線でオーガスを見下ろす。ゾクッとオーガスの小柄な体に悪寒が走る。
「あぁーー、気ぃにしないでください。ワタクシも小さなあぁなたが見えませんでしたから。いやァァ羨ましィィィ!! 小さいのも、ウラヤマスゥィィ!!」
狂気を滲ませながら男が両手を広げ、高笑いする。オーガスはとっさに逃げようと腕に力を込めるが、腰が抜けて動けない。
「さて、さて、さて......。あなたの知識を欲しいのですがァァ? よろしいですぅか?」
男の顔がオーガスの目の前にズイッと迫る。その血色のない青白い顔にコクコクと頷くことしかできない。
「うぅぅん! 良い子デスね。その従順さ、いと羨ましいィ! では――!」
突然男がオーガスの首をガシッと掴み、持ち上げる。
「……この森の主の元へ、案内してくださいますかァァ?」
オーガスは男の言葉に黙って従うしか無かった。
「……オーガスがいない? 何があったんだ! イリス!」
沈黙を破るようにアザミがイリスを問い詰めるように揺さぶる。イリスは目を潤ませ、今にも泣きそうな表示で説明する。
「私が、悪いんです! 皆に、話しちゃったから……。あの、アザミさんが言ってた、『セラちゃんを祭りに連れていく』ってやつを! そしたら、オーガスが、オーガスが……」
「あいつが突然『おれにまかせといてよ!』って、脇目も振らずに森の中に入っていったんっす。きっと、セラちゃんを連れてくるために……」
嗚咽で言葉が出なくなったイリスの代わりにアーシュが続きを引き継ぐ。
「あの家は! 探したのか?」
「もちろんっす……。でも、オーガスどころかセラちゃんまで居なくなっていて……」
アーシュの言葉にアザミの顔から血の気が引く。そんなアザミの手を強引に振りほどき、マリアが鬼の形相でイリスとアーシュに迫る。
「あ、あなたたちは!! まさか、まさかあの森に立ち入ったり……したんじゃないでしょうね!!」
「……すみません、、」
アーシュが俯いたまま全てを話す。セラのことも、森のことも。出来るだけセラが無害な存在だと印象づけられるよう、言葉を選びながら。そして、アザミやニアのことについては一切触れずに。
その話を聞いて村人たちがザワザワと動揺し始める。話が終わり、マリアが2人からよろよろと数歩後ずさり、恐ろしいものでも見ているかのように両手で顔を覆う。
「そ、そんな……。あぁ、呪いですわ……。呪いが、祟りが復活したのですわ!!」
マリアが甲高い声でさけぶ。動揺はピークに達し、村人たちは口々に「呪い」だの「みんな消える」だの、慌てふためいた様子で口にする。しかし、その様子を黙って見ていた村長が落ち着いたように口を開く。
「待つんじゃ。皆の衆。まだ、呪いと決まったわけではなかろう」
村長の一声にパニックになりかけていた広場が落ち着きを取り戻す。みんなの視線が村長に集中する。その視線をぐるっと見渡し、村長が言葉を続ける。
「七の刻じゃ。七の刻までにオーガス少年を見つけるのじゃ。それができれば、これは呪いではなかろう」
「み、みなさん! オーガスくんを探しにいくのですわ! 急がないと、時間の猶予はありませんのよ!!」
村長の指示を受け、マリアが慌てたように村のみんなに声をかける。その声に背中を押され、ワッと散り散りになる。
「オーガスくん!」
「どこにいるの? オーガス!」
楽しい雰囲気の漂っていた祭り会場は一変して重々しい雰囲気とオーガスを呼ぶ声に包まれる。
「……これは、大変なことになったな、、」
「どうしよう……。オーガスが見つからなかっら、私ーー!」
イリスが真っ青な顔でギュッと胸を抑える。その頭にアーシュがポンッと手を乗せる。
「大丈夫だ。あいつのことだからどうせ、ケロッと戻ってくるさ……」
そこへ、村長とマリアが深刻な面持ちでやって来る。
「あなた達、、やってくれましたわね。あの森に入るなと、何度も言いましたわよね!!」
