84話 全てを取り戻す戦いへ
「――本当に火をつけたのですね......! あの人達は、、」
ニアが恨めしそうに軽く後ろを振り返る。黒い煙が先程までいた広場の近くからモクモクと上がっていた。
唇を噛み締め、目を伏せ前へと走る足に力を込め直す。
「ハァ、ハァ、、」
精霊の力を使えないと走るのですらキツイ。いかに普段運動していないか、精霊に頼り切っているかが顕著に出る結果にニアはハハッと情けなく笑う。
(精霊がいないと飛ぶことも運動補助の魔法も使えない......。これは屋敷に運動器具を取り入れていただかなければ、、)
冗談めかした思考と共に顔を上げる。そこにはセラの家があった。ドアが開いており、シトラがそれを呆然と見つめている。
「……その様子だと、、アザミ様は中ですか?」
「はい......。それにしてもこの森に人が住んでいたなんて、、。村人たちの口ぶりからさも誰も住んでいないものだと思っていましたよ。……まあ、住んでいたのは人間だけじゃないみたいですが――」
「精霊、ですか」
シトラが頷き、「どうしてなんですか?」と目でニアに訴えかける。ニアは少し斜め上を見上げ、ゆっくりと首を横に振る。
「……わかりません。ニアがこの島に来たときから精霊たちはいました」
ニアの答えにシトラが「そうですか......」と、少し残念そうに肩を落とし、森の奥を見つめる。
「どうしますか? もう、手遅れになりそうですけど......」
シトラの澄んだ目が森の闇を透過する。ニアも森の様子から全てを理解する。
「――時間がありません。早くセラと5人を救わないと。それに、火も消さなければなりません。もし、この森が全焼するようなことがあれば……」
「精霊は皆死滅する、と?」
シトラの言葉にニアが頷く。
「あの精霊たちが生きていられるのはこの森のおかげです。もし、森が無くなれば精霊はもう生きていけない、、」
精霊は自然の作り出す恵みの力を生命力としている。何かを食べることが必要なわけじゃない。つまり苗床さえあれば死ぬことも、消えることもない。不老不死の存在なのだ。
「――ニア。あなたがこの森にこだわるのは”あなたのため”ですか?」
シトラの真っ直ぐな視線がニアに突き刺さる。ニアはギュッとメイド服の胸を掴む。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……この森がなくなると生きていけないのはニアだけじゃなくて――」
バタン! という音が突然鳴り、ニアの言葉がかき消される。驚いたように振り向く。そこには「クソッ!」と怒りをぶつけるように扉に体重を乗っけたアザミが立っていた。
「アザミ! セラちゃんはいましたか!?」
シトラがハッとしてアザミに呼びかける。もしこの家に戻ってきているのなら、探している子供が1人見つかることになる。そんな期待を込めて。
だが、シトラの期待も、ニアの言葉も全てあざ笑うかのように、アザミの反応は最悪なものだった。
「ハァ?」と、信じられないものを見ているかのような表情でアザミがつぶやく。
「……セラって、、だれだ――?」
その言葉にニアがハッと目を見開き、口を覆う。アザミもハッとした表情でニアに駆け寄り、慌てた様子でその体を揺さぶる。
「そんな事はどうでもいい......! おい、ニア! いないんだよ......サキアが、サキアがいない――」
その言葉を聞いてニアが唇をぎゅっと噛みしめる。赤い血がツーっと線を描く。
シトラも、泣きそうな表情で兄を見つめる。アザミがおかしいことぐらい、見なくても分かる。情緒も無い、怒りと後悔に縛られたその言葉。
(アザミ……)
私と同じだ、とシトラは情けない自分を見ているようで拳をきつく握りしめる。
ミーシャに恨まれている、自分がミーシャからすべてを奪った。なんて、
そんな事を考えていたシトラを救ったのはアザミだった。過去と向き合え、決着をつけてこい。そう、声をかけてくれた。その言葉に背中を押されたから過去の呪縛から抜け出せたし、ミライを見つめることもできた。なのに、なのに......
(あなたも、なんですか......)
シトラの頭の中を300年前の記憶がフッと過る。
クリムパニス大墳墓、第二の試練。”最悪のミライ”を見て取り乱した魔王シスルの姿。
『今はシスルに寄り添う。彼の痛みを理解したい。側にいて支えてあげたい。あなたのせいで人が死ぬなら、私はあなたに救われたって、何度でも慰めてあげます』
そんな事を胸のうちに誓ったっていうのに、私は結局アザミの力になれないのだろうか……
そんなシトラの気持ちなどつゆ知らず、アザミはニアに詰め寄る。
「――目を覚ましてくださいッ、、アザミ様! セラは、あの子のことは......!」
「セラ? 知らない! 誰だ! 俺はサキアを、いやだ......また、守れないなんて、、失いたく、無い――」
そう途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、アザミがブンブンッと何度もニアの体を揺する。
その時だった。黙って耐えていたニアが手を後ろに振りかぶり、アザミの頬を全力で打つ。
パチンッッ!!
と、乾いた音が森に響く。驚いた様子でニアから手を離し、数歩後退りするアザミ。
「俺は――」
「お前は――!」
頬を押さえながら言葉を発しようとしたアザミをかき消すようにニアがこれまでからは想像もできない大声を出す。
「お前は、、そんなに弱いのか.....」
泣きそうな顔を浮かべているのはニアの方だった。ハハッと力なく笑う。目からは涙が溢れ、頬を伝っている。
「こんなに弱いお前にッ、、魔王にニアの仲間は殺されたのか! 今も、今も! 弱いお前がのうのうと生きているのに、人界のために必死で戦ったニアの仲間たちは明日をも望めないのか!!」
ニアが怒りをぶちまける。シトラもアザミも、それを黙ってみていることしかできない。口出しや意見など、出来そうもない。
「――知らないよ、サキアなんて。あんたの過去なんて興味もない。どうでもいい! きっと、不幸な過去だったんだろう。ざまあみろ! ……でも、でも、、! セラは、そんなお前に希望を望んだんだよ! どうして、なんだ、、。どうしてお前なんだ! どうしてセラにいろいろなことを教え、共に長い時を過ごしてきたニアじゃなくて、魔王のお前が選ばれるんだ!」
ニアがダンッ! と地面を蹴り飛ばす。
「なのに、なんでお前はセラを助けない! 忘れた? ふざけないでよ!! どうして選ばれたお前がセラを助けようとしないんだ! セラを、あの子を......! ……お前の辛い過去を誤魔化すための都合のいい道具にするなァァ!!」
ニアがアザミをバンッと押し倒し、その襟首をグイッと掴み、持ち上げる。
「ニア――」
「名前を、呼ぶな......。お前なんかの口からなんて、聞きたくないッ、、」
目が合う。泣いていた。怒りに燃えた瞳から、火を消すように冷たい涙がスゥーと。
「……そうだよ。お前の言うとおりだ。俺は弱い。ハハ、お前の言ったとおりだったな。『いつか自分を攻めすぎて、自分で自分を殺すことになる』ってな」
「ニア、そんなこと言った? お前は過去を悔やんでいるんじゃなくて、忘れようとしているだけだと思うけど……」
アザミの力の抜けたいつもどおりの微笑にニアもフッと力を抜く。
「分かっているさ――」
原因は分かっている。セラを見て、サキアを思い出した。助けられなかった過去を、変えられなかった過去を思い出した。
セラを見ているうちに、セラとサキアが重なり、過去と現実の区別がつかなくなった。
そしてサキアのことを考えないようにすればするほど、アザミの思考は、思いはどんどんと深い過去に沈んでいった。
結果、アザミのみ存在する時系列が後退した。セラという少女がサキアという女性に完全に入れ替わった。
「全ては弱い俺が招いたことだ。すまない......」
「……もう、大丈夫なのですか、、?」
ニアがアザミの上に馬乗りになったまま、その手を放す。
アザミは優しく微笑み、その小さな体を自分の上から動かす。
「――俺は、魔王だぞ? 欲しいものは何でも手に入れる。強欲な魔王だ。なら、、」
そうだ。目的とか、優先順位とかどうでもいいんだ。サキアもセラも、どっちかしか救えないなんて話があるもんか。どっちも救うのが魔王だろ......!
アザミは立ち上がり、ポキポキと指を鳴らし、ニッと口角を上げ笑った。
「手に入れてやるさ。セラも、アーシュもイリスもウッドもエリーもオーガスも。そして、この森も――」
アザミがズボンのポケットから折りたたまれた呪符を取り出す。
「コネクト、、聞こえるか? 皆……」
トーチが、グリムが、レインが。オルティスアローの皆がその声に一斉に森の方を見る。
アザミの、リーダーの声に耳を傾ける。
「――今からオルティスアローはクラン戦を仕掛ける。敵は悪魔の森。呪いを破り、6人全員を取り戻すぞ!」
その声は確かに届いた。森は燃え、状況がどれだけ絶望的であっても。返事なんて一言しか無かった。それで、十分だった。ただ一言、
「了解――!」
と。
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