イリス逹4人の顔を見るやいなや、マリアが雷を落とす。「まあまあ」と村長がマリアを制する。
「君たち4人は、あの森にはいったのじゃな?」
村長の優しい問いかけに4人はこくりと頷く。
「それなら君らは森の中を探してきなさい。オーガス少年は森に入ったのじゃろ? そこを探すのじゃ。ワシらは確証が無いが、お主らは森に入り、出てくることが出来る。行ってくれるかの?」
「……分かったっす。行こう、みんな」
アーシュがハッキリと頷き、3人を引き連れて森の方へ駆けていく。
その後ろ姿を見ながらシトラが心配そうに呟く。
「……大丈夫でしょうか。七の刻までにオーガス君を見つけられるのでしょうか、、」
「信じるしかないさ。アーシュ達は幼なじみなんだ。何か、通じるものがきっとある......」
アザミとシトラの視線の先で4人の後ろ姿が完全に闇の中に消える。それを見届け、村長がマリアに淡々と命じる。
「……火を、準備するのじゃ」
と。
「なに!?」
その命令にバッと振り返る。村長の目は極めて冷静に、冷酷に、そして恐れるようにユラユラと揺らめく。
「了解致しましたわ。みなさん、松明に火をつけるのですわ!」
マリアがパンっと手を鳴らす。広場に残っていた村人たちが祭りの行灯になっていた松明を引っこ抜き、構える。
「ほかの村人にも伝えるのですわ! 悪魔の森に火を放ち呪いごと焼き尽くす、と!!」
マリアの号令に次々と松明を持った村人たちが集まってくる。みんな目は正気を失ったように虚ろで、それはまるで何かに取り憑かれたようで、まるで何かを恐れているようだった。
「――トーチ様......」
泣きそうな目でニアがトーチを見る。トーチは黙ってうなずき、マリアの前に立ち塞がる。
「待ってください、皆さん。この森も含め、ココは我がキールシュタット家の領地です。勝手な真似は謹んでいただきたい。それに、あの森にオーガスくんがいなかったとしても、4人の子どもたちがいるんですよ? それなのに――」
「分かっておりますぞ。トーチ様。分かっております......。もう、あの子達は呪われております。ここで、呪いとともに焼き尽くすのですぞ……」
クックッと笑いを漏らす村長にトーチも、アザミもその真意を理解し血の気が引く。
そう、アーシュたちに森を探しに行かせたのは”森に入ったことがあるから”じゃない。”森ごと焼き尽くすため”だ。
「――クソッ、それが分かって放っておける訳がないだろ!!」
アザミがくるっと踵を返し、4人の駆けていった方向へ走り出す。
「……愚かな。墓標が増えるだけじゃ、、」
(愚かなのは、、どっちだ......!)
振り返ること無く、走る。アーシュとは、イリスとは。たった数日前に出会っただけの仲だったとしても。
(アーシュにはまだコーヒーのお礼を言っていない! イリスには魔術を教えるって約束を果たしていない! ウッド、エリー、オーガスとはまだ距離を縮められていない! ……死なせるわけには、、いかねえんだわ!)
「……アザミ、、! クッ、トーチくん、他のみんなを頼みます。私はアザミを、追いかけます!」
シトラがさっそうと駆け出したアザミの背中を追う。
「――トーチ様、ニアも行きます」
「分かった。ニア、シトラさん。任せておけ!」
ニアが主人に一礼し、シトラを追う。
それを見届け、トーチが村人たちの方へ向き直る。
「……さて、皆さん。一旦落ち着いて――」
そこでトーチは初めて村人の数が少ないことに気づく。マリアも、村長もいない。それに、松明を持った村人がほとんどいない。
「まさか――!」
「いやぁ、申し訳ない、トーチ様。もう、遅かったですのう。既に、火は点いてしまいましたわい」
村長のニヤッとした不気味な笑顔が炎に照らされ、ゆらゆらとその形を歪ませる。
悪魔の森は燃えていた。
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